純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

9:夕立は突然に②


風音は、ユキに覆いかぶさるような体制になると、その瞳を向けて、

「ユキ」

と、名前を呼んだ。

「!!!」

ユキは、その声に抗えない。
熱ではない何かによって、身体が硬直するのを静かに感じていることしかできない様子。

「ユキ、ユキ」

そんな彼女の状態を見ながらも、風音は続けて名を連呼する。

これは、彼の血族技。
名前で発動するからこそ、風音は人のことを苗字で呼ぶのだ。

「あ、あ……」
「ピアス、取ろう」

必死に抗おうとユキが身体を動かすも、魔法によって支配された身体も精神も、思考さえも言うことを聞いてくれない。
まるで、自身の身体ではないかのように、反応しないらしい。ユキの顔の歪みは、熱のものではない。

「取っても、なくなるわけじゃないから」
「……っ」

ユキは、泣き出したかった。
しかし、涙すら思い通りに流せない。

ただただ、目の前で素顔を晒し、優しい声を発する風音を見ていることしかできない。

「終わったらちゃんと返すから。それまで、オレが持ってるよ」
「う、う、……」

風音の温度を耳で感じた時には、既にキャッチは彼の手に握られていた。
抵抗しようにも、ユキの手足は溶けている。たとえ、溶けていなくとも、彼の血族技でどうしようもなかっただろう。

「気持ちはわかってるよ。本当は幻術でピアス付けようとしたんでしょ」

そうだ。
ユキは、自身がこうなることは目に見えてわかっていた。

でも……それでも、彼女に嘘をつき続けるのが辛くてこの選択をした。むしろ、そのまま身体が溶けてしまった方が幸せかもしれない、とまで思ってしまったユキ。
それほど、ユキの中にある「彩華」という存在は大きい。

「姫をこれ以上騙したくなくてつけたってところかな。オレも同じ立場なら同じことするからわかるよ」
「……」
「これ、預かっておくから」
「……」

いつの間にかホールから引き抜かれてたピアスが、風音の手の中に収められていた。ピアスに嵌め込まれた石が、電球の光に反射している。

ユキは、彼の回復魔法によって、無理やり開けたホールが塞がれていくのを静かに感じ取った。と、同時に、自身の身体が回復し始めたことに気づく。

「多用したくないから口外しないでね」
「……はい」

彼らの血族技は、「束縛」と呼ばれる常時スキル。他の血族技と違って、発動条件は「相手の名前を最高3回まで呼ぶ」だけと珍しいもの。
呼ぶ回数によって支配できる範囲が変わるらしいが、まだまだ謎の多い血族技だ。その名前は、発動させる風音一族によって異なり、名字であったり名前であったりニックネームであったりする。

それは、名前で相手の身体、精神、思考までも支配してしまう強力な魔法の類。ごく稀に、このような常時スキルの血族技が存在する。
風音は、この血族技があるからマナによって管理部へ推薦された。今後、彼の意思に関係なくその技は皇帝のために使われることだろう。その意味を、彼はまだ知らない。

なお、マナも同様の血族技を保持し、うまく使いこなし皇帝に君臨している。
彼女も、風音同様名前で人を縛る。そのため、ユキは「ななみ」と名乗り支配から逃れようとしたのだ。

だが、すでにそれが無効であることは双方理解している。彼女は血族技をコントロールできる術をもっていたから。
しかし、初対面でそれに気付けという方が無理だ。今でも互いにそのことに気づいているのに「ななみ」と呼び、また、言われ続けている……。

「……元々オレの一族って、男が産まれないらしいんだよね。だからか、うまくコントロールできないんだ。抗いたければ、オレの名前呼んで。それで多少は効果が弱くなる」
「わかりました……」

マナに比べ、風音はその技をコントロールできない。

だからこそ、多用したくないのだ。
人を一方的に縛り付けるような魔法を、根が優しい彼は使いたくないのだ。

「ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめんな。こんなことしかできないけど、もう少し頼ってよ」

ユキのガラガラ声に返答をしながら、風音は身体を起こして手首を回し魔力調整をした。
もう、彼の瞳に先ほどの支配はない。いつもの気だるい表情に戻っていた。

「……頼るってなんでしょうか」
「……」
「よくわからないんです、その言葉が」
「……もう少し時間が経てばわかるようになるよ」
「そういうものなんですね……」

天井を向いたユキは、先ほどよりもずっと落ち着いて風音の瞳に写っている。
自分の発言している言葉の意味を理解しているのに、ユキには本質がわからないのだ。それは、どこまでも「孤独」を風音に植え付けた。

