《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
2-5.アリエル・キャスティアン
昔の人たちは、ゾンビの出現を受けて、空へと逃げた。空へと逃げるさいに1匹の巨大なドラゴンの背中に住まうことにした。そのドラゴンは【方舟】と名付けられた。人は【方舟】の背中に家屋を建設して、あらゆる施設を作り上げた。農作物や家畜まで育てはじめた。
【方舟】はやがて5匹のドラゴンを生んだ。
クルスニク
コスマス
ダミアノス
ダンピール
ヘルシング
そう名付けられた5匹のドラゴンは時間をかけて、都市を運べる大きさにまで成長した。5匹が各々の都市を背負って、いまもこの大空を飛び続けている。
各5つの都市に、領主がいる。
そのうちのひとつ、ヘルシングに帝都が置かれている。
ロンとシャルリスは、石造りの長い通路を歩いていた。定期的に窓がついており、陽光がさしこんでいる。
「まるでドラゴンの食道みたいに長い通路だな。おい」
「実際、ドラゴンの食道みたいなもんなんっスよ。ここってドラゴンの首の上に建造されてますから」
「向かう先は、ドラゴンのクチってわけか」
ロンとシャルリスはふたりで荷車を引いていた。
荷車の上には大量の死体が積まれている。都市竜の餌である。
油の切れた車輪が、キィキィときしんだ音をあげている。
「あ、重たいっスねー」
「シャルリスはいっつも、こんなことやってンのか」
「まぁ、そうっスね。押し付けられることけっこうあるんで。今日は先生が手伝ってくれるからマシっスけどね。普段は何度か往復して餌やりしてるっス」
「臭せぇな」
「え、ボクやっぱり臭うっスか?」
「いやいや。シャルリスじゃなくて、死体がだよ」
「あ、そっちっスか。でももう慣れましたよ。死体の臭いって、ゾンビの臭いと似てますよね」
「まぁ、ゾンビも死体だしな」
ゾンビの臭いにはロンだって嗅ぎなれているが、だからと言って良い匂いに転化するわけではない。
臭いものは、臭い。
小1時間ほど歩くと、ようやく通路が終わりを迎えた。
都市竜の頭上に出た。
真っ赤なウロコがビッシリと生えている。陽光を受けて刀身のようにきらめいていた。そこに男がひとりと、女がふたり座っていた。男はルエドだった。
「やっと来たのかよ。さっさと餌をやってやれよ」
と、ルエドがバカにするような語調で言った。
「わかってるっスよ」
と、シャルリスが返す。
シャルリスはロンに縄を渡してきた。
「なんだ、この縄?」
「命綱っスよ。都市竜のクチ元まで行くのに、落っこちたら危ないんで。いちおう空を飛んでるわけっスからね」
シャルリスが手本を見せてくれた。ロンはそれを真似て、自分の腰にも命綱を巻きつけることにした。
命綱を都市竜の頭部から生えている角にまきつける。
死体をかついでユックリと降下してゆく。
幸いにも都市竜のウロコは、ささくれ立つようになっていて、簡単に足を引っかけることが出来た。
「まるで下山だな」
下。
赤い瘴気におおわれた地上が、遠くに見えた。
「先生気を付けてくださいよ。ウッカリすると食われちゃうこともあるんで」
「ンなことあるのかよ」
「前に、食われちゃった人がいるんっスよ」
「危ない仕事だな」
すぐ横を見ると、都市竜の目があった。ロンの背丈が、都市竜の目の半径ぐらいの大きさだった。
吸いこまれそうだ。
白目のなかに、紅蓮のかがやく虹彩がやどっていた。その中央には漆黒の瞳孔があった。
その目の下には、大きく前にせり出したクチがあった。ロンたちは都市竜の横顔の位置にいた。クチ。開く。獰猛なキバがあらわになった。そのキバの1本1本も、ロンよりも大きなものだった。
たしかに噛まれたら、タダでは済まないだろう。
「こうやって投げ入れるんっスよ」
シャルリスがかついでいた冷凍の死体を投げる。
キバの奥にある赤黒いクチのなかに放り込まれた。
都市竜は1度クチを閉ざす。
モゴモゴとクチを動かせていた。咀嚼しているのかもしれない。
クチのなかがどんな状態になっているのかは、あまり想像したくなかった。
ふたたびクチが開く。投げ入れた死体がなくなっていた。
「ほらよ」
と、ロンも投げ入れる。
都市竜はまたクチを閉ざして、咀嚼をはじめた。
「これの繰り返しっスよ」
「この作業って、竜騎士がやったほうが良くないか? 空を飛べるほうが安全だろうし、簡単に餌をやれるだろ」
「ドラゴンに乗って都市竜の前に近づいたら、人間ごと丸のみされるそうっスよ。魔法で都市の振動を軽減させているとはいえ、びっくりさせたりしちゃったら、何が起きるかわかんないですし。昔からこうやってるらしいっス」
「それで、こんな方法になるわけか」
ニシシ、とシャルリスは笑ってつづけた。
