《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
10-4.歴史の名残
地上――。
廃都。
白亜の建造物が建ち並んでいる。亀裂の入っているものや、半壊しているものがほとんどだ。道のあちこちに、人の大きさほどもある岩が落ちていた。石畳も砕けてしまっていて、非常に歩きにくい。
けれど退廃のなかに、どことなく神々しさを感じさせられる。
かつてこの場所で人が暮らしていたのだ。そう思うと、粛々とした気持ちにさせられるのだった。
「たしか、このあたりに落ちたはず……」
と、チェイテが周囲を見回した。
チェイテはドラゴンを連れて歩いている。
「気を付けるっスよ。死角が多いっスから。こういう場所には、ゾンビが多いって聞いたっスよ」
見習いのときに、たしかそう習った。
いつどこから、ゾンビが跳びかかってくるかわからない。
「かつてこの場所で暮らしていた人たちが、ゾンビになってるから」
「うん」
何度か地上におりたことはあるけれど、こうして廃都を歩くのは、はじめてのことだった。
石造りと思われる建造物のなかを覗きこんでみると、家具や食器のようなものも残されていた。
人は、ホントウに地上で暮らしていたのだ。きっとかつての地上は、これほどの瘴気に満ちてはいなかったのだ。今朝見た夢みたいに、色鮮やかな世界だったのだ。
「この都市はまだキレイに残っているほうだと思う。酷いところは、跡形もないから」
「植物とかは、少ないっスね」
地上は長いあいだ、人の手がくわわっていない。もっと生い茂っていているほうが自然だろう。
「瘴気の影響で、植物の育ちが悪くなってると聞いたことがある」
「それで、このあたりは、木々が少ないっスね」
「たぶん」
「チェイテは、廃都に来たことがあるっスか?」
ううん、とチェイテが頭をふる。
「私もこれがはじめて。だけれど、お兄ちゃんから、いろいろと教えてもらった」
「お兄ちゃんがいるっスか」
「もう死んだ。【腐肉の暴食戦】で。ゾンビになっているのかもしれない」
「あ……」
その殺した本人が、シャルリスのなかにいるのだ。
申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫。【腐肉の暴食】とシャルリスの区別はつけて考えてるから。だけど私はいずれ、お兄ちゃんの仇を討つ」
「……うん」
と、シャルリスはうなずいた。
【腐肉の暴食】は何を思うのか。せめて謝るぐらいはしろ、と思う。肝心なときには、出てきてしゃべろうとしない。都合の良いヤツ。
「いた」
と、チェイテが指さした。
「アリエル!」
頭から血を流していた。おそらく落下のさいに、ヘルムが外れてしまったのだろう。
壁に寄りかかって座り込んでいる。
死んでいるのかと心配した。息はしていているようだ。途中まではドラゴンに乗っていたとはいえ、あの高さから落ちたのだ。命があることのほうが奇跡だ。
「マスクは無事みたい。だけど、竜読みの巫女がゾンビになったとき、いっしょに乗っていたから、もしかすると噛まれているかもしれない」
「たぶん大丈夫っスよ。頭の傷は噛まれた後じゃないし、他は竜具をしてるっスから。お腹のところと、股のところの防御は緩いっスけど、ケガはしてないみたいっスから」
「良かった」
と、チェイテは肩を落としていた。
安堵したのだろう。
チェイテの感情らしい感情がかいま見えた瞬間だった。チェイテも仲間を大切にしているのだと思うと、すこしうれしかった。
「それにしても変っスよね。竜読みの巫女さんは、外傷を負ってなかったのに、ゾンビ化しちゃったっスよ」
「たぶん瘴気を吸ったんだと思う」
「瘴気? だけど瘴気は都市竜の上まではのぼって来ないはずっスよ。これは地上付近に漂っているものっスから」
「都市竜の様子がおかしかった。首を地面につけていたし、いつもより高度が低くなっていた。瘴気が漂ってる高度まで下がっていたんだと思う」
