純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

6:凍雨が溶ける暖かさの中に②



「……?」

シノは、ベッドの上で目を覚ました。
しばらくボーッとしていたが、自身が生き延びたこと、まだ入院生活をしていることを思い出した様子。急に表情を硬くしながら、毛布に隠れた足に視線を向けている。

彼女は結局左足を無くし、もう自力で歩くことはできない。
それを聞かされた時は、気絶するのではないかと言う勢いで絶望したものだ。故に、それ以降の記憶が少し曖昧になりつつあった。

「……あ」

足から視線を外し前を向いていると、見舞い席になっているソファに人影が見えた。急いでそちらを向くと、そこには本を読んでいる今宮の姿が。

「おはようございます」

シノの声に反応した今宮は、本から視線を外して笑いかけてきた。
その笑い顔は、今まで気にもしていなかった外の明るさを一層引き立ててくれるほど明るいもの。シノは、ここで初めて外の温かい日差しが病室に入ってきていることを知った。

「……お、おはようございます」
「体調はどうですか」
「……大丈夫です」

その胸には、青く鈍い光が心臓の鼓動に合わせて点滅していた。薄めの入院着から、それが透けて見えてしまっている。目の前にいる今宮に知られたくないのだが、これはどうしようもない。
シノは、急いで話題を変える。

「それよりも、まことさまは……」
「……あちらに行きましたよ」
「!!……そんなことって」

しかし、その話題は少々残酷な結果に落ち着いてしまっていた。
今宮の言葉に、シノの眉間が歪み絶望に突き落とされた表情を披露する。それほど、彼女にとって望まないものだったらしい。それを見た今宮は、

「……少し、話をしませんか。主治医からは許可を取っています」
「はい。なんでも話します」

優しい表情をしながら、シノの方へと歩み寄る。
今まで座っていたソファの上には、しおりが挟まれた本が1冊。表紙には、何かの物語だろうか、どこかで聞いたことがある花の名前が書かれていた。

シノは、ボサボサになっている髪を結わえると、しっかりとした声で返事をし身体を今宮のいる方へと向ける。

「あ、楽にしていてください。これは、公的なものではありません」

そう言う彼の表情は、公務を行っている時よりずっと柔らかい。何度か、式典へ国民として参列しているシノは、そこで見た彼と全く違う表情に戸惑いを見せる。

「……いえ、大丈夫です」
「ダメ。ちゃんと寝て」

今宮は、頑ななシノの肩を掴み、無理やりベッドに寝かせてしまう。そして、ベッドの角度をリモコンを使って上げた。
その素早さは、さすが皇帝の付き人といったところ。腰が軽くないと、できないのかもしれない。

「これでどうでしょうか」
「……ありがとうございます。さっきよりも楽です」

今宮の優しさに、少しだけ頬を赤くするシノ。それにならうよう石が温かく光ってしまったが、幸い今宮の視線はベッドの角度へと向けられている。

「よかった。……早速ですが、いつからキメラに?」
「黒世のすぐ後です。それまでは、……人間でした」

今宮は、そのままシノへと質問をした。
はじめにその質問が来るとわかっていたシノは、模範解答を述べるかのようにスラスラと答える。

「そうですか。……では、あなたはナイトメアのメンバーですか」
「……はい。第二支部の管理長をしています。いえ、していましたと言うのが正しいかもしれません」
「と言うと?」
「私は、シンさまに世話好きを買われて自らキメラになりました。そして、まことさまの側で魔力の監視と制御をしていました。ですが……シンさまになんの報告もせず、その生活の心地よさに負けてしまったんです」
「……」
「まことさまは、それはもう純粋なお方で。大人の事情……しかも、親の考えに振り回されるのを見ていられなくなってしまい。私は、シンさまを裏切って定時連絡も何もかも切ってしまいました」

ぎゅっと硬く手を握りしめ、下を向いたシノ。その拳は、少しだけ震えている。
その姿から、今宮は後悔の色を読み取った。

「でも……あの方にとって、私はカゴの中の鳥だったようです」

いつでも握り潰せる存在だったから、今まで生かしてもらえていた。
今回の出来事で、シノはそれに気づいてしまった。

もっとうまくやるのであれば、引っ越すなりなんなりできたのだ。それをせずに、ぬるま湯に使っていたのはシノ自身である。
今回の出来事は、起こるべくして起きたものなのかもしれない。

「あのまま死んでいた方が、幸せだったのかもしれません」

シノの声は、次第にボリュームを落としていく。
元々の性格なのか、それとも、憔悴しきっているからか。側で魔力を使って彼女の声を拾っている今宮には、判断がつかない。

今宮は、シノの存在を知っていた。しかし、彼女がキメラであることまでは知らなかった。
まことに寄り添うただの家政婦としか認識していなかったのだ。自身の情報収集能力が低いのか、彼女の隠れ身魔法が優秀だったのか。今になっては、不明のまま。
……きっと、ミツネが聞いたら、いつものお返しとして嫌味のひとつやふたつは言われただろう。

