《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
1-1.竜騎士出陣
「竜具の装備を怠るなよッ。準備がととのった小隊から順に出撃せよッ。敵はあの【腐肉の暴食】だ。決死の覚悟で水汲み隊を救出せよ! いまこそ竜騎士隊の意地を見せるときだ!」
張り裂けんばかりの声が天にとどろく。
叫んでいる女は、エレノア・キャスティアン。
竜騎士隊の騎士長だ。
ブロンドの髪をポニーテールにまとめている。
コハク色の双眸。
鼻梁が通っており、唇は少女のような桃色だ。
眉が薄いせいか、それとも唇が薄いせいか、どことなく冷酷そうな印象を人にあたえる。
それもまた彼女の魅力を際立たせる要因のひとつだった。
(キレイな人だなぁ)
と、ロンは見惚れていた。
都市の端からは、虚空に向かって桟橋が伸びている。
まるで1匹の大蛇が真っ直ぐ引き伸ばされているかのような石造りの桟橋だ。
その桟橋の上――。
エレノアの掛け声を受けて、人を乗せたドラゴンが駆けて行く。
助走をつけたドラゴンは、虚空へ向かって飛び出した。
1騎が行くと、2騎3騎とそれにつづいた。
竜騎士隊だ。
すべて合わせれば100騎近くはいるだろう。
そのドラゴンたちが起こす風によって、エレノアのブロンドの髪が、まるで戦旗がごとく激しくなびいていた。
それでもエレノア自身は毅然と立って揺らがなかった。
剣を前方に向けたままニオウダチになっている。
(出陣の光景を見れるとは運が良かった)
ロンは出陣の場面を見物していた。
都市の縁に腰かけて、足を宙に投げ出していた。
都市は、地上とは離れたすこし高い位置にある。
都市そのものは、都市竜と言われる巨大なドラゴンの背中に建造されているのだ。
いまは都市竜は翼を休めて、地に足をつけているが、普段は空を飛んでいる。
ロンの投げ出した足。
ここは都市の端。
カカトが当たっているのは、城壁なんかではない。
ドラゴンのウロコだ。
赤い甲殻でビッシリと覆われている。
思い切りカカトで蹴りつけても、岩のように硬くてビクともしない。
岩のようにとは言ったけれど、たぶん実際はもっと硬い。
カカトのほうが痛くなった。さすがドラゴンのウロコ。
都市そのものが巨大なドラゴンの背中にあることを、ときおり忘れてしまいそうになる。
「おーいっ。オッサン。そんなところにいると危ねェぞッ」
竜騎士隊のひとりが、ロンに向かってそう声をかけてきた。
竜騎士は決まってドラゴン――正確には仔竜に騎乗している。
だから竜騎士なのだ。
ロンに話しかけてきた人も、ドラゴンの背中にまたがって、滞空していた。
ヘルムとマスクをしているので顔は見えない。声で男性だとわかる。
「失敬なッ。お兄さんと呼びたまえ。誰がオッサンだ。オレはまだ28歳だ」
「充分オッサンじゃねェか」
「なんだとッ。オッサンと呼ばれるのは、抜け毛の心配をしはじめてからだ。見ての通り、オレはまだ髪が生えているんでね」
黒々とした髪をかきあげて見せた。
正直、そろそろハゲが来るんじゃないかと心配しているが、今のところ髪が減退している様子はない。
「そんなところにいると、落っこちまうぜ。オッサン」
と、竜騎士があきれたように言った。
「落っこちたら、助けてくれ」
「バカ言うなっ。落っこちたら終わりだと思え。地上はゾンビであふれかえってるんだからな。オレはもう行くからな、落っこちないようにしろよ」
「おわっ」
と、ロンはわざと、前かがみになって落っこちるようなフリをして見せた。
「危ねェ」
と、竜騎士がロンの下方へと、あわてて移動していた。
ロンが落っこちれば、ドラゴンの背中で受け止めるつもりだったようだ。