「あ、それで、都市のみんなも」
「たぶん。脇腹とか、もともと都市竜の低い位置にあった地区は、瘴気にやられたんだと思う」
そう言えばチェイテは、臭いが妙だから、みんなにマスクを装着するようにうながしたのだ。
そうか。
なるほど、と合点がいった。
今朝がた地震のようなものが起こった。もしかすると、あれは都市竜が地面に寝そべる音だったのかもしれない。そして瘴気が普段は来ない位置にまで上がってしまったのだ。
「そういうことっスか。でもどうして都市竜はグッタリしちゃってるんっスかね」
「それは、わからない」
瞬間。
ドゴォォォ――ッ
砂塵とともに暴風が吹き荒れた。砂粒が目に入る。まばたき。顔面を手で守って、正面を見据えた。
建造物を粉砕して、白い肉の巨体が現われた。チェイテの連れているドラゴンよりも大きい。身長はおおよそ5メートルほどだろうか。カラダも大きいが、手がやたらと大きかった。人間を一握りできそうなほどの大きさだった。
「な、なんっスか、これは……」
その巨体に気圧されて、思わず後ずさった。
「通常のゾンビよりも、2倍以上大きくなってる。これは巨大種」
「あれは――」
巨大種ゾンビの頭部。ドラゴンの被り物――。
竜読みの巫女が巨大種になったのだ。
竜語をしゃべるのが夢だと言っていた。あの人がゾンビ化してしまったのかと思うと、胸裏を針で刺されたような気持ちになった。
夢があっても、ゾンビになるのだ。
こんな形で、彼女の夢はトン挫させられたのだ。
ロンのしゃべる竜語というのが、どういう声なのか聞くこともなく……。
巨大種に向かって、チェイテのドラゴンが飛びかかった。
「待って!」
と、チェイテが言ったが遅かった。
ドラゴンは、巨大種の手のひらで簡単にはたき落とされてしまった。ドラゴンが地面に叩きつけられて、砂埃がさらに舞い上がった。
「あ……」
と、シャルリスは愕然とした。
ここは地上だ。都市竜に戻るためにはドラゴンが必須だ。チェイテのドラゴンを失えば、都市竜に戻す術が他にない。地上に取り残されたのだ。
いや。都市竜はいま地面に伏せている。今ならまだ、どうにか戻ることが出来るだろうか。けれど、ドラゴン無しでは、かなりの距離を歩く必要がある。
絶望だ。
なによりも――。
正面のこの巨大種から、どう逃げれば良いのか……。
「シャルリス」
チェイテが静かに口を開いた。
巨大種を前にした絶望的な状況である。チェイテのドラゴンは地面に叩きつけられて昏倒している。アリエルもまだ意識が戻らないようだ。
「なに?」
「アリエルを背負って、この場所から逃げて。空に向かって火球を撃てば、ロン隊長が気づいてくれるかもしれないから」
気づいてくれるだろうか。
ロンは頭部にいる大量のゾンビを、ひとりで押さえている真っ最中のはずだ。
「チェイテはどうするっスか」
「私は、こいつを足止めするから」
「そんな……そんなの無理っスよ。ドラゴンもいないのに、こんな巨大種を足止めだなんてしたら、チェイテが無事じゃ済まないっス」
「誰かが囮にならないと、ロン隊長が助けに来てくれるまでの時間が稼げない。このままでは3人とも……ッ」
巨大種が手を伸ばしてきた。
チェイテは赤い魔法陣を展開する。火球を射出した。火球は巨大種の手の肉を焼いたけれど、すぐに肉が再生していく。
早く――といつにも増して険しい表情で、チェイテが言う。
「私の体格ではアリエルを背負えない。背負えたとしても、遠くまでは行けないから」
「でもッ」
厭だ。
失いたくない。
わかっている。
この巨大種は強い。シャルリスとチェイテの2人がかりでかかっても勝てない。このままでは3人とも死ぬ。あるいはゾンビ化する。
ならば、チェイテを置いて、アリエルとシャルリスがこの場を離れたほうが、生存の可能性はあがる。しかしその場合は、チェイテは確実に死ぬことになる。
「左脇腹地区や、左背面地区の犠牲を思い出して。ときには、切り捨てなければならない命がある。切り捨てることで、助かる命があるのなら」
