《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
16-2.告白
ロンは竜騎士たちの様子を見ていた。
小隊長のなかには、ロンと打ち解けて、一緒に酒を飲むような仲間もいた。そんな連中が、無傷で帰ってくるとロンもホッとする。
しかし酒を飲むために、シャルリスたちを先に帰したわけではない。帝都の竜騎士の様子を見ておこうと思ったのだ。
覚者ヘリコニアと呼ばれている自分にたいして、どういった目や態度を向けてくるのか。理解しておきたかった。
物陰からロンを見つめてくる者がいれば、握手を求めてくる者もいた。嫌われてるという感じはない。
「やはり覚者のブランドは、人を惹きつけるのだろうな。それともロン自身の魅力なのかな?」
エレノアがそう話しかけてきた。
以前、エレノアのキスを頬に受けたことがある。それ以来、ロンはエレノアにたいして少々気まずい思いを抱いているのだが、エレノアはそれをオクビにも出さなかった。なので、ロンのほうも普通に接することが出来る。
「過大評価ですよ」
「すこしふたりで話せるか?」
「ええ。構いませんよ」
中庭からすこし離れたところに、石造りの桟橋の伸びている場所があった。以前、ロンがエレノアからキスを受けた場所だった。
「今日も見事な活躍であったな。巨大種を一瞬で燃え上がらせるほどの魔力。見ているだけで奮えた」
「エレノア副長のほうこそ、見事でしたよ」
クルスニクの竜騎士を率いて、ゾンビを制圧していった。エレノアのチカラは個人のチカラというよりも、その統率力にこそある。
「今日の活躍は、ロンの率いていたあの3人の働きが顕著だったな。シャルリス。チェイテ。それにアリエル」
「3人とも、強くなりたい理由があるんですよ。シャルリスは覚者になりたいと言ってました。チェイテはノスフィルト家の看板のため。そしてアリエルは、エレノア副長に振り向いてもらいたいそうですよ」
アリエルのことをどう思ったのかはわからないが、ふん、とエレノアは鼻で笑った。
「今日は空がきれいだな」
と、エレノアは話を転じた。
「ええ」
いつの間にか残照は消え去って、空には3つの月と、星が散りばめられていた。
「皇帝陛下から、チョット面白い話をいただいた」
「皇帝から?」
「結婚の話だ」
と、エレノアが振り向いた。
エレノアの琥珀色の瞳が、月光を受けて輝いていた。
心臓にツブテを投げられたような心地になった。
「あのジイさん。もうエレノア副長にそんな話をしたんですか」
今朝がた、ロンが皇帝と話したようなことだろう。
「ロンは、伴侶を持つことに怯えているのだろう」
「怯えてるって言うか、まぁ、抵抗はありますね。オレは竜人族ですからね。生まれてくる子供が、どうなるのか想像もつきません」
「しかし君は、両親から生まれているのだ」
「ええ。ただ、どんな出産だったのか教えてはくれませんでしたがね。死ぬまで教える気はないそうです」
言えないということは、何か問題があったに違いないのだ。
円滑な出産だったなら、両親は生きているはずだ。内容もチャント言えるはずだ。両親が死ぬような惨事が起きたということだろう。
「私は、その話をいただいたとき、チャンスだと思った」
「チャンス――ですか」
「ホントウは竜騎士として、君に私が乗りたかったのだ。しかし、君はシャルリスから離れられない。シャルリスを乗せることになった」
「ええ」
「史上最強とうたわれる個体を、私が独占したいと思った。そのときは屈辱的だったが、もうひとつ君を独占する方法を見出した。伴侶になる、ということだ。私と伴侶になれば、君は私のものになる」
エレノアはそう言いながら、歩み寄ってきた。
気づくと、互いの吐息が鼻先にかかるぐらいの距離にまで詰められていた。エレノアの碧眼が輝きを宿していた。
「ずいぶんと変わったプロポーズですね。しかし、わかってるんですか? オレと子供を生むという行為は、あまりにリスクが大きい」
「君の精子は、適合しない子宮を食うのだそうだな」
「らしいですね」
エレノアの唇から、精子、という言葉を聞くとは思わなかった。しかし、淫靡な響きはまるでなかった。
「弱者は食われる。それが私の信条だ。食われたならば、私が弱かっただけのこと。覚悟はできている」
エレノアが、ロンを求めるのは、愛情、とはまた別種のものだと思う。最強。そう呼ばれる境地に至るため、ロンが必要だということだろう。
「こんな美人からのプロポーズを蹴るのは、オレも心が痛みますがね。オレは生涯女性と関係を持つつもりもないし、子供だって生むつもりはないんですよ」
これは、決意だ。
揺るぎはしない。
自分だけなら良い。
しかし。
自分の伴侶が、自分と結ばれて幸せになれる保障などない。生まれてくる子供が、この残虐な世界で幸せになれる保障など、どこにあるというのか。保障なき愛など、ただのエゴだ。
ほかの覚者たちが変態性癖を持つのと同じように、ロンも異性に関しては独特な理念を持っていた。
