《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
13-1.帝都での生活
『クルスニク人を追い出せッ』
『ブッ殺せッ』
『クルスニク人の受け入れを許すな!』
3ヶ月前。都市竜クルスニクは死んだ。その都市竜の背中に住んでいた者たちは、決死の覚悟でこの帝都竜ヘルシングへと移動してきた。
クルスニクの民たちは誰もが思ったことだろう。救われた――と。それは大きな間違いであった。
帝都への避難は、悪夢のはじまりだった。
「またっスか」
と、シャルリスはヘキエキしてそう声を漏らした。
クルスニクからの避難民の多くは、帝都竜の右脇腹地区に住んでいた。
クルスニク人の受け入れを認められない帝都人が多い。そのため右脇腹地区へと追いやられているというカッコウだ。
押しかけた客である以上、あまり大きな態度はとれない。クルスニク人の多くは言われた通り、右脇腹地区から出ないようにして細々と暮らしている。
それでもときおり、こうして右脇腹地区に帝都人の暴徒が押しかけてくるのだった。
「なんでしたっけ? 【帝国のハゲ】とか名乗ってる連中っスよ」
と、シャルリスが言う。
移住してきたクルスニク人を追い出そうとする組織がいるのだ。
「ハゲじゃなくて、盾な。【帝国の盾】だ。ハゲはオレに効くからやめろ」
と、ロンが苦い表情をしてそう言った。
この人はいちおう頭髪のことを気にしているらしい。これだけ強い人が、そんな些末なことに悩んでいるなんて変な感じがして、シャルリスは笑いを漏らした。
「ロン隊長は、まだぜんぜんハゲてないっスよ」
「なら良いが」
と、ロンは自分の頭を軽くナでた。
「ロン隊長が出る間でもないっスよ。ボクたちがおさめてくるんで」
「あまりビビらせすぎるなよ。相手はゾンビじゃなくて、普通の人間なんだからな」
と、ロンが注意してきた。
シャルリスの、例のチカラ、のことを言っているのだろう。
「了解っス」
脇腹地区というのは、ドラゴンのワキバラになかば強引に木造の土台を建造している場所だ。
基本的に広場というものはなく、細く長い木造の通路が伸びているだけだ。いちおう地上に落っこちないように木造の柵が張り巡らされている。
特別な施設――たとえば竜騎士の詰め所とか食堂とかはるが、家らしい家はない。露店のような小屋があるだけだ。貧民街である。
「来ますよ」
と、アリエルが言った。
火球が飛んできた。
それがふたりのクルスニク人に直撃するかと思われた。チェイテとアリエルが割って入った。魔防壁を張った。半透明の魔防壁に触れた火球は、その場ではじけるようにして消えていった。
炎の名残がパチパチと音を鳴らしていた。
暴徒の男たちは3人いた。シャルリスたち竜騎士の登場に怯んだようで、あわてて逃げ出しはじめた。
チェイテがドラゴンに騎乗して先回りをした。木造の通路が伸びているだけの地区だ。ドラゴンの巨体に立ちはだかれると、逃げ場はない。3人のうち2人はその場にシリモチをついていた。チェイテがふたりを拘束する。
残ったひとりは木造の柵のうえを器用に走って逃げて行く。
「シャルリス! ひとり逃した!」
と、チェイテが呼んだ。
「わかってるっスよ」
暴徒を逃がすわけにはいかない。正義感ではない。もちろんそれもあるが、もっと別の動機がシャルリスを突き動かしていた。
ロンに育てられた小隊として、決して落ち度は見せられないと気負っていた。あの覚者ヘリコニアと呼ばれる男に育てられたのだ。それはシャルリスの誇りであり、喜びでもあった。ロンの顔に泥を塗るようなことはしたくない。ロンに幻滅されるようなこともしたくはない。……もっとも本人は、そんなこと歯牙にもかけていないだろうが。
この距離なら、ロンに騎乗して追いかける必要もない。
走って追いつく。
壁際まで追い詰めた。
床は木造。壁面はドラゴン――正確には帝都竜ヘルシングのウロコになっている。右手には木造の柵があって、その先は空になっている。逃げ場はない。
