《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

7-4.腐り落ちる思い出

(気づくべきだったと悔いるのは、チッとばかし酷か)
 と、ロンは思った。


 都市竜クルスニクで起こった2度のゾンビ騒動。


 1度目は卵黄学園の女子寮。
 2度目は洋菓子店。


 どちらにもマシュ・ルーマンという女子生徒の影があった。マシュこそが、都市内でのゾンビ騒動を起こした張本人だった。


 ドラゴンの姿で、生徒たちのもとに急いだ。先生が手を出すのはルール違反だが、厭な予感がした。監視を怠るなとハマメリスからも命令を受けている。


 シャルリスたちと、マシュが交戦に入っていた。ロンが駆けつけたときには、すでに遅かった。


 シャルリスが腹をやられていた。


 ロンはドラゴンの姿になって、マシュのことを食い散らした。
 

 ドラゴンは好んで、ゾンビの肉を食う。いかんせんロンの味覚は、人間のそれだった。ゾンビなど食っても、クチのなかに血の味が広がるだけだ。吐きだした。


 生命維持に必要な食事は、人の姿のさいに摂取している。


 ロンは人の姿に戻った。
 この能力は隠しておかなければならないものだったが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。


「先生!」


 チェイテとアリエルが駆け寄ってくる。
 シャルリスは腹のあたりをゾンビに噛まれたようだ。
 ドラゴンの背中につけた鞍。
 そこに腰かけていたが、滑り落ちていた。あわてて受け止める。


「よくガンバったな。君たちは今はそれで充分だ」


「先生――。今の姿って……。黒いドラゴンが先生になったように見えたんですけど」
 と、アリエルがそう尋ねてくる。
 チェイテも問いかけるように、ロンのことを凝視していた。


「それは後で説明する。アリエルとチェイテの2人は離脱しろ」


「でも試験が……」


「言ったはずだ。合否よりもまずは、自分の命を優先しろ。シャルリスが噛まれた以上、小隊としては動けないだろう。それに先生が手を出すのもルール違反だしな。これ以上の続行はムリだ」


「シャルリスは無事なんでしょうか?」


 シャルリスはロンの腕のなかで、息を荒げていた。過呼吸気味になっている。呼吸の補助をしてやる必要がありそうだ。


「わからんが、仮にゾンビ化した場合は、オレが処理する。とにかく急いで離脱しろ。マシュをまだ仕留めきれてないんでな」


 アリエルとチェイテは顔を見合わせた。


「わかりました。シャルリスのことをお願いします」
 と、二人は異口同音に言った。


「ああ」


 チェイテとアリエルの2人は騎竜すると、都市竜のいるほうへと戻って行った。不意にロンの背後から強烈な殺気が押し寄せてきた。


 振り向く。
 傷ひとつないマシュがいた。


「なるほど。都市内でうまく感染が広がらないと思っていたら、覚者がまぎれ込んでいましたか、まさかあなたが覚者だったとは思いもしませんでした」


 話しかけてきた。まさか、言葉をしゃべるとは思わなかった。


「そっちは何者だ」


「始祖ですよ」


「なるほど。言語まで理解するとなると、あいつと同じタイプってわけだな」


「ええ。その通りです。そこにいる御方と同じく、私も始祖のひとりです」


「そこにいる御方?」


 周囲。
 ここは木々に囲まれた湖畔だ。
 マシュ以外に人気はない。


「そこに、おられるではありませんか。我らゾンビの王。暴食と呼ばれる御方が」


「まさか、シャルリスのことか」


「その娘のなかに、あの御方が眠っておられる。私の目的はその御方の身柄の解放。いつまでも眠っておられては困る。渡してもらいましょうか。【腐肉の暴食】の御身を」


 やはり――杞憂ではなかったのだ。
 シャルリスのなかに、【腐肉の暴食】は眠っているのだ。


「これはオレの大事な生徒なんでね。腐った肉野郎なんかに、渡すわけにはいかねェんだよ」


「ならば、チカラずくでも、王の身柄を回収させていただく」


「やれるものなら、やってみろよ」


 睨んだ。ロンの眼前に、赤い魔法陣を展開する。炎を射出した。火球ファイアー・ボール。避けられた。


「ここは森の中です。人間の生活に必要な資源が豊富です。過去の人々は、森の領有権をめぐって争いを続けた。それほどまでに貴重な木々を、あなたに焼くことは出来ないでしょう」


