《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
26-1.帝都
大きな山だった。半分が森になっていて、もう半分が都市になっていた。
巨大な廃都だった。
城門棟から中に入ると、背の高い黒々とした建物が、いくつも建ち並んでいた。建造物はどれも凹凸が激しかった。よじ登るのも、そう難しくなさそうな形状をしている。材質は判然としないが、人工的に造られた巨木のようだった。
背の高い建物と建物のあいだに橋が通っていた。その下がトンネルのようになっていた。通り抜けた。
先には、巨大な城が正面に屹立していた。地上都市にある城よりも大きい。巨大な歯車がいくつも城に付いていた。ひとつひとつの歯車が、普段乗っているドラゴンより大きいものだった。どれも動いてはいなかった。
(ここって……)
今朝、夢で見た場所だ。
「ここは?」
と、シャルリスは隣にいるディヌに尋ねた。
もうバトリの抵抗は解けていたが、逃げ出そうとは思わなかった。自分が、どこにいるのかもわからなかったし、どっちに行けば地上都市があるのかもわからない。逃げ出しても迷子になるだけだ。
ディヌは、シャルリスに危害をくわえようとはしなかった。むしろディヌは、シャルリスにたいして親切だ。
ルエドを殺したことは許せないが、ディヌが見せようとしているものには興味があった。
「ここが、かつて帝都と呼ばれた場所ですよ。人類が空へあがる前に暮らしていた都です」
すると、今朝見た夢のなかに出てきたのも、帝都、だったのだろう。かつて人類が地上にて繁栄した拠点だ。
「ここも、あまり植物が生えてないっスね。山の半分は森になってるのに」
「瘴気の影響でしょう。当時生えていた植物はそのまま残存しているが、新たな芽吹くことは難しいんでしょうね。特にこのあたりは瘴気が濃厚ですからね。瘴気の薄い場所には植物が茂ったりもしますがね」
たしかに、今まで見てきた場所よりも、ずっと赤い霧が濃厚だ。
この瘴気の正体は、バトリの血によるものだ。それだけバトリが、多く血を流した場所ということになるのだろうか。
「どうしてボクを、こんなところに連れてきたっスか?」
ディヌは城の方へと歩みを進めてゆく。城の左右からは何かのオブジェクトなのか、巨大なキバのようなものが、いくつも生えている。
「シャルリスには、人類の歴史を知って欲しいんですよ」
「ボク、勉強はあまり得意じゃないっスよ」
その言い方が面白かったのか、ふふ、とディヌは口元をおさえて笑った。端正の顔をしているからか、笑うと女性みたいに見える。
「大丈夫ですよ。簡単なことですから」
「だと良いっスけど」
「かつて人類は土地をめぐって争いを続けていました。それはもう長いあいだ争いを続けていました。どうして戦争を続けていたか、わかりますか?」
「そりゃ……物資とかお金が必要だからじゃないっスか?」
「さあ。そうなんですかね」
と、ディヌは首をかしげた。
「尋ねておいてわからないんっスか?」
「答えなんかわかりませんよ。しかし人は、性懲りもなく争いをつづける。歴史を紐解けばほとんど戦の話ですから」
「まぁ」
と、シャルリスは曖昧に応じた。
シャルリスも帝都竜ヘルシングにて、人間同士の戦いを経験している。
ディヌは歩みを進めていく。
シャルリスは付いてゆく。
「そして長い長い戦いのはてに、ひとつの国が世界を統一しました。それが、帝国、と言われる国です」
「国名とかはないんっスか?」
ふつうは××帝国だとか、○○帝国だというような名前がつくものだと思う。
「名前はありません。ただ、帝国、とだけ呼ばれていました。あったかもしれませんが、覚えていません」
2000年以上も前の話なのだから、国名ぐらい忘れても不思議ではないのかもしれない。そんなに生きたことがないので、シャルリスにはよくわからない。
「世界を統一した帝国の、ここが都ってことっスか」
改めて周囲を見渡すと、たしかに盛大な都市である。この道にも、きっと多くの人が行き交っていたのだろう。
「ええ。そうなります。帝国はインペリアリズムをかかげて、各国を武力で支配してゆきました。そのなかにはこのオレやバトリの国、ブレイブ王国もありました。ブレイブ王国は最後まで、インペリアリズムへの抵抗を試みたのですが、やはり帝国は強かった」
「バトリって王女さまだったんっスか?」