「なんて。冗談、冗談」
「洒落になってねェーぞッ」
「オレのことをオッサンだと言った仕返しだ。悪かったな」
名前も知らない竜騎士隊の男は、マスクを外して見せた。
銀色の髪に、銀色の双眸をした感じの良い青年だった。
ロンよりすこし若いかもしれない。
「オッサン。名前は?」
「ロンだ。そっちは?」
「クルスニク所属の竜騎士。カルク小隊の小隊長カルク・ノスフィルト。クルスニクの12騎士の1人、閃光のカルクって言えばオレのことだ。覚えておきなよ、オッサン」
カルクと名乗った青年はマスクをかぶりなおすと、竜騎士隊の群れのほうへと飛び立って行った。
その姿はすぐに見えなくなった。
(ほお。あれが……)
と、感心していた。
12騎士と言うと、このクルスニクでもっとも腕の立つ選ばれし12人だ。
あの若さで、そこまで名前が売れているというのは、よほどの実力者なのだろう。
名前だけならロンも耳にしたことがあった。
「これより私も、出撃するッ」
と、凛とした女性の声が響いた。
エレノアの声だ。
ロンはそっちに視線をもどした。
エレノアは、黄金色のドラゴンにまたがっていた。
ほかの竜騎士隊と同じく桟橋を駆けてゆく。
そして空へと羽ばたく。
エレノアの姿も、ほかの竜騎士たちと同じく、すぐに見えなくなってしまった。
竜騎士を見送る民衆の声が響いていた。
「ご苦労さまだな」
と、ロンは手に持っていたブリトーにかぶりついた。
小麦粉の皮でチーズをくるんだものだ。クチのなかに甘味が広がる。
《なにを他人事みたいな顔をして傍観しているのですか》
急に女性の声が聞こえた。
ロンに右耳につけているイヤリングからの声だ。
「うわっ。ビックリした。驚かさないでくれよ。あやうく落っこちるところじゃないか」
ビックリしてブリトーを手放してしまった。
拾い上げようとした。指をかすめたが、取り損ねた。地上へと落下していった。すぐに見えなくなった。
セッカクの昼飯が台無しだ。
《いい加減に慣れてください》
「急に耳元で声がしたら、誰だってビックリするだろ。寿命が縮むところだ」
《そもそも、落っこちたからなんだと言うのですか。ヘリコニアなら落ちてもなんの問題もないでしょう》
「だからオレの名前は、ロンだって言ってるだろ」
《これはコードネームです。ヘリコニア》
「じゃあなんだ? オレはヘリコニア・ロンって名前になるのか? うわぁ。呼びにくぅ」
《いえ。ヘリコニアは本名とは別の名前ですので、ヘリコニア・ロンにはなりません》
このイヤリングは通信機だ。
イヤリングの向こうから聞こえる声には抑揚というものがない。
まるで決められたセリフを、決められた通りにしゃべっているかのような調子だ。
声は透き通っていてキレイだと思うが、それがよりいっそう無機質味を増している。
「冗談だって。そんなマジメに返されても」
ヘリコニアとか妙な名前で呼ばれるのは、あまり気に入らない。ヤヤコシイのだ。いちいち覚えにくい。
けれど、コードネームというのはチョット興奮する。
特別な組織に属しているような気分になる。っていうか実際、特別な組織に属しているのだ。
《ヘリコニアも【腐肉の暴食】の迎撃に向かってください》
「えぇっ、オレも?」
今日は休日ということで、こうして都市に遊びに来ているのだ。休日に駆り出されることには、怒りすらおぼえる。
《【腐肉の暴食】は、このロト・ワールドにおいて史上最強の始祖です。あなたのチカラが必要になります》
「いよいよ君も、オレの凄さを理解したようだな」
と、茶化すように言った。
《あなたの凄さは、はじめから理解しているつもりです》