「……あなたを助けたのは、蛍石のキメラですよ」
「サツキさまが?」
「やはり知っていましたか」
「あ、いえ。あちらは知らないでしょう。あの方は、枝垂さまの女として有名でしたから」
「……」

それは、風音からの報告で聞いていた話。やはり、組織でも有名だったようだ。
今宮は、改めて彼女の境遇の酷さを思い出し顔を歪めてしまう。

「でも、なぜサツキさまが?」
「……サツキさんは、組織を抜けてこちらに来たんですよ」
「そうだったんですね……」

そう言う彼女には、側から見ても安堵していることがわかるくらいの声を漏らす。

それは、悪役人の見せる表情ではない。組織に属しながらも、良心は捨て切れていない証拠だ。今宮は、こういう瞬間を観察して、改めて彼女の性格についても確認していた。

「でも、枝垂さまがよく許したこと」
「……死にましたよ、彼は」
「え」

少し大きな声を出して驚愕の表情をしながら、シノは今宮の方を向いてきた。その急な反応に、

「そんな驚くことですか?」

と、思わず追加の質問をしてしまう。

「彼はだらしない人ですけど、戦闘能力は組織内でもトップレベルです。そんな人を……誰が」
「……レンジュの皇帝は、獣を飼い慣らしているんです」

任務内容を聞かされてはいたものの、今宮は直接「枝垂」という人間を知らない。故に、戦闘能力等の情報は持ち合わせていなかった。
そこまで評価されるほど高い人物だったことに驚くものの、それを表情に出さないことに成功した。

どこまでシノを信用して良いか判断のつかない今宮は、曖昧な言い方で返答する。

「……風音一族の方かしら?」
「なぜ?」
「あ、いえ。よくましず子さまが話してらしたので」
「都真紅ですね。その人の情報も後ほどいただけると嬉しいです」
「わかりました。メンターの外れた私に、もう怖いものはないですわ」

彼女は、自立型キメラだった。
石によって快楽に溺れてしまうサツキのように、精神面が不安になることはない。と言っても、不要ということはなく主人が居ればさらに精神が安定すると言われている。それを知っている今宮は、

「……メンターが必要になりましたら言ってください。私がなります」
「ふふ、今宮さまはお優しいのね」
「仕事の一環ですよ」

とは言うものの、視線は暖かい。それに気づいたシノは、心地良く笑う。
組織で、ここまで自身のことを案じてくれる人はいなかった。それもあり、シノは今宮の存在が珍しいものであり、思わず興味を持ってしまうのは必然だったのかもしれない。
とは言え、それは情報を聞き出すための作戦であることもシノは理解していた。

「では、そろそろ終わりにしましょう。疲れたでしょう」
「いいえ。家政婦は、体力があるんですよ?」
「そうでしたね。でも、今は体力を温存してください」
「……わかりました」

今宮の心配そうな言い方に、素直に頷き視線を前に戻した。今、ここでやるべきことは回復することだけ。キメラなので、回復は早いだろう。
シノは、無意識に入っていた肩の力をゆっくりと抜いた。
それを見た今宮は、本を拾うためにソファへ向かう。そして、

「……キメラの末路って知っていますか」

独り言とも言えるようなボリュームでそう発言した。
聞き取れなければ、そのままで良い。むしろ、聞き取らないで欲しいという意思も垣間見える。

しかし、シノには聞こえたようだ。すぐに言葉が返ってくる。

「はい、存じております」
「……そうですか」

その声は、覚悟を決めているものだった。
きっと、彼女がキメラになった時にでも聞いたのだろう。それとも、その後に自身で調べて知ったのか。今宮にはわからない。


「キメラは死んだら砂のように崩れ落ち、跡形もなく消えてしまうもの。……私は身寄りがないですから、困る人はいませんのよ」


と、言葉とは裏腹に寂しそうな顔をして、シノは笑ってきた。その乾いた笑いは、今宮の心臓をえぐるように痛みを与えてくる。

そう。
キメラは、心臓が止まるとサラサラと砂のように崩れて消えてしまう個体だった。
遺体が残らないため、戦闘要員として生産する国が絶えなかった。それを、レンジュの皇帝が見かねて封印してしまった……という過去がある。

「……なるほど。サツキさまは知らないと思います。私からは言いませんよ」

今宮の微妙な表情を見たシノは、言いたいことがわかった様子。
すぐに、今宮が聞きたかったことを答えてくれた。

「……助かります」

そう言うと、シノの頭をひと撫でして、

「では、また来ますので安静にしてくださいね」

と、いつもの皇帝の付き人の顔になった。……式典などで良く見る彼に。

シノは、その表情で彼の気遣いに気が付く。
彼の優しすぎる性格にも。

「はい、そうさせていただきます」
「……」

彼女の言葉に一礼すると、今宮は本を片手に早足で病室を後にした。

「……私は生き延びた。けど……けど」

もう歩けない自分に、できることはない。1人になったシノは、自分の身体を見て、その現実を受け止めきれないかのように両手で顔を覆った。


          

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