《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
15-3.見学
「観測隊によると、今回の羽休めはおおよそ5時間だ。廃都探索隊はそのあいだに可能なかぎりの物資を回収する」
シャングが作戦説明をおこなっている。
リーたち帝都の竜騎士は、地上におりていた。地上は瘴気に満ちているため、竜具とマスクを装着している。
歩廊の上に立っていた。
廃都、である。
おそらく昔は立派な都市だったのだろうとうかがえる。都市の周囲には石造りの城壁がそびえ立っているのだ。リーが立っているのは、その城壁の歩廊だ。
廃都の全景をヘイゲイすることができる。かつては栄華をきわめたのだろうが、もうその片鱗すら見えない。
景色は赤い瘴気に薄く包み込まれていて、くすんでいた。
リーやマオのほかにも、帝都の竜騎士50騎がこの作戦に参加している。竜騎士は他にも仕事があるので、割くことが出来るのはこの50騎だけだったのだ。
さっきからシャングが作戦説明をおこなっているのだが、そんなことよりも気になることがある。
巨大なイモムシみたいなのが2匹、這いつくばるようにして廃都内を進んでいる。ゾンビ――なのだろうか、あれが。
見ているだけで気持ちが悪くなってくる。嘔吐しそうになるのを、どうにかこらえた。マスクをしているのに、嘔吐したら大変なことになる。
「見てわかるように、この廃都には巨大種が2匹存在してる。我々、帝都竜騎士隊はあの2匹の注意を可能なかぎり引きつけることが任務となる。積極的な戦闘は極力避けることだ。とにかく探索隊のほうへ行かさなければ良い」
「あの……っ」
と、リーは挙手した。
「どうした?」
と、シャングが包帯だらけの顔を向けてきた。ほとんどの者が竜具を装備している。もちろんリーもヘルムから脚甲まで装備している。が、シャングだけは軽装だった。
「覚者がいたと思うんですけど、あの人なら、あの巨大種も簡単に倒せるのではないでしょうか?」
『たしかに』
『その通りだな』
と、竜騎士たちから賛同の声が漏れた。
「もちろん提案してみたが、覚者殿の魔力はあまりに強大であり、あれを燃やすとなると都市の一部も塵に変えてしまいかねないということだ。出来るだけ探索隊には物資を持ち帰ってもらいたいし、これだけキレイに残された廃都は貴重だ。廃都へ損壊をあたえるということで、その案は却下された」
倒せるならば、倒してしまったほうが良いように思う。
が。
たしかに地上の都市というのは、貴重だ。いずれは人間が移り住むことになるかもしれないのだ。文化的な財産という意味もあるのかもしれないし、被害が与えるような行為は避けるべきなのかもしれない。
シャングが包帯の奥から、くぐもった声をつづけた。
「この廃都は見ての通り、立派な城壁で囲まれている。よって外部からの攻撃はすくないと思われる。しかし廃都内部には、危険度が高いゾンビが多く生息している。目視できる巨大種だけでなく、融合種や変異種も多くいる。積極的な戦闘は避けて、我々はあの2匹の巨大種を引きつけることだけに集中することだ」
戦わなくても良いのなら良かった。
情けないことに、リーはホッとしてしまった。
「クルスニク出身の竜騎士たちは、どうするんですか? ここにはいないようですが」
と、マオが尋ねていた。
たしかにマオの言うように、ここにいるのは顔なじみの帝都の竜騎士ばかりだ。
「連中は、探索隊が廃都に入る前に、都市内のゾンビの掃討に当たっている。探索隊が入ってからは、探索隊の護衛を行うことになる」
「でも、それじゃあ、あまりにも負担が違いすぎます。オレたちはあの2匹の巨大種を引きつけるだけで良いのに、クルスニクの竜騎士は前線で戦うってことですか」