追い詰められた男は少女の首にナイフを当てていた。
「来るな! これ以上、近寄るとこの娘の命はないぞ」
「人質っスか。卑怯な」
少女は怯えきった表情で、シャルリスのほうを見てきた。
「何とでも言えば良いさ。お前たちクルスニク人を追い出すためなら、どんな悪行だってやる覚悟だ」
「こういう治安を乱すような行為は、やめてもらいたいっスね」
男の風体を見定めた。
ブロンドの髪をオールバックにした細身の男だ。柵の上を走って見せた。運動神経は良い。油断はできない。魔力はどれほどなのかわからない。
「なにが治安を乱すだッ。治安を乱してるのは、クルスニク人じゃねェか。帝都竜ヘルシングには、帝都に住んでいる人たちのぶんの食糧しかねェ。てめェらを養う余裕なんてねェンだよ」
そうだ。
食糧問題だ。
ドラゴンの背中で生活している以上は、食べ物だってそう簡単に量産できるわけではない。
食い扶持が増えれば、食いっぱぐれる人も出てくる。
クルスニク人が押し掛けたことで、帝都の食料を逼迫している。
そんなことはシャルリスにだってわかる。
「都市竜クルスニクが死んだんだから、仕方ないッスよ。だいたいクルスニクの人たちは、もう他に行くところがないっスよ。そんな人たちに出て行けって言うンっスか!」
と、シャルリスは語気を荒げた。
そうだ――と、男がうなずく。
「クルスニクから来た者は、全員地上で死ねば良かったんだ。だいたいゾンビに感染してる疑いがあるヤツが、同じ帝都にいると思うだけで、夜もマトモに寝れたもんじゃない」
ふたつ目の問題のほうが深刻だった。
地上を歩いてきたというクルスニク人を、帝都人は怖れているのだ。地上を歩いて来たのならば、ゾンビに感染してるんじゃないのか、と警戒されている。
最悪なことに、クルスニク人がゾンビ化して帝都の人を襲う事件が1度起きている。たった1度だったし、そこまで大きな被害は出なかった。それでも、帝都の人たちに不信感をあたえるのは、充分な事件だった。
【クルスニク人ゾンビ化事件】
そう呼ばれている。
あの事件さえなければ、【帝国の盾】を名乗る暴徒が現われることもなかったのかもしれない。
「あの地上を必死の覚悟で逃げてきた者たちに向かって、よくそんなことが言えるっスね! クルスニクの人たちを生かすために、いったいどれだけの竜騎士が犠牲になったと思ってるっスか!」
高潔なるドラゴンの精神をもって、クルスニク人を最後まで守護して死んでいった先輩たちを、シャルリスは見ているのだ。エレノアの補佐官や、クルスニク12騎士と呼ばれた者たち。誇り高い竜騎士たちだった。
彼らの命を侮辱された気がして、シャルリスも黙ってはいられなかった。
「オレたちは、オレたち自身であり、オレたちの家族や仲間を守るために、クルスニク人を追い出そうとしてるんだッ」
「あぁ? 自分の都合ばかりベラベラと並べやがって」
「お前たちが帝都から出て行かないって言うンなら、オレたちにだって考えがあるんだ。この少女を殺す。いいからオレたちの言う通りに、ここから出て行け! オレたちの帝都を汚すな!」
男の碧眼が血走っている。
持っていたナイフが、少女の首に傷つけていた。血が流れている。
(今はこのチカラに頼るしかないッ)
みずからの腹から肉の腕を生やして見せた。バトリの腕だ。もうだいぶ操れるようになっている。
肉の腕が、男のナイフをつかんだ。その間隙に少女が男から逃げ出した。男は何が起きたのかすぐには理解できなかったようだ。唖然とした表情をしていた。が、みるみうるうちにその顔が恐怖で歪みはじめた。
「うわぁぁッ。ゾンビ! やめろッ。やめてくれぇ」
逃げ出そうと必死に暴れる男の手首足首を、肉の腕でつかんだ。木造の床に張り付けるようにして押さえ込んだ。
「酷いっスね。こう見えてもボクはまだ、人間のつもりなんっスけどね」
「いやだ。ゾンビになんてなりたくない! ハティ! ミネイヴァ!」
