《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

12-6.アジサイの夢

 アジサイはオブラティオに処された子だった。オブラティオは、子供を神に授けるという意味だ。要するに、貴族が子供を捨てるときの言い訳だ。


 捨てられたときにアジサイは親がパッチワークでつくった衣をまとっていたと聞いている。そのせいかは自分でもわからないのだが、裁縫が好きだった。


 服を作るのが好きなわけでも、自分を表現したいわけでもなかった。技術を磨きたいわけでも、周りからホめてもらいたいわけでもなかった。


 ただ、物を縫う、という行為に安らぎを覚えるのだ。


 破れている物。ほつれている物。離れてゆく物を、そこに縫いとめる。繋ぎ止めるという行為は、すなわち愛だ。そう思う。


 あらゆる物を縫いつけていく。布だけにとどまらない。昆虫。動物。そして人間。その工程で針はどんどん大きくなっていった。
 さすがに人間同士を縫い合わせようとしたときは、教会のシスターから激怒をくらうことになった。


 たぶん、周囲からは奇妙に思われていたのだろう。そのせいか、あまり周囲に馴染むことが出来なかった。


 大人になって働くようになった。
 服を縫うことを仕事とした。


 べつに上手になろうと思って縫っていたわけではないのだが、気づくと都市ダミアノスで有名な服屋になっていた。


 しかし服を縫うだけでは満足できなかった。


 やっぱり。
 人間を縫い合わせたかった。


 つなぎ止めることこそ愛ならば、縫い合わせることこそ愛の体現ではないか――と思った。


 しかし、さすがに人間同士を縫い合わせることが許されないだろう、という分別ぐらいはつくようになっていた。


 そこで。
 アジサイは夜な夜なコッソリと地上におりて、ゾンビを縫い合わせるという趣味を見出すことにした。
 はじめてゾンビを縫い合わせたときは、射精するほどの快感を得たものだ。


 それを趣味としているうちに、ゾンビとの戦い方を習得するようになった。べつに強くなろうと思ったわけではない。ただ縫い合わせたかっただけなのだ。


 しかし、言われた。


「それは真実の愛ではねェぜ。コゾウ。ずいぶんと隘路に迷い込んじまったようだな」
 と。


 そう言ったのは覚者長のノウゼンハレンだった。


「覚者にならないか?」
 と、誘われた。


 好きなだけゾンビを縫い合わせて良いと言う。まぁ、ゾンビを縫い合わせても良いのなら、なっても良いかと思った。 
 どうして、そんなことを思い返しているのか。

 死ぬからか。
 これが走馬灯なのか――。
 結局。
 真実の愛とは、いったい何なのか。


「ぐはッ」
 と、アジサイは声を漏らした。


 カラダに強い衝撃が走った。ゾンビ化したのかと思った。違う。何か大きなものに叩きつけられたのだ。
 それによってアジサイは走馬灯から抜け出すことになった。


 気づくとアジサイは大きな岩の下敷きになっていた。
 クルスニクの頭から落っこちたようで、地面が沼地になっていた。
 カラダが沼地に沈みこむ。沼の水が耳穴から入り込んで来るのが不快だった。


「無事か」


「あぁ? お前しゃべれたのかよ」


 アジサイにタックルをかましてきたのは、ミツマタだった。大岩のカラダでタックルをかまして来たものだから、全身に激痛が走った。


「援護要請。オレ、イチバン、近かった」


 ハマメリスが援護を要請したのだろう。ミツマタは言葉数がすくないので、意味をくみとりにくい。


「ッたく、カッコウつかねェな。ってかお前の担当は良いのかよ」


「仕方ない」


「はぁ? わざわざオレさまを助けるために、担当を放棄してきたのかよ」


「ハマメリスの命令。避難民より、アジサイひとりを優先する。それが人類のため。戦力の問題」

「片言でわかんねェよ。あー、痛ってぇ」


 タックルをかまされたことよりも、左手を失ったことのほうが痛い。


「死のうとしていた。楽になろうとしていた。オレ、許さない」


 わーってるよ、とアジサイは応じた。
「気を付けろ。ヤツは目で対象をゾンビ化させるチカラがあるようだ」


「聞いている」


「もっと、チャントしゃべれねェのかよ」


「オレ、戦わない。疲れた」


「はぁ? 楽になろうとしてるのを許さないんじゃないのかよ」


「……」


「おい。まさか死んだんじゃねェだろうな」


 応答がなくなった。
 ミツマタは巨大な岩のカタマリだ。応答しないならば、もう完全に岩そのものだ。


《聞こえますか。アジサイ》


「おう。聞こえてるぜ。ハマメリスちゃん」


 イヤリングからだ。アジサイは白銀のイヤリングを右の耳につけている。


《そちらにヘリコニアが向かっていますので、お2人は撤退してください》


「避難民のほうはもう良いのかよ」


《お2人を失うことのほうが、世界の痛手となります。ミツマタはもう体力が残っていませんし、アジサイも重傷ですので》


 ミツマタはどうやら、死んではいないらしい。 

「大岩なんてかぶってるから、すぐに体力がなくなるンだよ。このデカブツが」


《すぐに拾います。安全な場所で待機していてください》


「了解」


 どうやら安全な場所に移動する必要はなさそうだ。漆黒のドラゴンが飛んで来ていた。 


(あとは任せたぜ。ヘリコニア)
 と、アジサイはまぶたを閉ざした。

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