マオがそう食い下がる。
リーは冷や汗をおぼえた。
そんなこと尋ねなくても良いのだ。余計な仕事を押し付けられたらどうするつもりなのか。
命あっての物種だ。
マオは自分が前線で戦いたいから、そう発言しているだけなのだろう。
「さきほどの顔合わせでわかったはずだ。我々とクルスニクの竜騎士では、実力差がありすぎる。我々はここで、クルスニクの竜騎士たちの戦いを見て学ぶのだ」
なるほど、そういうことか――と、マオは納得したようだ。
シャングがつづける。
「それにこれは、クルスニク人にとっても名誉挽回のチャンスなのだ。クルスニク人は以前、ゾンビ化した帝都の人間を襲ったことがある。言わずと知れた【クルスニクゾンビ化け事件】だ。そのため、帝都人のなかには、クルスニク人にたいして不信感を抱く者もすくなくない。ここでクルスニク出身の竜騎士が活躍できれば、その汚名を晴らす機会にもなるのだ」
すこし釈然としない思いだったが、納得する気持ちもあった。
シャングがさらに詳しい作戦説明をおこなった。その作戦にしたがって、竜騎士たちは各々の配置についた。
帝都の竜騎士たちは歩廊の上にて、小隊ごとのカタマリになった。
こちらに引き付けるために、2匹の巨大種に向かって、火球を放つ。通用している気配はない。けれど、反応はあった。こちらに向かって緩慢に進んできた。派手な動きはない。穏やかな作戦だった。見てくれが巨大なイモムシなだけあって、進みかたもイモムシのそれだ。
この様子だと、リーたちの出番はなさそうだ。
「やっぱりチョット納得できないなぁ」
と、リーは城壁の縁に腰かけて呟いた。
「何が納得できないんだよ」
と、マオが尋ねてきた。
「前線で戦ってるのはクルスニクの竜騎士だけだろ」
「そりゃ、あいつらは豊富な実戦経験があるからな。見て学ばせてもらえば良いだろ。前線に出れないのは残念だけどよ」
ここは穏やかだが、前線は過酷だろう、と思う。
「オマケに、廃都探索隊も、クルスニク人だけで結成されているって言うじゃないか」
「らしいな」
と、マオは巨大種のほうに、そのネコみたいな大きな目を向けながらうなずいた。
「それってまるで、クルスニク人だけにリスクを負わせているような気がするんだけど」
廃都探索隊は、水汲み隊や鉱山部隊と同じく、民間人によって編成されている。魔法が使えても、対ゾンビの戦闘力は皆無といっても等しい。
「そりゃそうだろ。連中は使い潰しちまったほうが良いンだから」
と、マオは足元に落ちていた小石を蹴り飛ばした。小石は歩廊のうえから、廃都のほうへと落っこちて行った。
「ヤッパリ、今回の作戦ってそっちの目的のほうが大きいのかな?」
こうして歩廊から都市を見下ろしていると、クルスニクの竜騎士たちがゾンビと戦っている場面を見ることが出来た。ゾンビを倒し慣れているのだろうか。手際が良い。
「だろうな。クルスニク人なんかに、帝都に居つかれたらたまったもんじゃねェだろ。いつゾンビ化するかわかんねェし、食糧だって余裕はないんだからよ」
今回の作戦に、クルスニク人を大量に投入して、そして処理してしまおう――というわけだ。
だから、わざわざこの危険度の高い廃都を作戦場所に選んだのかもしれない。収穫があれば、一石二鳥というわけだ。
ようやっと合点がいった。
「でも、なんか、残酷だよね」
「世界ってそんなもんじゃねェの?」
「そうなのかな」
「お前さ、いまだに世界中の人が幸せになれるとか思ってるわけ? 世界中の人が幸せだった瞬間なんて、このロト・ワールドの歴史上で1度でもあったかよ」
マオはまるで怒ってるみたいに言う。
マオはノスフィルト家に生まれて、不幸を押し付けられた側だ。リーの発言が、気に障ったのかもしれない。
「ゴメン」
「べつにリーが謝ることはねェけどさ」
