純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

13:霜夜は星の瞬きを奪う




「……?」

シノは、ベッドから起き上がった。
何が起きているのか理解仕切れていない彼女は、ゆっくりと周囲を見渡す。目の前に広がっている白い空間、自身の腕につながっている細い管、その隣で電子音を響かせている大きな機械。それらは、彼女にここが病院であることを教えてくれる。

自分の身体を見ると、左足がなくなっていた。その部分には眩しいくらい真っ白な包帯が巻かれているではないか。その光景を見たシノは、何が起きたのかを理解してしまった。

「……まことさま。まことさま」

小さくそう呟くと、片膝を抱えて涙を流す。
ピッピッと、バイタルチェックの機械と一緒にシノの嗚咽がその部屋に響き渡った。


***

「……」

アリスは、電気の消えた執務室にいた。そろそろ、夕暮れになる時間帯にもかかわらず、電気をつける気にはなれないらしい。
ソファに力なく座り、目の前に置かれている冷めた桜茶を少しずつ飲んでいる。

「アリス……」
「……今宮」

そこに、いつも通りスーツ姿をした今宮が入ってきた。
声に反応して顔をあげると、周囲を見渡す彼が視界に飛び込んでくる。走ってきたのだろう、肩で息をしていた。

「……間に合わなかったか」
「10分前に行かれたわ。みんなによろしくって」
「……ちくしょう」

アリスの回答を聞いた今宮は、入り口付近で拳を固めてやり場のない怒りを口にする。その表情は、どこまでも後悔の念が込められていた。
それをソファに座って見ていたアリスは、

「今宮、座って。ミツネ様が、今宮にも桜茶を用意しておいてるわ」
「……う、ぅぐ」
「もう冷めてるけど。やっぱり冷めても美味しいわね」
「……飲む」

と、優しい声色で、泣き出してしまった今宮をこまねいた。すると、今宮は、ポケットの中に入れていたタオルハンカチで涙を拭うとソファへと歩いてくる。

「今から泣いていてどうするの」
「……ごめん」
「まだ、結果が決まったわけじゃないわ」
「でも……っ。空間魔法が間違うなんてこと、ありえない」
「それでも。結果はまだわからないじゃないの」

今宮の弱気な発言に喝を入れつつ、目の前に置いてあった桜茶を一気飲みした。

アリスは、これを淹れていたミツネの姿を隣で見ていた。
いくらでも温かいお茶を飲めたのだが、彼女がこの部屋を出て行ってしまってからしばらく動けなかったのだ。その間に、ここまで冷めてしまった。

「……ミツネ様は、帰ってくる」
「う、ぅあ……ミツネ様、ミツネ様」
「それまでは私たちがレンジュを守らないと。こちらに火花が散る可能性だってある」
「……ぐすっ」

彼は、泣き虫だ。
いつも、そう。
だからこそ、しっかりしないといけないんだと、自身に鞭を打てる。
2人は、そんな関係性だった。その関係性で、皇帝とレンジュ大国を守ってきた。これからも、そんな日常が続くと信じるしかない。

アリスは、冷たくなった桜茶を1滴も残すまいと仰ぎながら涙をこぼす今宮を見ながら、これから起こる出来事を頭の中で繰り返した。

これから、自分にとって、はたまた、レンジュにとって、歴史の変わるような出来事が起きようとしている……。


***

「ただいま」
「ユウ……」

ユキの状態が安定したのを確認した風音が部屋に戻ると、先に帰ってきていたサツキがソファにぽつんと座っていた。暖房がついていないようで、ヒヤッとした風が漂っている。なんなら、もう日が落ちているというのに部屋の電気すらつけていない。
薄暗い部屋の中、サツキは主人の帰りを待っていた。

「風邪引くよ、おいで」
「……」

風音は、部屋の電気をつけながらサツキに声をかける。
その声に応じてサツキが立ち上がるも、彼の顔を見てしまったためかその場から動けなくなってしまった。……血がべったりとついた服、泣きはらした目、疲労の表情。その全てが、サツキに罪悪感を植えつけてくる。

「さっきは怒鳴ってごめんね。サツキの立場を考えられてなかった」
「……ユウは悪くない」
「冷静になれなかったオレが悪い。サツキだって、皇帝命令で発言権なかったでしょう。言えなくて当然だよ」
「……」
「オレが、管理部って場所を受け入れられてないのが原因。もう大丈夫だから」
「ユウは、悪くないよ……」
「サツキは優しいね」

そう呟くように言った風音は、血のついている服やガスマスクを脱ぎクローゼットへと向かう。シャワーを浴びるほどの気力はないらしい。そのまま、中から引っ張り出した黒いパーカー素材の服に着替えていた。

「ぎゅーってしていい?」
「うん……。私もしたい」

彼の髪の毛にも、少量ではあるが血が付着していた。しかし、双方それを気にせずに、クローゼット前で抱きしめ合う。互いの体温が、冷たくなった身体を温めてくれる。
その温かさに気持ち良くなったサツキは、頭を彼の服へと擦り付けて甘えた。すると、風音が自身の名前を呼んでくる。

