《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
8-3.竜神教と巫女
竜神教の教祖から送られてきた使者は、灰色の髪をした青年だった。まだ少年とも言えるかもしれない。静かな目をしているが、眉が「八」の字に垂れているせいで、何かを嘆いているかのようにも見えた。
竜読みの巫女は、もうエレノアと同じぐらいの年齢であるはずだが、まだまだ童女の感が抜けない。赤い目に赤いショートボブをしている。配色はシャルリスと同じものだ。
ドラゴンの被り物をしているのが、なにより目立つ。そんなものを着けているから、余計に子供っぽく見えるのかもしれない。
「どうぞ」
と、補佐官が2人のことを、執務室に招き入れた。
ソファが置かれた一画があるので、そちらに座ってもらうことにした。エレノアも向かいの席に腰かけた。
「久しぶりだな。竜読みの巫女。そちらの使者とは、はじめましてだな。私が都市竜クルスニク所属の竜騎士長であり、卵黄学園の学園長もつとめるエレノア・キャスティアンだ」
ふたりは立ち上がると、握手を求めてきた。
竜神教からの使者のほうは、ニト、と名乗った。
他愛もない挨拶を交わしてから、お互いに腰を落とした。
補佐官が3人分のハーブティを運んできた。淡い緑色の液体が、グラスに満たされている。ミントの爽やかな香りが立ち上っていた。
エレノアはそれで唇を湿らせた。
「で、用件は? まずはニトのほうから聞こうか」
「竜神教の教祖さまからの伝言をさずかって参りました。あの覚者――半竜者についてです」
「ああ」
この時期だ。
そのあたりの話題だろうと、察しはついていた。
「竜神教に引き渡していただきたい、とのことです」
却下だ。
ありえない。
穏やかに、いちおう相手の要求を深掘りしてみることにした。
「理由は?」
「我ら竜神教は、ドラゴンを神の使者として考えています。かつてこの世界がゾンビに支配されたとき、竜人族と言われる一族の者が、【方舟】をあやつり、人を空へと逃がしたと言われています」
「たしかに私もそのような話を聞いたことがある。真実かどうかは定かではないがな」
「真実かどうかは重要ではありません。そう言い伝えられているということが重要なのです」
子供のような風貌をしているくせに、知ったようなことを言う。
「それで?」
と、促した。
「あの覚者は、おそらくその竜人族の末裔かと思われます」
つまりは――と、ニトは唇をナめた。
興奮してきたのか、頬に朱がさしていた。
「あの覚者は、つまり我らにとっては崇拝している神の末裔かと思われるのです」
「神の末裔ね……」
窓の外。
まだシャルリスがロンに乗っている。
「はい。あの御方を、あんな小娘に乗らせるようなことは、あってはならないのです。あの覚者さまがいれば、崇拝の対象として、民の心もますます団結いたします」
あんな小娘に乗らせるようなことが、あってはならない。そう感じているのは、エレノアだって同じだ。
「そちらもご存知のはずだ。乗っている少女が【腐肉の暴食】に寄生された少女なのだ。あの者のそばに、ロンさまを置いておく必要があるんでな」
期せずして、さきほど補佐官にエレノア自身から言われた言葉を、そのまま使うことになった。
「【腐肉の暴食】に寄生された少女を、都市内に置いておくことにも、教祖さまは疑問に思っているようです。抹殺するべきだ、と」
その件は、貴族たちの間でも意見がわかれているところだ。
ノスフィルト家が、シャルリス保護派として大きなチカラを働きかけている。
シャルリスの友人である、チェイテの影響だろう。
「あの者は、ゾンビ化を治癒したこともあるのだ。寄生している【腐肉の暴食】のチカラだろうが、それを解明することが出来れば、ゾンビという脅威から逃れることが出来るかもしれん。あの少女も手放すわけにはいかんのだ」
