《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
7-4.腐り落ちる思い出
(気づくべきだったと悔いるのは、チッとばかし酷か)
と、ロンは思った。
都市竜クルスニクで起こった2度のゾンビ騒動。
1度目は卵黄学園の女子寮。
2度目は洋菓子店。
どちらにもマシュ・ルーマンという女子生徒の影があった。マシュこそが、都市内でのゾンビ騒動を起こした張本人だった。
ドラゴンの姿で、生徒たちのもとに急いだ。先生が手を出すのはルール違反だが、厭な予感がした。監視を怠るなとハマメリスからも命令を受けている。
シャルリスたちと、マシュが交戦に入っていた。ロンが駆けつけたときには、すでに遅かった。
シャルリスが腹をやられていた。
ロンはドラゴンの姿になって、マシュのことを食い散らした。
ドラゴンは好んで、ゾンビの肉を食う。いかんせんロンの味覚は、人間のそれだった。ゾンビなど食っても、クチのなかに血の味が広がるだけだ。吐きだした。
生命維持に必要な食事は、人の姿のさいに摂取している。
ロンは人の姿に戻った。
この能力は隠しておかなければならないものだったが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。
「先生!」
チェイテとアリエルが駆け寄ってくる。
シャルリスは腹のあたりをゾンビに噛まれたようだ。
ドラゴンの背中につけた鞍。
そこに腰かけていたが、滑り落ちていた。あわてて受け止める。
「よくガンバったな。君たちは今はそれで充分だ」
「先生――。今の姿って……。黒いドラゴンが先生になったように見えたんですけど」
と、アリエルがそう尋ねてくる。
チェイテも問いかけるように、ロンのことを凝視していた。
「それは後で説明する。アリエルとチェイテの2人は離脱しろ」
「でも試験が……」
「言ったはずだ。合否よりもまずは、自分の命を優先しろ。シャルリスが噛まれた以上、小隊としては動けないだろう。それに先生が手を出すのもルール違反だしな。これ以上の続行はムリだ」
「シャルリスは無事なんでしょうか?」
シャルリスはロンの腕のなかで、息を荒げていた。過呼吸気味になっている。呼吸の補助をしてやる必要がありそうだ。
「わからんが、仮にゾンビ化した場合は、オレが処理する。とにかく急いで離脱しろ。マシュをまだ仕留めきれてないんでな」
アリエルとチェイテは顔を見合わせた。
「わかりました。シャルリスのことをお願いします」
と、二人は異口同音に言った。
「ああ」
チェイテとアリエルの2人は騎竜すると、都市竜のいるほうへと戻って行った。不意にロンの背後から強烈な殺気が押し寄せてきた。
振り向く。
傷ひとつないマシュがいた。
「なるほど。都市内でうまく感染が広がらないと思っていたら、覚者がまぎれ込んでいましたか、まさかあなたが覚者だったとは思いもしませんでした」
話しかけてきた。まさか、言葉をしゃべるとは思わなかった。
「そっちは何者だ」
「始祖ですよ」
「なるほど。言語まで理解するとなると、あいつと同じタイプってわけだな」
「ええ。その通りです。そこにいる御方と同じく、私も始祖のひとりです」
「そこにいる御方?」
周囲。
ここは木々に囲まれた湖畔だ。
マシュ以外に人気はない。
「そこに、おられるではありませんか。我らゾンビの王。暴食と呼ばれる御方が」
「まさか、シャルリスのことか」
「その娘のなかに、あの御方が眠っておられる。私の目的はその御方の身柄の解放。いつまでも眠っておられては困る。渡してもらいましょうか。【腐肉の暴食】の御身を」
やはり――杞憂ではなかったのだ。
シャルリスのなかに、【腐肉の暴食】は眠っているのだ。
「これはオレの大事な生徒なんでね。腐った肉野郎なんかに、渡すわけにはいかねェんだよ」
「ならば、チカラずくでも、王の身柄を回収させていただく」
「やれるものなら、やってみろよ」
睨んだ。ロンの眼前に、赤い魔法陣を展開する。炎を射出した。火球。避けられた。
「ここは森の中です。人間の生活に必要な資源が豊富です。過去の人々は、森の領有権をめぐって争いを続けた。それほどまでに貴重な木々を、あなたに焼くことは出来ないでしょう」
「……っ」
たしかに派手な魔法は使えない。
瘴気のせいで、地上は植物の育ちが悪いのだ。森林物資に乏しいのは、そのせいもある。
炎系統の魔法を得意としているロンにとっては、戦いづらい場所だった。
「よって、勝機は我にあり」
マシュの腹から腕が生えた。ロンに向かって伸びてくる。
その腕をかわして、人の姿のまま噛みちぎった。
「覚者を甘く見られちゃ困るな。地上での戦いには慣れてるんだ。ゾンビの始祖だか何だか知らねェがな。気高きドラゴンの前に、あらゆる穢れは無力だ」
「完全なドラゴンでもないくせにッ」
さらに腕が伸びてくる。
今度は2本。
1本を蹴り飛ばす。もう1本に噛みついた。
