《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

9-2.教祖と写真と年表

 教会のトビラ。両開きのものだ。取っ手のところが血で濡れている。格子状の模様のはいった窓がついている。
 中の様子をうかがうことにした。
 礼拝堂になっているようだ。正面にはドラゴンの石像が置かれている。石像に向かって長イスが並べられていた。


「教祖はこの中にいるのか?」


「はい。奥の部屋にいるのかもしれません」
 と、ニトが言う。


「ニトはここの信徒なんだってな」


「オレは孤児でしたから。この教会で育てられたんです」


 教会が孤児をあずかることは、よくあることだ。庶民の子どももいるし、貴族が子供を捨てる場合もある。


「親を知らないのか」


「ええ。まぁ」


「ならオレと同じだ」


「え、覚者さまも孤児院で?」


「いや。物心ついたときから地上さ。ゾンビを貪って生きてきた」


「なんていうか……オレよりも壮絶ですね」


 ニトはなぜか照れ臭そうに灰色の前髪をイジっていた。


「オレやニトだけじゃないさ。こんな世界じゃな。シャルリスの両親は地上に置き去りにされたそうだ。アリエルも身内は姉しかいない」


「なんていうか、オレはこの世界でイチバン不幸な人間なんだって思うことがあるんですけど、みんな苦労してるんですね」


「心配することはない。不幸に浸りたくなるような時期は、誰にでもあるものさ。後から思い出して赤面する類のもんだ」


「そういうもんですか」


「ともかく、教会関係者に知り合いは多いってことだな」


「みんな家族みたいなものです」


「知人がゾンビ化していても、取り乱すなよ」


「は、はい」
 と、ニトは顔色を悪くしてうなずいていた。
 脅すようで悪いが、忠告は必要だ。


「見たところゾンビはいないようだが、物陰に隠れているかもしれん。オレから先に行く。アリエルは後ろ。チェイテは左右。シャルリスはまんべんなく周囲に気を配って、オレについて来るように」


「了解っス」


 正直、まだこの新米竜騎士たちを信用はしきれない。自分ひとりのほうが、気楽に動ける。が、【腐肉の暴食】の件が片付けば、いずれロンはここから立ち去るつもりだ。シャルリスたちが自力で戦えるように仕立て上げるのが、ロンの役目だと自覚していた。


 ドアノブを回した。
 血で濡れていたせいで、ヌラリとした感触があった。


 血で濡れた手を、着ている薄手のコートの袖で拭い取った。
 トビラが、ぎぃ、と金属のコスれるような音をあげた。


 チェイテとアリエルのドラゴンを表に待たせて、中に入った。
 ロンは宗教にたいしては、まるで興味はないけれど、こういう場所に来ると、なぜか厳かになる。


 足を進める。


 左右に並んでいる長イスの背もたれが、視界を悪くしていた。気を付けなければいけない。そう思っていると案の定、右の長イスから、人影が踊りかかってきた。ゾンビだ。どうやら隠れていたらしい。業火クリムゾン・ファイアで焼き尽くした。


「隊長ッ」


 シャルリスが天井を指差していた。天井は吹き抜けになっていた。2階からゾンビが跳び下りてくるところだった。


 チェイテが火球ファイアー・ボールを射出した。それを受けたゾンビが長イスの上に転がり落ちた。派手な音が響く。


捕縛リストレイント
 と、アリエルが植物の蔓を発生させて、ゾンビを床に縛り付けた。


「よくやった」


 すこしシャルリスたちを甘く見過ぎていたのかもしれない。ふつうのゾンビぐらいは対処できるチカラを持っていたようだ。
 いくら蘇生するとは言っても、縛ってしまえば動きは制限できる。
 縛られているゾンビに歩み寄って、業火クリムゾン・ファイアで焼き尽くした。


「オレ。奥の部屋を見てきます」


 教会内にゾンビがいたことで刺激されたのか、ニトはそう言って駆けだした。木造のトビラがあった。ニトはそこに跳びこんでいった。


「あ、おい、待てッ」
 と、制したのだが遅かった。


 ニトはひとりで行ってしまった。
 シャルリスたちに待機命令を出して、すぐに追いかけた。
 奥の部屋は書庫になっていた。ベッドが4台分ほどしか入らない部屋だったが、壁すべてが本棚で埋め尽くされていた。


 家具はイスと、サイドテーブルしかなかった。サイドテーブルにはカンテラが置かれていた。カンテラには魔法の光が入っていた。カンテラが灯っているということは、チョット前まで誰かがいたのだろう。


 イスに腰掛けている人物がいた。


 白い法衣をまぶかにかぶっていたものだから、もしかしてハマメリスかと思った。が、ハマメリスにしてはカラダが大きい。なによりハマメリスが、こんな場所にいるはずがない。