まるで、自分に言い聞かせているかのようだ。
「そうですか。わかりました。とりあえずその言葉を、教祖さまのほうに伝えておきます」
と、ニトはハーブティにクチをつけていた。
竜神教には大貴族のなかにも信仰している者がいる。そういった連中から圧力がかかれば厄介なことになりそうだ。
「で、そちらの用件は?」
と、今度は竜読みの巫女――通称、巫女のほうに話を振った。
ドラゴンの被り物をしたフザケタかっこうをしているが、こう見えても都市竜観測隊の隊長である。役職上、互いに話をすることが多いし、友人と言っても良い間柄だった。
竜神教の話よりかは重要度が増しそうだ、と思った。
巫女はボンヤリと窓の外を見つめていた。
「私もさー、あの人欲しいなぁと思ってるんだよね」
巫女はそう言って、飛んでいるロンのことを指差した。巫女の口調は舌足らずというか、間延びしている。
「却下だ。お前もわかっているはずだ。あれは重要度の高い人物だ。そもそもあの者の処遇を決めれるのは私ではない。いちおう竜騎士に所属しているから、私の部下ではあるのだが――」
覚者は、皇帝陛下直属の部隊なのだ。
エレノアよりも、立場は上のはずである。違うのか? わからない。覚者と言われる者たちが、表舞台に出てくることはあまりない。階級については、曖昧なところがある。
「竜語」
と、巫女はつぶやいた。
「は?」
「竜語を教えてもらいたいんだよねぇ。ドラゴンとしゃべることが出来るようになれば、都市竜とのコミュニケーションも出来ると思うんだ。そうすればさぁ、都市竜の羽休めのタイミングとか、針路とかも融通がきくと思うんだよね。これは画期的なことだと思わない?」
「なるほど」
たしかに、その通りだ。
竜神教の要求よりかは、聞くに値する意見だと思った。
「それに私は、ドラゴンとしゃべれるようになるのが、昔からの夢だったんだ。まさか竜語なんてものあるなんて、知らなかったなぁ」
と、目を輝かせていた。
「そう言えば、お前は以前からそう言っていたな」
「私はちっちゃい頃にね。ホントウにちっちゃい頃。漆黒のドラゴンに出会ったことがあるんだよ」
「ロンさまに?」
「さあ……。あの覚者さまかどうかは、わかんない。ドラゴンに乗って遊んでいたら、地上に落っこちそうになったことがあるんだよね。そのときに、私のことを助けてくれた黒いドラゴンがいたの」
「黒いドラゴンなら、ロンさまかもしれんな」
他に黒いドラゴンなんて、数多くのドラゴンを見てきたエレノアでも知らない。
ドラゴンに野生はない。すべて人間の管理下に置かれている。
「そのときに私はドラゴンがしゃべっているのを聞いた気がするの。気を付けろよ――って。それがキッカケだったかなぁ。ドラゴンと会話をしたいと思うようになったのは」
人それぞれに、何かしらの夢があるものだ。
エレノアの夢は、最強、と言われる境地に至ることだ。そのためには、あの最強のドラゴンに乗って戦いたい、と思う。
「わかった。ロンさまを観測隊に渡すわけにはいかないが、手伝うぐらいのことは出来るはずだ。竜語を教えてやれないか、いちおう話をしてみよう」
「やったぁ」
と、巫女は眠たげな声ではあるが、歓喜していた。
「ところで、観測のほうはどうなっている? さきほど地震があったようだが、何か異変でもあったか?」
さしたる揺れでもなかったのだが、気にはなっていた。
「都市竜が羽休めを行うのに、さっき着地したんだけどねぇ。足場が沼地になっていて、ヌカるんでいたみたい。よくあることだから、気にすることはないよ。だけど最近、動きが鈍いんだよねぇ。卵も産まなくなったし。それを調べるためにも、竜語が必要になってくると思うんだぁ」
「そうか」
観測隊の隊長である巫女がそう言うのなら、そうなのだろう。