「いつもは1人でやってるんっスけど、今日はロン先生といっしょに出来て楽しいっス」
「そう言ってくれるなら、オレも頑張りがいがあるってもんだ。上で見物してる連中が、気にくわないけどな」
上。
都市竜の頭上のところに座っているルエド。ニタニタ笑ってこっちを見下ろしている。
「いつものことっスよ。気にしたら負けっス」
たくましいな、と思った。
我慢はしているのかもしれないが、陰鬱な気配が、シャルリスからはあまり感じなかった。
「ルエドといっしょにいる2人の女は何なんだ?」
「ふたりともルエドの隊に所属してる、生徒っスよ」
ひとりはブロンドの髪をツンテールにした女子だ。もうひとりは緑の髪で目元を隠してしまっていた。
「あのブロンドのツインテール……」
「どうしたんっスか?」
「エレノア竜騎士長にチョット似てるような気がするんだが。目元が違うけれど、髪の感じとか」
「よくわかるっスね。あれはアリエル・キャスティアン。エレノア竜騎士長の妹っスよ」
「ほお」
エレノアに妹がいたなんて、はじめて知った。
アリエルには、エレノアほどの凄みはない。かわりに仔鹿のような愛らしい風貌をしている。
「もうひとりの、緑の髪をしたヤツは?」
「あれはマシュ・ルーマン。ボクもあの人に関しては、あまり詳しくないんっス。最近、見習いになった生徒っスよ。ロン先生が来るチョット前だったっスよ」
マシュ・ルーマンの目元は、髪で隠れてしまって何も見えない。すこしだけ不気味な何かを感じさせられた。名状しがたいその気持ちは、すぐに霧散されていった。気のせいだろう。
「3人とも、あとでぶん殴っやっても良いか?」
「ダメっスよ。そんなことすれば、あとでボクが何されるかわかったもんじゃないっスから。それに、アリエルさんは、ボクのことを助けてくれたりもしますから」
たしかにアリエルは、心配そうにオロオロしている様子だった。
「首魁は、あのルエドってわけだな」
「まぁ、そうっスね」
「あいつ、都市竜のクチのなかに放り込んでやろうか。それか地上に落としてやろう。そうすれば報復される心配もないだろ」
「それ普通に殺人っスからね」
と、シャルリスにいさめられた。
なかば冗談ではあるが、シャルリスがイジメられているのを黙って見ているのも辛いものがある。
どうにかしてやれないものか……。
考えていると、ルエドが都市竜の角のところに近づいていた。ロンとシャルリスの命綱を巻きつけてあるところだ。
ルエドはなんの躊躇もなく、2人の命綱を外してしまった。
命綱が宙へ投げ捨てられる。
「あいつマジかっ」
ロンのカラダが宙へと放り出される感触があった。
【方舟】はやがて5匹のドラゴンを生んだ。
クルスニク
コスマス
ダミアノス
ダンピール
ヘルシング
そう名付けられた5匹のドラゴンは時間をかけて、都市を運べる大きさにまで成長した。5匹が各々の都市を背負って、いまもこの大空を飛び続けている。
各5つの都市に、領主がいる。
そのうちのひとつ、ヘルシングに帝都が置かれている。
ロンとシャルリスは、石造りの長い通路を歩いていた。定期的に窓がついており、陽光がさしこんでいる。
「まるでドラゴンの食道みたいに長い通路だな。おい」
「実際、ドラゴンの食道みたいなもんなんっスよ。ここってドラゴンの首の上に建造されてますから」
「向かう先は、ドラゴンのクチってわけか」
ロンとシャルリスはふたりで荷車を引いていた。
荷車の上には大量の死体が積まれている。都市竜の餌である。
油の切れた車輪が、キィキィときしんだ音をあげている。
「あ、重たいっスねー」
「シャルリスはいっつも、こんなことやってンのか」
「まぁ、そうっスね。押し付けられることけっこうあるんで。今日は先生が手伝ってくれるからマシっスけどね。普段は何度か往復して餌やりしてるっス」
「臭せぇな」
「え、ボクやっぱり臭うっスか?」
「いやいや。シャルリスじゃなくて、死体がだよ」
「あ、そっちっスか。でももう慣れましたよ。死体の臭いって、ゾンビの臭いと似てますよね」
「まぁ、ゾンビも死体だしな」
ゾンビの臭いにはロンだって嗅ぎなれているが、だからと言って良い匂いに転化するわけではない。
臭いものは、臭い。
小1時間ほど歩くと、ようやく通路が終わりを迎えた。
都市竜の頭上に出た。
真っ赤なウロコがビッシリと生えている。陽光を受けて刀身のようにきらめいていた。そこに男がひとりと、女がふたり座っていた。男はルエドだった。
「やっと来たのかよ。さっさと餌をやってやれよ」
と、ルエドがバカにするような語調で言った。
「わかってるっスよ」
と、シャルリスが返す。
シャルリスはロンに縄を渡してきた。
「なんだ、この縄?」
