《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
6-1.ルエドの怒り
「納得できません!」
学園長室――。
ルエドは机を叩いた。バンッ。思った以上に大きな音がした。
机上に置かれていた書籍が軽くはずんだ。書籍は高級品だ。そうそう手に入るものではない。書籍に傷をつけたのではないか……という思いが、ルエドをすこし冷静にした。
「私に言われても困る」
と、エレノアは応じた。
学園長室のイスに深く腰かけていた。背後にはステンドグラスが飾られている。ドラゴンの絵が描かれている。七色の光がエレノアのことを、神々しく見せていた。
「なぜチェイテ・ノスフィルトが補欠隊に入っているのですか。あの娘はしかるべき先生がつくべきです」
「私だってそう思うが、本人が選んだことだ。仕方がない」
「エレノア竜騎士長のほうから、どうにかしてくださいよ。あのロンとかいう新任教師を辞めさせるべきです」
「前回の【腐肉の暴食戦】では、多くの竜騎士が死んだ。今はひとりでも人材が欲しい。辞めさせることは出来ん」
「しかし、あの程度の男に、先生がつとまるのですか」
「つとまるのだろう。チェイテ・ノスフィルトも彼を選んだのだからな」
「いや、しかし、それは……」
屈辱だった。
すこし前にルエドは、チェイテに誘いをかけている。自分の隊に入らないか――と。その誘いをチェイテは断った。
そしてロンのもとに入ったのだ。
まるで、ルエドの存在を足蹴にされたかのようだった。
たしかにノライン家なんて、ノスフィルト家からしてみれば、足蹴にするような貴族である。
が。
チェイテが入った先が、あのロンという男のもとだというのが気にくわない。
「ロンという男とは手合せをして、私自身がその実力をたしかめた。武術はそこそこ、魔力はおおよそ20から30といったところだった。正確に計測したわけではないがな」
「20から30!」
カスだ。
魔力の強さはわかりやすいように、計測できるようになっている。しかし20から30なんて、生徒と大差ない。
「チェイテをオレのところに異動させてください。あの娘を、オレならもっと磨き上げることが出来ます」
「ホントウにそう思うか? 女子寮のゾンビ騒動のさいに、ゾンビが2匹、燃えカスになるほど焼き尽くされている。相当な魔力だぞ。あるいは私より上かもしれん。そんな少女を育てることが出来る――と?」
「それは……」
窮する。
ゾンビを燃えカスにしたということなら、魔力はルエドよりも上だ。しかしどうにかして、ノスフィルト家に恩を着せたい。何かしらの繋がりを持っていたかった。それがルエドの家――ノライン家のためにもなる。
「ノスフィルトの娘の魔力は、すでに竜騎士以上のものだろう。いつでも実戦に出せると見ている。今は好きにさせてやれ」
「……っ」
エレノアにそう言われては、仕方がない。
「妹は上手くやっているか?」
と、エレノアがそのコハク色の瞳を向けてきた。
「アリエル・キャスティアンは、そこそこといったところでしょうか。剣術、騎竜術、魔力……どれをとってしても、エレノア竜騎士長には及びませんが」
「弱ければ、捨ててくれて構わん」
「はッ。いや、しかし……」
「たとえ血をわけた妹だとしても、弱いヤツに興味はないのでな。強い者にのみ、私は興味がある」
その氷のように冷たい物言いに、酷薄なものを感じた。
(オレはどうでしょうか?)