涙と鼻水で顔を濡らしながら男は、人の名前らしき名称を叫んでいた。もしかすると友人の名前だろうか。妻と娘かもしれない。こんな暴徒たちにも家族はいるのだ。そう思うとシャルリスは怯んだ。
家族や友人を守るために、クルスニク人を追い出そうとしている――という男のさきほどの訴えが、シャルリスの脳裏によみがえった。
不意を突かれた。
「シャルリス!」
すぐ右手からロンの声が聞こえた。
右手は木造の柵が張られており、その向こうは空になっている。
シャルリスに向かって、大岩が飛来してきた。いったいどこから飛来してきたのか。よく見ると茶色い魔法陣を展開している竜騎士がいた。ドラゴンに乗って滞空していた。ヘルムをかぶっていたので、顔は見えなかった。だが、ドラゴンに乗っているということは竜騎士だろう。その人物から飛来してきたものらしい。
大岩を防ぐようにしてロンがドラゴンの姿になって割って入った。
岩はロンのウロコに衝突して砕け散ったようだ。飛散した小石がシャルリスのもとにも飛んできた。
岩を放った竜騎士はドラゴンに乗って、遠くへ逃げてしまったようだ。
「いまの竜騎士は?」
「【帝国の盾】の一員かもしれんな」
ロンは竜化をとして、シャルリスのすぐ隣に立っていた。
「ほかにも仲間がいたっスか。しかも竜騎士なんて」
「帝都に仕えてる竜騎士もいるだろうからな。それより、そろそろその男を離してやったほうが良い」
「え?」
シャルリスから生やしている肉の腕が、男の手首足首をつかんだままだった。男は気絶してしまったようだ。小便も漏らしたようで、ズボンが濡れている。怖がらせすぎたようだ。シャルリスは肉の腕を自分の腹にしまいこんだ。
「ッたく、あんまりビビらせすぎるなと言ったはずだがな」
と、ロンはそう言うと、シャルリスの額を人差し指で軽く弾いてきた。
説教のつもりなのかもしれないが、ロンから与えられたその感覚はうれしかった。指先が、触れるだけで、なぜかうれしくなる。なんだかハシタナイ気がして、表にはその感情を出さないように押し殺した。
「でも、あの場合は仕方なかったスよ。この男が人質なんかとるから」
「まぁ、そうだがな。そのチカラを見せて立場が悪くなるのは、クルスニク人であり、シャルリス自身なんだからな」
「はい」
シャルリスもこのチカラが、他人にどう見られるのかぐらいはわかっているつもりだ。目の前で小便を漏らして気絶している男が正常なのだろう。
「まぁ。あんまり言っても仕方がない。暴徒鎮圧おつかれさま」
と、ロンはそう言うと、シャルリスの肩を軽くたたいてきた。すごく温かい。ずっと触れていて欲しかったけれど、その手はすぐに離れてしまった。
はたから見ると自分とロンは、どういう関係に見えるのだろうか。
歳の差から言っても恋人には見えないだろう。兄妹。あるいは親子にも見られるかもしれない。それがチョット不服だ。
早く大きくなりたい。
「ロン隊長は大丈夫っスか? すみません。ボクの注意不足で」
「あの程度、ぜんぜんなんともない」
と、ロンは腕を大きくまわして見せた。
「良かったっス」
「シャルリスのほうこそ、腹が見えてるぜ」
ロンにそう言われて、自分のカラダを見た。バトリの腕を生やしたせいで、ヘソが露出していた。
あわてて隠す。
「ロン隊長のエッチ。あんまり見ないで欲しいっス」
「そんなに見てねェよ」
つかまえた暴徒たちを連れて、詰所に戻ることになった。帰り際に、シャルリスが助けた少女から、「お姉ちゃん、ありがとう」と、お礼を言われることになった。シャルリスは嬉しくて、「ニシシ」と笑い返した。
クルスニク人のなかには、シャルリスの存在を受け入れる者も出てきているのだ。
しかしクルスニク人たちのなかも、依然としてシャルリスに怯える者はすくなからずいた。ましてやシャルリスのことを知らない帝都の人たちにとっては、シャルリスはゾンビ以外の何者でもない。
