《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
24-2.シャルリスの誘拐
「それで、生き埋めになってるドワーフって、どのあたりっスか? あんまりみんなから離れるわけにはいかないっスよ」
「もうすぐです」
と、ディヌは岩の裂け目のような場所にカラダを滑り込ませた。
シャルリスも、それにつづいた。
中は、小さな空洞だった。青白く光る鉱石で満ちていた。思わずその輝きに見惚れた。
すこしぐらいなら持ち帰っても良いんじゃないかと思った。
入ってきた岩の裂け目を隠すようにしてディヌが立ちはだかった。
「それで、生き埋めになってるドワーフって言うのは?」
「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう。さすがにあの量の竜騎士を相手にするのは厳しいですからね」
「なに言ってるんっスか?」
「生き埋めになってるドワーフなんていませんよ。シャルリス・ネクティリア。あなたを連れ出す口実です」
「ダマしたんっスか?」
「ええ」
と、悪びれぬ様子でうなずいた。
「なんでそんなこと……」
ディヌはマスクを剥ぎ取った。ここまではまだ侵食して来ていないが、洞窟内には瘴気が入り込んで来ている。マスクを取るのは危険だ。
そんなことディヌは意に介していない様子だった。
満足そうに微笑んでいる。
こうして近くで見ると、ビックリするぐらいのイケメンだ。眉目秀麗とはこのことを言うのだろう。その唇の奥にかいま見える八重歯も、計算されたかのような生え方だった。
あまりに整いすぎて不気味でもあった。
「マスクは、外さないほうが良いっスよ」
「ようやく2人きりになれた。……長かった」
「なに言ってるっスか?」
「シャルリス・ネクティリア。いや。ルガル・バトリ。2300年ぶりといったところでしょうか」
「どうしてバトリの名前を知ってるっスか」
【腐肉の暴食】の本名を知っている者は、そうそういないはずだ。チェイテやアリエルにも教えていない。
知っているのは、自分とロンぐらいなものだと思っていた。
「鈍いね。シャルリス。オレも君と同じだからですよ」
ディヌはそう言うと、シャルリスの頬に手をあてがってきた。冷たい手をしていた。その手でシャルリスのマスクを外してきた。
「な、なにを……」
「君だって、べつにマスクをしている必要はないでしょう。なぜなら始祖なんだから」
「まさか……」
「そう。オレは始祖のひとりですよ。ここにゾンビたちを呼び寄せたのも、オレです。巨大種を呼び出したのもオレ。あなた1人を連れ出すためには、混乱が必要でした」
助けを呼ぼうとした。
が、ディヌの白くて細い指が、シャルリスの唇に押し当てられた。
「しーっ。しゃべらないで」
これと似たような景色を、どこかで見た記憶がある。思い出した。今朝の夢だ。バトリの記憶で見た。大人の男たちに追われていた。「しーっ。しゃべるなよ」というセリフ。あのときの少年。
もしや――。
「ルガル・バトリの婚約者……」
シャルリスがそう呟くと、ディヌは不意をつかれたようだった。
「おや。オレのことを知っているのですか。もしかしてバトリから聞きましたか? そうですよ。2300年前の食用人間――つまり始祖をつくる実験によって、オレもまた実験の成功体となりました」
「始祖なら話は早いっス」
ここで仕留める。
ここならドワーフたちも見ていない。肉の腕をシャルリスは両肩から生やした。その両腕をディヌにつかみかかった。が、肉の腕はディヌに触れた瞬間に、枯れた葉っぱのように朽ちていった。
「ど、どうして……」
「オレにそのチカラは通用しませんよ。オレは《不死の魔力》を完璧にあやつることに成功していますから」
「何が目的っスか」
「君のカラダですよ」
「えっ、カラダ!」
「変な誤解はしないでください。オレはバトリとの再会を待っていたんです。さあ、バトリ王女。もうその娘に寄生する必要はないでしょう。出て来てください」
ディヌは、シャルリスの耳朶にそう囁きかけた。するとシャルリスの皮の鎧を突き破って、シャルリスが腹から生えてきた。
「久しぶりじゃな。ディヌ。まさか生きておったとはな」
「お久しぶりです。まさかもう一度、こうしてあなたとお会いできるとは思いませんでした」
と、ディヌはその赤い瞳に、涙を浮かべていた。
バトリのことを封じ込めようとしたのだが、なぜかそれが出来なかった。
「ムダじゃ。シャルリス。ワシとてお前のカラダのなかで、無駄に時間を過ごしてきたわけではない。ゾンビどもを取り入れて、チカラを得てきた。かつてロンに削られた体力も、スッカリ元通りじゃしな」
「ゾンビを取り入れた?」
「融合種の要領じゃな。ほかのゾンビを取り入れて強くなったと言えば、わかりやすいか?」