「失礼しますッ」
と、伝令官が跳びこんできた。
おい、ノックぐらいしろ――と、補佐官が注意した。
尋常ではないものを感じたので、エレノアが補佐官を制した。
「どうした?」
「左脇腹地区にてゾンビが出現いたしましたッ。大量のゾンビの出現に、左脇腹地区で混乱が起こっています。こうして急いで、伝令を……」
伝令官の目が濁りはじめた。目から血の涙がしたたり落ちている。顔面がケロイドにふくれあがってゆく。
ゾンビ化の兆しだ。
「貴重な情報だ。助かった。君のおかげで民は救われた」
一閃。
剣で伝令官の首を刎ね飛ばした。血が吹き出した。生首がゴロンと床に転がり落ちた。髪をつかんで、生首を持ち上げた。机に叩きつけて、剣でそのクチを突き刺した。生首が机に縫いとめられる。
一方、胴体。
身にまとっている竜具を外して、補佐官が切りつけていた。
「どうだ? やったか?」
「わかりませんが、こちらに動く気配はありません」
と、補佐官が応じる。
「気を緩めるなよ」
「もちろんです」
ひとたびゾンビになってしまった者は、そう簡単に死ぬことはない。核にダメージを通す必要がある。
「どうやら、こっちのようだ」
胴体は動かない。頭部から、肉が再生しようとしていた。
核は、頭部のどこかにあるということだ。
その頭は机に縫いとめられているため、ゾンビは思うように動けないようだった。生えてきた両手を無闇にふりまわしていた。
壁に立てかけてあった棒をエレノアは手に取った。ゾンビのことを縫いとめている剣を抜いた。棒をゾンビの頭に叩き込んだ。肉の潰れる感触が、手に伝わってくる。
何度か叩きつける。
机が真っ二つに割れてしまったが、ゾンビは動かなくなった。
核を、潰せたようだ。
かつての仲間の顔面を叩き潰さなければならないなんて、厭な対処である。が、もう慣れてしまったことだ。
もしも【腐肉の暴食】に、治癒能力があるとすれば、こんなこともせずに済むのだ。やはりシャルリスは必要な人材だ、と認識した。
「失礼した。御客人。伝令官がゾンビ化してしまったようなので、片付けさせていただいた」
ニトは部屋の隅にまで避難していた。
巫女のほうは悠然とハーブティを飲んでいる。肝が据わっているのか、ただただ鈍感なのかもしれない。
「あ、あの……」
と、ニトがおそるおそると切り出した。
「どうした?」
「左脇腹地区でゾンビが出現したって言ってましたよね?」
「ああ」
「左脇腹地区の近くには、竜神教の教会があります。オレも急いで戻ろうと思います」
「いや。戻るのは危険だ。ここにいたほうが良い」
「しかし、教祖さまがおられますので、安否が気になります。それに教祖さまは、竜人族の末裔に渡したいものがあるとも言っておられました」
「渡したいもの?」
「詳細は、わかりません」
竜神教は、都市内でも大きなチカラを持っている。教祖の安全を守るために、竜騎士を派遣しておかなければ、後々、なぜ竜騎士を派遣しなかったのか……と、文句を言われそうだ。
「わかった。ならば、ロン小隊を護衛につけさせよう。ロン小隊に教祖の安否の確認と、騒動がおさまるまでの身辺警護をやらせよう」
都市内でのゾンビ騒動は、さして大規模なものではないはずだ。
左脇腹地区から、教会のある場所はすこし離れている。ロンの小隊に向かわせても問題ない。仮に問題があったとしても、ロンならば上手く対処する。
ロンひとりで、この都市きっての最強の戦力と言っても過言ではない。
ロンの実力に付いていけるように、他の新人たちに経験を積ませる必要もある。ロン小隊には、エレノアの妹である、アリエルだって属しているのだ。
「ありがとうございます」
と、ニトが頭を下げた。
(しかし……それにしても……)
ゾンビ化した伝令官を見つめた。
