《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

12-5.アジサイの戦い

「天下無双のアジサイさまとは、オレさまのことよ。この腐りきった糞みてェな脳みそに叩きこんでおきなッ」


 クルスニクの頭によじ上ってくるゾンビの群れを、片っ端から縫いとめてゆく。


 アジサイの得物は巨大な裁縫針だ。1匹、10匹、100匹……その肉を互いにつなぎ合わせてゆく。


 仕留めきれなくとも良い。
 動けさえしなければ、ゾンビなど怖れるに足りない。


 アジサイの周囲には、ゾンビでできた巨大な肉団子が3つも出来上がっていた。


 視線を左に向ける。


 大量の避難民が沼地の上を進んでいた。べつに都市クルスニクなんて、世話になった覚えもない避難民を守りたいとは思わない。
 しかしゾンビを縫い合わせる絶好の機会ではある。


 それに。
 ここで活躍しておけば、さすが覚者さま――ということになり、言い寄ってくる女性も増えることだろう。
 特に、エレノアからの評価はあげておきたい。

(美しい戦姫だったな)
 と、ゾンビを処理しながら思い返した。


 これまで幾人もの女性と関係を持ってきた。が、今まで見てきた女性のなかで、エレノアはイチバン美しい。そう思う。


 殺気――。
 背後からだった。


「あぁ?」


 振り向く。
 そこには少女がひとり立っていた。緑の髪をキノコ状にして、目元を隠した少女だ。


 どうして少女がこんなところにいるのか。避難を呼びかけようかと思ったが、警戒心が首をもたげてきた。


(いや……。こいつは人間じゃねェな)


 瘴気の満ちたこの地上で、マスクなしでいられるのは、ふつうの人間ではありえない。


 報告で聞いている。
 緑の髪。クルスニクに潜んでいた始祖――。


「マシュ・ルーマンとか言ったか」


「私の名前を知っていましたか。トウゼンですよね。覚者ですもの。覚者たちはハマメリスと言われる者を中心にして、情報を共有している」


「詳しいじゃねェか。どうしてこんなところにいやがる?」


「前回、覚者たちに捕えられて、この都市で厳重に幽閉されていたのですが、この混乱に乗じて、どうにか脱出できたようです」


 マシュは緑の髪をかきあげた。
 目元が髪で隠れていたので、気づかなかった。髪の下にある目が、赤い糸で縫いつけられていた。


「気色の悪い顔をしてやがるぜ。もうすこしマシな化粧をしてやれば、相手にしてやっても良かったが……。いやお前は嗜好外だな。陰気すぎる」


 ふふふ、とマシュが笑う。


「同じ覚者でも、ロンとはずいぶんと違うようですね」


「ヘリコニアのことか。あいつは変わってるからな。頭のネジが外れてやがる。ドラゴンになれる能力のせいで、脳みそまでドラゴンになっちまってるんだよ、きっと」


 他愛もない話をしていても、警戒は忘れてはいない。
 敵は始祖だ。
 始祖はふつうのゾンビとは違う。


(こいつの狙いはなんだ? どうしてオレさまのところに来た? わかんねェが、こいつはここで押さえる必要があるな)


 針を構える。


「なるほど。あなたの得物は、その巨大な針というわけですか」


 こうして話しているあいだにもゾンビが、アジサイに押し寄せて来ている。
 針で縫いとめて処理していく。


「オレさまの話なんかどうでも良いじゃねェか。嬢ちゃん。その目に縫い付けてる赤い糸はどうした? ンなもの外したほうが良いんじゃねェのか」


 すこしでも、始祖の能力を収集する必要がある。
 この会話は、アジサイの耳についているイヤリングで、ハマメリスのもとへと届けられる。


「これは食用人間として実験されたときの名残ですよ。もう2300年ほど前の話ですけどね」


「じゃあ、2300歳かよ。クソババァじゃねェか」


 さすがに嗜好範囲ストライク・ゾーンから外れすぎている。
 ロリババァというのも、案外悪くないかもしれないが、目を糸で縫い付けているのはどうかと思う。


「覚者というのは、みんなクチが悪い生き物なのですか」


「さあね。ところでわざわざ、オレさまのところに来た目的はなんだ? オレさまとお茶をしに来てくれたのかい」


「ここの避難民を強襲するためには、ゾンビを送り込む必要がある。そしてこの場所こそがゾンビの突破口と見ました」


「オレさまが突破口とは甘く見られたもんだな。残念ながら見込み違いってヤツだぜ」


「はたして、そうでしょうか」


 マシュはその目の糸をほどいた。赤い糸が空に舞い上がった。
 開眼。
 その目は、エメラルドグリーンの輝きを宿していた。思わず魅せられた。何か、ある。そう思わせられるほどの輝きだった。