淡々と返されて、チョット照れ臭くなった。まるで自分のチカラを誇示している痛いヤツみたいになっている。
「でも、メンドウくさいなぁ。だいたい【腐肉の暴食】なんて、聞いたこともないよ。なにそれ? 強いのか?」
《はるか昔。ロト・ワールドの地上には、ゾンビの始祖が現われました。ゾンビの始祖はとてつもない感染力で、世界をゾンビ1色に変えてしまったのです》
「で、人は空に逃げたんだろ」
と、ロンは継いだ。
有名な話だ。
この世界の現状そのものだ。
地上はゾンビに汚染されている。赤い血煙のような瘴気におおわれている。
だから人はドラゴンの背中に住みついて、空で生活するようになったのだ。
こうして都市竜の背中にいるかぎりは、その瘴気も上がっては来ない。
《その始祖のゾンビのうちの1匹。史上最強の始祖と言われています》
「なにが?」
《ですから、【腐肉の暴食】が――です。どうしてあなたが知らないのですか》
「それが出現したってのか」
《さきほどから、そう言っています。あなたの実力には目を見張るものがありますが、理解力が欠如しているように感じられます》
「そりゃ悪かったなっ」
不意に人の視線を感じた。
振り返る。
そこには当たり前のように背の高い建造物が乱立している。これがドラゴンの背中だなんて、何度見ても信じられない。
石造りの通りを行き交う人々が、ロンのことを不気味な目で見ていた。傍から見れば、まるで独り言なのだ。
コホン、と咳払いをしてごまかした。
《状況説明を行います。そちらの都市クルスニクから、水汲み隊が出撃しました。水汲み隊についての説明は必要でしょうか?》
「オレをバカにしてるわけじゃないよな?」
《理解力の乏しいヘリコニアのために、説明が必要かと判断したのですが、不必要でしたか?》
「ぜったいオレのこと煽ってるだろ。切れるぞ」
《いいえ。私は現状を正しく理解して、それをクチに出しているだけです》
「ッたく、水汲み隊のことぐらい、オレも知ってるさ」
都市竜と呼ばれるドラゴンの背中で、人類は暮らしている。
都市竜の背中では、手に入る資源に限りがある。
特に、水。
魔法で発生させられる水に、ノドをうるおすチカラはない。
水汲み隊というのは、名前の通りだ。地上から水を汲んでくる部隊のことを言う。
《都市クルスニクの水汲み隊が、湖で水を汲んでいる最中に、【腐肉の暴食】と遭遇。それを受けて都市クルスニクから、竜騎士隊が出撃を開始しました》
「それは見てた」
さっきのエレノアたちの出撃がそれだ。
色とりどりのドラゴンたちが桟橋から飛び立ってゆく景色は壮観だった。
あれは、水汲み隊の救出に向かったようだった。
《状況説明は以上です》
「竜騎士隊が出てるんだ。それで充分じゃないのか? わざわざオレが行くと、戦場が混乱することになるぜ」
《さきほども説明したとおり、【腐肉の暴食】は史上最強の始祖です。竜騎士隊では手に負えません。ですから、ヘリコニアのチカラが必要なのです》
「竜騎士隊でも勝てないのか」
《はい。全滅します》
と、イヤリングの向こうから聞こえてくる声は、そう断言した。
その淡々とした物言いが、ロンの背中に冷たいものを走らせた。
全滅。
エレノアも死ぬということだ。
あの美しさが穢されるのは、あってはならないことの気がした。
さっき言葉を交わしたカルクのことも脳裏をよぎった。
「で、オレなら勝てると?」
《はい。この世界の現状において、あなたは最強の個体ですから》
「わかったよ。【腐肉の暴食】とかいうヤツをブッ飛ばせば良いんだろ」
《ようやくご理解していただいたようで幸いです。出撃してください。ヘリコニア》