と、マオもリーの隣に腰かけた。
クルスニク人を怖れる気持ちは、リーにだってよくわかる。連中には感染の疑いがあるのだ。実際に1度【クルスニク人ゾンビ化事件】を起こしている。許せないとも思う。とっとと帝都から出て行って欲しい。穏やかに暮らしたい。それだけなのだ。邪魔しないで欲しい。
なぜ、帝都だったのだろうか。
都市竜クルスニクが死んだ。理由はわからない。けど、それはまぁ、仕方ないとしよう。けれど、避難先がどうしてこの帝都だったのか。
もっと別の場所に行ってくれれば良かったのに、と思う。
「シャング竜騎士長が、この舞台を用意してくれたんだ。オレたちは見て学ぼうぜ。オレはチェイテ・ノスフィルトだ。あいつの戦い方を徹底的に見分してやる」
と、マオは双眼鏡をとりだした。
「そんなもの、どこから持ってきたんだ?」
「シャング竜騎士長から借りたのさ」
リーの分もあるぜ、と双眼鏡を押し付けてきた。
借りる。
覗きこんだ。
双眼鏡のピントを合わせる先は、シャルリス・ネクティリアだ。
「げっ」
と、リーは声を上げた。
「どうした?」
「あのシャルリスって娘、自分のカラダから腕を生やして戦ってるよ」
「自分のカラダから、腕が生えてるのは当たり前だろ」
「いや、そうじゃなくて……」
どう説明すれば良いのだろうか。人間が持っているはずの2本の腕は、チャント生えているのだ。それとは別に、腹から3本もの腕を生やしている。
あれじゃあ、まるで……。
「変異種ゾンビだ」
吐き気がする。
「どれだよ。……うっ」
と、マオも呻いていた。
たぶん、見た、のだろう。
「あ、あんなのが都市に入って、人間みたいに暮らしてるのかと思うと、怖くて仕方がないよ」
「だな。ヤッパリ間違っちゃいないよ。クルスニク人はここでみんな死ぬべきだ」
と、マオの声も震えていた。
おい、離れろ――ッ、という声が急にすぐ近くで聞こえた。
リーは跳ね上がるほどビックリした。シャルリスに見惚れていた。いや。そのグロテスクな風体から、目を離せなかったというほうが正しい。
双眼鏡から目を離す。
気づくと、すぐ足元までイモムシみたいな巨大種這って来ていた。
巨大種の腕が勢いよく伸びてきた。リーの足首をつかむ。
「え?」
引っ張られた。
「リーッ」
と、マオが手を伸ばしてくる。マオの手をつかみ損ねた。
リーのカラダは、歩廊から引きずり下ろされた。巨大種に引き寄せられる。巨大種のブヨブヨとしたカラダに、背中を叩きつけられた。肉のおかげで、落下の衝撃は軽減された。軽く弾んだぐらいだ。
「くそっ」
あわてて起き上がる。
城壁の高いところにマオや、ほかの竜騎士たちの姿が見えた。何か叫んでいるようだが、声は聞きとることが出来なかった。
足場は巨大種のカラダになっている。イモムシみたいに地面を這っていた巨大種の上にいるらしい。
(地面に叩きつけられなかっただけマシか)
立ち上がろうとした。
だが、まだ右の足首を、ゾンビの腕がつかんでいた。引っこ抜こうとしても、チカラ強くつかんでいる。
「は、離せっ。こいつっ」
腰に携えているロングソードを抜き取った。足元に突き刺す。意味はない。ゾンビは核を傷つけなければ機能を停止しないのだ。自分の足首をつかんでいる腕さえ離れてくれれば良かった。
離れない。
むしろ足場になっている肉塊から、白蛇みたいなものが伸びて来ていた。その蛇の先端には、人間の顔がついている。この巨大なイモムシが、もともとは人間だったという証でもあった。もとの顔は判別できない。目は白濁して、顔はケロイドにおおわれて、唇は失われている。歯茎をむき出して、黄ばんだ歯をむき出しにしていた。
「くそったれッ」
火球を放つ。伸びてきたゾンビの顔面に直撃した。が、すぐに修復されていく。