魔法陣を展開する。赤い魔法陣が手錠のようにマシュの腕にかけられてゆく。
「業火」
マシュのカラダが燃え上がった。紫がかった炎の火柱があがる。鎮火したときには、マシュは消し炭になっていた。花弁のように灰が舞い上がる。
仕留めたかと思ったが、核だけちぎって逃げたようだ。
「ハマメリス。ヤツを逃した」
《的確な判断です。あれは良い被験体になります。知識を得る必要がありますので。殺すよりも、生かしたまま捕えるのが正解でした》
「任せるぞ」
《覚者長ノウゼンハレンが向かっています。我らが長に死角はありません》
「そうか」
8人の覚者。その頂点に立つ存在。コードネーム、ノウゼンハレン。
そしてロンの育ての親でもある。あの人が動いているのなら、逃がすことはないはずだ。
「先生……」
ロンの胸ぐらを、シャルリスがすがるようにつかんできた。
顔が土気色に変色している。目も白濁している。顔にケロイドが現れはじめた。ゾンビ化の兆候だった。
まだ辛うじて意識は残っているようだ。
「ふーっ」
と、ロンは呼気を吐きだした。覚悟を決める呼吸だった。
シャルリスはもう助からない。何かしらの奇跡で助かったとしても、【腐肉の暴食】に寄生されていることは間違いない。ならロンに出来ることは、シャルリスの魂が死を迎えたのちに、この肉体を焼却することだ。
ロンもこの歳になるまで、仲間との別れを経験して来なかったわけではない。が、やはり慣れるものではない。シャルリスは特別、ロンのことを慕ってくれていた。助けてやれないことに悲嘆した。
「先生。ボク、ゾンビになっちゃうんっスね」
「心配することはない。すぐに弔ってやるから」
「でも酷いっスよ。覚者だったなら言ってくれれば良かったのに。もっと素直に尊敬できたのに」
「なんだ? オレのこと、尊敬できなかったのか?」
と、わざと軽い調子で言った。
神妙な顔で、送り出したくはない。
「だって、エレノア竜騎士長にボコボコにされたりして、けっこうダサかったじゃないっスか」
「事情があってな」
「でも、ボクにとっては、最高の先生でした。奢ってもらったブリトー。美味しかったっスよ」
「そうか……」
「先生に教えてもらったおかげで、ドラゴンを乗りこなすことが出来たっスよ。まだ完璧じゃないかもしれないっスけど。見てくれてました?」
「見ていたさ。見事だった」
「竜騎士にはなれなかったスけど、それでも最後にロン先生が来てくれて、良かったっス」
そう言い終えると、シャルリスの目は完全に白濁した。
と、ロンは思った。
都市竜クルスニクで起こった2度のゾンビ騒動。
1度目は卵黄学園の女子寮。
2度目は洋菓子店。
どちらにもマシュ・ルーマンという女子生徒の影があった。マシュこそが、都市内でのゾンビ騒動を起こした張本人だった。
ドラゴンの姿で、生徒たちのもとに急いだ。先生が手を出すのはルール違反だが、厭な予感がした。監視を怠るなとハマメリスからも命令を受けている。
シャルリスたちと、マシュが交戦に入っていた。ロンが駆けつけたときには、すでに遅かった。
シャルリスが腹をやられていた。
ロンはドラゴンの姿になって、マシュのことを食い散らした。
ドラゴンは好んで、ゾンビの肉を食う。いかんせんロンの味覚は、人間のそれだった。ゾンビなど食っても、クチのなかに血の味が広がるだけだ。吐きだした。
生命維持に必要な食事は、人の姿のさいに摂取している。
ロンは人の姿に戻った。
この能力は隠しておかなければならないものだったが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。
「先生!」
チェイテとアリエルが駆け寄ってくる。
シャルリスは腹のあたりをゾンビに噛まれたようだ。
ドラゴンの背中につけた鞍。
そこに腰かけていたが、滑り落ちていた。あわてて受け止める。
「よくガンバったな。君たちは今はそれで充分だ」
「先生――。今の姿って……。黒いドラゴンが先生になったように見えたんですけど」
と、アリエルがそう尋ねてくる。
チェイテも問いかけるように、ロンのことを凝視していた。
「それは後で説明する。アリエルとチェイテの2人は離脱しろ」
「でも試験が……」
「言ったはずだ。合否よりもまずは、自分の命を優先しろ。シャルリスが噛まれた以上、小隊としては動けないだろう。それに先生が手を出すのもルール違反だしな。これ以上の続行はムリだ」
「シャルリスは無事なんでしょうか?」
シャルリスはロンの腕のなかで、息を荒げていた。過呼吸気味になっている。呼吸の補助をしてやる必要がありそうだ。
「わからんが、仮にゾンビ化した場合は、オレが処理する。とにかく急いで離脱しろ。マシュをまだ仕留めきれてないんでな」
アリエルとチェイテは顔を見合わせた。
「わかりました。シャルリスのことをお願いします」
と、二人は異口同音に言った。
「ああ」
