《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
4-1.女子寮の異変
シャルリスは、この卵黄学園の寮で生活しているとのことだった。シャルリスのことを寮まで見送った。
寮は校舎とはすこし離れた場所にあった。
卵黄学園は2重の城壁によって守られていた。本校舎は内郭にある。男子寮、女子寮、教員寮、ドラゴンの厩舎などは外郭にあった。
「じゃあ、また明日、よろしくっス」
と、シャルリスは女子寮に戻って行った。
本校舎と同じく寮も石造りだった。貴族の屋敷のような形状をしていた。黒っぽい石と白っぽい石が使われていて、牛柄を連想させられた。
女子寮の周囲には鉄柵が張られていて、それより先には、男性のロンが入るのは難しいものがあった。
「どう考えても、人選ミスだろ。どうやって見張れって言うんだ」
と、ロンは愚痴った。
《先生という立場なら問題ないのでは?》
と、イヤリングからハマメリスの声が返ってくる。
「さすがに女子寮には入れねェだろ」
《そうですか。メンドウくさいのですね》
「メンドウくさいとか、そういう問題でもねェと思うがな。ンで、オレはこれからどうすれば良い? まさか女子寮に潜入しろとか言わんだろうな」
《覚者長ノウゼンハレンと相談してみます》
ノウゼンハレンはその肩書きの通り、他7人の覚者を統括しているリーダーだ。そしてロンの育ての親でもある。
「つぅーか、オレじゃなくてノウゼンハレンが来れば良かったじゃねェか。女っぽい見た目なんだし、強いし、オレより適任だろ」
《覚者長ノウゼンハレンに、子守りのような雑事を任せるわけにはいきませんので》
「オレなら良いのかよ」
《少しは楽しんでいるのでは?》
「バカ言うな」
図星をつかれたので、あえてツッケンドンに返した。たしかに地上でゾンビとの戦闘に明け暮れていたロンにとって、ここの生活は新鮮なものがあった。
《手を回してみますので、しばし女子寮のまわりで待機しておいてください。くれぐれも怪しまれないように》
「女子寮の周りで待機してる時点で怪しいんだよ」
《人目につかないようにすれば、良いではありませんか》
「簡単に言ってくれるぜ」
ッたく……と、ロンは右の耳から垂らしているイヤリングをイジった。
女子寮のまわりで待機と言われても、いつまでも女子寮の門の前で立ち尽くしているわけにもいかない。
で――。
日が暮れた時分。
ロンは女子寮の屋根のうえに腰かけていた。女子寮に入れないのだから仕方がない。さりとてシャルリスからあまり離れるわけにもいかない。結果として、こうして屋根の上に落ちつくことになったのだ。
「へっくしょん」
と、ロンはくしゃみをした。
空。6つの月が浮かんでいる。ロト・ワールドでは、最大で6つの月が浮かぶ。「6月夜」と言われる特別な夜だった。特別と言っても、何か祭典があるわけではない。夜空を見上げて、その輝きに小さく感動する程度のものだ。
(なんでオレが、こんな場所に座り込んでるんだか……)
まるでヘンタイである。
下。見下ろす。ベランダに下着が干されているのが見て取れる。ピンク色のパンツやら、白いブラジャーを見ていると、どうにも気まずくなる。おそらく生徒のものだろう。
「もういっか」
と、投げやりな気分になってきた。
シャルリスが【腐肉の暴食】に寄生されているというのも、見当外れな気がしてならない。寄生されているなら、とっくにゾンビ化するなり、何かしらの症状が出ているはずだ。
ここまで何もないのだから、今夜ぐらい目を離したところで問題ないだろう。
(オレも帰寮するか)
教員寮に、一室を与えられている。
戻ろうと思って、立ち上がったときだった。
「きゃーっ」
女子寮の内部から、悲鳴が聞こえた。
もしや自分が屋根の上にいることが、誰かに見つかったのではないか――と怖れた。どうやら、そうではなさそうだった。何かあったのだろうか。女子寮のなかに突入するべきかどうか迷った。もしかするとゴキブリが出たとか、そういう程度の騒ぎかもしれない。
しばらく様子をみてみることにした。
生徒が3人、女子寮の玄関トビラから跳び出してくるのが見えた。それを皮切りに続々と跳び出してくる。
「ゾンビよ」
「感染者が出てるわ」
そういった声も聞こえてきた。
何か、あったのだ。
突入したほうが良さそうだ。
屋根から跳び下りて、ベランダに着地した。コブシだけ竜化させる。ウロコに覆われたコブシで、ガラスを砕いた。バリン。派手な音が響く。手をさしこんでカギを開ける。忍び込んだ。
女子寮――。
細い通路。まっすぐ伸びていた。石造り。女ばかりの寮とは思えない素朴さだった。
左右にはトビラが規則的に並んでいる。生徒たちの部屋が並んでいるのだろう。各部屋の前には、ランタンがぶらさがっている。ランタンのなかには白い球体の光が閉じ込められていた。魔法による照明だった。それがあるおかげで室内の明かりは充分だった。