顔が、迫ってくる。
死ぬのか。こんなところで。
(ゴウ……)
シャングが作戦説明をおこなっている。
リーたち帝都の竜騎士は、地上におりていた。地上は瘴気に満ちているため、竜具とマスクを装着している。
歩廊の上に立っていた。
廃都、である。
おそらく昔は立派な都市だったのだろうとうかがえる。都市の周囲には石造りの城壁がそびえ立っているのだ。リーが立っているのは、その城壁の歩廊だ。
廃都の全景をヘイゲイすることができる。かつては栄華をきわめたのだろうが、もうその片鱗すら見えない。
景色は赤い瘴気に薄く包み込まれていて、くすんでいた。
リーやマオのほかにも、帝都の竜騎士50騎がこの作戦に参加している。竜騎士は他にも仕事があるので、割くことが出来るのはこの50騎だけだったのだ。
さっきからシャングが作戦説明をおこなっているのだが、そんなことよりも気になることがある。
巨大なイモムシみたいなのが2匹、這いつくばるようにして廃都内を進んでいる。ゾンビ――なのだろうか、あれが。
見ているだけで気持ちが悪くなってくる。嘔吐しそうになるのを、どうにかこらえた。マスクをしているのに、嘔吐したら大変なことになる。
「見てわかるように、この廃都には巨大種が2匹存在してる。我々、帝都竜騎士隊はあの2匹の注意を可能なかぎり引きつけることが任務となる。積極的な戦闘は極力避けることだ。とにかく探索隊のほうへ行かさなければ良い」
「あの……っ」
と、リーは挙手した。
「どうした?」
と、シャングが包帯だらけの顔を向けてきた。ほとんどの者が竜具を装備している。もちろんリーもヘルムから脚甲まで装備している。が、シャングだけは軽装だった。
「覚者がいたと思うんですけど、あの人なら、あの巨大種も簡単に倒せるのではないでしょうか?」
『たしかに』
『その通りだな』
と、竜騎士たちから賛同の声が漏れた。
「もちろん提案してみたが、覚者殿の魔力はあまりに強大であり、あれを燃やすとなると都市の一部も塵に変えてしまいかねないということだ。出来るだけ探索隊には物資を持ち帰ってもらいたいし、これだけキレイに残された廃都は貴重だ。廃都へ損壊をあたえるということで、その案は却下された」
倒せるならば、倒してしまったほうが良いように思う。
が。
たしかに地上の都市というのは、貴重だ。いずれは人間が移り住むことになるかもしれないのだ。文化的な財産という意味もあるのかもしれないし、被害が与えるような行為は避けるべきなのかもしれない。
シャングが包帯の奥から、くぐもった声をつづけた。
「この廃都は見ての通り、立派な城壁で囲まれている。よって外部からの攻撃はすくないと思われる。しかし廃都内部には、危険度が高いゾンビが多く生息している。目視できる巨大種だけでなく、融合種や変異種も多くいる。積極的な戦闘は避けて、我々はあの2匹の巨大種を引きつけることだけに集中することだ」
戦わなくても良いのなら良かった。
情けないことに、リーはホッとしてしまった。
「クルスニク出身の竜騎士たちは、どうするんですか? ここにはいないようですが」
と、マオが尋ねていた。
たしかにマオの言うように、ここにいるのは顔なじみの帝都の竜騎士ばかりだ。
「連中は、探索隊が廃都に入る前に、都市内のゾンビの掃討に当たっている。探索隊が入ってからは、探索隊の護衛を行うことになる」
「でも、それじゃあ、あまりにも負担が違いすぎます。オレたちはあの2匹の巨大種を引きつけるだけで良いのに、クルスニクの竜騎士は前線で戦うってことですか」
マオがそう食い下がる。
リーは冷や汗をおぼえた。
そんなこと尋ねなくても良いのだ。余計な仕事を押し付けられたらどうするつもりなのか。
命あっての物種だ。