風音は、なんと言えば良いのかわからず曖昧な言い方で返答する。

「……天野。神谷さん呼んで良い?」
「はい、お願いします」

ユキの言葉に頷くと、風音は預かったピアスに保護魔法をかけてポケットへと入れた。
そして、マスクをすると何故かドアへと忍び寄り、勢いよく扉を開ける。

「わ!?」
「ひょえ!?」

すると、扉前にいたサツキが驚いた声をあげた。どうやら、聞き耳を立てていたらしい。
それだけではない。なぜか、アリスも一緒になってドアに耳をつけていたようだ。相当驚いたのか、変な声を発している。

なお、神谷はいつもと変わらず、そこから一歩引いて背筋を伸ばして立っていた。

「なに」
「え、あ。ぐ、偶然通りかかったからさ。ははは」

聞かれていることに気づいていた風音が、圧を出してそう聞くと、なんとも苦しい言い訳をするアリス。なぜなら、この部屋は角部屋だから。偶然通りかかれる場所ではない。

「そ、そう。私も偶然通りかかって」
「嘘つけ。サツキは最初からいただろ」

風音の素早いツッコミに、ベッドで寝ていたユキの笑い声が響く。熱が下がってきているのか、顔色が戻りつつある。

「……だって、ユウがユキのこと襲うかと思って」
「襲うか!」
「風音くんってすぐ発情するって聞いてたから」
「するか!誰だよ、言ってるやつ!」
「「ユキだけど」」
「お前か!!!」

と、またもやユキの腹を抱えた笑い声が聞こえてくる。

「はあ……。神谷さん、天野の治療お願いします」
「かしこまりました。失礼します」
「私もお邪魔しまーす」
「どうぞ」

それに続き、サツキとアリスも部屋に入った。

「あれ、マナ皇帝も来たんだ」
「はい。お酒置いて行きました」

テーブルにあった風邪グッズは、マナが置いたらしい。酒好きな彼女は、「風邪はアルコールで消毒すればいい」と思っている節がある。

「あはは、マナ皇帝らしいよ」

それにひと笑いすると、

「これ、今宮と千秋から」

と言って、アリスは持っていた花束と蓋つきの試験管を差し出す。

「……試験管?」
「うん、ユキの脳みそが欲しいらしい」
「は!?」
「1滴でいいって」
「あげません!!!」

誰が何をあげたのか、誰の目から見ても一目瞭然だった。サツキは、それを聞いてふふっと笑う。
神谷に治療されているユキは天井を向いたまま、アリスへ向かって魔法で浮かせて試験管を返却した。花束だけは、ありがたく受け取るらしい。

「まあ、そうよね。で、これも」
「……」

と、差し出されたのはピアスケース。

「あなた、昨日姫に告白したんだって?」
「え」
「……」

アリスの発言に、その場にいた全員……無論、神谷も……が、息をのんだ。
それに気づいたのか、ユキは珍しく顔を真っ赤にして視線をキョロキョロと動かしている。

「良いんだけど、ちゃんと責任とりなさいよ」
「……」

どうやら、彼女はユキの本来の姿を知らないらしい。
いつも通りの笑顔で、ユキを励ましている。

一方、ユキが何も話そうとしないので、本当の姿を知っている神谷と風音は何も言えず。
そして、長年一緒にいるアリスにも性別を明かしていないという事実に彼女の闇を感じ黙ることしかできない。ユキは、こうやって味方をも欺きながら生きているのか。

「姫が、魔力回路大変になるからピアスはこれに入れてって。私に渡してきたのよ」
「……先生、これに入れて保管しておいてください」
「わかったよ」

風音は、ポケットからピアスを取り出すと、纏っていたベールを解除してアリスから受け取ったケースにピアスを入れた。それは、専用ケースだったかのようにぴったりと収まる。

「楽しかったみたいよ、姫」
「……よかった」

風音がケースをしまうのを横目で確認すると、ユキは再度上を向く。
ユキ自身、昨日は楽しかったと感じていた。久しぶりに笑った気がする。だからこそ、ピアスを外したくなかった。
しかし、彩華にはお見通しだったようだ。きっと、見舞いに来ないのも、何かに気づいているからなのかもしれない。

「ねえ、ユウ。ユキに変なことしてない?」
「してないって」
「本当?」
「え、サツキちゃんされてるんですか?」
「してないって!」

調子の出てきたユキが、風音を茶化し始めた。

「でも、同じ部屋で一緒に生活してるってどうなの?」
「何なら、一緒のベッドに寝てるんですよ」
「は!?!!??!?!?!?」

と、アリスが予想通りの反応をした。
どうやら、想定外だったようだ。風音とサツキを交互に見て、「ありえない!」と言わんばかりの視線を送っている。

「え、ベッド2つ入れてないの?え?」
「入れてないですよ。サツキがオレと寝たいって言って」
「……風音くんのこと今度から賢者って呼んで良い?」
「いいわけないでしょ」
「? ユウって賢者なの?」
「違う!」
「え? 違うってことは……」
「あー! もう!」

女性陣に集中攻撃されている風音。
それを見たユキは、いつもの展開に楽しそうに笑った。


          

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