《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
12-5.アジサイの戦い
「天下無双のアジサイさまとは、オレさまのことよ。この腐りきった糞みてェな脳みそに叩きこんでおきなッ」
クルスニクの頭によじ上ってくるゾンビの群れを、片っ端から縫いとめてゆく。
アジサイの得物は巨大な裁縫針だ。1匹、10匹、100匹……その肉を互いにつなぎ合わせてゆく。
仕留めきれなくとも良い。
動けさえしなければ、ゾンビなど怖れるに足りない。
アジサイの周囲には、ゾンビでできた巨大な肉団子が3つも出来上がっていた。
視線を左に向ける。
大量の避難民が沼地の上を進んでいた。べつに都市クルスニクなんて、世話になった覚えもない避難民を守りたいとは思わない。
しかしゾンビを縫い合わせる絶好の機会ではある。
それに。
ここで活躍しておけば、さすが覚者さま――ということになり、言い寄ってくる女性も増えることだろう。
特に、エレノアからの評価はあげておきたい。
(美しい戦姫だったな)
と、ゾンビを処理しながら思い返した。
これまで幾人もの女性と関係を持ってきた。が、今まで見てきた女性のなかで、エレノアはイチバン美しい。そう思う。
殺気――。
背後からだった。
「あぁ?」
振り向く。
そこには少女がひとり立っていた。緑の髪をキノコ状にして、目元を隠した少女だ。
どうして少女がこんなところにいるのか。避難を呼びかけようかと思ったが、警戒心が首をもたげてきた。
(いや……。こいつは人間じゃねェな)
瘴気の満ちたこの地上で、マスクなしでいられるのは、ふつうの人間ではありえない。
報告で聞いている。
緑の髪。クルスニクに潜んでいた始祖――。
「マシュ・ルーマンとか言ったか」
「私の名前を知っていましたか。トウゼンですよね。覚者ですもの。覚者たちはハマメリスと言われる者を中心にして、情報を共有している」
「詳しいじゃねェか。どうしてこんなところにいやがる?」
「前回、覚者たちに捕えられて、この都市で厳重に幽閉されていたのですが、この混乱に乗じて、どうにか脱出できたようです」
マシュは緑の髪をかきあげた。
目元が髪で隠れていたので、気づかなかった。髪の下にある目が、赤い糸で縫いつけられていた。
「気色の悪い顔をしてやがるぜ。もうすこしマシな化粧をしてやれば、相手にしてやっても良かったが……。いやお前は嗜好外だな。陰気すぎる」
ふふふ、とマシュが笑う。
「同じ覚者でも、ロンとはずいぶんと違うようですね」
「ヘリコニアのことか。あいつは変わってるからな。頭のネジが外れてやがる。ドラゴンになれる能力のせいで、脳みそまでドラゴンになっちまってるんだよ、きっと」
他愛もない話をしていても、警戒は忘れてはいない。
敵は始祖だ。
始祖はふつうのゾンビとは違う。
(こいつの狙いはなんだ? どうしてオレさまのところに来た? わかんねェが、こいつはここで押さえる必要があるな)
針を構える。
「なるほど。あなたの得物は、その巨大な針というわけですか」
こうして話しているあいだにもゾンビが、アジサイに押し寄せて来ている。
針で縫いとめて処理していく。
「オレさまの話なんかどうでも良いじゃねェか。嬢ちゃん。その目に縫い付けてる赤い糸はどうした? ンなもの外したほうが良いんじゃねェのか」
すこしでも、始祖の能力を収集する必要がある。
この会話は、アジサイの耳についているイヤリングで、ハマメリスのもとへと届けられる。
「これは食用人間として実験されたときの名残ですよ。もう2300年ほど前の話ですけどね」
「じゃあ、2300歳かよ。クソババァじゃねェか」
さすがに嗜好範囲から外れすぎている。
ロリババァというのも、案外悪くないかもしれないが、目を糸で縫い付けているのはどうかと思う。
「覚者というのは、みんなクチが悪い生き物なのですか」