エレノアが首を刎ねる前の伝令官には、外傷があるようには見えなかった。竜具もつけていたはずだ。いったいどうしてゾンビ化したのだろうか、と首をひねった。
竜読みの巫女は、もうエレノアと同じぐらいの年齢であるはずだが、まだまだ童女の感が抜けない。赤い目に赤いショートボブをしている。配色はシャルリスと同じものだ。
ドラゴンの被り物をしているのが、なにより目立つ。そんなものを着けているから、余計に子供っぽく見えるのかもしれない。
「どうぞ」
と、補佐官が2人のことを、執務室に招き入れた。
ソファが置かれた一画があるので、そちらに座ってもらうことにした。エレノアも向かいの席に腰かけた。
「久しぶりだな。竜読みの巫女。そちらの使者とは、はじめましてだな。私が都市竜クルスニク所属の竜騎士長であり、卵黄学園の学園長もつとめるエレノア・キャスティアンだ」
ふたりは立ち上がると、握手を求めてきた。
竜神教からの使者のほうは、ニト、と名乗った。
他愛もない挨拶を交わしてから、お互いに腰を落とした。
補佐官が3人分のハーブティを運んできた。淡い緑色の液体が、グラスに満たされている。ミントの爽やかな香りが立ち上っていた。
エレノアはそれで唇を湿らせた。
「で、用件は? まずはニトのほうから聞こうか」
「竜神教の教祖さまからの伝言をさずかって参りました。あの覚者――半竜者についてです」
「ああ」
この時期だ。
そのあたりの話題だろうと、察しはついていた。
「竜神教に引き渡していただきたい、とのことです」
却下だ。
ありえない。
穏やかに、いちおう相手の要求を深掘りしてみることにした。
「理由は?」
「我ら竜神教は、ドラゴンを神の使者として考えています。かつてこの世界がゾンビに支配されたとき、竜人族と言われる一族の者が、【方舟】をあやつり、人を空へと逃がしたと言われています」
「たしかに私もそのような話を聞いたことがある。真実かどうかは定かではないがな」
「真実かどうかは重要ではありません。そう言い伝えられているということが重要なのです」
子供のような風貌をしているくせに、知ったようなことを言う。
「それで?」
と、促した。
「あの覚者は、おそらくその竜人族の末裔かと思われます」
つまりは――と、ニトは唇をナめた。
興奮してきたのか、頬に朱がさしていた。
「あの覚者は、つまり我らにとっては崇拝している神の末裔かと思われるのです」
「神の末裔ね……」
窓の外。
まだシャルリスがロンに乗っている。
「はい。あの御方を、あんな小娘に乗らせるようなことは、あってはならないのです。あの覚者さまがいれば、崇拝の対象として、民の心もますます団結いたします」
あんな小娘に乗らせるようなことが、あってはならない。そう感じているのは、エレノアだって同じだ。
「そちらもご存知のはずだ。乗っている少女が【腐肉の暴食】に寄生された少女なのだ。あの者のそばに、ロンさまを置いておく必要があるんでな」
期せずして、さきほど補佐官にエレノア自身から言われた言葉を、そのまま使うことになった。
「【腐肉の暴食】に寄生された少女を、都市内に置いておくことにも、教祖さまは疑問に思っているようです。抹殺するべきだ、と」
その件は、貴族たちの間でも意見がわかれているところだ。
ノスフィルト家が、シャルリス保護派として大きなチカラを働きかけている。
シャルリスの友人である、チェイテの影響だろう。
「あの者は、ゾンビ化を治癒したこともあるのだ。寄生している【腐肉の暴食】のチカラだろうが、それを解明することが出来れば、ゾンビという脅威から逃れることが出来るかもしれん。あの少女も手放すわけにはいかんのだ」
まるで、自分に言い聞かせているかのようだ。
「そうですか。わかりました。とりあえずその言葉を、教祖さまのほうに伝えておきます」
と、ニトはハーブティにクチをつけていた。
