純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
9:夕立は突然に①
彩華と出かけた次の日のこと。
「……はっ、はっ……はっ」
やはり、ユキは熱を出してしまった。
少女の姿で自室のベッドに寝ている彼女は、布団を肩までかけて苦しそうに息をする。
魔法使いは、高熱を出すと魔力回路が固まってしまう。そうなれば、内部の魔力が外に放出されず熱として身体に害を及ぼすようだ。
これでは、身体変化どころか簡単なシールドすら張れない。
「ユキ、おかゆ作った」
ユキが眠っていると、お盆を持ったサツキが部屋に入ってくる。
しかし、彼女には部屋に入ってきた人物が本当にサツキであるかはわかっていない。それほど、視界が霞んでいて見えていないのだ。
かろうじて声で、サツキと判断できたらしい。
「…………」
「声、出さなくて良いよ。起き上がれる?」
「あ……あ、」
声を出そうとしたが、その努力も虚しく。
サツキに止められたユキは、諦めたのかそのままベッドの上で身体の力を抜く。
「待ってて、ユウ呼んでくる」
おかゆの入った器とスプーンが、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた。器からは、湯気がうっすらと立ち込めている。作ったばかりなのだろう。
予想以上の高熱具合を目の当たりにしたサツキは、そのままドアを開けっ放しにして風音を呼びに行ってしまった。すると、
「……天野」
すぐに風音がやってきた。
部屋でくつろいでいたのだろう、使い捨てマスクに、パーカーとスキニーというラフな格好で部屋に入ってくる。が、やはりユキには何も見えていない。黒い服がぼんやりと確認できただけ。
「……目の色、隠す?」
ユキは、生まれながらにして持っている瞳をそのままさらけ出していた。色を調整する魔力も、今は残っていないのだ。
黄色に輝くそれは、風邪に争うよう光を放っている。
ユキは、彼の提案に小さく頷いた。
「色彩変化」
風音がユキの両目を片手で覆うと、黄色い瞳が漆黒に染まっていく。同時に魔力譲渡をしたようで、視界がクリアになっていく。
「(あ、りがとうございます)」
「無理して使うな。サツキが飯作ったから少しでも胃に入れておいてよ」
「……」
テレパシーでお礼を伝えても、その声すら震えている始末。魔力に頼り切っている彼女の身体だからこそ、他の魔法使いよりも体調悪化が辛いようだ。
更に今は、嚥下する体力もない。ユキは、風音の提案に力なく首を横に振るしかできない。
「はあ、熱は?」
「……」
「……病院行った? これはしばらく治らないよ」
「ユキ、連れてくから行こう?」
熱は、きっと測れば40度以上あるだろう。
風音の額とユキの額が重なると、すぐに怪訝そうな表情になってそう声を発する。風音にも、対処できないようだ。
桶に水を汲んできたサツキも、ソファテーブルに置きながら風音に同調してくる。
テーブルには、すでにリンゴや冷えピタ、氷枕に体温計といった発熱定番のグッズが並んでいるではないか。
サツキたちがくる前に、誰かきたらしい。そこには、風邪にはそぐわない度数の高いアルコールとして知られているスピリタスもそこに置かれていた。
「……あ、あ」
「悪い、ちょっとだけテレパシー使える?」
「(……い、今動いたら身体が溶けるので無理です)」
ユキの震える声を聞いた風音は、そのまま容赦無くかけ布団の端をめくりあげる。すると、
「……っ!」
サツキが、それを見て悲鳴をあげそうになった。
ユキの手は、骨が入っていないかのように柔らかく、視覚でもわかるほどよくしなる。
皮膚の奥に熱湯が入っているのではないかと思えるほど熱く、腕を掴んで観察していた風音に、不思議な感触を与えた。
「(手足の先が溶けそうなんです)」
確かに、手首からは骨の感覚がある。そう思った風音は、そのまま足も確認した……が、まあ同じ状態である。
今まで見たことがない光景に、お手上げ状態の2人。しかたなく、
「神谷さん」
「はい」
「……!?」
ヘルプを出すと、いつも通り彼はすぐに現れる。
それを初めて見たサツキは、驚きのあまり風音の後ろに隠れてしまった。
「……サツキは初めてか。神谷さんはいつもこんな感じだよ」
「え、どうなってるの?」
「さあ。考えたら負けだと思ってる……」
