純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

14:冬の虹は、モノクロにうつされる


私は、彼女のことが好きになれなかった。

『ミツネ!』
『……なんだ、雫か!』
『相変わらずすごい仕事量ね』
『まあな。どこかの誰かさんがサボりまくってるから』
『ふふ。仲がよろしくて』

彼女、真田雫はこうやって時間を見つけては、夫の仕事を手伝いに来てくれていた。
しかし、私はそれが不快だった。

執務室に積まれた資料と対面していた私は、真田雫と視線を合わせる。
彼女は、いつもの笑顔でそこに立っていた。手には、家から持ってきたのだろう赤い薔薇の花束を抱えている。それは、私から見ても立派なもの。元々、バラ園を営む実家で育った彼女だ。植物の扱いが上手いのだろう。

『今日は何用かな』
『今日は、その書類整理を手伝いにきたの。シノさんがまことのこと見てくれるって言うから』
『なるほどな。シノは元気か?』
『ええ。今日も無表情で、洗濯物をとりこんでたわ。でも、面倒見は良いの。まことも懐いてて』

そう言いながら、真田雫は空の花瓶を見つけて花を挿していく。その手際の良さは、主婦そのもの。花瓶の置かれていた棚まで掃除してくれている。

『ありがとうな。夫が喜ぶよ』
『いいの。私にはこれくらいしかできない……』
『これくらい、なんて言うな。立派な花じゃないか』
『……ええ。本当。シンも褒めてくれて』
『……』

無意識だったのか、その名前を口にした真田雫はハッとした表情になって口を閉ざした。そして、恐る恐る私の顔色をうかがう。

『仕事、しようか』
『ええ。指示をちょうだい』
『雫には、今夫が出てる会議の資料を……』

それでも、国民の1人だ。
無下にするワケにいかない。夫の客なら尚更。

そうだろう?
たとえ、彼女が原因で夫婦揃って命を落とす未来が見えていても。
レンジュ大国の皇帝一族なら、国民を守って死ぬくらいどうってことないじゃないか。

私は、表情を暗くしてしまった真田雫の横顔を見ながら、1秒でも早く夫が帰ってきてくれないかを願っていた。


***



「……まさか、自ら来てくれるとは思ってなかった」
「そう驚いてくれると、来たかいがあったのう」

レンジュ皇帝は、その身ひとつでレノンド国の城に乗り込んでいた。
掃除の手が行き届いていないらしく、ホコリや蜘蛛の巣が張り巡らされている。レンジュの城とは大違いだ。しかし、今はそんなことは言っていられない。

管理部総出で、この場所を探り当てたのだ。謎に包まれているナイトメアの本拠地になっている、レノンド国の城を。
皇帝は、それに感謝しつつ自身の運命と向き合うためここを訪れた。もう、後戻りはできない。

「……ちっ、相変わらずうぜぇやつだな」
「ほほほ、それも褒め言葉として受け取っておこうかの」
「……」

目の前で、本来皇帝が座るべき椅子に腰を下ろしあきれ顔を披露しているのは、ナイトメアの幹部メンバーである「真田シン」。彼は、真田雫の夫であり、まことの父親でもあった。
それに加え、彼は生粋の犯罪者だった。故に、レンジュ国でも指名手配されていた相手である。そんな人物がナイトメアの幹部だった情報を得ても、皇帝含め管理部メンバーは誰も不思議には思わなかった。

「皇帝……」

そんな彼の隣には、まことの姿が。見たところ、負傷した様子も怯えている感じもない。
しかし、手足を縛られ正座させられている一国の皇帝を前に、どんな表情をすれば良いのかわからないようで無表情を決め込んでいた。

「お前は、あの時もそうやって余裕ぶっこいた態度で居たな」

あの時。
皇帝は、以前も彼と対面したことがあった。その時のことを言っているのだろう。皇帝には、すぐにわかった。

シンは、まことの頭を撫でながら、皇帝の椅子に座って彼に向かって平然と話す。

「俺らは家族だ。別に、一緒にいたって不思議でもなんでもねぇだろ?」
「そうじゃな」
「……なのに、雫の遺体を渡さなかった!なぜ!」
「雫くんが拒んだからじゃ」
「嘘だ!そんなはずない。あいつは、俺のこと「本当じゃよ。わしは嘘をつかん」」

皇帝は、決して表情を見せず。淡々と怒りの感情をチラつかせる彼の話に耳を傾ける。
彼を拘束する鎖の先には、重りがいくつか垂れ下がっていた。正座した足が痺れても下手に動けないようにされている。それなのに、表情は崩さない。