これが、ロンの哲学なのだ。
「しかし世界のためにも、君の子どもは必要だ。【方舟】を説き伏せたのも竜人族だし、その【方舟】の仔である、いまの都市竜を説き伏せたのも、やはり竜人族なのだ。そしてこれからも、竜人族は必要になる」
「詳しいですね」
「結婚の話をいただいたときに、竜人族にたついても、皇帝陛下から色々と教えていただいたのだ」
そうですか――と、ロンは肩をすくめてみせた。
「たしかに、【方舟】は、竜人族がいなくては、運用できなかった。ですが、いまの都市竜たちは別ですよ。卵から生まれたときから、人が飼い慣らしているんですから。あれは、ちゃんと人を運ぶように育てられてるんですよ。いまは昔と違って、そうやってすべてのドラゴンが、人の管理下にある」
「それでも、必要な血だろ。世界のためでも、子供を生むつもりはないのか?」
「オレの代で、この世界に安寧をもたらせば良いだけの話です。このタイミングで、エレノア副長を失うリスクのほうが、世界にとっては痛手でしょう」
見通しは、ない。
この世界はじきに、さらに最悪な状況へと叩き落とされる。
都市竜たちの老衰だ。
まさかエレノアは、そこまで知っているわけではないだろう。
どうにかしなければならないとは思うが、迫りくる絶望はあまりに巨大だ。
「拒まれれば、さらに欲しくなるな」
と、エレノアは真っ赤な舌で、その少女みたいに桜色の唇をナめていた。
エレノアの唇がヌラヌラと妖しい光を帯びていた。なんだか直視するのが気まずくて、ロンは目をそらした。
「そんなことより、他人のプロポーズに聞き耳を立てている連中のほうを、先にどうにかするべきだと思いますがね」
「同感だな」
肌に突き刺すような殺気が、さっきから送られてくる。
桟橋の根本には、立派な城門棟がある。その城門棟のあたりに、ロンはありったけの殺気が送りつけた。
隠れていたネズミが、炙り出されたようだ。
「これは失礼。まさかそのような話題だとは思いもせずに、盗み聞きをしてしまうようなカッコウになってしまった」
全身包帯男。
シャング竜騎士長だ。
「なんの御用です?」
「2人して、何か悪巧みでもしているのではないかと思ってな」
「悪巧みですか?」
「あなたがた2人に、皇帝陛下殺害の容疑がかかっている。どうか御同行願おう」
皇帝陛下殺害。
その言葉の意味を理解するのに、すこし時間を要した。
シャングが、手を挙げた。
それを合図に竜騎士たちが、物陰からトツジョとして現れて、ロンたちを取り巻いた。
小隊長のなかには、ロンと打ち解けて、一緒に酒を飲むような仲間もいた。そんな連中が、無傷で帰ってくるとロンもホッとする。
しかし酒を飲むために、シャルリスたちを先に帰したわけではない。帝都の竜騎士の様子を見ておこうと思ったのだ。
覚者ヘリコニアと呼ばれている自分にたいして、どういった目や態度を向けてくるのか。理解しておきたかった。
物陰からロンを見つめてくる者がいれば、握手を求めてくる者もいた。嫌われてるという感じはない。
「やはり覚者のブランドは、人を惹きつけるのだろうな。それともロン自身の魅力なのかな?」
エレノアがそう話しかけてきた。
以前、エレノアのキスを頬に受けたことがある。それ以来、ロンはエレノアにたいして少々気まずい思いを抱いているのだが、エレノアはそれをオクビにも出さなかった。なので、ロンのほうも普通に接することが出来る。
「過大評価ですよ」
「すこしふたりで話せるか?」
「ええ。構いませんよ」
中庭からすこし離れたところに、石造りの桟橋の伸びている場所があった。以前、ロンがエレノアからキスを受けた場所だった。
「今日も見事な活躍であったな。巨大種を一瞬で燃え上がらせるほどの魔力。見ているだけで奮えた」
「エレノア副長のほうこそ、見事でしたよ」
クルスニクの竜騎士を率いて、ゾンビを制圧していった。エレノアのチカラは個人のチカラというよりも、その統率力にこそある。
「今日の活躍は、ロンの率いていたあの3人の働きが顕著だったな。シャルリス。チェイテ。それにアリエル」
「3人とも、強くなりたい理由があるんですよ。シャルリスは覚者になりたいと言ってました。チェイテはノスフィルト家の看板のため。そしてアリエルは、エレノア副長に振り向いてもらいたいそうですよ」
アリエルのことをどう思ったのかはわからないが、ふん、とエレノアは鼻で笑った。
「今日は空がきれいだな」
と、エレノアは話を転じた。
「ええ」
いつの間にか残照は消え去って、空には3つの月と、星が散りばめられていた。
「皇帝陛下から、チョット面白い話をいただいた」
「皇帝から?」
「結婚の話だ」
と、エレノアが振り向いた。
エレノアの琥珀色の瞳が、月光を受けて輝いていた。
心臓にツブテを投げられたような心地になった。
「あのジイさん。もうエレノア副長にそんな話をしたんですか」
今朝がた、ロンが皇帝と話したようなことだろう。
「ロンは、伴侶を持つことに怯えているのだろう」
