《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
7-1.試験のはじまり
「これより、見習い竜騎士の実戦試験を開始するッ」
卵黄学園の校庭――。
周囲が城壁で囲まれているため、城のなかにいる心地になる。
各先生が並んでいて、その先生のうしろには各生徒が並んでいる。ロンの後ろ。シャルリス、チェイテ、アリエルの3人が並んでいた。
そして何かの縁が、ロンの隣には青メガネこと、ルエドがいた。ルエドのほうも3人の生徒をそろえてきたようだ。
「生徒を見殺しにしたそうじゃないか」
と、皮肉をブツけてやった。
ルエドは薬指でメガネを押し上げた。
「なんのことだか、わからんな」
と、返してきた。
「シラを切るか。まぁ、オレが言うようなスジアイでもないけどな。生徒の命はもうすこし大切にするもんだ」
「補欠が大クチをたたくな。この世は弱肉強食。弱者は死んでトウゼンだ」
「それを死なないようにするのが、先生のつとめじゃないのかよ」
ふんっ、とルエドは鼻で笑った。
「チェイテ・ノスフィルトを獲得したからと言って、あまり調子に乗るなよ。この試験で結果を示してやるさ」
私語をつつしめッ――とエレノアが鋭い声を発した。
エレノアは先頭に立って、黄金色のドラゴンにまたがっていた。
「ルールを説明する。今回の目的は水汲みだ。生徒が3人1組となって、水汲み隊にかわって、水を汲んで来てもらう。より多く水を汲んできた小隊が優勝だ。今回の見習い騎士たちの活躍を審査しに、多くの貴族たちも来ている。くれぐれもブザマな姿をさらさないことだッ」
「はッ」
と、生徒たちがいっせいに声をあげる。
「現在、都市竜は着陸姿勢に入っている。本日の12時には完全な着陸を行う――と、観測部隊が発表している。そして今回の羽休めはおおよそ3時間という見積もりだ。3時間以内に水を汲めるだけ汲んで来い!」
「はッ」
生徒たちの掛け声には、暴風のような迫力がある。ロンは生徒たちに背中を向けるカッコウだが、前に押し倒されそうになるぐらいだ。
「今回は訓練ではなく実戦だ。むろん、ゾンビと接敵することもあるだろう。しかし、怖れるなッ。怯えるなッ。そして躊躇うなッ。経験を生かして、意思なき人肉どもを抹殺せよッ。我らにはドラゴンの加護がついているッ」
と、エレノアは剣を天に掲げた。
「はッ」
「竜騎士が着陸しだい、鐘楼の鐘が鳴り響く。それが試験開始の合図だ。命を腐らせるなよ。竜騎士の卵たちよッ」
おーっ、と生徒たちが声をあげていた。
(熱いねぇ)
と、ロンは胸裏でつぶやいた。
エレノアは生徒たちの士気をあげようとして、鼓舞するような演出をしているのだ。それがわかったから、いまひとつ雰囲気に乗りきれなかった。もう少し若ければ、容易く感化されていたかもしれない。
(たしかにオレはすでに、オッサンかもな)
と、場に立ちこめる若いチカラに圧倒されて、そう思った。
鐘楼の鐘が鳴るまで、すこし時間があった。
各々の先生が、自分のもとについている生徒に何かしら声をかけているようだった。
「オレもなんか、鼓舞するようなセリフを吐いておいたほうが良いかね」
ロンの前にいる3人の生徒。
シャルリス。
チェイテ。
アリエル。
この役目は、潜入のための仮の姿に過ぎない。けれど、こうして生徒を持ってみると、任務だと割り切るのはヤッパリむずかしかった。
「心して傾聴するっス」
と、3人がロンの前に整列した。
たいした言葉を持ち合わせていなかったので、畏まられると逆にこちらが狼狽してしまう。しかし腐っても先生という立場である。生徒たちの態度に、それ相応の言葉で応えることにした。
「短いあいだだったが、補欠隊の先生として君たちの訓練をさせてもらった。ハッキリと言うが、今回の試験で竜騎士として認めてもらえなくとも良い。功績を焦るな。無闇に戦おうとするな。ただ、死ぬな。それだけだ」
「はい!」
「今は竜具を装備しているが、竜具を過信するなよ。ゾンビは竜具を脱がして噛みついて来やがるからな。それに、竜具は間接あたりと、腹と股の防御が薄い。あと呼吸の妨げにならないように、マスクは薄い。ゾンビとキスされないように気をつけろ」
まだ、ヘルムまではしていないが、3人とも装備はバッチリだ。
