《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

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7-8.正気

 何度呼びかけたかわからない。
 不意にロンの全身に噛みついていた、白蛇からチカラが抜けていくのを感じた。


「おのれぇぇッ。小娘の分際でこのワシを抑え込むとはァァ――……ッ」


 バトリの肉の巨体がちぢんでいく。シャルリスのカラダに吸い込まれていくかのようだった。


 ロンのカラダに食らいついていた蛇も、シャルリスの体内に吸い込まれてゆく。バトリが憎悪をたぎらせたような顔で、ロンのことを見ていた。


 地面を這いつくばるようにしていたが、そのバトリもシャルリスのなかに吸われていった。


 仰向けに倒れたシャルリスが残った。
 泥の上だった。後頭部がなかばヌカルミにつかっていた。


 バトリの巨体を見ていたせいか、シャルリスのカラダが異様に小さく見えた。シャルリスのことを抱き起そうとしたが、ロンも余力がなかった。


 シャルリスの上におおいかぶさるようなカッコウになった。


「おい、生きてるか」


「う……うぅん。先生?」
 と、シャルリスはすこし身動ぎをすると、まぶたを開いた。


「気分はどうだ」


「えっと……何があったのか、あんまり良く覚えてないんっスけど。っていうか、どうしてそんなに血だらけなんっスかッ」


「良かった」


 シャルリスが目を覚ましたことに安堵して、ロンはシャルリスの上に倒れこんだ。


「え、ちょっ、先生……っ」


「どこまで覚えてる?」


「たしかマシュがゾンビで、それで私は感染したはずなんっスけど……そこからは、あんまり……でもなんかロン先生が必死に私に呼びかけていたような気もするッス」


「そうか」


「ここ地上っスよね。ってかマスク!」
 と、シャルリスはあわてて自分のクチを手でおおっていた。


「気にするな。大丈夫だ。たぶん」


 シャルリスはおそるおそる瘴気を吸いこんでいた。こうして上にかぶさっていると、シャルリスの腹が呼吸で満たされるのがわかった。


「ボク、ゾンビになってないんっスか? 先生が何かしてくれたっスか?」


「いや。シャルリスは自分のチカラで、どうにかしたのさ」


「でもボク、なにも……」


 都市竜からエレノアをはじめとする竜騎士たちが飛んできた。シャルリスとロンの2人を警戒するようにして、円形に包囲してきた。エレノアがドラゴンから降りて1歩前にでる。


「ロン。まさか貴様が……いやあなた様が、半竜者ヘリコニアだったとは、いままでの御無礼をお許しください。しかしそれよりも、事情を説明していただきたいのですが」


「そちらのゾンビは片付きましたか」


「ええ。竜騎士を総動員して、どうにか都市竜にまとわりついていたゾンビを1匹残らず駆除してきました」


 ロンの問いに、エレノアはうなずいてそう応えた。


 エレノアのほうも激戦だったのだろう。返り血で真っ赤に染まっていた。ブロンドの髪にも血がコビりついている。しかしそれが、戦士としての美しさを際立たせているようにも見えた。


 エレノア竜騎士長ッ――と、シャルリスがロンのカラダをどけて立ち上がろうとした。


 すかさず周囲の竜騎士たちがいっせいに槍を向けてきた。エレノアも剣を抜く。その剣先をシャルリスに向けた。


「動くなッ。バケモノ! すこしでも動いてみろ、半竜者さまに手を出す素振を見せた瞬間に貴様の首が跳ぶと思え」


 え? と、シャルリスのカラダがビクッと跳ねあがって硬直していた。


「私はこの目で見たのだ。あの【腐肉の暴食】が貴様になるところを。貴様は半竜者さまを……」


 エレノア竜騎士長――とロンはその言葉をさえぎった。


「この娘に罪はありません。事情は説明させていただきますが、今はすこし意識がモウロウとしています」


【腐肉の暴食】がシャルリスに戻るところを見たのならば、エレノアも酷く動揺していることだろう。説明をしなければならない。それはわかっているのだが、さっきから視界がかすむ。血を流し過ぎたようだ。


「半竜者ヘリコニアはすこし無茶をしたようです。事情は私のほうから説明させていただきましょう」


 声が割り込んだ。
 聞き馴染のある女性の声だった。ずっとイヤリングの向こうから聞こえていた声だ。伝達者ハマメリス。白い法衣を頭からスッポリとまとっていた。顔が見えない。


「いままでお疲れさまでした。ヘリコニア」


「まさか、お前が出てくるとはな」


「覚者長ノウゼンハレンも来ています。マシュ・ルーマンの身柄は確保しました」


「そうか。シャルリスのことを頼むぞ」


「承知しております。あなたの独断行動は問題でしたが、これは新たな人類の可能性になるかもしれませんので。ユックリ休んでください」


 そこでロンの意識は途切れた。


 先生っ……というシャルリスの声が聞こえた。その声を耳にすると、自分のやったことは間違いではなかった、と思えるのだった。

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