「……」
竜騎士になれば、華々しく活躍ができると思っていた。ドラゴンに乗って、ゾンビと戦う姿がカッコウ良く見えていた。
でも――。
何も変わらない。
鉱山部隊であった両親を失った日から、なにひとつ守れない。
竜騎士がこんなにも凄絶だったなんて、思いもしなかった。ひとりも助けることが出来ない。そのうえ、セッカク出来た仲間まで見捨てなくてはならないのか。
ボクは……無力だ……。
巨大種の手のひらが飛んできた。チェイテが魔防壁を張って、それを防いだ。押さえきれなかった。魔防壁は割れて、チェイテの小さなカラダが跳ばされていた。壁に背中を打ちつけていた。
「なんで、なんでこんな辛い思いをしなくちゃいけないっスか」
悔し涙が出てきた。
「それはオヌシが弱いからじゃろう」
声がした。
シャルリスの鎖骨のあいだから生やした首を、襟ぐりからのぞかせていた。バトリと向き合うようなカッコウになる。視界が、バトリの顔面で占められた。こうして間近で見てみると、その目の赤が異様に濃厚であることがわかる。
「ボクが……弱いから?」
「そうじゃろう。圧倒的な強さがあれば、守りたいものも守れるというものじゃ。あの竜人族の末裔や、覚者たちのようにな」
「そんなこと言われても、そんなにすぐ強くなんてなれないっスよ」
「ワシのチカラを貸してやろうか」
「え?」
「助けてやっても良いと言うておる。【腐肉の暴食】であるワシのチカラを使えば、この場は逃れられる。そうは思わぬか?」
「なにを――考えてるっスか」
「なぁに。ここでオヌシに死なれては、ワシも面白くないのでな。それだけのことじゃ」
ニンマリと笑う。
その赤い糸で縫い合わせた頬が不気味にゆがむ。
ホントウにそうだろうか。
何か魂胆がある気がする。
しかし。
今は、考えている余裕はない。
「わかった。ボクのカラダを使って良いので、助けて欲しいっス」
封印を解くことにした。
みずからの意識を、【腐肉の暴食】に分け与えた。
廃都。
白亜の建造物が建ち並んでいる。亀裂の入っているものや、半壊しているものがほとんどだ。道のあちこちに、人の大きさほどもある岩が落ちていた。石畳も砕けてしまっていて、非常に歩きにくい。
けれど退廃のなかに、どことなく神々しさを感じさせられる。
かつてこの場所で人が暮らしていたのだ。そう思うと、粛々とした気持ちにさせられるのだった。
「たしか、このあたりに落ちたはず……」
と、チェイテが周囲を見回した。
チェイテはドラゴンを連れて歩いている。
「気を付けるっスよ。死角が多いっスから。こういう場所には、ゾンビが多いって聞いたっスよ」
見習いのときに、たしかそう習った。
いつどこから、ゾンビが跳びかかってくるかわからない。
「かつてこの場所で暮らしていた人たちが、ゾンビになってるから」
「うん」
何度か地上におりたことはあるけれど、こうして廃都を歩くのは、はじめてのことだった。
石造りと思われる建造物のなかを覗きこんでみると、家具や食器のようなものも残されていた。
人は、ホントウに地上で暮らしていたのだ。きっとかつての地上は、これほどの瘴気に満ちてはいなかったのだ。今朝見た夢みたいに、色鮮やかな世界だったのだ。
「この都市はまだキレイに残っているほうだと思う。酷いところは、跡形もないから」
「植物とかは、少ないっスね」
地上は長いあいだ、人の手がくわわっていない。もっと生い茂っていているほうが自然だろう。
「瘴気の影響で、植物の育ちが悪くなってると聞いたことがある」
「それで、このあたりは、木々が少ないっスね」
「たぶん」
「チェイテは、廃都に来たことがあるっスか?」
ううん、とチェイテが頭をふる。
「私もこれがはじめて。だけれど、お兄ちゃんから、いろいろと教えてもらった」
「お兄ちゃんがいるっスか」
「もう死んだ。【腐肉の暴食戦】で。ゾンビになっているのかもしれない」
「あ……」
その殺した本人が、シャルリスのなかにいるのだ。