バトリ王女。
ディヌがバトリにそう呼びかけていた記憶がある。
それにたしか、マシュからも「王」と呼ばれていたような記憶がある。
「ええ。バトリはブレイブ王国の王女であり、オレはその婚約者でした。オレは公爵貴族でしたが」
なるほど。整った顔立ちなのは、公爵だからなのだと思うと合点がいった。ただ整っているだけでなくて、気品を帯びえているのだ。
自分のなかに一国の王女さまだった人が、宿っているのだ。そう思うと、なんだか自分が特別になったような気がした。
「バトリの国は、戦争に負けたんっスね」
「そして奴隷として支配されることになりました。だから今でも一部では、語り継がれているでしょう。赤毛赤目の者は、出自が卑しいのだ――とね」
「あ……」
たしかノスフィルト家にも、そういう思想があるのだと耳にはしている。
シャルリスはあまり気にはしていなかったし、気にするほど浸透している思想でもなかった。
マオという青年が、赤毛だったせいでノスフィルト家から放逐されたとは聞いている。
「奴隷として支配された国だから、卑しいというように言い伝えられたのでしょう。歴史は勝者がつむいでいくものですからね」
と、ディヌは呆れたように肩をすくめて見せた。
「なんか、やるせないっスね」
そう思うとディヌも、被害者なのだろう。すこし同情の念をおぼえてしまう。
「もちろん奴隷として支配されたのは、ブレイブ王国だけじゃない。マシュのような緑の髪をした民の国も、支配されていましたからね」
「でも今では、そういった特定の民を差別するような思想はすくないっスよ」
ディヌとシャルリスは、城の入口に立った。
前衛塔というのだろうか。大きな石造りの塔が建っていた。
「奴隷となった者たちの多くはこの都で、食用人間として実験をされていました。ほとんどの者たちは、失敗して死んでゆきましたがね。死はもっとも幸福な門だと呼ばれるぐらいに悲惨な実験でしたよ。その最初の成功者が、ルガル・バトリです。【腐肉の暴食】と名付けられた者です」
バトリ。
いまは静かに、シャルリスのなかに眠っている。
シャルリスはソッと自分の腹に手をあててみた。べつに意味のある所作ではない。バトリは言っていた。「この娘はワシらと同じじゃ。ブレイブ王国の血を引く娘じゃ」と。
自分はそのブレイブ王国の民の血を引いているのだ。
「ドラゴンの餌として、開発されたっスよね?」
前衛塔を抜けると、大きな門があった。跳ね橋はおりている。ディヌはその橋を進んで行くので、シャルリスも続くしかなかった。
「ええ。食用人間としてね。帝国が人間国家を統一しても、まだドラゴンという脅威は残っていましたから。シャルリスも知っているでしょう。ドラゴンは、人を、食べるんですよ」
「もちろん。知ってるっスよ」
卵黄学園にいたころは、よく餌やりをしていたぐらいだ。竜食葬、と言って死者を弔う習慣もあった。
身に染みて実感している。
「バトリは、ドラゴンの餌として食われ続けた。もしかすると見せしめの意味もあったのかもしれません。帝国に刃向った国の王女にたいしてね」
「……」
バトリがドラゴンの餌として食われている場面を、シャルリスもよく知っている。夢で見たのだ。
バトリから最初に流入してきた記憶だったはずだ。
「人はドラゴンを飼い慣らそうと試みた。それで食用人間や。竜人族などと呼ばれるバケモノが誕生することになったんですよ」
城の中庭に入った。
一瞬、兵士たちがそこで整然と並んでいるように見えた。
違う。
大量のゾンビが呆然とそこにたたずんでいるのだ。兵士に見えたのは、ほとんどの者たちが鎧をまとっていたからだ。
「ひっ」
と、思わず悲鳴が漏れた。
考えてみれば、かつての都にゾンビがいないはずがない。
「心配いりません。彼らは始祖であるオレの命令に従順です。シャルリスにも、ゾンビを従わせるチカラがあるはずですよ」
「そう……なんっスか」
出来るだけ足音をたてないように、ディヌに付いて行った。ディヌは平然とゾンビたちのあいだを通り抜けて行く。
ディヌの言うように、ゾンビたちが襲ってくる気配はなかった。それでも恐怖を覚えずにはいられなかった。
「さあ、どうぞ。城の中へ」
きっと以前は立派なトビラがあったろうと思われる、主塔の入口。トビラはなく、開け放たれていた。
その入口の向こうには濃厚な闇があった。闇への案内人のように、ディヌは仰々しくお辞儀をしてみせた。