(ロン隊長の言うように、このチカラを使うときは気を付けないと)
と、シャルリスは自分の破けた腹を見つめた。
『ブッ殺せッ』
『クルスニク人の受け入れを許すな!』
3ヶ月前。都市竜クルスニクは死んだ。その都市竜の背中に住んでいた者たちは、決死の覚悟でこの帝都竜ヘルシングへと移動してきた。
クルスニクの民たちは誰もが思ったことだろう。救われた――と。それは大きな間違いであった。
帝都への避難は、悪夢のはじまりだった。
「またっスか」
と、シャルリスはヘキエキしてそう声を漏らした。
クルスニクからの避難民の多くは、帝都竜の右脇腹地区に住んでいた。
クルスニク人の受け入れを認められない帝都人が多い。そのため右脇腹地区へと追いやられているというカッコウだ。
押しかけた客である以上、あまり大きな態度はとれない。クルスニク人の多くは言われた通り、右脇腹地区から出ないようにして細々と暮らしている。
それでもときおり、こうして右脇腹地区に帝都人の暴徒が押しかけてくるのだった。
「なんでしたっけ? 【帝国のハゲ】とか名乗ってる連中っスよ」
と、シャルリスが言う。
移住してきたクルスニク人を追い出そうとする組織がいるのだ。
「ハゲじゃなくて、盾な。【帝国の盾】だ。ハゲはオレに効くからやめろ」
と、ロンが苦い表情をしてそう言った。
この人はいちおう頭髪のことを気にしているらしい。これだけ強い人が、そんな些末なことに悩んでいるなんて変な感じがして、シャルリスは笑いを漏らした。
「ロン隊長は、まだぜんぜんハゲてないっスよ」
「なら良いが」
と、ロンは自分の頭を軽くナでた。
「ロン隊長が出る間でもないっスよ。ボクたちがおさめてくるんで」
「あまりビビらせすぎるなよ。相手はゾンビじゃなくて、普通の人間なんだからな」
と、ロンが注意してきた。
シャルリスの、例のチカラ、のことを言っているのだろう。
「了解っス」
脇腹地区というのは、ドラゴンのワキバラになかば強引に木造の土台を建造している場所だ。
基本的に広場というものはなく、細く長い木造の通路が伸びているだけだ。いちおう地上に落っこちないように木造の柵が張り巡らされている。
特別な施設――たとえば竜騎士の詰め所とか食堂とかはるが、家らしい家はない。露店のような小屋があるだけだ。貧民街である。
「来ますよ」
と、アリエルが言った。
火球が飛んできた。
それがふたりのクルスニク人に直撃するかと思われた。チェイテとアリエルが割って入った。魔防壁を張った。半透明の魔防壁に触れた火球は、その場ではじけるようにして消えていった。
炎の名残がパチパチと音を鳴らしていた。
暴徒の男たちは3人いた。シャルリスたち竜騎士の登場に怯んだようで、あわてて逃げ出しはじめた。
チェイテがドラゴンに騎乗して先回りをした。木造の通路が伸びているだけの地区だ。ドラゴンの巨体に立ちはだかれると、逃げ場はない。3人のうち2人はその場にシリモチをついていた。チェイテがふたりを拘束する。
残ったひとりは木造の柵のうえを器用に走って逃げて行く。
「シャルリス! ひとり逃した!」
と、チェイテが呼んだ。
「わかってるっスよ」
暴徒を逃がすわけにはいかない。正義感ではない。もちろんそれもあるが、もっと別の動機がシャルリスを突き動かしていた。
ロンに育てられた小隊として、決して落ち度は見せられないと気負っていた。あの覚者ヘリコニアと呼ばれる男に育てられたのだ。それはシャルリスの誇りであり、喜びでもあった。ロンの顔に泥を塗るようなことはしたくない。ロンに幻滅されるようなこともしたくはない。……もっとも本人は、そんなこと歯牙にもかけていないだろうが。
この距離なら、ロンに騎乗して追いかける必要もない。
走って追いつく。
壁際まで追い詰めた。
床は木造。壁面はドラゴン――正確には帝都竜ヘルシングのウロコになっている。右手には木造の柵があって、その先は空になっている。逃げ場はない。
追い詰められた男は少女の首にナイフを当てていた。