正面。行きどまり。少女が2人いた。1人は下に組み伏せられて、もうひとりが馬乗りになっている。
馬乗りになっているほうの少女が、顔をロンのほうに向けた。顔は土気色。目は白濁している。目じりからは血が流れ落ちている。歯茎をむき出しており、クチからヨダレを垂らしていた。顔の大半が爛れたようになっていた。ゾンビ化の症状が出ている。おそらくここの生徒のひとりだ。
ゾンビに組み伏せられている少女には見覚えがあった。チェイテ・ノスフィルトだ。白銀の髪が扇状に開いていた。
「おいッ」
ゾンビがチェイテに噛みつこうとしていた。間に合わない。火球を放つことにした。
コブシほどの大きさの火の球が、一直線に飛んで行く。ゾンビの頭を撃ちぬいた。
ゾンビがチェイテに覆いかぶさるようにして倒れた。
ロンが、ゾンビのことを払いのけた。
「無事か?」
「ええ」
「どうして抵抗しなかった? ゾンビになりたかったのか?」
見ているかぎり、チェイテが抵抗する素振はマッタクなかった。
あのままでは、間違いなく噛まれていた。噛まれた場合は、確実に感染してしまう。
「抵抗する術がなかった」
「そんなわけないだろ。ノスフィルト家。名門貴族の公爵令嬢。最強の竜騎士の家系なんだろ」
「そう言われてるだけ」
「は?」
「私がノスフィルト家の令嬢だから、才能があると周りが勝手に勘違いしてる。私にはなんのチカラもない」
「魔法も使えないのか」
「そう」
「それにしては、なんというか、勇ましい顔立ちをしているがな。まるで歴戦の猛者のような風貌だぜ」
「これは生まれつき。お父さんに似た」
「顔の傷なんか、まるで戦傷に見えるが」
「これは昔、転んでできただけ」
チェイテは左の頬にある傷を、人差し指でやさしくナでながら言った。
本人がそう言うのなら、そうなのだろう。とんだ勘違いもあったものだ。
「立てるか?」
「腰が砕けた」
表情に変化がとぼしいのでわかりにくいが、演技ではなさそうだ。手を貸してやろうとした。
瞬間。
頭を撃ち抜いたゾンビが、ふたたび起き上がった。
肉がうごめいて、顔を形成していた。弱点――核と言われる部位を破壊しないかぎり、ゾンビは何度でも蘇生する。
そして生きた人間に食いかかってくる。
「業火」
紫がかった炎が、ゾンビの全身を焼き尽くした。
「立てるか?」
「ええ」
と、今度こそ、チェイテを引っ張り起こした。
思ったよりもチェイテのカラダは軽くて、思わず抱き寄せてしまった。
ローズマリーの爽やかな香りが、鼻腔にもぐりこんできた。
寮は校舎とはすこし離れた場所にあった。
卵黄学園は2重の城壁によって守られていた。本校舎は内郭にある。男子寮、女子寮、教員寮、ドラゴンの厩舎などは外郭にあった。
「じゃあ、また明日、よろしくっス」
と、シャルリスは女子寮に戻って行った。
本校舎と同じく寮も石造りだった。貴族の屋敷のような形状をしていた。黒っぽい石と白っぽい石が使われていて、牛柄を連想させられた。
女子寮の周囲には鉄柵が張られていて、それより先には、男性のロンが入るのは難しいものがあった。
「どう考えても、人選ミスだろ。どうやって見張れって言うんだ」
と、ロンは愚痴った。
《先生という立場なら問題ないのでは?》
と、イヤリングからハマメリスの声が返ってくる。
「さすがに女子寮には入れねェだろ」
《そうですか。メンドウくさいのですね》
「メンドウくさいとか、そういう問題でもねェと思うがな。ンで、オレはこれからどうすれば良い? まさか女子寮に潜入しろとか言わんだろうな」
《覚者長ノウゼンハレンと相談してみます》
ノウゼンハレンはその肩書きの通り、他7人の覚者を統括しているリーダーだ。そしてロンの育ての親でもある。
「つぅーか、オレじゃなくてノウゼンハレンが来れば良かったじゃねェか。女っぽい見た目なんだし、強いし、オレより適任だろ」
《覚者長ノウゼンハレンに、子守りのような雑事を任せるわけにはいきませんので》
「オレなら良いのかよ」
《少しは楽しんでいるのでは?》
「バカ言うな」
図星をつかれたので、あえてツッケンドンに返した。たしかに地上でゾンビとの戦闘に明け暮れていたロンにとって、ここの生活は新鮮なものがあった。
《手を回してみますので、しばし女子寮のまわりで待機しておいてください。くれぐれも怪しまれないように》
「女子寮の周りで待機してる時点で怪しいんだよ」
《人目につかないようにすれば、良いではありませんか》
「簡単に言ってくれるぜ」
ッたく……と、ロンは右の耳から垂らしているイヤリングをイジった。
女子寮のまわりで待機と言われても、いつまでも女子寮の門の前で立ち尽くしているわけにもいかない。
で――。
日が暮れた時分。
ロンは女子寮の屋根のうえに腰かけていた。女子寮に入れないのだから仕方がない。さりとてシャルリスからあまり離れるわけにもいかない。結果として、こうして屋根の上に落ちつくことになったのだ。
「へっくしょん」
と、ロンはくしゃみをした。