「だからオレは、ロンだって言ってるだろ」
《これはコードネームです。ヘリコニア》
さっきとマッタク同じセリフを、マッタク同じ抑揚で返された。
「面白味に欠ける返答だな」
と、ロンは宙に身を投げ出した。
張り裂けんばかりの声が天にとどろく。
叫んでいる女は、エレノア・キャスティアン。
竜騎士隊の騎士長だ。
ブロンドの髪をポニーテールにまとめている。
コハク色の双眸。
鼻梁が通っており、唇は少女のような桃色だ。
眉が薄いせいか、それとも唇が薄いせいか、どことなく冷酷そうな印象を人にあたえる。
それもまた彼女の魅力を際立たせる要因のひとつだった。
(キレイな人だなぁ)
と、ロンは見惚れていた。
都市の端からは、虚空に向かって桟橋が伸びている。
まるで1匹の大蛇が真っ直ぐ引き伸ばされているかのような石造りの桟橋だ。
その桟橋の上――。
エレノアの掛け声を受けて、人を乗せたドラゴンが駆けて行く。
助走をつけたドラゴンは、虚空へ向かって飛び出した。
1騎が行くと、2騎3騎とそれにつづいた。
竜騎士隊だ。
すべて合わせれば100騎近くはいるだろう。
そのドラゴンたちが起こす風によって、エレノアのブロンドの髪が、まるで戦旗がごとく激しくなびいていた。
それでもエレノア自身は毅然と立って揺らがなかった。
剣を前方に向けたままニオウダチになっている。
(出陣の光景を見れるとは運が良かった)
ロンは出陣の場面を見物していた。
都市の縁に腰かけて、足を宙に投げ出していた。
都市は、地上とは離れたすこし高い位置にある。
都市そのものは、都市竜と言われる巨大なドラゴンの背中に建造されているのだ。
いまは都市竜は翼を休めて、地に足をつけているが、普段は空を飛んでいる。
ロンの投げ出した足。
ここは都市の端。
カカトが当たっているのは、城壁なんかではない。
ドラゴンのウロコだ。
赤い甲殻でビッシリと覆われている。
思い切りカカトで蹴りつけても、岩のように硬くてビクともしない。
岩のようにとは言ったけれど、たぶん実際はもっと硬い。
カカトのほうが痛くなった。さすがドラゴンのウロコ。
都市そのものが巨大なドラゴンの背中にあることを、ときおり忘れてしまいそうになる。
「おーいっ。オッサン。そんなところにいると危ねェぞッ」
竜騎士隊のひとりが、ロンに向かってそう声をかけてきた。
竜騎士は決まってドラゴン――正確には仔竜に騎乗している。
だから竜騎士なのだ。
ロンに話しかけてきた人も、ドラゴンの背中にまたがって、滞空していた。
ヘルムとマスクをしているので顔は見えない。声で男性だとわかる。
「失敬なッ。お兄さんと呼びたまえ。誰がオッサンだ。オレはまだ28歳だ」
「充分オッサンじゃねェか」
「なんだとッ。オッサンと呼ばれるのは、抜け毛の心配をしはじめてからだ。見ての通り、オレはまだ髪が生えているんでね」
黒々とした髪をかきあげて見せた。
正直、そろそろハゲが来るんじゃないかと心配しているが、今のところ髪が減退している様子はない。
「そんなところにいると、落っこちまうぜ。オッサン」
と、竜騎士があきれたように言った。
「落っこちたら、助けてくれ」
「バカ言うなっ。落っこちたら終わりだと思え。地上はゾンビであふれかえってるんだからな。オレはもう行くからな、落っこちないようにしろよ」
「おわっ」
と、ロンはわざと、前かがみになって落っこちるようなフリをして見せた。
「危ねェ」
と、竜騎士がロンの下方へと、あわてて移動していた。
ロンが落っこちれば、ドラゴンの背中で受け止めるつもりだったようだ。
「なんて。冗談、冗談」
「洒落になってねェーぞッ」