「なッ」
 と、アジサイは声をあげた。


 アジサイの左手がケロイドに覆われはじめた。《不死の魔力》。噛まれてはいないし、瘴気を吸ってもいない。


 アジサイは咄嗟に自分の左手を針で切り捨てた。強い痛みが走った。まるで心臓のように傷口から鼓動を感じる。


「なるほど。ゾンビ化のはじまった箇所を切り捨てるとは、さすが覚者と言うべきでしょうか」


「何をしやがった」


「食用人間は、いわゆるゾンビたちの始祖。他人に《不死の魔力》を付与する能力を持っていますから」


 何が原因で、ゾンビ化がはじまったのか――。マシュの行動を思い返した。


 赤い糸をほどいて、その目でアジサイを見つめてきたのだ。瞬間に、アジサイの左手のゾンビ化がはじまった。


 だとすれば、眼力で《不死の魔力》を送り込むことが出来るのかもしれない。


 厄介だ。


 アジサイ自身が作りだしたゾンビの肉団子。その影に身をひそめることにした。


「クソッ。痛ってぇなぁ」


 切り落とした左手から血があふれ出ている。服をひきちぎる。クチと右手をつかって素早く左手首に結わえた。
 止血する。


 瘴気による感染は、呼吸吸引のみと確認されている。傷口からは入り込んでこないはずだ。


「さすが覚者ですね。私の能力を見抜いて咄嗟に、姿を隠しましたか」


「見た相手をゾンビ化するってのは、さすがに反則じゃねェか。嬢ちゃん」


 相性が悪い。
 こいつの相手は決してゾンビ化することのないヘリコニア。あるいは、全身を大岩でまとっているミツマタ。その2人が相手をするべきだろう。

 だからこそマシュは、アジサイを突破口と見たということか。
 

 こうして話しているあいだにも、マシュが歩み寄ってくる足音が聞こえている。


「私の能力は個人戦ではチカラを発揮しますが、あの御方のチカラには足元にはおよびません」


「あの御方?」


「あなたがたが、【腐肉の暴食】と呼んでいる御方です。あの御方の能力は、この世界を覆い尽くすほどのチカラがあるのですから」


「血の瘴気か」


「我々、食用人間はドラゴンの餌にされるため人類によって生み出された。要するにイケニエだった。《不死の魔力》を他人に感染させるチカラが萌芽するとは、我々を生み出した人間も思いもしなかったでしょう」


 こうして身を潜めていても、勝負はつかない。膠着すればアジサイのほうが不利になる。


 周囲には無数のゾンビがいるのだ。
 しかも最悪なことに、ゾンビたちはアジサイを無視して、避難民のほうへと向かっていた。


 いや。
 間が悪いのではなくて、マシュがそう指示しているのかもしれない。


「終わりです」


 アジサイはみずから作り出した肉団子の陰に隠れていたが、マシュが身を乗り出して覗きこんできた。


 目があう――前に、マシュはまとっていたコートを脱ぎ捨てた。布でアジサイの視界をふせいだ。そのコートをマシュの顔に、針で縫い付けた。


「へッ。目さえ防いでしまえば、それで良いンだろ」


「それはどうでしょうね」


 マシュの腰のあたりから、マシュ自身の顔が生えてきた。巨大種や変異種は、カラダの形を自在に変えるチカラがある。


(コイツも同じかッ)


 今度は対処のしようがない。
 目が合う。
 終わったな――と思った。


 結局。
 真実の愛を見つけ出すことは出来なかった。


 アジサイの夢は、真実の愛を見つけ出すことだった。それはどこにあるのか、どんな形なのかもわからない。でも、それを見つけたかったのだ。

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