と、その質問がクチを吐きそうになったが、あわてて押しとどめた。
この卵黄学園を首席で卒業しているルエドでさえ、エレノアの求める実力には及んでいないのかもしれない。
「欲しい」
と、エレノアはそう言うと、握りこぶしを固めた。そのコハク色の目は爛々と輝き、歯茎のあいだから血でも滴るような凄みがあった。
「は? 何がでしょう?」
「覚者だ。地上のゾンビを一掃する選ばれし8人の精鋭。そのうちの1人、半竜者ヘリコニア。おそらく個体としては史上最強。ドラゴンと人間のあいだに生み落とされた個体だ」
「覚者に詳しいのですね」
覚者という存在は知っているが、どんな人物がいるのかまでは、ルエドはマッタク知らなかった。
「調べたのだ」
と、エレノアは机上に置かれている書籍を指差した。
ルエドも視線を落とす。
赤いハードカバーの分厚い書物だった。
「これは?」
「覚者について記されている。【腐肉の暴食戦】のさいに出現した、あの漆黒のドラゴン。素性が気になって調べてみたのだ」
「はぁ」
と、ルエドは曖昧に応じた。
覚者。
地上で戦う存在など、遠い世界の人かと思っていた。覚者のことを、実在していない伝説上の存在だと思っている人たちもいるぐらいだ。
「かつて、地上がゾンビに支配されたとき。人を空へ逃がすために、【方舟】をあやつったのが、竜人族なのだそうだ。半竜者ヘリコニアは、おそらく竜人族の末裔。私はあの半竜者ヘリコニアが欲しいのだ。飼い慣らしてみたいと思わんか? 最強の個体というものを」
「いや、オレは、べつに……」
エレノアは、強さ、ということにこと強い関心を示す傾向にある。
昔、ゾンビに襲われて家族を失ったときことが影響を及ぼしているのかもしれない。
それよりも、エレノアが、ルエドのことをマッタク見ていないことが悔しかった。
この人のコハク色の双眸は、ルエドなんかよりも、さらなる高みを見ているのだ。
「竜騎士の夢だ。あらゆる竜騎士が夢見るはずだ。最強のドラゴンを飼ってみたい――と」
そう言われてみると、たしかに共感できなくもない。
「伝令――ッ」
伝令官が跳びこんできた。
「何事だ?」
と、エレノアが弾かれたように立ち上がる。
「背前部A地区にて、ゾンビが出現いたしましたッ」
「なんだと、ゾンビ化した人間は?」
「ゾンビ化した人間は確認したところでは5人でした。ただ背前部A地区には、卵黄学園の生徒もいるようです。マシュ・ルーマンという女子生徒が巻き込まれているとのことです」
マシュ。
ルエドが受け持っている生徒だ。
エレノアもそれを承知しているのか、チラリとルエドに視線を投げかけてきた。
「良しわかった。地区を守る竜騎士がすでに配備されているはずだ。私も様子を見に行くとしよう」
エレノアが出て行く。
ルエドはひとり残された。
ここのところゾンビ騒動が多い。厭な予感がする。
しかし、これは好機でもある。
このゾンビ騒動で実力を見せる良い機会だ。
チェイテには足蹴にされて、エレノアの目は覚者に向かっている。
ムシャクシャしていたところだ。
学園長室――。
ルエドは机を叩いた。バンッ。思った以上に大きな音がした。
机上に置かれていた書籍が軽くはずんだ。書籍は高級品だ。そうそう手に入るものではない。書籍に傷をつけたのではないか……という思いが、ルエドをすこし冷静にした。
「私に言われても困る」
と、エレノアは応じた。
学園長室のイスに深く腰かけていた。背後にはステンドグラスが飾られている。ドラゴンの絵が描かれている。七色の光がエレノアのことを、神々しく見せていた。
「なぜチェイテ・ノスフィルトが補欠隊に入っているのですか。あの娘はしかるべき先生がつくべきです」
「私だってそう思うが、本人が選んだことだ。仕方がない」
「エレノア竜騎士長のほうから、どうにかしてくださいよ。あのロンとかいう新任教師を辞めさせるべきです」
「前回の【腐肉の暴食戦】では、多くの竜騎士が死んだ。今はひとりでも人材が欲しい。辞めさせることは出来ん」
「しかし、あの程度の男に、先生がつとまるのですか」
「つとまるのだろう。チェイテ・ノスフィルトも彼を選んだのだからな」
「いや、しかし、それは……」
屈辱だった。
すこし前にルエドは、チェイテに誘いをかけている。自分の隊に入らないか――と。その誘いをチェイテは断った。
そしてロンのもとに入ったのだ。
まるで、ルエドの存在を足蹴にされたかのようだった。
たしかにノライン家なんて、ノスフィルト家からしてみれば、足蹴にするような貴族である。
が。
チェイテが入った先が、あのロンという男のもとだというのが気にくわない。
「ロンという男とは手合せをして、私自身がその実力をたしかめた。武術はそこそこ、魔力はおおよそ20から30といったところだった。正確に計測したわけではないがな」
「20から30!」
カスだ。
魔力の強さはわかりやすいように、計測できるようになっている。しかし20から30なんて、生徒と大差ない。
「チェイテをオレのところに異動させてください。あの娘を、オレならもっと磨き上げることが出来ます」
「ホントウにそう思うか? 女子寮のゾンビ騒動のさいに、ゾンビが2匹、燃えカスになるほど焼き尽くされている。相当な魔力だぞ。あるいは私より上かもしれん。そんな少女を育てることが出来る――と?」
「それは……」
窮する。
ゾンビを燃えカスにしたということなら、魔力はルエドよりも上だ。しかしどうにかして、ノスフィルト家に恩を着せたい。何かしらの繋がりを持っていたかった。それがルエドの家――ノライン家のためにもなる。
「ノスフィルトの娘の魔力は、すでに竜騎士以上のものだろう。いつでも実戦に出せると見ている。今は好きにさせてやれ」
「……っ」
エレノアにそう言われては、仕方がない。
「妹は上手くやっているか?」
と、エレノアがそのコハク色の瞳を向けてきた。
「アリエル・キャスティアンは、そこそこといったところでしょうか。剣術、騎竜術、魔力……どれをとってしても、エレノア竜騎士長には及びませんが」
「弱ければ、捨ててくれて構わん」
「はッ。いや、しかし……」
「たとえ血をわけた妹だとしても、弱いヤツに興味はないのでな。強い者にのみ、私は興味がある」
その氷のように冷たい物言いに、酷薄なものを感じた。
(オレはどうでしょうか?)