「さあね。ところでわざわざ、オレさまのところに来た目的はなんだ? オレさまとお茶をしに来てくれたのかい」
「ここの避難民を強襲するためには、ゾンビを送り込む必要がある。そしてこの場所こそがゾンビの突破口と見ました」
「オレさまが突破口とは甘く見られたもんだな。残念ながら見込み違いってヤツだぜ」
「はたして、そうでしょうか」
マシュはその目の糸をほどいた。赤い糸が空に舞い上がった。
開眼。
その目は、エメラルドグリーンの輝きを宿していた。思わず魅せられた。何か、ある。そう思わせられるほどの輝きだった。
「なッ」
と、アジサイは声をあげた。
アジサイの左手がケロイドに覆われはじめた。《不死の魔力》。噛まれてはいないし、瘴気を吸ってもいない。
アジサイは咄嗟に自分の左手を針で切り捨てた。強い痛みが走った。まるで心臓のように傷口から鼓動を感じる。
「なるほど。ゾンビ化のはじまった箇所を切り捨てるとは、さすが覚者と言うべきでしょうか」
「何をしやがった」
「食用人間は、いわゆるゾンビたちの始祖。他人に《不死の魔力》を付与する能力を持っていますから」
何が原因で、ゾンビ化がはじまったのか――。マシュの行動を思い返した。
赤い糸をほどいて、その目でアジサイを見つめてきたのだ。瞬間に、アジサイの左手のゾンビ化がはじまった。
だとすれば、眼力で《不死の魔力》を送り込むことが出来るのかもしれない。
厄介だ。
アジサイ自身が作りだしたゾンビの肉団子。その影に身をひそめることにした。
「クソッ。痛ってぇなぁ」
切り落とした左手から血があふれ出ている。服をひきちぎる。クチと右手をつかって素早く左手首に結わえた。
止血する。
瘴気による感染は、呼吸吸引のみと確認されている。傷口からは入り込んでこないはずだ。
「さすが覚者ですね。私の能力を見抜いて咄嗟に、姿を隠しましたか」
「見た相手をゾンビ化するってのは、さすがに反則じゃねェか。嬢ちゃん」
相性が悪い。
こいつの相手は決してゾンビ化することのないヘリコニア。あるいは、全身を大岩でまとっているミツマタ。その2人が相手をするべきだろう。
だからこそマシュは、アジサイを突破口と見たということか。
こうして話しているあいだにも、マシュが歩み寄ってくる足音が聞こえている。
「私の能力は個人戦ではチカラを発揮しますが、あの御方のチカラには足元にはおよびません」
「あの御方?」
「あなたがたが、【腐肉の暴食】と呼んでいる御方です。あの御方の能力は、この世界を覆い尽くすほどのチカラがあるのですから」
「血の瘴気か」
「我々、食用人間はドラゴンの餌にされるため人類によって生み出された。要するにイケニエだった。《不死の魔力》を他人に感染させるチカラが萌芽するとは、我々を生み出した人間も思いもしなかったでしょう」
こうして身を潜めていても、勝負はつかない。膠着すればアジサイのほうが不利になる。
周囲には無数のゾンビがいるのだ。
しかも最悪なことに、ゾンビたちはアジサイを無視して、避難民のほうへと向かっていた。
いや。
間が悪いのではなくて、マシュがそう指示しているのかもしれない。
「終わりです」
アジサイはみずから作り出した肉団子の陰に隠れていたが、マシュが身を乗り出して覗きこんできた。
目があう――前に、マシュはまとっていたコートを脱ぎ捨てた。布でアジサイの視界をふせいだ。そのコートをマシュの顔に、針で縫い付けた。
「へッ。目さえ防いでしまえば、それで良いンだろ」
「それはどうでしょうね」
マシュの腰のあたりから、マシュ自身の顔が生えてきた。巨大種や変異種は、カラダの形を自在に変えるチカラがある。
(コイツも同じかッ)
今度は対処のしようがない。
目が合う。
終わったな――と思った。
結局。
真実の愛を見つけ出すことは出来なかった。