「オレのことをオッサンだと言った仕返しだ。悪かったな」
名前も知らない竜騎士隊の男は、マスクを外して見せた。
銀色の髪に、銀色の双眸をした感じの良い青年だった。
ロンよりすこし若いかもしれない。
「オッサン。名前は?」
「ロンだ。そっちは?」
「クルスニク所属の竜騎士。カルク小隊の小隊長カルク・ノスフィルト。クルスニクの12騎士の1人、閃光のカルクって言えばオレのことだ。覚えておきなよ、オッサン」
カルクと名乗った青年はマスクをかぶりなおすと、竜騎士隊の群れのほうへと飛び立って行った。
その姿はすぐに見えなくなった。
(ほお。あれが……)
と、感心していた。
12騎士と言うと、このクルスニクでもっとも腕の立つ選ばれし12人だ。
あの若さで、そこまで名前が売れているというのは、よほどの実力者なのだろう。
名前だけならロンも耳にしたことがあった。
「これより私も、出撃するッ」
と、凛とした女性の声が響いた。
エレノアの声だ。
ロンはそっちに視線をもどした。
エレノアは、黄金色のドラゴンにまたがっていた。
ほかの竜騎士隊と同じく桟橋を駆けてゆく。
そして空へと羽ばたく。
エレノアの姿も、ほかの竜騎士たちと同じく、すぐに見えなくなってしまった。
竜騎士を見送る民衆の声が響いていた。
「ご苦労さまだな」
と、ロンは手に持っていたブリトーにかぶりついた。
小麦粉の皮でチーズをくるんだものだ。クチのなかに甘味が広がる。
《なにを他人事みたいな顔をして傍観しているのですか》
急に女性の声が聞こえた。
ロンに右耳につけているイヤリングからの声だ。
「うわっ。ビックリした。驚かさないでくれよ。あやうく落っこちるところじゃないか」
ビックリしてブリトーを手放してしまった。
拾い上げようとした。指をかすめたが、取り損ねた。地上へと落下していった。すぐに見えなくなった。
セッカクの昼飯が台無しだ。
《いい加減に慣れてください》
「急に耳元で声がしたら、誰だってビックリするだろ。寿命が縮むところだ」
《そもそも、落っこちたからなんだと言うのですか。ヘリコニアなら落ちてもなんの問題もないでしょう》
「だからオレの名前は、ロンだって言ってるだろ」
《これはコードネームです。ヘリコニア》
「じゃあなんだ? オレはヘリコニア・ロンって名前になるのか? うわぁ。呼びにくぅ」
《いえ。ヘリコニアは本名とは別の名前ですので、ヘリコニア・ロンにはなりません》
このイヤリングは通信機だ。
イヤリングの向こうから聞こえる声には抑揚というものがない。
まるで決められたセリフを、決められた通りにしゃべっているかのような調子だ。
声は透き通っていてキレイだと思うが、それがよりいっそう無機質味を増している。
「冗談だって。そんなマジメに返されても」
ヘリコニアとか妙な名前で呼ばれるのは、あまり気に入らない。ヤヤコシイのだ。いちいち覚えにくい。
けれど、コードネームというのはチョット興奮する。
特別な組織に属しているような気分になる。っていうか実際、特別な組織に属しているのだ。
《ヘリコニアも【腐肉の暴食】の迎撃に向かってください》
「えぇっ、オレも?」
今日は休日ということで、こうして都市に遊びに来ているのだ。休日に駆り出されることには、怒りすらおぼえる。
《【腐肉の暴食】は、このロト・ワールドにおいて史上最強の始祖です。あなたのチカラが必要になります》
「いよいよ君も、オレの凄さを理解したようだな」
と、茶化すように言った。
《あなたの凄さは、はじめから理解しているつもりです》
淡々と返されて、チョット照れ臭くなった。まるで自分のチカラを誇示している痛いヤツみたいになっている。