竜神教には大貴族のなかにも信仰している者がいる。そういった連中から圧力がかかれば厄介なことになりそうだ。
「で、そちらの用件は?」
と、今度は竜読みの巫女――通称、巫女のほうに話を振った。
ドラゴンの被り物をしたフザケタかっこうをしているが、こう見えても都市竜観測隊の隊長である。役職上、互いに話をすることが多いし、友人と言っても良い間柄だった。
竜神教の話よりかは重要度が増しそうだ、と思った。
巫女はボンヤリと窓の外を見つめていた。
「私もさー、あの人欲しいなぁと思ってるんだよね」
巫女はそう言って、飛んでいるロンのことを指差した。巫女の口調は舌足らずというか、間延びしている。
「却下だ。お前もわかっているはずだ。あれは重要度の高い人物だ。そもそもあの者の処遇を決めれるのは私ではない。いちおう竜騎士に所属しているから、私の部下ではあるのだが――」
覚者は、皇帝陛下直属の部隊なのだ。
エレノアよりも、立場は上のはずである。違うのか? わからない。覚者と言われる者たちが、表舞台に出てくることはあまりない。階級については、曖昧なところがある。
「竜語」
と、巫女はつぶやいた。
「は?」
「竜語を教えてもらいたいんだよねぇ。ドラゴンとしゃべることが出来るようになれば、都市竜とのコミュニケーションも出来ると思うんだ。そうすればさぁ、都市竜の羽休めのタイミングとか、針路とかも融通がきくと思うんだよね。これは画期的なことだと思わない?」
「なるほど」
たしかに、その通りだ。
竜神教の要求よりかは、聞くに値する意見だと思った。
「それに私は、ドラゴンとしゃべれるようになるのが、昔からの夢だったんだ。まさか竜語なんてものあるなんて、知らなかったなぁ」
と、目を輝かせていた。
「そう言えば、お前は以前からそう言っていたな」
「私はちっちゃい頃にね。ホントウにちっちゃい頃。漆黒のドラゴンに出会ったことがあるんだよ」
「ロンさまに?」
「さあ……。あの覚者さまかどうかは、わかんない。ドラゴンに乗って遊んでいたら、地上に落っこちそうになったことがあるんだよね。そのときに、私のことを助けてくれた黒いドラゴンがいたの」
「黒いドラゴンなら、ロンさまかもしれんな」
他に黒いドラゴンなんて、数多くのドラゴンを見てきたエレノアでも知らない。
ドラゴンに野生はない。すべて人間の管理下に置かれている。
「そのときに私はドラゴンがしゃべっているのを聞いた気がするの。気を付けろよ――って。それがキッカケだったかなぁ。ドラゴンと会話をしたいと思うようになったのは」
人それぞれに、何かしらの夢があるものだ。
エレノアの夢は、最強、と言われる境地に至ることだ。そのためには、あの最強のドラゴンに乗って戦いたい、と思う。
「わかった。ロンさまを観測隊に渡すわけにはいかないが、手伝うぐらいのことは出来るはずだ。竜語を教えてやれないか、いちおう話をしてみよう」
「やったぁ」
と、巫女は眠たげな声ではあるが、歓喜していた。
「ところで、観測のほうはどうなっている? さきほど地震があったようだが、何か異変でもあったか?」
さしたる揺れでもなかったのだが、気にはなっていた。
「都市竜が羽休めを行うのに、さっき着地したんだけどねぇ。足場が沼地になっていて、ヌカるんでいたみたい。よくあることだから、気にすることはないよ。だけど最近、動きが鈍いんだよねぇ。卵も産まなくなったし。それを調べるためにも、竜語が必要になってくると思うんだぁ」
「そうか」
観測隊の隊長である巫女がそう言うのなら、そうなのだろう。
「失礼しますッ」
と、伝令官が跳びこんできた。
おい、ノックぐらいしろ――と、補佐官が注意した。
尋常ではないものを感じたので、エレノアが補佐官を制した。
「どうした?」