竜具は、ドラゴンのウロコを加工して作られている。軽くて硬い。鎧にはうってつけの素材だ。が、万能ではない。
竜騎士はドラゴンに騎乗することが求められる。腹や股関節まわりをよく動かすために、そのあたりの防御は薄い。騎竜術の自由度を上げているのだ。
布の鎧でカバーしてあるが、ゾンビはその程度など、簡単に食いちぎってくる。
「健全な魂がつづくかぎりは、明日がある。しかしゾンビに噛まれてしまっては、今までの経験もすべては腐り落ちることになる。オレから言えることは以上だ」
と、ロンは言葉を結んだ。
もし……とシャルリスが切り出した。
「もしも、ゾンビに噛まれてしまったときは、どうすれば良いっスか。意識があるうちに自決するべきっスか」
「自決なんかしても、ゾンビになってしまうさ。案ずることはない。仮にゾンビに噛まれてしまったとき、オレが直接手を下す」
「ロン先生に殺されるならば、本望っス」
と、シャルリスが冗談か本気かわからないことを言った。
チェイテとアリエルもうなずいていた。
(ずいぶんと信頼してもらったものだ)
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
鳴りひびく。
都市竜が着地した合図。
都市竜の動きによる振動はイッサイ伝わって来ない。都市にかけられた魔法のおかげだ。
「良し、行って来い」
ほかの見習い竜騎士たちが一斉に空へと飛び立つ。それぞれのドラゴンたちが、校庭の空を彩った。
3人もドラゴンに乗って、飛び立った。
シャルリスもどうにかドラゴンに騎乗することが出来ている。
「見事なものだな」
と、エレノアが歩み寄ってきてそう言った。
「ええ。若いチカラってのは勢いがありますね。ヤッパリ」
「そうではない。私が言っているのは貴様のことだ」
と、エレノアがコハク色の双眸を、ロンに向けてきた。
「オレですか」
「ドラゴンに乗れすらしなかったシャルリスを、この短期間でよくあそこまで仕込んだものだ」
「本人の闘志のおかげですよ。シャルリスには尋常じゃない闘魂がありますから」
「貴様自身の実力は微妙だが、教師としては有能かもしれんな。チェイテ・ノスフィルトに、私の妹まで引き寄せるとは驚いたものだ。今回のあの見習いたちの結果しだいでは、貴様を補欠ではなく、正式な教師として迎え入れてやっても良い」
「ありがとうございます」
しかし、長居するつもりはない。
シャルリスが、【腐肉の暴食】に寄生されているという疑惑も薄くなっている。
ここ数日のゾンビ騒動は、シャルリスとはマッタク別の場所で起こっている。
シャルリスの疑惑が晴れたなら、ロンもお役御免だ。この学園を離れて、ふたたび覚者として、地上のゾンビ掃討に当たることになる。
《緊急連絡です》
ハマメリスの声が入った。
エレノアに断りを入れて、その場を離れた。
「何かあったか?」
《ヘリコニアの報告を受けて、調査した結果です。【腐肉の暴食】に寄生されているというターゲットの疑惑は晴れませんが、【腐肉の暴食】と同じ、ゾンビの始祖が、その近辺に潜んでいるのではないか……という可能性が浮上しました》
「ンなわけねェだろ。都市に住んでいる連中はチャント検査を受けているはずだ」
《検査には、【腐肉の暴食】も引っかかっていません》
「それはそうだが……」
《【腐肉の暴食】もそうであるように、始祖は通常のゾンビとは勝手が違います。注意しておいてください》
「なんだよ。始祖って、【腐肉の暴食】1人じゃねェのかよ。始祖って言うからには、ふつうは1人だろ」
《いえ。人語を解して、強力な感染力を持つ者のことを、始祖と呼んでいるのです》
「誰だか、わかんねェのか」
《はい。ただ、女子寮でゾンビ騒動が起こったことをかんがみると、見習い生徒の誰かなのではないか、と推察できます》
「気を付けてはみるが、オレはあまり身動きできないぜ。いまは試験中だからな。先生が手を出すのはルール違反だ」
《ターゲットから目を離すな、と何度言えばわかるのですか。それでは部屋まで同室にしていた意味がありません。この瞬間にでも【腐肉の暴食】が目を覚ますかもしれないのですよ》
「そう言われてもな」
《人目を避けて、生徒たちの様子を監視しておいてください。生徒たちのなかに、始祖がまぎれこんでいれば、またゾンビ騒動の危険性もあります》
「無茶を言いやがる」