巨大な廃都だった。
城門棟から中に入ると、背の高い黒々とした建物が、いくつも建ち並んでいた。建造物はどれも凹凸が激しかった。よじ登るのも、そう難しくなさそうな形状をしている。材質は判然としないが、人工的に造られた巨木のようだった。
背の高い建物と建物のあいだに橋が通っていた。その下がトンネルのようになっていた。通り抜けた。
先には、巨大な城が正面に屹立していた。地上都市にある城よりも大きい。巨大な歯車がいくつも城に付いていた。ひとつひとつの歯車が、普段乗っているドラゴンより大きいものだった。どれも動いてはいなかった。
(ここって……)
今朝、夢で見た場所だ。
「ここは?」
と、シャルリスは隣にいるディヌに尋ねた。
もうバトリの抵抗は解けていたが、逃げ出そうとは思わなかった。自分が、どこにいるのかもわからなかったし、どっちに行けば地上都市があるのかもわからない。逃げ出しても迷子になるだけだ。
ディヌは、シャルリスに危害をくわえようとはしなかった。むしろディヌは、シャルリスにたいして親切だ。
ルエドを殺したことは許せないが、ディヌが見せようとしているものには興味があった。
「ここが、かつて帝都と呼ばれた場所ですよ。人類が空へあがる前に暮らしていた都です」
すると、今朝見た夢のなかに出てきたのも、帝都、だったのだろう。かつて人類が地上にて繁栄した拠点だ。
「ここも、あまり植物が生えてないっスね。山の半分は森になってるのに」
「瘴気の影響でしょう。当時生えていた植物はそのまま残存しているが、新たな芽吹くことは難しいんでしょうね。特にこのあたりは瘴気が濃厚ですからね。瘴気の薄い場所には植物が茂ったりもしますがね」
たしかに、今まで見てきた場所よりも、ずっと赤い霧が濃厚だ。
この瘴気の正体は、バトリの血によるものだ。それだけバトリが、多く血を流した場所ということになるのだろうか。
「どうしてボクを、こんなところに連れてきたっスか?」
ディヌは城の方へと歩みを進めてゆく。城の左右からは何かのオブジェクトなのか、巨大なキバのようなものが、いくつも生えている。
「シャルリスには、人類の歴史を知って欲しいんですよ」
「ボク、勉強はあまり得意じゃないっスよ」
その言い方が面白かったのか、ふふ、とディヌは口元をおさえて笑った。端正の顔をしているからか、笑うと女性みたいに見える。
「大丈夫ですよ。簡単なことですから」
「だと良いっスけど」
「かつて人類は土地をめぐって争いを続けていました。それはもう長いあいだ争いを続けていました。どうして戦争を続けていたか、わかりますか?」
「そりゃ……物資とかお金が必要だからじゃないっスか?」
「さあ。そうなんですかね」
と、ディヌは首をかしげた。
「尋ねておいてわからないんっスか?」
「答えなんかわかりませんよ。しかし人は、性懲りもなく争いをつづける。歴史を紐解けばほとんど戦の話ですから」
「まぁ」
と、シャルリスは曖昧に応じた。
シャルリスも帝都竜ヘルシングにて、人間同士の戦いを経験している。
ディヌは歩みを進めていく。
シャルリスは付いてゆく。
「そして長い長い戦いのはてに、ひとつの国が世界を統一しました。それが、帝国、と言われる国です」
「国名とかはないんっスか?」
ふつうは××帝国だとか、○○帝国だというような名前がつくものだと思う。
「名前はありません。ただ、帝国、とだけ呼ばれていました。あったかもしれませんが、覚えていません」
2000年以上も前の話なのだから、国名ぐらい忘れても不思議ではないのかもしれない。そんなに生きたことがないので、シャルリスにはよくわからない。
「世界を統一した帝国の、ここが都ってことっスか」
改めて周囲を見渡すと、たしかに盛大な都市である。この道にも、きっと多くの人が行き交っていたのだろう。
「ええ。そうなります。帝国はインペリアリズムをかかげて、各国を武力で支配してゆきました。そのなかにはこのオレやバトリの国、ブレイブ王国もありました。ブレイブ王国は最後まで、インペリアリズムへの抵抗を試みたのですが、やはり帝国は強かった」
「バトリって王女さまだったんっスか?」
バトリ王女。
ディヌがバトリにそう呼びかけていた記憶がある。
それにたしか、マシュからも「王」と呼ばれていたような記憶がある。