申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫。【腐肉の暴食】とシャルリスの区別はつけて考えてるから。だけど私はいずれ、お兄ちゃんの仇を討つ」
「……うん」
と、シャルリスはうなずいた。
【腐肉の暴食】は何を思うのか。せめて謝るぐらいはしろ、と思う。肝心なときには、出てきてしゃべろうとしない。都合の良いヤツ。
「いた」
と、チェイテが指さした。
「アリエル!」
頭から血を流していた。おそらく落下のさいに、ヘルムが外れてしまったのだろう。
壁に寄りかかって座り込んでいる。
死んでいるのかと心配した。息はしていているようだ。途中まではドラゴンに乗っていたとはいえ、あの高さから落ちたのだ。命があることのほうが奇跡だ。
「マスクは無事みたい。だけど、竜読みの巫女がゾンビになったとき、いっしょに乗っていたから、もしかすると噛まれているかもしれない」
「たぶん大丈夫っスよ。頭の傷は噛まれた後じゃないし、他は竜具をしてるっスから。お腹のところと、股のところの防御は緩いっスけど、ケガはしてないみたいっスから」
「良かった」
と、チェイテは肩を落としていた。
安堵したのだろう。
チェイテの感情らしい感情がかいま見えた瞬間だった。チェイテも仲間を大切にしているのだと思うと、すこしうれしかった。
「それにしても変っスよね。竜読みの巫女さんは、外傷を負ってなかったのに、ゾンビ化しちゃったっスよ」
「たぶん瘴気を吸ったんだと思う」
「瘴気? だけど瘴気は都市竜の上まではのぼって来ないはずっスよ。これは地上付近に漂っているものっスから」
「都市竜の様子がおかしかった。首を地面につけていたし、いつもより高度が低くなっていた。瘴気が漂ってる高度まで下がっていたんだと思う」
「あ、それで、都市のみんなも」
「たぶん。脇腹とか、もともと都市竜の低い位置にあった地区は、瘴気にやられたんだと思う」
そう言えばチェイテは、臭いが妙だから、みんなにマスクを装着するようにうながしたのだ。
そうか。
なるほど、と合点がいった。
今朝がた地震のようなものが起こった。もしかすると、あれは都市竜が地面に寝そべる音だったのかもしれない。そして瘴気が普段は来ない位置にまで上がってしまったのだ。
「そういうことっスか。でもどうして都市竜はグッタリしちゃってるんっスかね」
「それは、わからない」
瞬間。
ドゴォォォ――ッ
砂塵とともに暴風が吹き荒れた。砂粒が目に入る。まばたき。顔面を手で守って、正面を見据えた。
建造物を粉砕して、白い肉の巨体が現われた。チェイテの連れているドラゴンよりも大きい。身長はおおよそ5メートルほどだろうか。カラダも大きいが、手がやたらと大きかった。人間を一握りできそうなほどの大きさだった。
「な、なんっスか、これは……」
その巨体に気圧されて、思わず後ずさった。
「通常のゾンビよりも、2倍以上大きくなってる。これは巨大種」
「あれは――」
巨大種ゾンビの頭部。ドラゴンの被り物――。
竜読みの巫女が巨大種になったのだ。
竜語をしゃべるのが夢だと言っていた。あの人がゾンビ化してしまったのかと思うと、胸裏を針で刺されたような気持ちになった。
夢があっても、ゾンビになるのだ。
こんな形で、彼女の夢はトン挫させられたのだ。
ロンのしゃべる竜語というのが、どういう声なのか聞くこともなく……。
巨大種に向かって、チェイテのドラゴンが飛びかかった。
「待って!」
と、チェイテが言ったが遅かった。
ドラゴンは、巨大種の手のひらで簡単にはたき落とされてしまった。ドラゴンが地面に叩きつけられて、砂埃がさらに舞い上がった。
「あ……」
と、シャルリスは愕然とした。
ここは地上だ。都市竜に戻るためにはドラゴンが必須だ。チェイテのドラゴンを失えば、都市竜に戻す術が他にない。地上に取り残されたのだ。