「おい、まこと。こいつが俺らを引き裂いたんだぜ」
「……皇帝が?」
「こいつがいなけりゃあ、俺はお前と一緒に……母さんとも一緒に暮らし続けられていた」
「……」
「今更それを弁解しにでも来たのか?こんなところまで」

まことは、そんな父親の怒りを静観している。きっと、何か薬でも入れられているのだろう。いつものあのにこやかな彼はいない。ただ、ひたすら目の前で何が起きているのかを考えている様子だった。

「それに、雫くんを殺したのはお主の組織の人間じゃないのかの」
「うるせぇ!んなこと知ってんだよ、クソジジイが!!」
「なんと!知っていたのか」

皇帝の態度が気にくわないようで、彼の頬を魔法で容赦なく叩くシン。しかし、皇帝は蚊に刺されたかのように涼しげな顔を披露していた。それがまた気に食わないようで、舌打ちが返ってくる。先ほどから、そんなやりとりが続いていた。

「減らず口が……」
「まことくん」
「……」

シンのつぶやきを無視した皇帝は、まことの方へと視線をやる。
それを焦点の合わない瞳で覗いてくるまことは、やはり何かに操られている。ボーッとした表情は不自然なものなのだ。

「戻るなら今のうちじゃぞ。ゆり恵ちゃんも早苗ちゃんもユキくんもみんなお主がいなくなったら悲しむ」
「……悲しむ。悲しむ?悲しいって?」

皇帝の言葉が気になったまことは、その単語を口に出して頭を働かせようと必死だった。しかし、それは叶わない。

「ははは、残念だったな。もうまことは俺のものだ。レンジュには帰んねぇよ」
「実の息子に何をしとるんじゃ……」
「俺じゃねえよ。害はないから大丈夫」
「酷い親もいたもんじゃのう」

やはり、何か薬を入れられているらしい。
皇帝の言葉に平然と返してくるシンは、どの程度息子が洗脳されているのかよくわかっているようで強気の態度を見せつけてくる。

人を洗脳させるほど強力な薬なのに、身内にこうやって簡単に使う。
その行為は、皇帝には理解しがたいもの。それほど、信頼のおけるものなのか。組織に、薬に関する研究をしている人物でもいるのだろう。

「……悲しむ」
「そうじゃ。胸にぽっかりと穴が開くんじゃ」
「……穴」

まことはその言葉が引っかかるようで、ブツブツと独り言のようにつぶやいてくる。しかし、先ほどと同様視線は浮きっぱなしだ。
これでは、いくら声をかけても届かない。

「うるせぇぞ、クソジジイが!……まこと、父さんがいればそれでいいだろう。もう少しで雫も戻ってくる。そしたらまた昔みたいに3人で暮らそうじゃないか」
「……3人」

まことは、頭を抱えてうずくまってしまう。何が正しいのか、何を信じれば良いのかわからなくなっている。皇帝は、そう感じ取った。

そもそも、死んだ人間は帰ってこない。
まことには、それすらわかっていない様子。母親の名前を聞くと、パーッと明るい表情になった。

「まことくん……。シノさんは無事じゃ。帰ってお見舞いに行こうじゃないか」
「シノさん……?あ、シノさん。シノさん、よかった。良かった」
「……」

気になっていたのだろう。情緒不安定になっているのもあり、頭をあげるとすぐに涙を流して喜ぶ。
先ほどまでの表情とは全く違うものを披露するまこと。心が壊れかかっているのか。皇帝は、これ以上は彼の心を壊してしまうと思い口をつぐんだ。

「なんだ、まこと。シノのこと気に入ってたのか」
「……お父さん知っているの?」
「知ってるも何も。あいつは俺の部下だ。だったらすぐお前のところに連れてきてやるさ」
「本当?」

口術が使われているのは、傍目から見て良く分かった。が、やはりまことにはわからないのか父親であるシンの言葉にすがってしまう。
まことの性格を知っている皇帝は、それを見て嫌悪感を募らせる。こんな彼は、彼ではない……。

「ああ、いつでも連れてきてやるさ」
「嬉しい……またみんなで暮らせるんだね」
「お前が望むならそうするさ。みんなで、な」

皇帝が口を挟む隙はなかった。

嬉しそうな表情をしたまことは、シンへと抱きついていく。
それは、側から見れば美しいほどの親子。

「まこと、寂しい思いさせて悪かったよ」
「ううん、もういい。これからはずっと一緒……」

鎖に繋がれた皇帝は、その様子を黙って見ていた。

自分が思っている結末に近づいている……。
そう、確信を得てその光景を見ていた。

          

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