「来るな! これ以上、近寄るとこの娘の命はないぞ」
「人質っスか。卑怯な」
少女は怯えきった表情で、シャルリスのほうを見てきた。
「何とでも言えば良いさ。お前たちクルスニク人を追い出すためなら、どんな悪行だってやる覚悟だ」
「こういう治安を乱すような行為は、やめてもらいたいっスね」
男の風体を見定めた。
ブロンドの髪をオールバックにした細身の男だ。柵の上を走って見せた。運動神経は良い。油断はできない。魔力はどれほどなのかわからない。
「なにが治安を乱すだッ。治安を乱してるのは、クルスニク人じゃねェか。帝都竜ヘルシングには、帝都に住んでいる人たちのぶんの食糧しかねェ。てめェらを養う余裕なんてねェンだよ」
そうだ。
食糧問題だ。
ドラゴンの背中で生活している以上は、食べ物だってそう簡単に量産できるわけではない。
食い扶持が増えれば、食いっぱぐれる人も出てくる。
クルスニク人が押し掛けたことで、帝都の食料を逼迫している。
そんなことはシャルリスにだってわかる。
「都市竜クルスニクが死んだんだから、仕方ないッスよ。だいたいクルスニクの人たちは、もう他に行くところがないっスよ。そんな人たちに出て行けって言うンっスか!」
と、シャルリスは語気を荒げた。
そうだ――と、男がうなずく。
「クルスニクから来た者は、全員地上で死ねば良かったんだ。だいたいゾンビに感染してる疑いがあるヤツが、同じ帝都にいると思うだけで、夜もマトモに寝れたもんじゃない」
ふたつ目の問題のほうが深刻だった。
地上を歩いてきたというクルスニク人を、帝都人は怖れているのだ。地上を歩いて来たのならば、ゾンビに感染してるんじゃないのか、と警戒されている。
最悪なことに、クルスニク人がゾンビ化して帝都の人を襲う事件が1度起きている。たった1度だったし、そこまで大きな被害は出なかった。それでも、帝都の人たちに不信感をあたえるのは、充分な事件だった。
【クルスニク人ゾンビ化事件】
そう呼ばれている。
あの事件さえなければ、【帝国の盾】を名乗る暴徒が現われることもなかったのかもしれない。
「あの地上を必死の覚悟で逃げてきた者たちに向かって、よくそんなことが言えるっスね! クルスニクの人たちを生かすために、いったいどれだけの竜騎士が犠牲になったと思ってるっスか!」
高潔なるドラゴンの精神をもって、クルスニク人を最後まで守護して死んでいった先輩たちを、シャルリスは見ているのだ。エレノアの補佐官や、クルスニク12騎士と呼ばれた者たち。誇り高い竜騎士たちだった。
彼らの命を侮辱された気がして、シャルリスも黙ってはいられなかった。
「オレたちは、オレたち自身であり、オレたちの家族や仲間を守るために、クルスニク人を追い出そうとしてるんだッ」
「あぁ? 自分の都合ばかりベラベラと並べやがって」
「お前たちが帝都から出て行かないって言うンなら、オレたちにだって考えがあるんだ。この少女を殺す。いいからオレたちの言う通りに、ここから出て行け! オレたちの帝都を汚すな!」
男の碧眼が血走っている。
持っていたナイフが、少女の首に傷つけていた。血が流れている。
(今はこのチカラに頼るしかないッ)
みずからの腹から肉の腕を生やして見せた。バトリの腕だ。もうだいぶ操れるようになっている。
肉の腕が、男のナイフをつかんだ。その間隙に少女が男から逃げ出した。男は何が起きたのかすぐには理解できなかったようだ。唖然とした表情をしていた。が、みるみうるうちにその顔が恐怖で歪みはじめた。
「うわぁぁッ。ゾンビ! やめろッ。やめてくれぇ」
逃げ出そうと必死に暴れる男の手首足首を、肉の腕でつかんだ。木造の床に張り付けるようにして押さえ込んだ。
「酷いっスね。こう見えてもボクはまだ、人間のつもりなんっスけどね」
「いやだ。ゾンビになんてなりたくない! ハティ! ミネイヴァ!」