「でも、メンドウくさいなぁ。だいたい【腐肉の暴食】なんて、聞いたこともないよ。なにそれ? 強いのか?」
《はるか昔。ロト・ワールドの地上には、ゾンビの始祖が現われました。ゾンビの始祖はとてつもない感染力で、世界をゾンビ1色に変えてしまったのです》
「で、人は空に逃げたんだろ」
と、ロンは継いだ。
有名な話だ。
この世界の現状そのものだ。
地上はゾンビに汚染されている。赤い血煙のような瘴気におおわれている。
だから人はドラゴンの背中に住みついて、空で生活するようになったのだ。
こうして都市竜の背中にいるかぎりは、その瘴気も上がっては来ない。
《その始祖のゾンビのうちの1匹。史上最強の始祖と言われています》
「なにが?」
《ですから、【腐肉の暴食】が――です。どうしてあなたが知らないのですか》
「それが出現したってのか」
《さきほどから、そう言っています。あなたの実力には目を見張るものがありますが、理解力が欠如しているように感じられます》
「そりゃ悪かったなっ」
不意に人の視線を感じた。
振り返る。
そこには当たり前のように背の高い建造物が乱立している。これがドラゴンの背中だなんて、何度見ても信じられない。
石造りの通りを行き交う人々が、ロンのことを不気味な目で見ていた。傍から見れば、まるで独り言なのだ。
コホン、と咳払いをしてごまかした。
《状況説明を行います。そちらの都市クルスニクから、水汲み隊が出撃しました。水汲み隊についての説明は必要でしょうか?》
「オレをバカにしてるわけじゃないよな?」
《理解力の乏しいヘリコニアのために、説明が必要かと判断したのですが、不必要でしたか?》
「ぜったいオレのこと煽ってるだろ。切れるぞ」
《いいえ。私は現状を正しく理解して、それをクチに出しているだけです》
「ッたく、水汲み隊のことぐらい、オレも知ってるさ」
都市竜と呼ばれるドラゴンの背中で、人類は暮らしている。
都市竜の背中では、手に入る資源に限りがある。
特に、水。
魔法で発生させられる水に、ノドをうるおすチカラはない。
水汲み隊というのは、名前の通りだ。地上から水を汲んでくる部隊のことを言う。
《都市クルスニクの水汲み隊が、湖で水を汲んでいる最中に、【腐肉の暴食】と遭遇。それを受けて都市クルスニクから、竜騎士隊が出撃を開始しました》
「それは見てた」
さっきのエレノアたちの出撃がそれだ。
色とりどりのドラゴンたちが桟橋から飛び立ってゆく景色は壮観だった。
あれは、水汲み隊の救出に向かったようだった。
《状況説明は以上です》
「竜騎士隊が出てるんだ。それで充分じゃないのか? わざわざオレが行くと、戦場が混乱することになるぜ」
《さきほども説明したとおり、【腐肉の暴食】は史上最強の始祖です。竜騎士隊では手に負えません。ですから、ヘリコニアのチカラが必要なのです》
「竜騎士隊でも勝てないのか」
《はい。全滅します》
と、イヤリングの向こうから聞こえてくる声は、そう断言した。
その淡々とした物言いが、ロンの背中に冷たいものを走らせた。
全滅。
エレノアも死ぬということだ。
あの美しさが穢されるのは、あってはならないことの気がした。
さっき言葉を交わしたカルクのことも脳裏をよぎった。
「で、オレなら勝てると?」
《はい。この世界の現状において、あなたは最強の個体ですから》
「わかったよ。【腐肉の暴食】とかいうヤツをブッ飛ばせば良いんだろ」
《ようやくご理解していただいたようで幸いです。出撃してください。ヘリコニア》
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