「左脇腹地区にてゾンビが出現いたしましたッ。大量のゾンビの出現に、左脇腹地区で混乱が起こっています。こうして急いで、伝令を……」
伝令官の目が濁りはじめた。目から血の涙がしたたり落ちている。顔面がケロイドにふくれあがってゆく。
ゾンビ化の兆しだ。
「貴重な情報だ。助かった。君のおかげで民は救われた」
一閃。
剣で伝令官の首を刎ね飛ばした。血が吹き出した。生首がゴロンと床に転がり落ちた。髪をつかんで、生首を持ち上げた。机に叩きつけて、剣でそのクチを突き刺した。生首が机に縫いとめられる。
一方、胴体。
身にまとっている竜具を外して、補佐官が切りつけていた。
「どうだ? やったか?」
「わかりませんが、こちらに動く気配はありません」
と、補佐官が応じる。
「気を緩めるなよ」
「もちろんです」
ひとたびゾンビになってしまった者は、そう簡単に死ぬことはない。核にダメージを通す必要がある。
「どうやら、こっちのようだ」
胴体は動かない。頭部から、肉が再生しようとしていた。
核は、頭部のどこかにあるということだ。
その頭は机に縫いとめられているため、ゾンビは思うように動けないようだった。生えてきた両手を無闇にふりまわしていた。
壁に立てかけてあった棒をエレノアは手に取った。ゾンビのことを縫いとめている剣を抜いた。棒をゾンビの頭に叩き込んだ。肉の潰れる感触が、手に伝わってくる。
何度か叩きつける。
机が真っ二つに割れてしまったが、ゾンビは動かなくなった。
核を、潰せたようだ。
かつての仲間の顔面を叩き潰さなければならないなんて、厭な対処である。が、もう慣れてしまったことだ。
もしも【腐肉の暴食】に、治癒能力があるとすれば、こんなこともせずに済むのだ。やはりシャルリスは必要な人材だ、と認識した。
「失礼した。御客人。伝令官がゾンビ化してしまったようなので、片付けさせていただいた」
ニトは部屋の隅にまで避難していた。
巫女のほうは悠然とハーブティを飲んでいる。肝が据わっているのか、ただただ鈍感なのかもしれない。
「あ、あの……」
と、ニトがおそるおそると切り出した。
「どうした?」
「左脇腹地区でゾンビが出現したって言ってましたよね?」
「ああ」
「左脇腹地区の近くには、竜神教の教会があります。オレも急いで戻ろうと思います」
「いや。戻るのは危険だ。ここにいたほうが良い」
「しかし、教祖さまがおられますので、安否が気になります。それに教祖さまは、竜人族の末裔に渡したいものがあるとも言っておられました」
「渡したいもの?」
「詳細は、わかりません」
竜神教は、都市内でも大きなチカラを持っている。教祖の安全を守るために、竜騎士を派遣しておかなければ、後々、なぜ竜騎士を派遣しなかったのか……と、文句を言われそうだ。
「わかった。ならば、ロン小隊を護衛につけさせよう。ロン小隊に教祖の安否の確認と、騒動がおさまるまでの身辺警護をやらせよう」
都市内でのゾンビ騒動は、さして大規模なものではないはずだ。
左脇腹地区から、教会のある場所はすこし離れている。ロンの小隊に向かわせても問題ない。仮に問題があったとしても、ロンならば上手く対処する。
ロンひとりで、この都市きっての最強の戦力と言っても過言ではない。
ロンの実力に付いていけるように、他の新人たちに経験を積ませる必要もある。ロン小隊には、エレノアの妹である、アリエルだって属しているのだ。
「ありがとうございます」
と、ニトが頭を下げた。
(しかし……それにしても……)
ゾンビ化した伝令官を見つめた。
エレノアが首を刎ねる前の伝令官には、外傷があるようには見えなかった。竜具もつけていたはずだ。いったいどうしてゾンビ化したのだろうか、と首をひねった。
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