アジサイの夢は、真実の愛を見つけ出すことだった。それはどこにあるのか、どんな形なのかもわからない。でも、それを見つけたかったのだ。
クルスニクの頭によじ上ってくるゾンビの群れを、片っ端から縫いとめてゆく。
アジサイの得物は巨大な裁縫針だ。1匹、10匹、100匹……その肉を互いにつなぎ合わせてゆく。
仕留めきれなくとも良い。
動けさえしなければ、ゾンビなど怖れるに足りない。
アジサイの周囲には、ゾンビでできた巨大な肉団子が3つも出来上がっていた。
視線を左に向ける。
大量の避難民が沼地の上を進んでいた。べつに都市クルスニクなんて、世話になった覚えもない避難民を守りたいとは思わない。
しかしゾンビを縫い合わせる絶好の機会ではある。
それに。
ここで活躍しておけば、さすが覚者さま――ということになり、言い寄ってくる女性も増えることだろう。
特に、エレノアからの評価はあげておきたい。
(美しい戦姫だったな)
と、ゾンビを処理しながら思い返した。
これまで幾人もの女性と関係を持ってきた。が、今まで見てきた女性のなかで、エレノアはイチバン美しい。そう思う。
殺気――。
背後からだった。
「あぁ?」
振り向く。
そこには少女がひとり立っていた。緑の髪をキノコ状にして、目元を隠した少女だ。
どうして少女がこんなところにいるのか。避難を呼びかけようかと思ったが、警戒心が首をもたげてきた。
(いや……。こいつは人間じゃねェな)
瘴気の満ちたこの地上で、マスクなしでいられるのは、ふつうの人間ではありえない。
報告で聞いている。
緑の髪。クルスニクに潜んでいた始祖――。
「マシュ・ルーマンとか言ったか」
「私の名前を知っていましたか。トウゼンですよね。覚者ですもの。覚者たちはハマメリスと言われる者を中心にして、情報を共有している」
「詳しいじゃねェか。どうしてこんなところにいやがる?」
「前回、覚者たちに捕えられて、この都市で厳重に幽閉されていたのですが、この混乱に乗じて、どうにか脱出できたようです」
マシュは緑の髪をかきあげた。
目元が髪で隠れていたので、気づかなかった。髪の下にある目が、赤い糸で縫いつけられていた。
「気色の悪い顔をしてやがるぜ。もうすこしマシな化粧をしてやれば、相手にしてやっても良かったが……。いやお前は嗜好外だな。陰気すぎる」
ふふふ、とマシュが笑う。
「同じ覚者でも、ロンとはずいぶんと違うようですね」
「ヘリコニアのことか。あいつは変わってるからな。頭のネジが外れてやがる。ドラゴンになれる能力のせいで、脳みそまでドラゴンになっちまってるんだよ、きっと」
他愛もない話をしていても、警戒は忘れてはいない。
敵は始祖だ。
始祖はふつうのゾンビとは違う。
(こいつの狙いはなんだ? どうしてオレさまのところに来た? わかんねェが、こいつはここで押さえる必要があるな)
針を構える。
「なるほど。あなたの得物は、その巨大な針というわけですか」
こうして話しているあいだにもゾンビが、アジサイに押し寄せて来ている。
針で縫いとめて処理していく。
「オレさまの話なんかどうでも良いじゃねェか。嬢ちゃん。その目に縫い付けてる赤い糸はどうした? ンなもの外したほうが良いんじゃねェのか」
すこしでも、始祖の能力を収集する必要がある。
この会話は、アジサイの耳についているイヤリングで、ハマメリスのもとへと届けられる。
「これは食用人間として実験されたときの名残ですよ。もう2300年ほど前の話ですけどね」
「じゃあ、2300歳かよ。クソババァじゃねェか」
さすがに嗜好範囲から外れすぎている。
ロリババァというのも、案外悪くないかもしれないが、目を糸で縫い付けているのはどうかと思う。
「覚者というのは、みんなクチが悪い生き物なのですか」
「さあね。ところでわざわざ、オレさまのところに来た目的はなんだ? オレさまとお茶をしに来てくれたのかい」
「ここの避難民を強襲するためには、ゾンビを送り込む必要がある。そしてこの場所こそがゾンビの突破口と見ました」