ロンは背中から翼を生やして、地上へと急いだ。
卵黄学園の校庭――。
周囲が城壁で囲まれているため、城のなかにいる心地になる。
各先生が並んでいて、その先生のうしろには各生徒が並んでいる。ロンの後ろ。シャルリス、チェイテ、アリエルの3人が並んでいた。
そして何かの縁が、ロンの隣には青メガネこと、ルエドがいた。ルエドのほうも3人の生徒をそろえてきたようだ。
「生徒を見殺しにしたそうじゃないか」
と、皮肉をブツけてやった。
ルエドは薬指でメガネを押し上げた。
「なんのことだか、わからんな」
と、返してきた。
「シラを切るか。まぁ、オレが言うようなスジアイでもないけどな。生徒の命はもうすこし大切にするもんだ」
「補欠が大クチをたたくな。この世は弱肉強食。弱者は死んでトウゼンだ」
「それを死なないようにするのが、先生のつとめじゃないのかよ」
ふんっ、とルエドは鼻で笑った。
「チェイテ・ノスフィルトを獲得したからと言って、あまり調子に乗るなよ。この試験で結果を示してやるさ」
私語をつつしめッ――とエレノアが鋭い声を発した。
エレノアは先頭に立って、黄金色のドラゴンにまたがっていた。
「ルールを説明する。今回の目的は水汲みだ。生徒が3人1組となって、水汲み隊にかわって、水を汲んで来てもらう。より多く水を汲んできた小隊が優勝だ。今回の見習い騎士たちの活躍を審査しに、多くの貴族たちも来ている。くれぐれもブザマな姿をさらさないことだッ」
「はッ」
と、生徒たちがいっせいに声をあげる。
「現在、都市竜は着陸姿勢に入っている。本日の12時には完全な着陸を行う――と、観測部隊が発表している。そして今回の羽休めはおおよそ3時間という見積もりだ。3時間以内に水を汲めるだけ汲んで来い!」
「はッ」
生徒たちの掛け声には、暴風のような迫力がある。ロンは生徒たちに背中を向けるカッコウだが、前に押し倒されそうになるぐらいだ。
「今回は訓練ではなく実戦だ。むろん、ゾンビと接敵することもあるだろう。しかし、怖れるなッ。怯えるなッ。そして躊躇うなッ。経験を生かして、意思なき人肉どもを抹殺せよッ。我らにはドラゴンの加護がついているッ」
と、エレノアは剣を天に掲げた。
「はッ」
「竜騎士が着陸しだい、鐘楼の鐘が鳴り響く。それが試験開始の合図だ。命を腐らせるなよ。竜騎士の卵たちよッ」
おーっ、と生徒たちが声をあげていた。
(熱いねぇ)
と、ロンは胸裏でつぶやいた。
エレノアは生徒たちの士気をあげようとして、鼓舞するような演出をしているのだ。それがわかったから、いまひとつ雰囲気に乗りきれなかった。もう少し若ければ、容易く感化されていたかもしれない。
(たしかにオレはすでに、オッサンかもな)
と、場に立ちこめる若いチカラに圧倒されて、そう思った。
鐘楼の鐘が鳴るまで、すこし時間があった。
各々の先生が、自分のもとについている生徒に何かしら声をかけているようだった。
「オレもなんか、鼓舞するようなセリフを吐いておいたほうが良いかね」
ロンの前にいる3人の生徒。
シャルリス。
チェイテ。
アリエル。
この役目は、潜入のための仮の姿に過ぎない。けれど、こうして生徒を持ってみると、任務だと割り切るのはヤッパリむずかしかった。
「心して傾聴するっス」
と、3人がロンの前に整列した。
たいした言葉を持ち合わせていなかったので、畏まられると逆にこちらが狼狽してしまう。しかし腐っても先生という立場である。生徒たちの態度に、それ相応の言葉で応えることにした。
「短いあいだだったが、補欠隊の先生として君たちの訓練をさせてもらった。ハッキリと言うが、今回の試験で竜騎士として認めてもらえなくとも良い。功績を焦るな。無闇に戦おうとするな。ただ、死ぬな。それだけだ」
「はい!」
「今は竜具を装備しているが、竜具を過信するなよ。ゾンビは竜具を脱がして噛みついて来やがるからな。それに、竜具は間接あたりと、腹と股の防御が薄い。あと呼吸の妨げにならないように、マスクは薄い。ゾンビとキスされないように気をつけろ」
まだ、ヘルムまではしていないが、3人とも装備はバッチリだ。
竜具は、ドラゴンのウロコを加工して作られている。軽くて硬い。鎧にはうってつけの素材だ。が、万能ではない。
竜騎士はドラゴンに騎乗することが求められる。腹や股関節まわりをよく動かすために、そのあたりの防御は薄い。騎竜術の自由度を上げているのだ。