「サツキ」
「……!?」

それに反応して顔をあげると、すぐさまその額に唇を落とされる。
ちゃんと顔を見ていなかったサツキは、ガスマスクの外れた彼を改めて視界に入れることになった。フェロモンが抑えられているとはいえ、それは少々身体には毒だ。自身の顔がどんどん熱くなっていくのを感じることしかできない。

彼のスキンシップは、少々過激だ。
しかし、風音にとってはそれが普通なのだろう。何食わぬ表情でやってくるものだから、サツキもどんな表情で受け入れたら良いのかわからなくなってしまう。しかし、それは自身の心の隙間を埋めてくれる行為。嫌なことではない。むしろ……。

「……っ。ユウ、ここにして。こっちがいい」

と、溢れ出る気持ちを隠せず、サツキは人差し指で唇をさした。もっと欲しい。そう、身体が叫んでいた。
しかし、風音はそれを笑って誤魔化してきた。

「止まらなくなるからやめとくよ」
「ユウになら、良い。私、ユウとしたい」
「そういう問題じゃないよ。未成年が自分の身体を差し出すこと言わないの」
「……ムー」
「ここにキスするの、身体に良くない?」
「……やだ、止めないでよ。もっとして」
「ふは!回答になってない」

ムスッとした表情になったサツキは、彼に幼顔を曝け出す。
その15歳らしい表情を見た風音が、やっと笑ってくれた。それが嬉しくなったサツキは、またまた顔が熱くなるのを感じすぐさま隠すために彼の胸の中に顔を埋める。

「回答だもん……」
「可愛い。……なんか、サツキが15歳だってたまに忘れそうになるよ」
「どういう意味?」
「……もう少し、子どもらしくしてって意味」
「どうせ、ユキより子どもっぽい身体ですよ!」
「そういう意味じゃねえ!精神面の話してんの!」
「ふふ。わかってるよ、ユウが私の身体じゃなくてちゃんと中身を見てるのは」
「……マセガキが」

今度は、風音が顔を真っ赤にする番となった。
そのやりとりが楽しくなったサツキは、顔をあげてそんな彼の「赤さ」に笑う。

「……ユキ、どうだった?」

風音の言葉を否定できないサツキは、話題を変えた。
すると、すぐに暗い表情になってしまった風音。話題を間違えただろうか?

「……明日、退院するって」
「え!?無理でしょう!」
「まだ任務があるんだって」
「……無理だよ。なんで、ユキばっかり」
「……全部が終わったらちゃんと休ませるから。今は、あいつの背中押してやって」

いつの間につけたのだろう。暖房の温かい風が、サツキを包み込む。無論、抱きしめ続けている彼の体温も。

サツキは、自身が身を置くこの場所の「冷たさ」を感じずにはいられない。自身の今までの行動によって、誰かが大きく傷ついてしまうという場所に。
しかし、今は1人ではない。隣には、風音がいてくれている。きっと、彼ならこうやって対話を繰り返して自身のやるせない感情も受け入れてくれるだろう。たとえ、それが甘えだとしても「15歳だから」と彼が許してくれる。

「わかった。……ユウも無理してたら止めるからね」

そして、自身が2人のストッパーになれば良い。
そう心に決めたサツキは、やっと風音から身を離した。もう、不安になることはない。

「ありがとう。しばらくは、天野についていくと思う。サツキは、桜田と後藤を守ってやって」
「……まことくんは?」
「……真田は、組織に行ったよ」
「そう……。間に合わなかったもんね」
「父親がいるんだって?どっちが真田にとって良い環境なんだろうな」
「それを決めるのは、まことくんなのかもね……」
「うん。オレらが口を出して良い問題じゃなくなってきた」

とは言え、サツキはまことが洗脳されることをわかっていた。自身がそうだったように、少しずつ。
そのせいで、彼の良心がなくなってしまったらどうなるのだろうか。組織の目的に賛同し、悪の道に進んでしまったら……。いや、それならまだ良い。いつか、その環境に疑問を抱き組織に逆らうような行動を取ってしまう方が、ずっとずっと怖いこと。

「ゆり恵ちゃんと早苗ちゃんは、私に任せて。私だって、「影」だもん。なんだってやれる」
「無理はしないこと」
「しない。だから、ユウは必ずユキと一緒に無事で帰ってきてね」
「ん。わかった、約束する」

風音は、目の前で石を不規則に点滅させてくるキメラを……いや、サツキを見た。
彼女は、本当に人間のようにコロコロと表情を変える。その石の輝きを無視すれば、人間と同じだ。いや、それ以上に感情が豊かなのかもしれない。この表情をさせるためなら、なんだってやってみせる。そう思ってしまうほど、彼にとって魅力的なものだった。

そんな彼女が愛おしくて仕方ない風音は、目の前で奮闘すべく気合いを入れているサツキの頬に手を添える。すると、すぐに気持ち良さそうに擦り付いてきた。
そして、

「好きだよ、ユウ。あなたが、好き」
「……知ってるよ、マセガキさん?」

2人は、しばらく互いの顔を見て笑った。少しずつではあるものの、双方新しい生活になれつつあるようだ。

しかし、それは開戦前の穏やかな日常のワンシーン。
迫りくる得体の知れないものを拭い去るように、2人は笑い顔を披露する。


          

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