そう言えば、竜読みの巫女のときも、食べたとバトリは言っていた。
「そんな……」
封じ込めることが出来ない。
バトリは頬から腕を生やす。シャルリスのクチを強引に開いてきた。コブシを突っ込んできた。これでは声を出すことも出来ない。声を出そうとするとノドの奥が刺激されて嘔吐してしまいそうになった。
「バトリ。いつまでその娘に寄生しているつもりですか。まさかその人間に情が湧いたとか?」
呆れたようにディヌが言う。
「その通りじゃ。ワシはこの娘をけっこう気にいっておる。3年もいっしょに過ごしてきたんじゃからな」
腹からもバトリの腕が生えてくる感触があった。シャルリスのヘソの周りをナでているようだった。
抵抗しようとしたのだが、シャルリスのカラダのあちこちから腕が生えてきて、手足を動かすことすらできなくなった。
「だからといって、ずっとその娘に寄生しているつもりですか」
「ワシがこの娘に寄生している理由は3つある」
「お聞きしますよ」
「1つ。この世界には、ワシではゼッタイに勝てぬ相手がおる。ロンと名乗る男。覚者ヘリコニアじゃ」
「竜人族の末裔ですね」
「しかしあの男は、シャルリスに情を抱いておる。シャルリスに寄生しておけば、ワシの身の安全も保障されるわけじゃ」
「なるほど」
と、ディヌがうなずく。
それでバトリは、シャルリスから出て行こうとしなかったわけだ。要するに、人質として取られていたのだ。
「それから2つ目。この娘はワシらと同じじゃ。ブレイブ王国の血を引く娘じゃ。言えばこの娘も同胞じゃ」
ブレイブ王国。
聞いたことのない地名だった。もしかすると、ずっとずっと昔にあった国の名前かもしれない。
「たしかに、赤毛に赤目の民ですからね。我らブレイブ王国の出身なのでしょう」
と、ディヌは、シャルリスのポニーテールに縛っている髪に触れた。
「ワシとカラダの感覚が非常に似ておる。そのせいでシャルリスはワシを封じ込めることが出来たわけじゃな。《不死の魔力》と適合したのも、そのおかげじゃ」
そう言えば――と、シャルリスは思い出した。
たしか、帝都にマオという青年がいた。赤毛に赤目の民だから、ノスフィルト家から放逐されたとか言っていた。
バトリと同じ、この赤毛と赤目には意味があるのだ。
「3つ目の理由はなんです?」
「ワシが、この娘を気にいっているということじゃな。これがイチバン大きな理由じゃ」
なるほど、とディヌは呆れたように言った。
「良いですよ。わかりました。どのみちシャルリスも連れて行く予定でしたから」
ディヌはそう言うと、シャルリスのカラダをお姫さま抱っこした。
抵抗ひとつ出来なかった。
「もうすぐです」
と、ディヌは岩の裂け目のような場所にカラダを滑り込ませた。
シャルリスも、それにつづいた。
中は、小さな空洞だった。青白く光る鉱石で満ちていた。思わずその輝きに見惚れた。
すこしぐらいなら持ち帰っても良いんじゃないかと思った。
入ってきた岩の裂け目を隠すようにしてディヌが立ちはだかった。
「それで、生き埋めになってるドワーフって言うのは?」
「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう。さすがにあの量の竜騎士を相手にするのは厳しいですからね」
「なに言ってるんっスか?」
「生き埋めになってるドワーフなんていませんよ。シャルリス・ネクティリア。あなたを連れ出す口実です」
「ダマしたんっスか?」
「ええ」
と、悪びれぬ様子でうなずいた。
「なんでそんなこと……」
ディヌはマスクを剥ぎ取った。ここまではまだ侵食して来ていないが、洞窟内には瘴気が入り込んで来ている。マスクを取るのは危険だ。
そんなことディヌは意に介していない様子だった。
満足そうに微笑んでいる。
こうして近くで見ると、ビックリするぐらいのイケメンだ。眉目秀麗とはこのことを言うのだろう。その唇の奥にかいま見える八重歯も、計算されたかのような生え方だった。
あまりに整いすぎて不気味でもあった。
「マスクは、外さないほうが良いっスよ」
「ようやく2人きりになれた。……長かった」
「なに言ってるっスか?」
「シャルリス・ネクティリア。いや。ルガル・バトリ。2300年ぶりといったところでしょうか」
「どうしてバトリの名前を知ってるっスか」
【腐肉の暴食】の本名を知っている者は、そうそういないはずだ。チェイテやアリエルにも教えていない。
知っているのは、自分とロンぐらいなものだと思っていた。
「鈍いね。シャルリス。オレも君と同じだからですよ」
ディヌはそう言うと、シャルリスの頬に手をあてがってきた。冷たい手をしていた。その手でシャルリスのマスクを外してきた。
「な、なにを……」
「君だって、べつにマスクをしている必要はないでしょう。なぜなら始祖なんだから」
「まさか……」