いや。都市竜はいま地面に伏せている。今ならまだ、どうにか戻ることが出来るだろうか。けれど、ドラゴン無しでは、かなりの距離を歩く必要がある。
絶望だ。
なによりも――。
正面のこの巨大種から、どう逃げれば良いのか……。
「シャルリス」
チェイテが静かに口を開いた。
巨大種を前にした絶望的な状況である。チェイテのドラゴンは地面に叩きつけられて昏倒している。アリエルもまだ意識が戻らないようだ。
「なに?」
「アリエルを背負って、この場所から逃げて。空に向かって火球を撃てば、ロン隊長が気づいてくれるかもしれないから」
気づいてくれるだろうか。
ロンは頭部にいる大量のゾンビを、ひとりで押さえている真っ最中のはずだ。
「チェイテはどうするっスか」
「私は、こいつを足止めするから」
「そんな……そんなの無理っスよ。ドラゴンもいないのに、こんな巨大種を足止めだなんてしたら、チェイテが無事じゃ済まないっス」
「誰かが囮にならないと、ロン隊長が助けに来てくれるまでの時間が稼げない。このままでは3人とも……ッ」
巨大種が手を伸ばしてきた。
チェイテは赤い魔法陣を展開する。火球を射出した。火球は巨大種の手の肉を焼いたけれど、すぐに肉が再生していく。
早く――といつにも増して険しい表情で、チェイテが言う。
「私の体格ではアリエルを背負えない。背負えたとしても、遠くまでは行けないから」
「でもッ」
厭だ。
失いたくない。
わかっている。
この巨大種は強い。シャルリスとチェイテの2人がかりでかかっても勝てない。このままでは3人とも死ぬ。あるいはゾンビ化する。
ならば、チェイテを置いて、アリエルとシャルリスがこの場を離れたほうが、生存の可能性はあがる。しかしその場合は、チェイテは確実に死ぬことになる。
「左脇腹地区や、左背面地区の犠牲を思い出して。ときには、切り捨てなければならない命がある。切り捨てることで、助かる命があるのなら」
「……」
竜騎士になれば、華々しく活躍ができると思っていた。ドラゴンに乗って、ゾンビと戦う姿がカッコウ良く見えていた。
でも――。
何も変わらない。
鉱山部隊であった両親を失った日から、なにひとつ守れない。
竜騎士がこんなにも凄絶だったなんて、思いもしなかった。ひとりも助けることが出来ない。そのうえ、セッカク出来た仲間まで見捨てなくてはならないのか。
ボクは……無力だ……。
巨大種の手のひらが飛んできた。チェイテが魔防壁を張って、それを防いだ。押さえきれなかった。魔防壁は割れて、チェイテの小さなカラダが跳ばされていた。壁に背中を打ちつけていた。
「なんで、なんでこんな辛い思いをしなくちゃいけないっスか」
悔し涙が出てきた。
「それはオヌシが弱いからじゃろう」
声がした。
シャルリスの鎖骨のあいだから生やした首を、襟ぐりからのぞかせていた。バトリと向き合うようなカッコウになる。視界が、バトリの顔面で占められた。こうして間近で見てみると、その目の赤が異様に濃厚であることがわかる。
「ボクが……弱いから?」
「そうじゃろう。圧倒的な強さがあれば、守りたいものも守れるというものじゃ。あの竜人族の末裔や、覚者たちのようにな」
「そんなこと言われても、そんなにすぐ強くなんてなれないっスよ」
「ワシのチカラを貸してやろうか」
「え?」
「助けてやっても良いと言うておる。【腐肉の暴食】であるワシのチカラを使えば、この場は逃れられる。そうは思わぬか?」
「なにを――考えてるっスか」
「なぁに。ここでオヌシに死なれては、ワシも面白くないのでな。それだけのことじゃ」
ニンマリと笑う。
その赤い糸で縫い合わせた頬が不気味にゆがむ。
ホントウにそうだろうか。
何か魂胆がある気がする。
しかし。
今は、考えている余裕はない。
「わかった。ボクのカラダを使って良いので、助けて欲しいっス」
封印を解くことにした。
みずからの意識を、【腐肉の暴食】に分け与えた。
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