「命綱っスよ。都市竜のクチ元まで行くのに、落っこちたら危ないんで。いちおう空を飛んでるわけっスからね」
シャルリスが手本を見せてくれた。ロンはそれを真似て、自分の腰にも命綱を巻きつけることにした。
命綱を都市竜の頭部から生えている角にまきつける。
死体をかついでユックリと降下してゆく。
幸いにも都市竜のウロコは、ささくれ立つようになっていて、簡単に足を引っかけることが出来た。
「まるで下山だな」
下。
赤い瘴気におおわれた地上が、遠くに見えた。
「先生気を付けてくださいよ。ウッカリすると食われちゃうこともあるんで」
「ンなことあるのかよ」
「前に、食われちゃった人がいるんっスよ」
「危ない仕事だな」
すぐ横を見ると、都市竜の目があった。ロンの背丈が、都市竜の目の半径ぐらいの大きさだった。
吸いこまれそうだ。
白目のなかに、紅蓮のかがやく虹彩がやどっていた。その中央には漆黒の瞳孔があった。
その目の下には、大きく前にせり出したクチがあった。ロンたちは都市竜の横顔の位置にいた。クチ。開く。獰猛なキバがあらわになった。そのキバの1本1本も、ロンよりも大きなものだった。
たしかに噛まれたら、タダでは済まないだろう。
「こうやって投げ入れるんっスよ」
シャルリスがかついでいた冷凍の死体を投げる。
キバの奥にある赤黒いクチのなかに放り込まれた。
都市竜は1度クチを閉ざす。
モゴモゴとクチを動かせていた。咀嚼しているのかもしれない。
クチのなかがどんな状態になっているのかは、あまり想像したくなかった。
ふたたびクチが開く。投げ入れた死体がなくなっていた。
「ほらよ」
と、ロンも投げ入れる。
都市竜はまたクチを閉ざして、咀嚼をはじめた。
「これの繰り返しっスよ」
「この作業って、竜騎士がやったほうが良くないか? 空を飛べるほうが安全だろうし、簡単に餌をやれるだろ」
「ドラゴンに乗って都市竜の前に近づいたら、人間ごと丸のみされるそうっスよ。魔法で都市の振動を軽減させているとはいえ、びっくりさせたりしちゃったら、何が起きるかわかんないですし。昔からこうやってるらしいっス」
「それで、こんな方法になるわけか」
ニシシ、とシャルリスは笑ってつづけた。
「いつもは1人でやってるんっスけど、今日はロン先生といっしょに出来て楽しいっス」
「そう言ってくれるなら、オレも頑張りがいがあるってもんだ。上で見物してる連中が、気にくわないけどな」
上。
都市竜の頭上のところに座っているルエド。ニタニタ笑ってこっちを見下ろしている。
「いつものことっスよ。気にしたら負けっス」
たくましいな、と思った。
我慢はしているのかもしれないが、陰鬱な気配が、シャルリスからはあまり感じなかった。
「ルエドといっしょにいる2人の女は何なんだ?」
「ふたりともルエドの隊に所属してる、生徒っスよ」
ひとりはブロンドの髪をツンテールにした女子だ。もうひとりは緑の髪で目元を隠してしまっていた。
「あのブロンドのツインテール……」
「どうしたんっスか?」
「エレノア竜騎士長にチョット似てるような気がするんだが。目元が違うけれど、髪の感じとか」
「よくわかるっスね。あれはアリエル・キャスティアン。エレノア竜騎士長の妹っスよ」
「ほお」
エレノアに妹がいたなんて、はじめて知った。
アリエルには、エレノアほどの凄みはない。かわりに仔鹿のような愛らしい風貌をしている。
「もうひとりの、緑の髪をしたヤツは?」
「あれはマシュ・ルーマン。ボクもあの人に関しては、あまり詳しくないんっス。最近、見習いになった生徒っスよ。ロン先生が来るチョット前だったっスよ」
マシュ・ルーマンの目元は、髪で隠れてしまって何も見えない。すこしだけ不気味な何かを感じさせられた。名状しがたいその気持ちは、すぐに霧散されていった。気のせいだろう。
「3人とも、あとでぶん殴っやっても良いか?」
「ダメっスよ。そんなことすれば、あとでボクが何されるかわかったもんじゃないっスから。それに、アリエルさんは、ボクのことを助けてくれたりもしますから」
たしかにアリエルは、心配そうにオロオロしている様子だった。
「首魁は、あのルエドってわけだな」
「まぁ、そうっスね」
「あいつ、都市竜のクチのなかに放り込んでやろうか。それか地上に落としてやろう。そうすれば報復される心配もないだろ」
「それ普通に殺人っスからね」
と、シャルリスにいさめられた。
なかば冗談ではあるが、シャルリスがイジメられているのを黙って見ているのも辛いものがある。
どうにかしてやれないものか……。
考えていると、ルエドが都市竜の角のところに近づいていた。ロンとシャルリスの命綱を巻きつけてあるところだ。
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