《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
12-4.竜騎士たち戦場
雨か……と、エレノアは空を見上げた。
見上げたときにちょうど、目のところに雨粒が落ちてきた。マツゲが雨粒を払ってくれた。
「避難民の先頭は、ヘルシングに到着することが出来ただろうか」
エレノアの問いかけに、補佐官が応える。
「いえ。まだでしょう。到着すれば伝令が来るはずですから」
「遠いな」
たったの5キロ。
されど5キロだ。
「老人や子供もいますし、足場がヌカるんでいますから。しかも最悪なことに、雨が降ってきました」
この沼地は足場が悪い。ふつうに歩けばクルブシのあたりまで足が、泥にはまりこんでしまう。
しかし都市竜クルスニクが抜け出せないほどの沼地ではないようにも感じる。都市竜クルスニクはカラダが重い。そのぶん深く沈み込んでしまった――と、いうことなのだろうか。わからない。
「迂回は悪手だったか」
死んでいる都市竜クルスニクから、帝都竜ヘルシングまで直線距離で結べば、おおよそ目算で5キロというだけだ。
避難民には1度、東側へと迂回してから、南へと歩かせている。
「いえ。それが最善策でしょう」
と、補佐官が応じた。
「どうだかな」
死んだ都市竜クルスニクから見れば、避難先の帝都竜ヘルシングは南東の位置にある。
クルスニクは南を向いて倒れ伏せている。理想を言えば、頭から脱出できれば良かったのだ。が、いかんせん、その頭からゾンビの大群が押し寄せて来ているのだ。
食い止めているのは裁縫者アジサイだ。南西からのゾンビはミツマタが相手をしている。
一直線に南東へ避難民を進めると、アジサイとミツマタのうけもっている、南側のゾンビを誘ってしまうかもしれない。
押し寄せるゾンビから距離を取るためにも、一度東へと進んで、ゾンビと距離を取ることになったのだ。
「あの覚者が、もう少し良い位置にヘルシングを着地させてくれれば良かったのですが」
「ロンさまに間違いはないさ。着地した場所は正解だった」
「そうでしょうか?」
「北方には山があるのだ。だから、そちらからのゾンビはすくない。南と南西側からのゾンビは、覚者たちが押さえてくれている。私たちが注意するべきは、東側だけで良いのだからな」
「北には山。東には竜騎士。南と南西に覚者――ですか」
「そして西側は、倒れている都市竜クルスニクそのものが、大きな壁の役割になってくれている」
と、エレノアは棒で、西を指して見せた。
西にはこれまで民を運んでくれていた都市竜の死体が横たわっている。ドラゴンは死に姿も壮大だ。
「なら、オレたちが東を押さえることが出来れば、完全にゾンビから避難民を守ることが出来る――というわけですね」
「オオザッパに考えれば、そういうわけだ」
そしてその東側にある丘陵から、大量のゾンビが押し寄せて来ていると斥候から情報が入っている。
「そろそろです」
「竜騎士たちを鼓舞しておく必要がありそうだな」
全員騎乗――ッ。
エレノアがそう吠えると、竜騎士たちはいっせいにドラゴンの背中に乗った。
60騎の竜騎士たちが横陣に並んでいる。
残りの60騎は避難民の誘導と、ケガ人や病人の運搬に当たっている。
「これより東側から押し寄せるゾンビの群れを押さえにかかる。ここさえ押さえ切ることが出来れば、この脱出作戦は成功したと言えるだろう。高潔なるドラゴンの精神を宿した者たちよ。今、奮起せよッ。赤系魔法陣展開!」
竜騎士たちの眼前に、真っ赤な魔法陣が展開される。それはまるで、真っ赤な魔法陣による壁だった。
ゾンビたちが砂塵を巻きあげて猛然と駆けてくる。餓死寸前のオオカミが、弱っている羊でも見つけたかのような勢いだった。
「射出!」
火球が射出された。続けざまに放たれる火球によって、ゾンビたちの肉が吹き飛んでゆく。頭やら脇腹やら足がちぎれてゆく。
機能停止にまで追い込むことが出来るのは、数匹程度だ。核にダメージが入らなかった者は、ふたたび肉を再生させてゆく。