空。6つの月が浮かんでいる。ロト・ワールドでは、最大で6つの月が浮かぶ。「6月夜」と言われる特別な夜だった。特別と言っても、何か祭典があるわけではない。夜空を見上げて、その輝きに小さく感動する程度のものだ。
(なんでオレが、こんな場所に座り込んでるんだか……)
まるでヘンタイである。
下。見下ろす。ベランダに下着が干されているのが見て取れる。ピンク色のパンツやら、白いブラジャーを見ていると、どうにも気まずくなる。おそらく生徒のものだろう。
「もういっか」
と、投げやりな気分になってきた。
シャルリスが【腐肉の暴食】に寄生されているというのも、見当外れな気がしてならない。寄生されているなら、とっくにゾンビ化するなり、何かしらの症状が出ているはずだ。
ここまで何もないのだから、今夜ぐらい目を離したところで問題ないだろう。
(オレも帰寮するか)
教員寮に、一室を与えられている。
戻ろうと思って、立ち上がったときだった。
「きゃーっ」
女子寮の内部から、悲鳴が聞こえた。
もしや自分が屋根の上にいることが、誰かに見つかったのではないか――と怖れた。どうやら、そうではなさそうだった。何かあったのだろうか。女子寮のなかに突入するべきかどうか迷った。もしかするとゴキブリが出たとか、そういう程度の騒ぎかもしれない。
しばらく様子をみてみることにした。
生徒が3人、女子寮の玄関トビラから跳び出してくるのが見えた。それを皮切りに続々と跳び出してくる。
「ゾンビよ」
「感染者が出てるわ」
そういった声も聞こえてきた。
何か、あったのだ。
突入したほうが良さそうだ。
屋根から跳び下りて、ベランダに着地した。コブシだけ竜化させる。ウロコに覆われたコブシで、ガラスを砕いた。バリン。派手な音が響く。手をさしこんでカギを開ける。忍び込んだ。
女子寮――。
細い通路。まっすぐ伸びていた。石造り。女ばかりの寮とは思えない素朴さだった。
左右にはトビラが規則的に並んでいる。生徒たちの部屋が並んでいるのだろう。各部屋の前には、ランタンがぶらさがっている。ランタンのなかには白い球体の光が閉じ込められていた。魔法による照明だった。それがあるおかげで室内の明かりは充分だった。
正面。行きどまり。少女が2人いた。1人は下に組み伏せられて、もうひとりが馬乗りになっている。
馬乗りになっているほうの少女が、顔をロンのほうに向けた。顔は土気色。目は白濁している。目じりからは血が流れ落ちている。歯茎をむき出しており、クチからヨダレを垂らしていた。顔の大半が爛れたようになっていた。ゾンビ化の症状が出ている。おそらくここの生徒のひとりだ。
ゾンビに組み伏せられている少女には見覚えがあった。チェイテ・ノスフィルトだ。白銀の髪が扇状に開いていた。
「おいッ」
ゾンビがチェイテに噛みつこうとしていた。間に合わない。火球を放つことにした。
コブシほどの大きさの火の球が、一直線に飛んで行く。ゾンビの頭を撃ちぬいた。
ゾンビがチェイテに覆いかぶさるようにして倒れた。
ロンが、ゾンビのことを払いのけた。
「無事か?」
「ええ」
「どうして抵抗しなかった? ゾンビになりたかったのか?」
見ているかぎり、チェイテが抵抗する素振はマッタクなかった。
あのままでは、間違いなく噛まれていた。噛まれた場合は、確実に感染してしまう。
「抵抗する術がなかった」
「そんなわけないだろ。ノスフィルト家。名門貴族の公爵令嬢。最強の竜騎士の家系なんだろ」
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「は?」
「私がノスフィルト家の令嬢だから、才能があると周りが勝手に勘違いしてる。私にはなんのチカラもない」
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「そう」
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「顔の傷なんか、まるで戦傷に見えるが」
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チェイテは左の頬にある傷を、人差し指でやさしくナでながら言った。
本人がそう言うのなら、そうなのだろう。とんだ勘違いもあったものだ。
「立てるか?」
「腰が砕けた」
表情に変化がとぼしいのでわかりにくいが、演技ではなさそうだ。手を貸してやろうとした。
瞬間。
頭を撃ち抜いたゾンビが、ふたたび起き上がった。
肉がうごめいて、顔を形成していた。弱点――核と言われる部位を破壊しないかぎり、ゾンビは何度でも蘇生する。
そして生きた人間に食いかかってくる。
「業火」
紫がかった炎が、ゾンビの全身を焼き尽くした。
「立てるか?」
「ええ」
と、今度こそ、チェイテを引っ張り起こした。
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