マオは自分が前線で戦いたいから、そう発言しているだけなのだろう。
「さきほどの顔合わせでわかったはずだ。我々とクルスニクの竜騎士では、実力差がありすぎる。我々はここで、クルスニクの竜騎士たちの戦いを見て学ぶのだ」
なるほど、そういうことか――と、マオは納得したようだ。
シャングがつづける。
「それにこれは、クルスニク人にとっても名誉挽回のチャンスなのだ。クルスニク人は以前、ゾンビ化した帝都の人間を襲ったことがある。言わずと知れた【クルスニクゾンビ化け事件】だ。そのため、帝都人のなかには、クルスニク人にたいして不信感を抱く者もすくなくない。ここでクルスニク出身の竜騎士が活躍できれば、その汚名を晴らす機会にもなるのだ」
すこし釈然としない思いだったが、納得する気持ちもあった。
シャングがさらに詳しい作戦説明をおこなった。その作戦にしたがって、竜騎士たちは各々の配置についた。
帝都の竜騎士たちは歩廊の上にて、小隊ごとのカタマリになった。
こちらに引き付けるために、2匹の巨大種に向かって、火球を放つ。通用している気配はない。けれど、反応はあった。こちらに向かって緩慢に進んできた。派手な動きはない。穏やかな作戦だった。見てくれが巨大なイモムシなだけあって、進みかたもイモムシのそれだ。
この様子だと、リーたちの出番はなさそうだ。
「やっぱりチョット納得できないなぁ」
と、リーは城壁の縁に腰かけて呟いた。
「何が納得できないんだよ」
と、マオが尋ねてきた。
「前線で戦ってるのはクルスニクの竜騎士だけだろ」
「そりゃ、あいつらは豊富な実戦経験があるからな。見て学ばせてもらえば良いだろ。前線に出れないのは残念だけどよ」
ここは穏やかだが、前線は過酷だろう、と思う。
「オマケに、廃都探索隊も、クルスニク人だけで結成されているって言うじゃないか」
「らしいな」
と、マオは巨大種のほうに、そのネコみたいな大きな目を向けながらうなずいた。
「それってまるで、クルスニク人だけにリスクを負わせているような気がするんだけど」
廃都探索隊は、水汲み隊や鉱山部隊と同じく、民間人によって編成されている。魔法が使えても、対ゾンビの戦闘力は皆無といっても等しい。
「そりゃそうだろ。連中は使い潰しちまったほうが良いンだから」
と、マオは足元に落ちていた小石を蹴り飛ばした。小石は歩廊のうえから、廃都のほうへと落っこちて行った。
「ヤッパリ、今回の作戦ってそっちの目的のほうが大きいのかな?」
こうして歩廊から都市を見下ろしていると、クルスニクの竜騎士たちがゾンビと戦っている場面を見ることが出来た。ゾンビを倒し慣れているのだろうか。手際が良い。
「だろうな。クルスニク人なんかに、帝都に居つかれたらたまったもんじゃねェだろ。いつゾンビ化するかわかんねェし、食糧だって余裕はないんだからよ」
今回の作戦に、クルスニク人を大量に投入して、そして処理してしまおう――というわけだ。
だから、わざわざこの危険度の高い廃都を作戦場所に選んだのかもしれない。収穫があれば、一石二鳥というわけだ。
ようやっと合点がいった。
「でも、なんか、残酷だよね」
「世界ってそんなもんじゃねェの?」
「そうなのかな」
「お前さ、いまだに世界中の人が幸せになれるとか思ってるわけ? 世界中の人が幸せだった瞬間なんて、このロト・ワールドの歴史上で1度でもあったかよ」
マオはまるで怒ってるみたいに言う。
マオはノスフィルト家に生まれて、不幸を押し付けられた側だ。リーの発言が、気に障ったのかもしれない。
「ゴメン」
「べつにリーが謝ることはねェけどさ」
と、マオもリーの隣に腰かけた。
クルスニク人を怖れる気持ちは、リーにだってよくわかる。連中には感染の疑いがあるのだ。実際に1度【クルスニク人ゾンビ化事件】を起こしている。許せないとも思う。とっとと帝都から出て行って欲しい。穏やかに暮らしたい。それだけなのだ。邪魔しないで欲しい。