ゾンビたちが近づいて来た。
「やはり足止め程度にしかなりませんね」
と、補佐官が言う。
「これより突撃を行う。我らの肉体をもってして、ゾンビどもの進撃を防ぐ」
「おそらくすでに、半竜の覚者がこちらに向かって来てくれるはずです。半竜の覚者が来たさいには、炎で援護してくれますので、そのタイミングでエレノア竜騎士長は、本隊を率いて反転してください。あの黒い炎に巻き込まれますので」
「撤退時のシンガリは、任せたぞ」
「はい」
と、補佐官はうなずいた。
ヘルムで顔は隠れているが、神妙な目付きをしていることは、わかった。
エレノアは、声を張り上げる。
「ここから先にゾンビどもを通すわけにはいかん。総員突撃ッ。1匹たりともここを通すなッ」
エレノアが先頭を駆ける。
横陣に並んでいた陣形が、エレノアを先頭にくさび型へと変形してゆく。
ゾンビの群れへと突入した。
エレノアの黄金色のドラゴンが、ゾンビを食い散らして行く。ゾンビを駆除するのに、ドラゴンを用いることを最初に考えたのはいったい誰なのだろうか。これほどゾンビ駆除に適した生物はいない。ただひたすら腐った肉を食いちぎっていく。血と肉と臓物が飛散する。
ドラゴンの横腹から、這い上がってくるゾンビは棒で叩き潰した。
「エレノア竜騎士長! 半竜の覚者です!」
「もう来てくれたかッ」
空。
漆黒のドラゴンが飛来していた。
「総員撤退! 覚者の炎に巻き込まれるぞ! 撤退せよッ」
手綱を引いて、ドラゴンを抑制する。反転。補佐官の率いるシンガリたちを残して、本隊が離脱した。
シンガリ部隊が、引き返してくるのを待った。本隊を無傷で反転させるために、シンガリは前線にとどまり続けているようだった。
(まだか……いや、もう少し……)
合図を送れば、ロンが炎を吐き出す算段になっている。今、合図を出せば、その炎にシンガリ部隊も巻き込まれることになる。
しかし、あまり待つとゾンビたちを引き付けてしまうことになる。
待った。
しかし、一向に引き返してくる気配はなかった。
(ここまでだな)
エレノアが、合図である火球を空に打ち上げようとした瞬間だった。ゾンビの群れのほうから、火球が打ちあがった。
空で火球が弾ける。
それを合図にロンが、漆黒の炎を吐き散らした。
漆黒の炎に触れたゾンビから、霧散するようにして燃えカスとなっていった。ゾンビの群集はアッという間に全滅した。
そのなかには、撤退し遅れたシンガリ部隊も交じっていたことだろう。
(今のは……)
自分たちを犠牲にすることを覚悟で、誰かが火球を打ち上げたのだろう。
逃げ切れないと判断したときは、火球を発射するようにと、補佐官に伝えてあった。
おそらく補佐官による判断だ。
これで東側は押さえられた。
見渡すかぎり、ゾンビの群集は見当たらない。
これが、半竜者ヘリコニアと呼ばれる、ロンのチカラだ。推定魔力150から200とすら思われる強力な魔法である。
勝利と言うには、犠牲を多く出してしまった。が、勝鬨は必要だ。
「健全たる肉体と高潔なる精神の勝利だ!」
エレノアがそう声をあげると、竜騎士たちの声があがった。いくつにも重なり合った声が、瘴気を震わせていた。その振動が、エレノアの臓腑にも伝わってきた。
「いけるんじゃないっスか? 民にほとんど被害がないまま、このまま避難を成功させることが出来るかもしれないっスよ」
と、竜騎士のひとりがそう話しかけてきた。
「ああ」
ようやく休むことが出来そうだ。
そんな安堵に水を差すかのように、切迫した「伝令――ッ」という声が飛んできた。
「伝令です! 南西の方角より大量のゾンビが押し寄せてきます! 食い止めようとしたセイロン小隊とニライナ小隊が全滅! このままでは南西からのゾンビに、避難民が呑み込まれてしまします!」
セイロンとニライナ。
竜騎士隊のなかでも熟練の者たちだ。クルスニク12騎士のメンバーだった。
南西には、2人の覚者がいるはずである。
まさか――。
突破されたのか?
