純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

07-エピローグ:その笑顔を守りたいから



ユキがレンジュの城に来て、1週間が経った頃の話である。

「何か、欲しいものはあるか?」
「……え?」

急に皇帝に呼ばれたかと思えば、そんな話をしてきた。
初任務かと思い色々と準備してきたユキにとって、それは拍子抜けするのに十分な理由だ。後ろに居る彼女の執事である神谷の無表情さと相まって、なんだか大きなリアクションをしてしまったように思ってしまう。故に、ユキは急いで下を向いた。

「知らない場所で不便しとるじゃろう。なんでも言いなさい」
「特に……」
「ふむ。欲のない子じゃ」

しかし、皇帝にはそんな些細な感情に興味はないらしい。
いつも通りの口調で、話しかけてくる。

「これから任務が始まるんじゃ。衣食住なんでも、わしに話してくれ」
「……衣食住」
「そうじゃ。着るもの、食べるもの……は、神谷くんの方が秀でておるな。住むところは与えてあるし、娯楽関係なんかどうじゃ」

ユキに与えられた部屋は、以前住んでいた家の自室よりはちょっとだけ狭い。しかし、それを補うように最新の設備、煌びやかで使いやすい家具が勢揃いしていた。寝相の悪いユキでも落ちないほどのベッドも用意されており、これ以上望むことはない。

無論、ユキにとって娯楽も興味のないこと。
ただ、淡々と任務をこなして生きていれば満足なのだ。それで、両親を殺した奴らの手がかりを掴めればなお良いと言ったところ。

しかし、復讐を口にしてしまえば実行しなければいけない。今のユキには、まだそんな考えが起きるはずもなく。ただ、手がかりを掴めれば良いなと願うだけで、手一杯のようだ。

「特に……」
「うーむ。……神谷、何かこやつに合うものはないかの」
「ユキさまが望んでいらっしゃらないので、私には何も言えません」
「……まあ、そうか」
「……」
「……」

と、沈黙が続く。
しかし、皇帝はどうしても何かを与えたいらしい。粘りに粘っている。

「お父様」
「おお、彩華か」
「あ……。お客様が居たのね。失礼しました。また後で来るわ」
「いや、ちょっと挨拶でも……」

すると、そこに皇帝の一人娘の彩華がやってきた。
しかし、毎回客人が来ているとすぐに退散してしまう彼女。今回もその癖が発揮され、皇帝が声をかける間もなく扉の向こう側へと消えてしまった。

「……今のは」
「わしの娘じゃ。歳が離れ過ぎて、おじいちゃんと間違われるがな」
「……」
「なんじゃ、ユキ」

皇帝は、執務室に入ってきたユキが初めて興味を示したことに気づき、声をかけてみた。
先程まで無表情だったのに、その瞳に光が入ったのだ。

「……欲しいもの、なんでも良いですか」
「うむ。なんでも申せ。多少値段が張っても、大丈夫じゃよ」
「じゃあ……」

皇帝のニコニコとした表情を前に、ユキは詠唱なしに魔法を展開させた。全身を魔法光で照らした彼女は、その光が止むと同時に口を開く。

「友達……友達が、欲しい」

そこに居るのは、紛れもなくユキだ。しかし、その容姿、声は、女性ではなく男性のもの。

先程入ってきた皇帝の娘、彩華と同年代の男性になったユキが、皇帝に向かって欲しいものをねだる。
黒い髪と瞳を晒し、少女の時には決して見せなかった笑顔で。


***


「初めまして。天野ユキです」
「初めまして! レンジュ国姫の彩華です」

皇帝は、喜んでユキの願いを受け入れた。
なぜ男性の姿になったのか、なんとなくわかる彼は、その理由を聞かない。
それよりも、目の前で喜び合う2人を見て微笑む方に忙しいらしい。

日を改め集まった4人……ユキと神谷、皇帝に彩華は、執務室にて互いに歓迎ムードに浸っていた。

「ユキは、今後管理部所属になる。色々、国のことを教えてやってくれ」
「わかったわ、お父様。……ユキ。城下町にね、美味しいケーキ屋さんがあって」
「これ。それより、法律や職務内容など「お父様! 私に任せたのだから、私の好きなようにさせてよね!」」
「あはは。姫は面白い人だ」

どうやら、彩華もユキが気に入ったらしい。
そりゃあ、これだけ顔が整っていれば誰だってポーッとなってしまうだろう。それほど、魔法で性別を変えたユキは魅力的だった。

「後ろにいるのは、俺の身の回りの世話をしてくれる神谷って言うんだ。神谷、挨拶」
「はい。神谷雅美と申します。以後、よしなに」
「よろしく、神谷さん。これから、ユキを連れ出しても良いかしら」
「ユキ様がよろしければ、私の許可は要りません」
「そうなのね。ユキ、今からお出かけできる?」
「良いよ。美味しいケーキ屋さん、案内して?」
「うん! あそこのケーキは50種類も常備されててね」

こうやってユキは、男性の姿で彩華と初対面した。

彼女が男性になったのは、姿も知らない敵に怯えて身を隠したかったからではない。
いつか自身が死ぬ時、その姿を大切な人に気付かせないためだ。

魔力が切れれば、男性の姿を維持できなくなる。少女で死ねば、男性の姿しか知らない彼女は決してその笑顔を曇らせないだろう。一国民が死んだ悲しみしか感じないだろう。
ユキにとって怖いのは、身近な人を亡くしその思い出に浸るしか生きる術のないあの日々だった。これから仲良くなるであろう、そして幾度となくその明るさに助けられるだろう彼女に、そんな辛い思いをさせたくなかったのだ。

「姫のおすすめ、聞かせて」
「うん! 神谷さん、お父様、行ってくるわね!」
「ちゃんと職務には戻ってくるんじゃぞ」
「はあい」
「神谷、ついてこなくて良いから。部屋で待機してて」
「かしこまりました」

若い人は、すぐ馴染む。
2人は、手をつなぎながら執務室を後にした。

          

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