「そう。オレは始祖のひとりですよ。ここにゾンビたちを呼び寄せたのも、オレです。巨大種を呼び出したのもオレ。あなた1人を連れ出すためには、混乱が必要でした」
助けを呼ぼうとした。
が、ディヌの白くて細い指が、シャルリスの唇に押し当てられた。
「しーっ。しゃべらないで」
これと似たような景色を、どこかで見た記憶がある。思い出した。今朝の夢だ。バトリの記憶で見た。大人の男たちに追われていた。「しーっ。しゃべるなよ」というセリフ。あのときの少年。
もしや――。
「ルガル・バトリの婚約者……」
シャルリスがそう呟くと、ディヌは不意をつかれたようだった。
「おや。オレのことを知っているのですか。もしかしてバトリから聞きましたか? そうですよ。2300年前の食用人間――つまり始祖をつくる実験によって、オレもまた実験の成功体となりました」
「始祖なら話は早いっス」
ここで仕留める。
ここならドワーフたちも見ていない。肉の腕をシャルリスは両肩から生やした。その両腕をディヌにつかみかかった。が、肉の腕はディヌに触れた瞬間に、枯れた葉っぱのように朽ちていった。
「ど、どうして……」
「オレにそのチカラは通用しませんよ。オレは《不死の魔力》を完璧にあやつることに成功していますから」
「何が目的っスか」
「君のカラダですよ」
「えっ、カラダ!」
「変な誤解はしないでください。オレはバトリとの再会を待っていたんです。さあ、バトリ王女。もうその娘に寄生する必要はないでしょう。出て来てください」
ディヌは、シャルリスの耳朶にそう囁きかけた。するとシャルリスの皮の鎧を突き破って、シャルリスが腹から生えてきた。
「久しぶりじゃな。ディヌ。まさか生きておったとはな」
「お久しぶりです。まさかもう一度、こうしてあなたとお会いできるとは思いませんでした」
と、ディヌはその赤い瞳に、涙を浮かべていた。
バトリのことを封じ込めようとしたのだが、なぜかそれが出来なかった。
「ムダじゃ。シャルリス。ワシとてお前のカラダのなかで、無駄に時間を過ごしてきたわけではない。ゾンビどもを取り入れて、チカラを得てきた。かつてロンに削られた体力も、スッカリ元通りじゃしな」
「ゾンビを取り入れた?」
「融合種の要領じゃな。ほかのゾンビを取り入れて強くなったと言えば、わかりやすいか?」
そう言えば、竜読みの巫女のときも、食べたとバトリは言っていた。
「そんな……」
封じ込めることが出来ない。
バトリは頬から腕を生やす。シャルリスのクチを強引に開いてきた。コブシを突っ込んできた。これでは声を出すことも出来ない。声を出そうとするとノドの奥が刺激されて嘔吐してしまいそうになった。
「バトリ。いつまでその娘に寄生しているつもりですか。まさかその人間に情が湧いたとか?」
呆れたようにディヌが言う。
「その通りじゃ。ワシはこの娘をけっこう気にいっておる。3年もいっしょに過ごしてきたんじゃからな」
腹からもバトリの腕が生えてくる感触があった。シャルリスのヘソの周りをナでているようだった。
抵抗しようとしたのだが、シャルリスのカラダのあちこちから腕が生えてきて、手足を動かすことすらできなくなった。
「だからといって、ずっとその娘に寄生しているつもりですか」
「ワシがこの娘に寄生している理由は3つある」
「お聞きしますよ」
「1つ。この世界には、ワシではゼッタイに勝てぬ相手がおる。ロンと名乗る男。覚者ヘリコニアじゃ」
「竜人族の末裔ですね」
「しかしあの男は、シャルリスに情を抱いておる。シャルリスに寄生しておけば、ワシの身の安全も保障されるわけじゃ」
「なるほど」
と、ディヌがうなずく。
それでバトリは、シャルリスから出て行こうとしなかったわけだ。要するに、人質として取られていたのだ。
「それから2つ目。この娘はワシらと同じじゃ。ブレイブ王国の血を引く娘じゃ。言えばこの娘も同胞じゃ」
ブレイブ王国。
聞いたことのない地名だった。もしかすると、ずっとずっと昔にあった国の名前かもしれない。
「たしかに、赤毛に赤目の民ですからね。我らブレイブ王国の出身なのでしょう」
と、ディヌは、シャルリスのポニーテールに縛っている髪に触れた。
「ワシとカラダの感覚が非常に似ておる。そのせいでシャルリスはワシを封じ込めることが出来たわけじゃな。《不死の魔力》と適合したのも、そのおかげじゃ」
そう言えば――と、シャルリスは思い出した。
たしか、帝都にマオという青年がいた。赤毛に赤目の民だから、ノスフィルト家から放逐されたとか言っていた。
バトリと同じ、この赤毛と赤目には意味があるのだ。
「3つ目の理由はなんです?」
「ワシが、この娘を気にいっているということじゃな。これがイチバン大きな理由じゃ」
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