涙と鼻水で顔を濡らしながら男は、人の名前らしき名称を叫んでいた。もしかすると友人の名前だろうか。妻と娘かもしれない。こんな暴徒たちにも家族はいるのだ。そう思うとシャルリスは怯んだ。
家族や友人を守るために、クルスニク人を追い出そうとしている――という男のさきほどの訴えが、シャルリスの脳裏によみがえった。
不意を突かれた。
「シャルリス!」
すぐ右手からロンの声が聞こえた。
右手は木造の柵が張られており、その向こうは空になっている。
シャルリスに向かって、大岩が飛来してきた。いったいどこから飛来してきたのか。よく見ると茶色い魔法陣を展開している竜騎士がいた。ドラゴンに乗って滞空していた。ヘルムをかぶっていたので、顔は見えなかった。だが、ドラゴンに乗っているということは竜騎士だろう。その人物から飛来してきたものらしい。
大岩を防ぐようにしてロンがドラゴンの姿になって割って入った。
岩はロンのウロコに衝突して砕け散ったようだ。飛散した小石がシャルリスのもとにも飛んできた。
岩を放った竜騎士はドラゴンに乗って、遠くへ逃げてしまったようだ。
「いまの竜騎士は?」
「【帝国の盾】の一員かもしれんな」
ロンは竜化をとして、シャルリスのすぐ隣に立っていた。
「ほかにも仲間がいたっスか。しかも竜騎士なんて」
「帝都に仕えてる竜騎士もいるだろうからな。それより、そろそろその男を離してやったほうが良い」
「え?」
シャルリスから生やしている肉の腕が、男の手首足首をつかんだままだった。男は気絶してしまったようだ。小便も漏らしたようで、ズボンが濡れている。怖がらせすぎたようだ。シャルリスは肉の腕を自分の腹にしまいこんだ。
「ッたく、あんまりビビらせすぎるなと言ったはずだがな」
と、ロンはそう言うと、シャルリスの額を人差し指で軽く弾いてきた。
説教のつもりなのかもしれないが、ロンから与えられたその感覚はうれしかった。指先が、触れるだけで、なぜかうれしくなる。なんだかハシタナイ気がして、表にはその感情を出さないように押し殺した。
「でも、あの場合は仕方なかったスよ。この男が人質なんかとるから」
「まぁ、そうだがな。そのチカラを見せて立場が悪くなるのは、クルスニク人であり、シャルリス自身なんだからな」
「はい」
シャルリスもこのチカラが、他人にどう見られるのかぐらいはわかっているつもりだ。目の前で小便を漏らして気絶している男が正常なのだろう。
「まぁ。あんまり言っても仕方がない。暴徒鎮圧おつかれさま」
と、ロンはそう言うと、シャルリスの肩を軽くたたいてきた。すごく温かい。ずっと触れていて欲しかったけれど、その手はすぐに離れてしまった。
はたから見ると自分とロンは、どういう関係に見えるのだろうか。
歳の差から言っても恋人には見えないだろう。兄妹。あるいは親子にも見られるかもしれない。それがチョット不服だ。
早く大きくなりたい。
「ロン隊長は大丈夫っスか? すみません。ボクの注意不足で」
「あの程度、ぜんぜんなんともない」
と、ロンは腕を大きくまわして見せた。
「良かったっス」
「シャルリスのほうこそ、腹が見えてるぜ」
ロンにそう言われて、自分のカラダを見た。バトリの腕を生やしたせいで、ヘソが露出していた。
あわてて隠す。
「ロン隊長のエッチ。あんまり見ないで欲しいっス」
「そんなに見てねェよ」
つかまえた暴徒たちを連れて、詰所に戻ることになった。帰り際に、シャルリスが助けた少女から、「お姉ちゃん、ありがとう」と、お礼を言われることになった。シャルリスは嬉しくて、「ニシシ」と笑い返した。
クルスニク人のなかには、シャルリスの存在を受け入れる者も出てきているのだ。
しかしクルスニク人たちのなかも、依然としてシャルリスに怯える者はすくなからずいた。ましてやシャルリスのことを知らない帝都の人たちにとっては、シャルリスはゾンビ以外の何者でもない。
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