エレノアは胸騒ぎをおぼえた。
見上げたときにちょうど、目のところに雨粒が落ちてきた。マツゲが雨粒を払ってくれた。
「避難民の先頭は、ヘルシングに到着することが出来ただろうか」
エレノアの問いかけに、補佐官が応える。
「いえ。まだでしょう。到着すれば伝令が来るはずですから」
「遠いな」
たったの5キロ。
されど5キロだ。
「老人や子供もいますし、足場がヌカるんでいますから。しかも最悪なことに、雨が降ってきました」
この沼地は足場が悪い。ふつうに歩けばクルブシのあたりまで足が、泥にはまりこんでしまう。
しかし都市竜クルスニクが抜け出せないほどの沼地ではないようにも感じる。都市竜クルスニクはカラダが重い。そのぶん深く沈み込んでしまった――と、いうことなのだろうか。わからない。
「迂回は悪手だったか」
死んでいる都市竜クルスニクから、帝都竜ヘルシングまで直線距離で結べば、おおよそ目算で5キロというだけだ。
避難民には1度、東側へと迂回してから、南へと歩かせている。
「いえ。それが最善策でしょう」
と、補佐官が応じた。
「どうだかな」
死んだ都市竜クルスニクから見れば、避難先の帝都竜ヘルシングは南東の位置にある。
クルスニクは南を向いて倒れ伏せている。理想を言えば、頭から脱出できれば良かったのだ。が、いかんせん、その頭からゾンビの大群が押し寄せて来ているのだ。
食い止めているのは裁縫者アジサイだ。南西からのゾンビはミツマタが相手をしている。
一直線に南東へ避難民を進めると、アジサイとミツマタのうけもっている、南側のゾンビを誘ってしまうかもしれない。
押し寄せるゾンビから距離を取るためにも、一度東へと進んで、ゾンビと距離を取ることになったのだ。
「あの覚者が、もう少し良い位置にヘルシングを着地させてくれれば良かったのですが」
「ロンさまに間違いはないさ。着地した場所は正解だった」
「そうでしょうか?」
「北方には山があるのだ。だから、そちらからのゾンビはすくない。南と南西側からのゾンビは、覚者たちが押さえてくれている。私たちが注意するべきは、東側だけで良いのだからな」
「北には山。東には竜騎士。南と南西に覚者――ですか」
「そして西側は、倒れている都市竜クルスニクそのものが、大きな壁の役割になってくれている」
と、エレノアは棒で、西を指して見せた。
西にはこれまで民を運んでくれていた都市竜の死体が横たわっている。ドラゴンは死に姿も壮大だ。
「なら、オレたちが東を押さえることが出来れば、完全にゾンビから避難民を守ることが出来る――というわけですね」
「オオザッパに考えれば、そういうわけだ」
そしてその東側にある丘陵から、大量のゾンビが押し寄せて来ていると斥候から情報が入っている。
「そろそろです」
「竜騎士たちを鼓舞しておく必要がありそうだな」
全員騎乗――ッ。
エレノアがそう吠えると、竜騎士たちはいっせいにドラゴンの背中に乗った。
60騎の竜騎士たちが横陣に並んでいる。
残りの60騎は避難民の誘導と、ケガ人や病人の運搬に当たっている。
「これより東側から押し寄せるゾンビの群れを押さえにかかる。ここさえ押さえ切ることが出来れば、この脱出作戦は成功したと言えるだろう。高潔なるドラゴンの精神を宿した者たちよ。今、奮起せよッ。赤系魔法陣展開!」
竜騎士たちの眼前に、真っ赤な魔法陣が展開される。それはまるで、真っ赤な魔法陣による壁だった。
ゾンビたちが砂塵を巻きあげて猛然と駆けてくる。餓死寸前のオオカミが、弱っている羊でも見つけたかのような勢いだった。
「射出!」
火球が射出された。続けざまに放たれる火球によって、ゾンビたちの肉が吹き飛んでゆく。頭やら脇腹やら足がちぎれてゆく。
機能停止にまで追い込むことが出来るのは、数匹程度だ。核にダメージが入らなかった者は、ふたたび肉を再生させてゆく。
ゾンビたちが近づいて来た。
「やはり足止め程度にしかなりませんね」
と、補佐官が言う。
