《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

4-2.焦げた体臭

(見間違い?)


 目の前でおこった現象が、チェイテ・ノスフィルトには信じられなかった。


 ゾンビになった生徒。
 別段親しくはなかったけれど、何度か顔を見たことのある相手だった。


 ゾンビという生物を目の当たりにするのは、はじめてだった。


 怖かった。


 先日まで人間だった生物が、マッタク別のものに変貌していた。組み伏せられたときには、死を覚悟していた。


 いや。
 死よりも、怖ろしい。
 動く屍になってしまう。


 自分の身が、目の前のバケモノと同じ状態になることを想像すると、あまりの恐怖に涙がにじんだ。


 それを救ったのは、ロンという新任の先生だった。
 補欠隊の先生として入ってきたと聞いている。


 エレノア竜騎士長にボコボコにされたとも耳にしている。なら、弱いのだろう――と思っていた。
 

 自分と比べて、と言う意味ではない。先生として入って来ているからには、生徒よりかは優れているはずだ。


 しかし、ほかの先生たちと比べて、弱い、はずなのだ。
 弱いから、補欠隊をまかされている、はずなのだ。


(でも、これは……)


 ゾンビを焼きつくす紫色の炎に魅入った。
 そこに含まれる高濃度の魔力は、さすがにチェイテにもわかる。
 レベルはどれほどだろうか。150。あるいはそれ以上。


 圧倒的な魔力だ。


 これほどの魔法を、チェイテは見たことがなかった。


(世界最強の6大魔術師とうたわれたオジイサマも、これほどの魔力は持っていなかった)


 これを発現したのが、このロンという補欠隊の先生なのだ。
 その事実を理解するのに、チェイテは時間を要した。


 紫色の炎に焼き尽くされたゾンビは、ついには燃えカスになっていた。
 紫色の炎はただゾンビだけを焼き尽くして、周囲には燃え移らなかった。


「おい、聞いてるか?」
 と、肩を揺すられて、チェイテは我にかえった。


「なに?」


「ほかにゾンビになったヤツはいないか?」


「わからない。私は避難しようとして、すぐに襲われたから」


「シャルリスのことは知らないか?」


「知らない」


 シャルリス・ネクティリア。個人的には親しくない。ウワサには聞いている。今年で3年目の見習いだと聞いている。


 まだ卒業できていないらしい。補欠。有名な話だ。


 竜騎士としての才能がないのだろう。


 シャルリスのことを、チェイテは羨ましいと思っていた。
 才能がないにしろシャルリスはその弱さを表に出すことが出来る。


 しかし、チェイテにはそれが許されない。
 どれだけ弱くても、ノスフィルト家の七光りがそれを許してはくれない。


「とりあえずオレから離れるなよ」


「待って」


「ん?」


「尋ねたい。いまの魔力は、ふつうの人間に出せるチカラじゃない。あなたはいったい、何者?」


「あー……。あとで説明する」
 と、ロンは困ったような表情をして見せた。


「わかった」


 強いのに、強さを隠さなければならない理由があるのかもしれない。


(私とは逆)


 弱いのに、弱さを隠さなければならない理由があるのだ。


 そう思うと、このロンという謎の新任教師にたいして、好意的な感情が生まれた。


 通路。
 歩いていると、トビラを突き破ってゾンビが現われた。


 顔は土気色。ケロイドに覆われている。
 目は白濁。
 目じりから血をしたたらせている。


 もしかすると会ったことのある相手かもしれない。けれど、もはや元の顔が判別できなかった。


 チェイテのカラダが、ロンに抱き寄せられた。


 ロンからは不思議なにおいがした。
 何かが焦げているような匂いがする。ドラゴンの匂いに似ている。
 その匂いは、チェイテの心臓を昂らせた。


業火クリムゾン・ファイア
 と、ロンがふたたびゾンビを焼き尽くした。


 この炎だ。
 キレイな、炎だ。
 ずっと見ていたかった。


「ここからは玄関だ。ひとりで行けるな?」
 女子寮の玄関トビラが見えていた。外。生徒たちが避難しているのが見える。


「ええ」


「1つ頼みがあるんだが」


「なに?」


「ここのゾンビを処理したのが、オレってことは秘密にしておいて欲しいんだ」


「わかった」


 理由はわからないが、人それぞれ事情はあるものだ。


「サンキュ」
 と、ロンは寮内に引き返して行った。


 あの焦げ臭い体臭が、まだ鼻の奥に残っている気がして、その余韻にひたった。

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