「オレさまが突破口とは甘く見られたもんだな。残念ながら見込み違いってヤツだぜ」
「はたして、そうでしょうか」
マシュはその目の糸をほどいた。赤い糸が空に舞い上がった。
開眼。
その目は、エメラルドグリーンの輝きを宿していた。思わず魅せられた。何か、ある。そう思わせられるほどの輝きだった。
「なッ」
と、アジサイは声をあげた。
アジサイの左手がケロイドに覆われはじめた。《不死の魔力》。噛まれてはいないし、瘴気を吸ってもいない。
アジサイは咄嗟に自分の左手を針で切り捨てた。強い痛みが走った。まるで心臓のように傷口から鼓動を感じる。
「なるほど。ゾンビ化のはじまった箇所を切り捨てるとは、さすが覚者と言うべきでしょうか」
「何をしやがった」
「食用人間は、いわゆるゾンビたちの始祖。他人に《不死の魔力》を付与する能力を持っていますから」
何が原因で、ゾンビ化がはじまったのか――。マシュの行動を思い返した。
赤い糸をほどいて、その目でアジサイを見つめてきたのだ。瞬間に、アジサイの左手のゾンビ化がはじまった。
だとすれば、眼力で《不死の魔力》を送り込むことが出来るのかもしれない。
厄介だ。
アジサイ自身が作りだしたゾンビの肉団子。その影に身をひそめることにした。
「クソッ。痛ってぇなぁ」
切り落とした左手から血があふれ出ている。服をひきちぎる。クチと右手をつかって素早く左手首に結わえた。
止血する。
瘴気による感染は、呼吸吸引のみと確認されている。傷口からは入り込んでこないはずだ。
「さすが覚者ですね。私の能力を見抜いて咄嗟に、姿を隠しましたか」
「見た相手をゾンビ化するってのは、さすがに反則じゃねェか。嬢ちゃん」
相性が悪い。
こいつの相手は決してゾンビ化することのないヘリコニア。あるいは、全身を大岩でまとっているミツマタ。その2人が相手をするべきだろう。
だからこそマシュは、アジサイを突破口と見たということか。
こうして話しているあいだにも、マシュが歩み寄ってくる足音が聞こえている。
「私の能力は個人戦ではチカラを発揮しますが、あの御方のチカラには足元にはおよびません」
「あの御方?」
「あなたがたが、【腐肉の暴食】と呼んでいる御方です。あの御方の能力は、この世界を覆い尽くすほどのチカラがあるのですから」
「血の瘴気か」
「我々、食用人間はドラゴンの餌にされるため人類によって生み出された。要するにイケニエだった。《不死の魔力》を他人に感染させるチカラが萌芽するとは、我々を生み出した人間も思いもしなかったでしょう」
こうして身を潜めていても、勝負はつかない。膠着すればアジサイのほうが不利になる。
周囲には無数のゾンビがいるのだ。
しかも最悪なことに、ゾンビたちはアジサイを無視して、避難民のほうへと向かっていた。
いや。
間が悪いのではなくて、マシュがそう指示しているのかもしれない。
「終わりです」
アジサイはみずから作り出した肉団子の陰に隠れていたが、マシュが身を乗り出して覗きこんできた。
目があう――前に、マシュはまとっていたコートを脱ぎ捨てた。布でアジサイの視界をふせいだ。そのコートをマシュの顔に、針で縫い付けた。
「へッ。目さえ防いでしまえば、それで良いンだろ」
「それはどうでしょうね」
マシュの腰のあたりから、マシュ自身の顔が生えてきた。巨大種や変異種は、カラダの形を自在に変えるチカラがある。
(コイツも同じかッ)
今度は対処のしようがない。
目が合う。
終わったな――と思った。
結局。
真実の愛を見つけ出すことは出来なかった。
アジサイの夢は、真実の愛を見つけ出すことだった。それはどこにあるのか、どんな形なのかもわからない。でも、それを見つけたかったのだ。
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