布の鎧でカバーしてあるが、ゾンビはその程度など、簡単に食いちぎってくる。
「健全な魂がつづくかぎりは、明日がある。しかしゾンビに噛まれてしまっては、今までの経験もすべては腐り落ちることになる。オレから言えることは以上だ」
と、ロンは言葉を結んだ。
もし……とシャルリスが切り出した。
「もしも、ゾンビに噛まれてしまったときは、どうすれば良いっスか。意識があるうちに自決するべきっスか」
「自決なんかしても、ゾンビになってしまうさ。案ずることはない。仮にゾンビに噛まれてしまったとき、オレが直接手を下す」
「ロン先生に殺されるならば、本望っス」
と、シャルリスが冗談か本気かわからないことを言った。
チェイテとアリエルもうなずいていた。
(ずいぶんと信頼してもらったものだ)
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
鳴りひびく。
都市竜が着地した合図。
都市竜の動きによる振動はイッサイ伝わって来ない。都市にかけられた魔法のおかげだ。
「良し、行って来い」
ほかの見習い竜騎士たちが一斉に空へと飛び立つ。それぞれのドラゴンたちが、校庭の空を彩った。
3人もドラゴンに乗って、飛び立った。
シャルリスもどうにかドラゴンに騎乗することが出来ている。
「見事なものだな」
と、エレノアが歩み寄ってきてそう言った。
「ええ。若いチカラってのは勢いがありますね。ヤッパリ」
「そうではない。私が言っているのは貴様のことだ」
と、エレノアがコハク色の双眸を、ロンに向けてきた。
「オレですか」
「ドラゴンに乗れすらしなかったシャルリスを、この短期間でよくあそこまで仕込んだものだ」
「本人の闘志のおかげですよ。シャルリスには尋常じゃない闘魂がありますから」
「貴様自身の実力は微妙だが、教師としては有能かもしれんな。チェイテ・ノスフィルトに、私の妹まで引き寄せるとは驚いたものだ。今回のあの見習いたちの結果しだいでは、貴様を補欠ではなく、正式な教師として迎え入れてやっても良い」
「ありがとうございます」
しかし、長居するつもりはない。
シャルリスが、【腐肉の暴食】に寄生されているという疑惑も薄くなっている。
ここ数日のゾンビ騒動は、シャルリスとはマッタク別の場所で起こっている。
シャルリスの疑惑が晴れたなら、ロンもお役御免だ。この学園を離れて、ふたたび覚者として、地上のゾンビ掃討に当たることになる。
《緊急連絡です》
ハマメリスの声が入った。
エレノアに断りを入れて、その場を離れた。
「何かあったか?」
《ヘリコニアの報告を受けて、調査した結果です。【腐肉の暴食】に寄生されているというターゲットの疑惑は晴れませんが、【腐肉の暴食】と同じ、ゾンビの始祖が、その近辺に潜んでいるのではないか……という可能性が浮上しました》
「ンなわけねェだろ。都市に住んでいる連中はチャント検査を受けているはずだ」
《検査には、【腐肉の暴食】も引っかかっていません》
「それはそうだが……」
《【腐肉の暴食】もそうであるように、始祖は通常のゾンビとは勝手が違います。注意しておいてください》
「なんだよ。始祖って、【腐肉の暴食】1人じゃねェのかよ。始祖って言うからには、ふつうは1人だろ」
《いえ。人語を解して、強力な感染力を持つ者のことを、始祖と呼んでいるのです》
「誰だか、わかんねェのか」
《はい。ただ、女子寮でゾンビ騒動が起こったことをかんがみると、見習い生徒の誰かなのではないか、と推察できます》
「気を付けてはみるが、オレはあまり身動きできないぜ。いまは試験中だからな。先生が手を出すのはルール違反だ」
《ターゲットから目を離すな、と何度言えばわかるのですか。それでは部屋まで同室にしていた意味がありません。この瞬間にでも【腐肉の暴食】が目を覚ますかもしれないのですよ》
「そう言われてもな」
《人目を避けて、生徒たちの様子を監視しておいてください。生徒たちのなかに、始祖がまぎれこんでいれば、またゾンビ騒動の危険性もあります》
「無茶を言いやがる」
ロンは背中から翼を生やして、地上へと急いだ。
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