《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

7-7.ロンの責任

「ワシにばっかり構っていても良いのか」


 巨大なイモムシが天に向かって立ち上がっているような姿をしている。ただし、イモムシのような可愛らしい大きさではない。卵黄学園の校舎ぐらいの大きさがあった。



 白い脂肪のカタマリがぶよぶよと震えている。その肉の、あらゆるところから、腕が伸びてくる。その無数の足の蠢きがよりいっそう、イモムシらしさを増していた。


 腕がロンを捕えようとしてきた。


 ロンはドラゴンの姿になっている。両翼を羽ばたかせて、襲い来る腕をかわす。腕の勢いがあまりに強く、かわしたはずなのに、腕が通過した突風で、ロンのカラダがゆらいだ。
 ひとつかわしても、次から次へと襲いかかってくる。


「どういう意味だ」


 ドラゴンの姿になっているあいだは、人と声帯に変化がある。声がどうしても野太く、しわがれたようなものになる。


「都市竜にもゾンビを向かわせておる。こちらに手間取っていては、都市のほうが危うくなるぞ」


「あいにく、都市クルスニクには優秀な竜騎士が多くいるんでね。心配無用だ」


 クチではそう言ったが、虚勢だった。


 いったいどれほどのゾンビが、都市竜に向かっているのか。


 都市竜そのものがゾンビに感染することはない。さりとて、直接的なダメージは通る。ドラゴンとて完璧に全身をウロコで守られているわけではない。やわらかい部分だってある。都市竜そのものが無事でも、ゾンビに侵入される危険もある。


 都市竜のほうに目をやった。


 多くの竜騎士たちがドラゴンにまたがって、飛びまわっていた。都市竜にまとわりついているゾンビを駆除しているようだった。


(防ぎきることが出来るか?)


 エレノア竜騎士長をはじめとする、竜騎士隊にかかっている。


 心配するぐらいなら――。
 このデカブツとのケリを早急につけて、竜騎士の援護に回るべきだろう。つまり、時間はかけていられない。


獄炎インフェルノ


 クチを開けた。その先から、真っ赤な魔法陣が展開される。魔法陣の先に、小さな魔法陣が展開される。さらにその先にも魔法陣。3重の魔法陣の先から、漆黒の炎が射出された。


「やはり竜化したときのほうが、魔力が強くなるようじゃな」


 バトリのカラダから生えている無数の腕が、獄炎インフェルノを防ごうとしてきた。


 10本、20本と焼き払ってゆく。炎の燃え移った腕は切断されて、空中で漆黒の花を咲かせていた。


 もは幾本の腕を燃やし尽くしたかわからないが、炎は本体に到達する前に防ぎきられてしまった。


「ちッ」


「ワシの肉をこれだけ燃やすとは、さすがの魔力じゃな。ますますオヌシのことが欲しくなったわ」


「無駄話の多いゾンビだ」


「あまり人と会話する機会もないのでな。まぁユックリと楽しもうではないか」


 バトリのカラダがすこしずつ前進していた。このまま行くと、都市竜の横腹に衝突することになる。


(せめて、こいつだけは止めねェと)


 以前にも戦って、勝っている。勝てない相手ではないはずだ。魔法での攻撃よりも、直接的な攻撃のほうが通ることも知っている。


 バトリの本体に接近する。


 翼をはためかせて疾駆する。バトリは巨大な肉のカタマリになっているが、頭部にはバトリの顔面と思われるものが埋め込まれている。
 核は、あそこだろう。


 接近する。ロンの飛行を阻むように大量の腕が襲いかかってくる。ロンはそれをかわしたり、燃やしたりして対処していった。


 バトリの頭部には、やはり少女の姿をしていたときと同じ顔面が埋め込まれていた。目は赤く滾っている。そして頬まで裂けたクチがある。


「核は、そこか」


 少女のクチが動く。


「やはり強いのぉ。個体として最強と言われるだけはある。硬いウロコに、その機動力。魔力も申し分ない」


「ホめてくれてどうも。しかし、お前と無駄話をしている時間はねェ」


 頭部を食いちぎろうとした。
 が――。
 ロンはそれが出来なかった。
 クチを大きく開けたまま、硬直してしまった。


「どうした。コゾウ。ワシを殺すのであろう。ここがワシの核じゃ。これを噛みつぶせば、オヌシの勝ちじゃ」


 肉の本体から、バトリが出てきた。まるで脂肪のカタマリからバトリの上半身が生えているかのようだった。
 バトリは両腕で、1人の少女を抱きかかえていた。赤毛のショートボブ。凛とした顔立ちをした少女――。
 シャルリスだった。