「……っ」
 たしかに派手な魔法は使えない。


 瘴気のせいで、地上は植物の育ちが悪いのだ。森林物資に乏しいのは、そのせいもある。


 炎系統の魔法を得意としているロンにとっては、戦いづらい場所だった。


「よって、勝機は我にあり」


 マシュの腹から腕が生えた。ロンに向かって伸びてくる。
 その腕をかわして、人の姿のまま噛みちぎった。


「覚者を甘く見られちゃ困るな。地上での戦いには慣れてるんだ。ゾンビの始祖だか何だか知らねェがな。気高きドラゴンの前に、あらゆる穢れは無力だ」


「完全なドラゴンでもないくせにッ」


 さらに腕が伸びてくる。
 今度は2本。
 1本を蹴り飛ばす。もう1本に噛みついた。
 魔法陣を展開する。赤い魔法陣が手錠のようにマシュの腕にかけられてゆく。


業火クリムゾン・ファイア


 マシュのカラダが燃え上がった。紫がかった炎の火柱があがる。鎮火したときには、マシュは消し炭になっていた。花弁のように灰が舞い上がる。


 仕留めたかと思ったが、核だけちぎって逃げたようだ。


「ハマメリス。ヤツを逃した」


《的確な判断です。あれは良い被験体になります。知識を得る必要がありますので。殺すよりも、生かしたまま捕えるのが正解でした》


「任せるぞ」


《覚者長ノウゼンハレンが向かっています。我らが長に死角はありません》


「そうか」


 8人の覚者。その頂点に立つ存在。コードネーム、ノウゼンハレン。
 そしてロンの育ての親でもある。あの人が動いているのなら、逃がすことはないはずだ。


「先生……」


 ロンの胸ぐらを、シャルリスがすがるようにつかんできた。
 顔が土気色に変色している。目も白濁している。顔にケロイドが現れはじめた。ゾンビ化の兆候だった。
 まだ辛うじて意識は残っているようだ。


「ふーっ」
 と、ロンは呼気を吐きだした。覚悟を決める呼吸だった。


 シャルリスはもう助からない。何かしらの奇跡で助かったとしても、【腐肉の暴食】に寄生されていることは間違いない。ならロンに出来ることは、シャルリスの魂が死を迎えたのちに、この肉体を焼却することだ。


 ロンもこの歳になるまで、仲間との別れを経験して来なかったわけではない。が、やはり慣れるものではない。シャルリスは特別、ロンのことを慕ってくれていた。助けてやれないことに悲嘆した。


「先生。ボク、ゾンビになっちゃうんっスね」


「心配することはない。すぐに弔ってやるから」

「でも酷いっスよ。覚者だったなら言ってくれれば良かったのに。もっと素直に尊敬できたのに」

「なんだ? オレのこと、尊敬できなかったのか?」
 と、わざと軽い調子で言った。
 神妙な顔で、送り出したくはない。


「だって、エレノア竜騎士長にボコボコにされたりして、けっこうダサかったじゃないっスか」


「事情があってな」


「でも、ボクにとっては、最高の先生でした。奢ってもらったブリトー。美味しかったっスよ」

「そうか……」


「先生に教えてもらったおかげで、ドラゴンを乗りこなすことが出来たっスよ。まだ完璧じゃないかもしれないっスけど。見てくれてました?」


「見ていたさ。見事だった」


「竜騎士にはなれなかったスけど、それでも最後にロン先生が来てくれて、良かったっス」


 そう言い終えると、シャルリスの目は完全に白濁した。

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