「怯えてるって言うか、まぁ、抵抗はありますね。オレは竜人族ですからね。生まれてくる子供が、どうなるのか想像もつきません」
「しかし君は、両親から生まれているのだ」
「ええ。ただ、どんな出産だったのか教えてはくれませんでしたがね。死ぬまで教える気はないそうです」
言えないということは、何か問題があったに違いないのだ。
円滑な出産だったなら、両親は生きているはずだ。内容もチャント言えるはずだ。両親が死ぬような惨事が起きたということだろう。
「私は、その話をいただいたとき、チャンスだと思った」
「チャンス――ですか」
「ホントウは竜騎士として、君に私が乗りたかったのだ。しかし、君はシャルリスから離れられない。シャルリスを乗せることになった」
「ええ」
「史上最強とうたわれる個体を、私が独占したいと思った。そのときは屈辱的だったが、もうひとつ君を独占する方法を見出した。伴侶になる、ということだ。私と伴侶になれば、君は私のものになる」
エレノアはそう言いながら、歩み寄ってきた。
気づくと、互いの吐息が鼻先にかかるぐらいの距離にまで詰められていた。エレノアの碧眼が輝きを宿していた。
「ずいぶんと変わったプロポーズですね。しかし、わかってるんですか? オレと子供を生むという行為は、あまりにリスクが大きい」
「君の精子は、適合しない子宮を食うのだそうだな」
「らしいですね」
エレノアの唇から、精子、という言葉を聞くとは思わなかった。しかし、淫靡な響きはまるでなかった。
「弱者は食われる。それが私の信条だ。食われたならば、私が弱かっただけのこと。覚悟はできている」
エレノアが、ロンを求めるのは、愛情、とはまた別種のものだと思う。最強。そう呼ばれる境地に至るため、ロンが必要だということだろう。
「こんな美人からのプロポーズを蹴るのは、オレも心が痛みますがね。オレは生涯女性と関係を持つつもりもないし、子供だって生むつもりはないんですよ」
これは、決意だ。
揺るぎはしない。
自分だけなら良い。
しかし。
自分の伴侶が、自分と結ばれて幸せになれる保障などない。生まれてくる子供が、この残虐な世界で幸せになれる保障など、どこにあるというのか。保障なき愛など、ただのエゴだ。
ほかの覚者たちが変態性癖を持つのと同じように、ロンも異性に関しては独特な理念を持っていた。
これが、ロンの哲学なのだ。
「しかし世界のためにも、君の子どもは必要だ。【方舟】を説き伏せたのも竜人族だし、その【方舟】の仔である、いまの都市竜を説き伏せたのも、やはり竜人族なのだ。そしてこれからも、竜人族は必要になる」
「詳しいですね」
「結婚の話をいただいたときに、竜人族にたついても、皇帝陛下から色々と教えていただいたのだ」
そうですか――と、ロンは肩をすくめてみせた。
「たしかに、【方舟】は、竜人族がいなくては、運用できなかった。ですが、いまの都市竜たちは別ですよ。卵から生まれたときから、人が飼い慣らしているんですから。あれは、ちゃんと人を運ぶように育てられてるんですよ。いまは昔と違って、そうやってすべてのドラゴンが、人の管理下にある」
「それでも、必要な血だろ。世界のためでも、子供を生むつもりはないのか?」
「オレの代で、この世界に安寧をもたらせば良いだけの話です。このタイミングで、エレノア副長を失うリスクのほうが、世界にとっては痛手でしょう」
見通しは、ない。
この世界はじきに、さらに最悪な状況へと叩き落とされる。
都市竜たちの老衰だ。
まさかエレノアは、そこまで知っているわけではないだろう。
どうにかしなければならないとは思うが、迫りくる絶望はあまりに巨大だ。
「拒まれれば、さらに欲しくなるな」
と、エレノアは真っ赤な舌で、その少女みたいに桜色の唇をナめていた。
エレノアの唇がヌラヌラと妖しい光を帯びていた。なんだか直視するのが気まずくて、ロンは目をそらした。
「そんなことより、他人のプロポーズに聞き耳を立てている連中のほうを、先にどうにかするべきだと思いますがね」
「同感だな」
肌に突き刺すような殺気が、さっきから送られてくる。
桟橋の根本には、立派な城門棟がある。その城門棟のあたりに、ロンはありったけの殺気が送りつけた。
隠れていたネズミが、炙り出されたようだ。
「これは失礼。まさかそのような話題だとは思いもせずに、盗み聞きをしてしまうようなカッコウになってしまった」
全身包帯男。
シャング竜騎士長だ。
「なんの御用です?」
「2人して、何か悪巧みでもしているのではないかと思ってな」
「悪巧みですか?」
「あなたがた2人に、皇帝陛下殺害の容疑がかかっている。どうか御同行願おう」
皇帝陛下殺害。
その言葉の意味を理解するのに、すこし時間を要した。
シャングが、手を挙げた。
それを合図に竜騎士たちが、物陰からトツジョとして現れて、ロンたちを取り巻いた。
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