と、その質問がクチを吐きそうになったが、あわてて押しとどめた。
この卵黄学園を首席で卒業しているルエドでさえ、エレノアの求める実力には及んでいないのかもしれない。
「欲しい」
と、エレノアはそう言うと、握りこぶしを固めた。そのコハク色の目は爛々と輝き、歯茎のあいだから血でも滴るような凄みがあった。
「は? 何がでしょう?」
「覚者だ。地上のゾンビを一掃する選ばれし8人の精鋭。そのうちの1人、半竜者ヘリコニア。おそらく個体としては史上最強。ドラゴンと人間のあいだに生み落とされた個体だ」
「覚者に詳しいのですね」
覚者という存在は知っているが、どんな人物がいるのかまでは、ルエドはマッタク知らなかった。
「調べたのだ」
と、エレノアは机上に置かれている書籍を指差した。
ルエドも視線を落とす。
赤いハードカバーの分厚い書物だった。
「これは?」
「覚者について記されている。【腐肉の暴食戦】のさいに出現した、あの漆黒のドラゴン。素性が気になって調べてみたのだ」
「はぁ」
と、ルエドは曖昧に応じた。
覚者。
地上で戦う存在など、遠い世界の人かと思っていた。覚者のことを、実在していない伝説上の存在だと思っている人たちもいるぐらいだ。
「かつて、地上がゾンビに支配されたとき。人を空へ逃がすために、【方舟】をあやつったのが、竜人族なのだそうだ。半竜者ヘリコニアは、おそらく竜人族の末裔。私はあの半竜者ヘリコニアが欲しいのだ。飼い慣らしてみたいと思わんか? 最強の個体というものを」
「いや、オレは、べつに……」
エレノアは、強さ、ということにこと強い関心を示す傾向にある。
昔、ゾンビに襲われて家族を失ったときことが影響を及ぼしているのかもしれない。
それよりも、エレノアが、ルエドのことをマッタク見ていないことが悔しかった。
この人のコハク色の双眸は、ルエドなんかよりも、さらなる高みを見ているのだ。
「竜騎士の夢だ。あらゆる竜騎士が夢見るはずだ。最強のドラゴンを飼ってみたい――と」
そう言われてみると、たしかに共感できなくもない。
「伝令――ッ」
伝令官が跳びこんできた。
「何事だ?」
と、エレノアが弾かれたように立ち上がる。
「背前部A地区にて、ゾンビが出現いたしましたッ」
「なんだと、ゾンビ化した人間は?」
「ゾンビ化した人間は確認したところでは5人でした。ただ背前部A地区には、卵黄学園の生徒もいるようです。マシュ・ルーマンという女子生徒が巻き込まれているとのことです」
マシュ。
ルエドが受け持っている生徒だ。
エレノアもそれを承知しているのか、チラリとルエドに視線を投げかけてきた。
「良しわかった。地区を守る竜騎士がすでに配備されているはずだ。私も様子を見に行くとしよう」
エレノアが出て行く。
ルエドはひとり残された。
ここのところゾンビ騒動が多い。厭な予感がする。
しかし、これは好機でもある。
このゾンビ騒動で実力を見せる良い機会だ。
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