と、正直な感想を言っていると、
「風邪ですか」
淡々とした声で、神谷は主人であるユキに向かって話しかけている。
「……」
「……」
「……」
「……」
2人の間で何が話されているのか、範囲を絞ったテレパシーが送られているせいか彼らには聞こえない。
「ほお、これですね」
「……ぁ」
「……あれ、天野ってピアスなかったよね」
「彩華様と出かけた時にお揃いで買ったそうです」
「あー、そういうことね」
「……ユウ、どういうこと?」
神谷がユキの真っ赤な耳に触れると、そこにはピアスが。煌びやかな翠色が、場違いなほど光り輝いている。
風音は、その現象を見て首を傾げているサツキに向かって、身体をアレンジすると魔力回路がおかしくなるという話を聞かせた。
「……だからユウはあの時熱出したのね」
「そういうこと。それに加えて、天野はもともとの魔力量が多いから熱もかなりひどいっぽい」
と言って、2人して動けないユキを眺める。
「外して良いですか。穴を塞ぎます」
「……っ!……、……あ」
「天野、動かすな」
彼の言葉に全力で拒否するよう、布団から腕を出すと左耳をかばうユキ。しかし、急に動かしたこともあり、とうとう両手の指がぼたぼたと溶けて彼女の胸に体液として滴り落ちてしまった。
風音が、動かした腕を素早く掴むと、先ほどよりも柔らかい部分が増えていた。急いで医術を展開して進行を食い止めるも、どこまで自分の魔力が効くかわかっていない様子。眉間のシワの深さが、それを物語っている。
「ユキ様、あなたの身体とピアスの相性は良くありません。外してください」
いつもは、「ユキ様に言われてないので」と言って何もしない神谷が、彼女に意見を言っている。それだけ、彼女にとってピアスは良くないのだろう。
風音とサツキは、その様子を黙って見ていた。
「……。う、……」
すると、ユキが泣き出した。顔を歪ませて、ボロボロと涙をこぼしている。
それは、欲しいものを手に入れられず駄々こねている子どものような印象を見ている人に与えた。
年相応の反応なのだが、風音とサツキはいつも見ている表情と違う彼女の反応に戸惑ってしまう。
「……ユキ様、お気持ちはわかります。ですが、ここであなたが死んだら元も子もないですよ」
「……」
それでも、首を弱々しく横にふるだけ。そして、ついに布団に顔を隠してしまった。
「……ユキ様。わがままはやめてください」
たが、神谷も引かない。強い口調でユキに話しかけた。
それに対抗するよう、布団の中からはすすり泣きが続いている。
5分は続いただろう。
そのやりとりに見兼ねた風音が、声をあげる。
「はあ……神谷さん、サツキ。ちょっと外出ててもらって良い?」
「かしこまりました。サツキ様、参りましょう」
「う、うん……」
唐突な提案に戸惑いを持ちながらも、サツキは神谷に促されて部屋を出ていく。神谷は、何をするのか理解したらしく何も言わずに部屋を後にしてくれた。
ガチャンと扉が閉まった音がすると、マスクを外してサイドテーブルに置く。
一緒に置かれていたおかゆは、すでに冷めつつあった。
「……天野、布団とるよ」
「……」
返事はない。が、それが肯定だと勝手に解釈した彼は、ガバッと勢いよくユキから布団を奪う。そして、奪った布団をソファへ無造作に置いた。
「……」
ベッドには、腕下と膝下が液状化して泣いているユキが横たわっている。涙も、半分は液状化した皮膚だと彼は気づいた。
熱で顔を真っ赤にして泣く彼女は、されることをわかっているのか決して風音の方を向かない。
「天野、オレの目を見てて。すぐ終わるから」
「……」
頑なに視線を合わせないユキの頬を両手で掴むと、無理やり自分の方へと顔を向かせた。布団を取られて抵抗ができないユキは、されるがまま。
そんな彼女を視界に入れながら、風音は、
「リラックスしててね」
「……」
と、優しい声で話しかける。
そして、ユキが目を閉ざす前に、素早く魔力を瞳に集中させた。
元々フェロモンの多い彼は、顔を出せば目線を合わせただけで相手を魅了させる体質を持っている。今の弱り切ったユキには、それがいつもより強く反応するだろう。
風音は、ユキに覆いかぶさるような体制になると、その瞳を向けて、
「ユキ」
と、彼女の名前を呼ぶ。
          
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