なぜ、帝都だったのだろうか。
都市竜クルスニクが死んだ。理由はわからない。けど、それはまぁ、仕方ないとしよう。けれど、避難先がどうしてこの帝都だったのか。
もっと別の場所に行ってくれれば良かったのに、と思う。
「シャング竜騎士長が、この舞台を用意してくれたんだ。オレたちは見て学ぼうぜ。オレはチェイテ・ノスフィルトだ。あいつの戦い方を徹底的に見分してやる」
と、マオは双眼鏡をとりだした。
「そんなもの、どこから持ってきたんだ?」
「シャング竜騎士長から借りたのさ」
リーの分もあるぜ、と双眼鏡を押し付けてきた。
借りる。
覗きこんだ。
双眼鏡のピントを合わせる先は、シャルリス・ネクティリアだ。
「げっ」
と、リーは声を上げた。
「どうした?」
「あのシャルリスって娘、自分のカラダから腕を生やして戦ってるよ」
「自分のカラダから、腕が生えてるのは当たり前だろ」
「いや、そうじゃなくて……」
どう説明すれば良いのだろうか。人間が持っているはずの2本の腕は、チャント生えているのだ。それとは別に、腹から3本もの腕を生やしている。
あれじゃあ、まるで……。
「変異種ゾンビだ」
吐き気がする。
「どれだよ。……うっ」
と、マオも呻いていた。
たぶん、見た、のだろう。
「あ、あんなのが都市に入って、人間みたいに暮らしてるのかと思うと、怖くて仕方がないよ」
「だな。ヤッパリ間違っちゃいないよ。クルスニク人はここでみんな死ぬべきだ」
と、マオの声も震えていた。
おい、離れろ――ッ、という声が急にすぐ近くで聞こえた。
リーは跳ね上がるほどビックリした。シャルリスに見惚れていた。いや。そのグロテスクな風体から、目を離せなかったというほうが正しい。
双眼鏡から目を離す。
気づくと、すぐ足元までイモムシみたいな巨大種這って来ていた。
巨大種の腕が勢いよく伸びてきた。リーの足首をつかむ。
「え?」
引っ張られた。
「リーッ」
と、マオが手を伸ばしてくる。マオの手をつかみ損ねた。
リーのカラダは、歩廊から引きずり下ろされた。巨大種に引き寄せられる。巨大種のブヨブヨとしたカラダに、背中を叩きつけられた。肉のおかげで、落下の衝撃は軽減された。軽く弾んだぐらいだ。
「くそっ」
あわてて起き上がる。
城壁の高いところにマオや、ほかの竜騎士たちの姿が見えた。何か叫んでいるようだが、声は聞きとることが出来なかった。
足場は巨大種のカラダになっている。イモムシみたいに地面を這っていた巨大種の上にいるらしい。
(地面に叩きつけられなかっただけマシか)
立ち上がろうとした。
だが、まだ右の足首を、ゾンビの腕がつかんでいた。引っこ抜こうとしても、チカラ強くつかんでいる。
「は、離せっ。こいつっ」
腰に携えているロングソードを抜き取った。足元に突き刺す。意味はない。ゾンビは核を傷つけなければ機能を停止しないのだ。自分の足首をつかんでいる腕さえ離れてくれれば良かった。
離れない。
むしろ足場になっている肉塊から、白蛇みたいなものが伸びて来ていた。その蛇の先端には、人間の顔がついている。この巨大なイモムシが、もともとは人間だったという証でもあった。もとの顔は判別できない。目は白濁して、顔はケロイドにおおわれて、唇は失われている。歯茎をむき出して、黄ばんだ歯をむき出しにしていた。
「くそったれッ」
火球を放つ。伸びてきたゾンビの顔面に直撃した。が、すぐに修復されていく。
顔が、迫ってくる。
死ぬのか。こんなところで。
(ゴウ……)
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