「これより突撃を行う。我らの肉体をもってして、ゾンビどもの進撃を防ぐ」
「おそらくすでに、半竜の覚者がこちらに向かって来てくれるはずです。半竜の覚者が来たさいには、炎で援護してくれますので、そのタイミングでエレノア竜騎士長は、本隊を率いて反転してください。あの黒い炎に巻き込まれますので」
「撤退時のシンガリは、任せたぞ」
「はい」
と、補佐官はうなずいた。
ヘルムで顔は隠れているが、神妙な目付きをしていることは、わかった。
エレノアは、声を張り上げる。
「ここから先にゾンビどもを通すわけにはいかん。総員突撃ッ。1匹たりともここを通すなッ」
エレノアが先頭を駆ける。
横陣に並んでいた陣形が、エレノアを先頭にくさび型へと変形してゆく。
ゾンビの群れへと突入した。
エレノアの黄金色のドラゴンが、ゾンビを食い散らして行く。ゾンビを駆除するのに、ドラゴンを用いることを最初に考えたのはいったい誰なのだろうか。これほどゾンビ駆除に適した生物はいない。ただひたすら腐った肉を食いちぎっていく。血と肉と臓物が飛散する。
ドラゴンの横腹から、這い上がってくるゾンビは棒で叩き潰した。
「エレノア竜騎士長! 半竜の覚者です!」
「もう来てくれたかッ」
空。
漆黒のドラゴンが飛来していた。
「総員撤退! 覚者の炎に巻き込まれるぞ! 撤退せよッ」
手綱を引いて、ドラゴンを抑制する。反転。補佐官の率いるシンガリたちを残して、本隊が離脱した。
シンガリ部隊が、引き返してくるのを待った。本隊を無傷で反転させるために、シンガリは前線にとどまり続けているようだった。
(まだか……いや、もう少し……)
合図を送れば、ロンが炎を吐き出す算段になっている。今、合図を出せば、その炎にシンガリ部隊も巻き込まれることになる。
しかし、あまり待つとゾンビたちを引き付けてしまうことになる。
待った。
しかし、一向に引き返してくる気配はなかった。
(ここまでだな)
エレノアが、合図である火球を空に打ち上げようとした瞬間だった。ゾンビの群れのほうから、火球が打ちあがった。
空で火球が弾ける。
それを合図にロンが、漆黒の炎を吐き散らした。
漆黒の炎に触れたゾンビから、霧散するようにして燃えカスとなっていった。ゾンビの群集はアッという間に全滅した。
そのなかには、撤退し遅れたシンガリ部隊も交じっていたことだろう。
(今のは……)
自分たちを犠牲にすることを覚悟で、誰かが火球を打ち上げたのだろう。
逃げ切れないと判断したときは、火球を発射するようにと、補佐官に伝えてあった。
おそらく補佐官による判断だ。
これで東側は押さえられた。
見渡すかぎり、ゾンビの群集は見当たらない。
これが、半竜者ヘリコニアと呼ばれる、ロンのチカラだ。推定魔力150から200とすら思われる強力な魔法である。
勝利と言うには、犠牲を多く出してしまった。が、勝鬨は必要だ。
「健全たる肉体と高潔なる精神の勝利だ!」
エレノアがそう声をあげると、竜騎士たちの声があがった。いくつにも重なり合った声が、瘴気を震わせていた。その振動が、エレノアの臓腑にも伝わってきた。
「いけるんじゃないっスか? 民にほとんど被害がないまま、このまま避難を成功させることが出来るかもしれないっスよ」
と、竜騎士のひとりがそう話しかけてきた。
「ああ」
ようやく休むことが出来そうだ。
そんな安堵に水を差すかのように、切迫した「伝令――ッ」という声が飛んできた。
「伝令です! 南西の方角より大量のゾンビが押し寄せてきます! 食い止めようとしたセイロン小隊とニライナ小隊が全滅! このままでは南西からのゾンビに、避難民が呑み込まれてしまします!」
セイロンとニライナ。
竜騎士隊のなかでも熟練の者たちだ。クルスニク12騎士のメンバーだった。
南西には、2人の覚者がいるはずである。
まさか――。
突破されたのか?
エレノアは胸騒ぎをおぼえた。
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