「これは、どういうことだ」


「ワシはこの娘に寄生しておるのじゃからな。この娘が核となっておる。この娘を、そのクチでかみ砕いてみれば良かろう」


「シャルリスは、すでにゾンビになっているはずだ」


 マシュに噛まれて、感染したはずだ。
 バトリが抱えているシャルリスは、健全な状態に見えた。


 まやかしか――。


「ワシを誰だと思うておるか。ワシは【腐肉の暴食】じゃぞ。これはワシの宿主じゃからな。他のゾンビの好きにはさせん。ワシが《不死の魔力》を操れんんわけがなかろう」


 右。
 不意を突かれた。


 巨大なコブシが飛来してきた。それがロンの横っ腹を殴打した。吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた。


「いひひひっ。情を移し過ぎたな。やはりオヌシにワシは殺せまい。この娘に寄生したのは偶然であったが、運が良かったようじゃな。ワシではオヌシに勝てないことは、すでにわかっておったからな」


 シャルリスは無事なのか――わからない。あるいはバトリが見せているまやかしだという可能性もある。


(殺すべきだ)


 シャルリスだとわかっていても、抹殺対象であるなら殺すべきだ。それがロンの役目であることがわかっている。ここでシャルリスひとりの命を優先することで、より多くの被害が出るかもしれない。


 しかし、それでも――。


 ロン先生と、ロンのことをホントウに先生だと思って慕ってくれた、あの娘をロン自身の手で殺すことなど出来そうになかった。


 なにより――。


 最初に【腐肉の暴食】にトドメを刺し損ねたから、シャルリスは寄生されることになったのだ。


 そういう意味では、シャルリスが【腐肉の暴食】に寄生されたのは、ロンのせいでもあるのだ。
 シャルリスを助けなければならない責任がある。


「悪いな。ハマメリス。オレは覚者としては失格みてェだ」


 聞こえているのかはわからないが、ロンはイヤリングに向かって言った。


 バトリの腕が、ロンにとどめをさそうと伸びてきていた。ふたたび空へと飛びあがって、それをかわした。
 バトリの腕が勢いよく地面にえぐりこんで、砂煙を吹きあげた。


 核――バトリの頭があるところに接近した。


 まだバトリはシャルリスのカラダを抱きかかえるようにしていた。こうして見ているかぎりでは、シャルリスは眠っているようだった。


「おい、シャルリス。聞こえるか!」


「ほお。この娘を起こそうという策に出たか。しかしムダじゃな。ワシに寄生されたこの娘が起きるはずなかろう」


「いや――」


 どういう仕組みで、シャルリスのカラダにバトリが寄生しているのかは、ロンにはわからない。


 しかし、呼びかけて何かしらの反応があるなら、確認しておきたかった。もし反応があるならば、まだシャルリスが助かる見込みがある。それがダメならば、今度こそホントウに殺すしかない。


「シャルリス! お前、このままだとまた、試験に落第するぞ! 本気で竜騎士になるつもりがあるなら目を覚ましやがれ!」


 竜騎士になりたいと言っていた。今度こそ試験に合格したいと言っていた。
 その気持ちに偽りがないのならば、何かしらの反応があるはずだ。


 すこしばかり場違いなセリフにも思えるが、この言葉がシャルリスにとってイチバン響くとロンは考えた。


 これで何もなければ覚悟を決めよう。


 息を殺す。
 目を凝らす。
 ピクリ……。
 たしかに今、シャルリスのマブタが動いたように見えた。


 次の反応は大きかった。


 バトリの巨体が後ろに倒れこんだのだ。その巨体が倒れることによって、地響きが起きていた。


「おのれ、小癪な。小娘風情が……っ」
 と、バトリの表情には焦燥が見受けられた。


 いったい何が起きたのかはわからないが、シャルリスがバトリのことを封じ込めようとしているように――ロンには見えた。
 ロンの呼びかけに、バトリを困らせる何かがあるのだ。


(賭けてみるか……)


 ロンは竜化を解いて、バトリの肉の上に立った。


 ドラゴンの姿はシャルリスには馴染がないものだ。ロンの人間としての姿のほうが、シャルリスの気持ちには訴えかけやすい。


「シャルリス。目を覚ませ!」


「ヤカマシイわッ。オヌシさえ感染させてしまえば」


 周囲の脂肪からバトリの腕が大量に生えてきて、ロンのカラダをからめ捕った。


 伸びている無数の手の形状が変化して、白蛇となっていた。
 ロンのカラダに噛みついてきた。


 噛みつくことでゾンビは感染する。
 ロンをゾンビにしようとしているようだ。ドラゴンの血はそれに抗う。


「シャルリス!」
 と、呼びかけをつづけた。


 反応はたしかにある。
 諦めるにはまだ早い。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品