チェイテとアリエルの2人は騎竜すると、都市竜のいるほうへと戻って行った。不意にロンの背後から強烈な殺気が押し寄せてきた。
振り向く。
傷ひとつないマシュがいた。
「なるほど。都市内でうまく感染が広がらないと思っていたら、覚者がまぎれ込んでいましたか、まさかあなたが覚者だったとは思いもしませんでした」
話しかけてきた。まさか、言葉をしゃべるとは思わなかった。
「そっちは何者だ」
「始祖ですよ」
「なるほど。言語まで理解するとなると、あいつと同じタイプってわけだな」
「ええ。その通りです。そこにいる御方と同じく、私も始祖のひとりです」
「そこにいる御方?」
周囲。
ここは木々に囲まれた湖畔だ。
マシュ以外に人気はない。
「そこに、おられるではありませんか。我らゾンビの王。暴食と呼ばれる御方が」
「まさか、シャルリスのことか」
「その娘のなかに、あの御方が眠っておられる。私の目的はその御方の身柄の解放。いつまでも眠っておられては困る。渡してもらいましょうか。【腐肉の暴食】の御身を」
やはり――杞憂ではなかったのだ。
シャルリスのなかに、【腐肉の暴食】は眠っているのだ。
「これはオレの大事な生徒なんでね。腐った肉野郎なんかに、渡すわけにはいかねェんだよ」
「ならば、チカラずくでも、王の身柄を回収させていただく」
「やれるものなら、やってみろよ」
睨んだ。ロンの眼前に、赤い魔法陣を展開する。炎を射出した。火球。避けられた。
「ここは森の中です。人間の生活に必要な資源が豊富です。過去の人々は、森の領有権をめぐって争いを続けた。それほどまでに貴重な木々を、あなたに焼くことは出来ないでしょう」
「……っ」
たしかに派手な魔法は使えない。
瘴気のせいで、地上は植物の育ちが悪いのだ。森林物資に乏しいのは、そのせいもある。
炎系統の魔法を得意としているロンにとっては、戦いづらい場所だった。
「よって、勝機は我にあり」
マシュの腹から腕が生えた。ロンに向かって伸びてくる。
その腕をかわして、人の姿のまま噛みちぎった。
「覚者を甘く見られちゃ困るな。地上での戦いには慣れてるんだ。ゾンビの始祖だか何だか知らねェがな。気高きドラゴンの前に、あらゆる穢れは無力だ」
「完全なドラゴンでもないくせにッ」
さらに腕が伸びてくる。
今度は2本。
1本を蹴り飛ばす。もう1本に噛みついた。
魔法陣を展開する。赤い魔法陣が手錠のようにマシュの腕にかけられてゆく。
「業火」
マシュのカラダが燃え上がった。紫がかった炎の火柱があがる。鎮火したときには、マシュは消し炭になっていた。花弁のように灰が舞い上がる。
仕留めたかと思ったが、核だけちぎって逃げたようだ。
「ハマメリス。ヤツを逃した」
《的確な判断です。あれは良い被験体になります。知識を得る必要がありますので。殺すよりも、生かしたまま捕えるのが正解でした》
「任せるぞ」
《覚者長ノウゼンハレンが向かっています。我らが長に死角はありません》
「そうか」
8人の覚者。その頂点に立つ存在。コードネーム、ノウゼンハレン。
そしてロンの育ての親でもある。あの人が動いているのなら、逃がすことはないはずだ。
「先生……」
ロンの胸ぐらを、シャルリスがすがるようにつかんできた。
顔が土気色に変色している。目も白濁している。顔にケロイドが現れはじめた。ゾンビ化の兆候だった。
まだ辛うじて意識は残っているようだ。
「ふーっ」
と、ロンは呼気を吐きだした。覚悟を決める呼吸だった。
シャルリスはもう助からない。何かしらの奇跡で助かったとしても、【腐肉の暴食】に寄生されていることは間違いない。ならロンに出来ることは、シャルリスの魂が死を迎えたのちに、この肉体を焼却することだ。
ロンもこの歳になるまで、仲間との別れを経験して来なかったわけではない。が、やはり慣れるものではない。シャルリスは特別、ロンのことを慕ってくれていた。助けてやれないことに悲嘆した。
「先生。ボク、ゾンビになっちゃうんっスね」
「心配することはない。すぐに弔ってやるから」
「でも酷いっスよ。覚者だったなら言ってくれれば良かったのに。もっと素直に尊敬できたのに」
「なんだ? オレのこと、尊敬できなかったのか?」
と、わざと軽い調子で言った。
神妙な顔で、送り出したくはない。
「だって、エレノア竜騎士長にボコボコにされたりして、けっこうダサかったじゃないっスか」
「事情があってな」
「でも、ボクにとっては、最高の先生でした。奢ってもらったブリトー。美味しかったっスよ」
「そうか……」
「先生に教えてもらったおかげで、ドラゴンを乗りこなすことが出来たっスよ。まだ完璧じゃないかもしれないっスけど。見てくれてました?」
「見ていたさ。見事だった」
「竜騎士にはなれなかったスけど、それでも最後にロン先生が来てくれて、良かったっス」
そう言い終えると、シャルリスの目は完全に白濁した。
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