純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

11:帰り花は炎に焼かれる①


『いけそうか?』
『んー、やってみないとなんとも』
『まあ、そうだな』

今回、ユキが潜入捜査を任された直後の話である。
その捜査には、色々と下準備が必要だった。

管理部専用棟の手術室……サツキが魔力を入れ爆弾解体を施した場所には、検査衣を着た少女ユキが手足や首に枷を取り付けてベッドへ縛り上げられている。
その隣には、皇帝と千秋がおっとりとした表情で立っていた。それに、一歩下がって気乗りしない表情のサツキの姿も。
千秋は、術衣に身を包み皇帝の質問にいつもの軽い口調で答えている。

『……最低限のことだけやってね』
『オッケ〜、任せてよ』
『……本当にわかってる?』
『わかってるって〜、しつこいと解剖するよ?』

これから行なうことを知っているのにもかかわらず、なぜ彼女はこんなにも軽い口調で話せるのだろうか。本質を理解しているのか心配になってしまったユキがそう確認するも、顔面にメスを突き立ててやはり軽い回答しか返ってこない。
それを、オロオロと見守るサツキ。メスとの距離が近すぎるので、気が気でないのだ。

『これ、余計なことはするでない』
『はーい』

流石の彼女も、主人には従順のようだ。皇帝の言葉で、千秋は素直にメスを下ろす。
本当にやりかねないので、一同はホッとした表情になった。

『失敗したらごめんねぇ、ユキ?』
『故意に失敗させないでくださいね……』
『それはしないよ〜。ユキと遊べなくなるのは嫌だもん』
『……本当にわかってます?』
『わかってるさ〜。始めるよ』

きっと、その「遊ぶ」もロクな行為ではない。ユキが再度そう確認してしまうのも、致し方ないのだ。それほど、千秋には緊張感と言うものがない。……いや、人の命を預かる身として、こうやって軽口を叩けるくらいの方が良いのかもしれないが。
ユキの疑い深い発言にニヤニヤする千秋は、鼻歌を歌いながらがっちりと固定された彼女の口に布を噛ませる。その表情は、今にでも絶頂を迎えるのではないかと思わせるほど恍惚と輝いていた。

『……』

彼女の言葉に、ユキは覚悟を決めてこくんと頷く。
すると、皇帝の手によってサイドテーブルに無色や水色の石が並べられていく。ビー玉のような小さいものから、手のひらでは収まらない大きさのものまで。

……これは、蛍石。サツキの中に埋め込まれているものと一緒の石。

『解放』

そして、千秋の手には魔法省で保管されているはずの禁断の書『七ツの因果律』。

書が光りだすと、ユキは痛みに備え、手のひらに力を込めて歯を食いしばった。
布の無機質な味が、口の中いっぱいに広がる……。


***



「……先生」
「やあ、終わったかい」

ドアノブを開けると、八代が丸椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。挽き立てなのだろう、豆の香りが”サツキ”の鼻まで届いてくる。

「……はい」
「こっちにおいで。……そう、そこのベッドに横になって」

こくんと頷くと、ユキは八代の方へとゆっくり歩いて行った。その足取りは、”サツキ”そのもの。この日のために、彼女は歩行訓練も受けている。

その様子を横目に、八代は飲みかけのコーヒーをベッドのサイドテーブルへ置き、あらかじめ用意していたのだろう薬と注射器を持ってくる。注射器に薬を注入するのを見ながら、ユキは指示に従いベッドへ身体を倒した。すると、すぐに消毒液特有の香りが鼻をくすぐってくる。不快ではないのだが、落ち着く匂いではない。
近くにあったライトをつけた八代は、その手に持っている注射針を光にかざして薬の量を調整する。その間、鼻歌なんか歌う始末。……何だか、千秋と似たものを感じてしまう。

「……カイトくん、結構飲んだねえ」
「最近あげてなかったので」
「うんうん、そうだねえ。キメラの血は吸血鬼と相性良いから飲みすぎちゃうよね」

調整が終わったのか、次は”サツキ”の身体を舐め回すように観察してきた。首筋の傷を指先で撫でるように触ってくる。

「……っ!」
「うーん、その表情いいよ。すごくそそる」

くすぐったさとなんとも言えない感情が、”サツキ”の表情を作り出していく。
しかし、自身がどんな表情をしているのか、ユキにはわからない。顔が熱いのを感じるも、自分ではどうしようもないらしい。

「先生、早くして……」
「わかりましたよ、私の可愛い21号」

八代は、片手で”サツキ”の服のボタンをひとつずつ丁寧に外していく。そして、すぐさま蛍石に手を伸ばし、人差し指でその上をゆっくりと確かめるようになぞってきた。

「……あっ」

すると、全身に電気が走ったように身体が跳ね上がる。その反動で、ガタッとベッドが大きな音を立てた。それほど、石に触れられると衝撃が大きい。
そして、次の瞬間……。

「うぁ……んぅ。ん、ん」

ユキの全身に、じわっとした温かさが広がっていく。まるで、身体をめぐる血液が沸騰しているかのような「熱さ」に近い。しかし、それ自体に不快感はない。むしろ、秘部を弄られているかのような気持ち良さが襲ってくる。

これが、石の力なのか。
”サツキ”は、千秋に埋め込まれた蛍石を光らせながら身体を陸の魚のようにのけぞらせることしか出来なかった。自身の身体のはずなのに、その感情がどうしてもコントロール出来ない。

「良好ですね。じゃあ、行きますよ」
「……あ、あ」

そんな”サツキ”の様子に満足そうに頷くと、八代は服のボタンを戻しそのまま腕に注射器を近づけてくる。
息の乱れた”サツキ”は、その様子をぼやけた視界の中見ていた。避けようにも、身体が動かない。

その快楽の感情は、ユキが想定していたものよりずっとずっと強力だった。「感じている演技」が必要だと思っていたが、それよりも理性がいつまで続くのかの心配が必要そうだ。

「……っ」

腕に刺された針から、身体の中に薬が投入された。薬の冷たさに一瞬だけ痛みを覚えるが、それもすぐになくなる。針が皮膚から離れると、

「……終わりましたよ。起きれますか?」

八代の声に反応し、ボーッとする身体を無理やり起こすユキ。なぜか、彼の声に従わなくてはいけないと言う感情が優先して働く。

「誰にものを言ってるの?早く行こうよ」

……この声は、誰が発しているのだろうか。自分の声なのに、それは遠くから聞こえていた。それに加え、自身が発したいと思っていない言葉が溢れ出てくる。少しでも気を抜けば、何らかの機密情報を伝えてしまいそうだ。麻薬や自白剤の類でも入っているのだろうか。
サツキの大人姿を見ているユキは、その薬で身体の変化を覚悟するも、そのまま。何か、他に条件があるのか。それとも、薬の種類が違うのか。

「わかりました、お姫様」

”サツキ”の豹変した態度に悦び、跪いて手を差し出す八代。
彼の手は、触れるとほんのり温かい。握り返すと、立ち上がる手助けをしてくれた。

「リーダーのところ、行きましょう」

完全に立ち上がると、自ら八代の手を離してラボの入り口に向かう。この足も、誰が動かしているのか定かではない。まるで操り人形のように、ユキの身体を動かしてくれていた。

「わかりました。行きましょうか」

2人は、そのままラボを後にした。
扉がゆっくりと閉まると、その部屋には再び静寂が訪れる……。


          

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