「ええ。バトリはブレイブ王国の王女であり、オレはその婚約者でした。オレは公爵貴族でしたが」
なるほど。整った顔立ちなのは、公爵だからなのだと思うと合点がいった。ただ整っているだけでなくて、気品を帯びえているのだ。
自分のなかに一国の王女さまだった人が、宿っているのだ。そう思うと、なんだか自分が特別になったような気がした。
「バトリの国は、戦争に負けたんっスね」
「そして奴隷として支配されることになりました。だから今でも一部では、語り継がれているでしょう。赤毛赤目の者は、出自が卑しいのだ――とね」
「あ……」
たしかノスフィルト家にも、そういう思想があるのだと耳にはしている。
シャルリスはあまり気にはしていなかったし、気にするほど浸透している思想でもなかった。
マオという青年が、赤毛だったせいでノスフィルト家から放逐されたとは聞いている。
「奴隷として支配された国だから、卑しいというように言い伝えられたのでしょう。歴史は勝者がつむいでいくものですからね」
と、ディヌは呆れたように肩をすくめて見せた。
「なんか、やるせないっスね」
そう思うとディヌも、被害者なのだろう。すこし同情の念をおぼえてしまう。
「もちろん奴隷として支配されたのは、ブレイブ王国だけじゃない。マシュのような緑の髪をした民の国も、支配されていましたからね」
「でも今では、そういった特定の民を差別するような思想はすくないっスよ」
ディヌとシャルリスは、城の入口に立った。
前衛塔というのだろうか。大きな石造りの塔が建っていた。
「奴隷となった者たちの多くはこの都で、食用人間として実験をされていました。ほとんどの者たちは、失敗して死んでゆきましたがね。死はもっとも幸福な門だと呼ばれるぐらいに悲惨な実験でしたよ。その最初の成功者が、ルガル・バトリです。【腐肉の暴食】と名付けられた者です」
バトリ。
いまは静かに、シャルリスのなかに眠っている。
シャルリスはソッと自分の腹に手をあててみた。べつに意味のある所作ではない。バトリは言っていた。「この娘はワシらと同じじゃ。ブレイブ王国の血を引く娘じゃ」と。
自分はそのブレイブ王国の民の血を引いているのだ。
「ドラゴンの餌として、開発されたっスよね?」
前衛塔を抜けると、大きな門があった。跳ね橋はおりている。ディヌはその橋を進んで行くので、シャルリスも続くしかなかった。
「ええ。食用人間としてね。帝国が人間国家を統一しても、まだドラゴンという脅威は残っていましたから。シャルリスも知っているでしょう。ドラゴンは、人を、食べるんですよ」
「もちろん。知ってるっスよ」
卵黄学園にいたころは、よく餌やりをしていたぐらいだ。竜食葬、と言って死者を弔う習慣もあった。
身に染みて実感している。
「バトリは、ドラゴンの餌として食われ続けた。もしかすると見せしめの意味もあったのかもしれません。帝国に刃向った国の王女にたいしてね」
「……」
バトリがドラゴンの餌として食われている場面を、シャルリスもよく知っている。夢で見たのだ。
バトリから最初に流入してきた記憶だったはずだ。
「人はドラゴンを飼い慣らそうと試みた。それで食用人間や。竜人族などと呼ばれるバケモノが誕生することになったんですよ」
城の中庭に入った。
一瞬、兵士たちがそこで整然と並んでいるように見えた。
違う。
大量のゾンビが呆然とそこにたたずんでいるのだ。兵士に見えたのは、ほとんどの者たちが鎧をまとっていたからだ。
「ひっ」
と、思わず悲鳴が漏れた。
考えてみれば、かつての都にゾンビがいないはずがない。
「心配いりません。彼らは始祖であるオレの命令に従順です。シャルリスにも、ゾンビを従わせるチカラがあるはずですよ」
「そう……なんっスか」
出来るだけ足音をたてないように、ディヌに付いて行った。ディヌは平然とゾンビたちのあいだを通り抜けて行く。
ディヌの言うように、ゾンビたちが襲ってくる気配はなかった。それでも恐怖を覚えずにはいられなかった。
「さあ、どうぞ。城の中へ」
きっと以前は立派なトビラがあったろうと思われる、主塔の入口。トビラはなく、開け放たれていた。
その入口の向こうには濃厚な闇があった。闇への案内人のように、ディヌは仰々しくお辞儀をしてみせた。
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