 その白い法衣の人物にニトは抱きかかえられていた。


 まるで親子が抱き合うような光景にも見えた。よくよく見てみると、腰かけている人物に、ニトの肩が噛まれているのだった。ゾンビだ。


「ちッ」


 駆け寄って、腰かけているゾンビを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたゾンビは、背後の本棚にブツかった。その衝撃で落ちてきた書籍に、ゾンビは埋もれていた。


 ニトのことを抱き寄せた。


「おい。大丈夫か!」


「す、すみません。やられちゃいました」


 ニトの左の肩のところから血がにじみ出ていた。ニトの顔色がみるみる土気色に変貌していった。少年の柔肌が、ケロイドに覆われてゆく。灰色の細い髪が、生気を失って縮れはじめている。ゾンビ化の早さは人による。ニトはすぐに症状が出ていた。


「何か言い残すことはないか?」


「いまのオレのことを噛んだのは、教祖さまです。ゾンビ化しちゃっていました。どうかあの御方を弔ってやってください」


「安心して眠れ。すぐに燃やし尽くしてやる。教祖さまとやらも、すぐに送ってやるさ」


「その前に、これを」
 と、1冊の本をロンに押し付けてきた。


「本?」


 青いハードカバーの本だった。古いものなのか、小口が黄ばんでいた。


「教祖さまは、これを竜人族の末裔であるあなたに渡したいと、おっしゃられていましたので……これを渡せただけでも、良かった、です」


「わかった。たしかに受け取った」


 ニトの目が白濁していく。顔面がケロイドにおおわれてゆき、灰色の細い髪がパラパラと落ちてゆく。無惨な姿となる前に、その全身を業火クリムゾン・ファイアで焼き尽くした。


 知人がゾンビになるのは、これがはじめてではない。チェイテの兄であるカルクのこともあったし、それ以前も経験がなかったわけではない。しかし見知った人間が、動く肉塊に変貌するさまは、心地良いものではない。



「うがぁぁぁッ」
 と、さきほど蹴り飛ばされたゾンビが、ロンに跳びかかってきた。
 それが教祖なのだろう。
 助かる見込みはない。
 襲いかかってきたその頭部をつかんだ。そして燃やした。灰塵となって散ってゆく。


 サイドテーブル。
 カンテラのほかに、写真立てが置かれていた。


 そこには、この教会の外観が写されていた。建物の前には教祖と思われる人物と、子供たちが並んでいた。その子供のなかには、ニトと思われる姿もあった。


 ニトは孤児だと言っていた。
 教祖は親代わりでもあったのかもしれない。
 写真のなかの人物は、みんな笑っていた。


 いや。
 死んだ者たちに思いを巡らせるのは、よそう。余計な痛みを伴うだけだ。どうせもう取り返しのつかないことだ。
 思索を断ち切った。写真立てをサイドテーブルに戻しておいた。


「ロン隊長……」
 気づくと背後には、シャルリスたちがいた。


「任務は失敗だ。教祖はすでにゾンビ化していた。オレたちは城に戻るぞ」


「ニトは」


「ゾンビになったから、焼き尽くした」


 ゾンビとして放置するよりかは、それが本人のためでもあるだろう。


「そんな……」
 と、シャルリスはその場に立ち尽くしていた。

 チェイテはいつも通り憮然とした表情をしており、アリエルは目に涙を浮かべていた。すこしでも知っている人物がゾンビ化する事態は、3人の胸に大きなショックを与えたようだ。


「オレの不注意だった。君たちが責任を感じることはない。言い方は悪いかもしれんが、これは良い経験でもある。仲間や同胞がゾンビになるなんて、そう珍しいことではないんだからな」


 シャルリスは、【腐肉の暴食】に寄生されているので、大丈夫かもしれない。けれど、アリエルやチェイテは、いつゾンビになっても不思議ではない。
 心構えはしておくべきだ。


 むろん――。


 自分の見ている前で、この小隊がゾンビ化するようなことは、起こさないつもりが。が、断言はできない。今回のようなこともある。


「もし、ボクが……」


「ん?」


「もしボクの、ゾンビ化治療のチカラが使えたら、こんなことも起きなかったっスよね」
 と、シャルリスがうつむいた。


「気に病むことはない。そのチカラは確実なものじゃないんだから。あくまで、そういう可能性があるってだけだ。責任は隊長であるオレにある」


「……はいっス」
 と、シャルリスはうなずいたが、納得はしていないようだった。


 ニトが命を賭して渡してきた本。
 中を確認してみた。


「これは……」
「どうしたっスか?」
「いや」


 年表だった。
 ロト・ワールドの年表だ。


 竜神教の教祖は、こんなものをロンに渡して、いったいどうするつもりだったのか……。
 もしかすると渡すべき本を間違えたんじゃないか、とすら思った。


 しかしこれは、ニトが命と引き換えに渡してきたものだ。何かしらのメッセージが隠れているのかもしれない。
 あとで読み込んでみよう、と胸に抱いた。

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