純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
10:薬喰いと毒喰い
「……おや、21号じゃないですか」
「……八代先生」
「…………」
“サツキ”の目の前に立ちはだかるのは、2人。
1人は、サツキにしか心を許していないカイト。ユキの苦手としている吸血鬼一族で、先ほどから瞳を赤くして威嚇を繰り返している。
もう1人は、サツキを造った張本人であろう「先生」。ユキの見間違いでなければ、タイル皇帝の付き人である八代と言う人物だ。禁断書を開いているということは、それだけぶっとんでいる人と見ておいた方が良い。並の精神力で開けるものではないため。
「……(どうする、どうする)」
ユキは、全身の血がサーっと下がるのを静かに感じていた。
頭をフル回転させても、「誰かを倒す」という方法しか打開策が見つからない。それは、任務遂行の為にも今は避けないといけない。
かといって、今逃げてどうなるのか。同じく、任務は失敗に終わってしまう。
「私の可愛い21号、おいで。そろそろ薬が切れて苦しいでしょう?」
「……」
そんな、顔面蒼白であろう“サツキ”を気にしていないように、手を伸ばしてくる八代。何を考えているのか定かではないほど、無表情で話しかけてくる。
彼も、サブメンターの1人だった。絆が切れているのは、承知のはず。それでも、なぜか今までの行動を咎めることはない。それが、“サツキ”になったユキに不気味に映った。
覚悟を決めて口を開こうとした時。
「……先生、僕もう我慢できないから先に食事させて」
「っ……」
と、カイトが間に入り込んできた。“サツキ”を庇うかのように前へ立ち、八代と対面する。
下手に口を開かない方が賢明と判断したユキは、その行動を見守ることにした。……とはいえ、近くにいる彼の体臭が鼻をくすぐってくる。吸血鬼特有の甘い香りは、少々女性にとってよろしくないもの。目がチカチカしてくるのは、止められるものではない。
「……そうかそうか。じゃあ、奥使って良いよ。終わったら薬入れて枝垂のところ行こう」
そう言って、奥の扉を指差す八代。
先ほどは気づかなかったが、この部屋の壁には数カ所ドアがあったようだ。指の方向を目で追うと、そのうちの1つにつながっている。
「行こう。付き合って」
「……うん」
カイトに抵抗せず、腕を引かれてその扉へと歩き出す“サツキ”。後ろでは、八代がニコニコしながら手を振っている。逃げられる状況ではない。
“サツキ”は、できるだけ周囲の様子……所々にある乾いた血の跡を視界に入れないよう下を向きながらカイトについて行った。後ろ姿でもわかるのだが、以前見た初々しさすら感じる彼はもうどこにもいないらしい。鋭い殺気に似たものを張り巡らせ、いまだにその身で威嚇をしている。
「……ここ、入って」
「……」
ガチャリと目の前の扉が開かれると、先ほどの部屋同様ベッドの山が目に飛び込んできた。この中の1つがサツキの「部屋」なのだろう。同じく、エタノールの臭いが充満しており少々居心地が悪い。
カイトは、丁寧にドアを閉めて鍵をかけると、改めて”サツキ”を睨んできた。
「ありがとう」
「……ここ、カメラも何もないから身体変化といて」
お礼を無視し、カイトが静かに言葉を発してくる。いや、それは命令に近い口調。
ユキは、その言葉に逆らわず少女の姿に戻った。しかし、彼はその容姿について言及はしない。
「……サツキはどこ」
と、彼はあくまでも関心はサツキにしかないようだ。それほど大事に想っているのか、それとも……。
「安全な場所にいます。もう、傷つくことはない」
「……嘘ついていたら、どうなるかわかってる?」
「わかっています。一度助けてもらったんです。嘘はつきません」
「……そっか」
ユキの言葉をすんなり信じてくれたようで、すぐに雰囲気の柔らかくなった彼が現れる。瞳の色が、だんだんと黒に染まっていく。
周囲の殺気が緩み、ユキは肩の力を抜いた。
「怖がらせてごめんね。君を傷つけたいわけじゃない」
と言って、ユキの頭を撫でるまでに態度が激変する。
カイトは、サツキと繋がりのある人物を手放したくなかった。
どんな状況下で生活しているのか全く検討もつかなかった故、こうやって彼女の安否確認ができるのは何よりも嬉しいもの。
しかし、そんな関係性をユキが深く理解しているわけもなく。
「……信じるんですか?得体の知れない人のことを」
「僕には、吸血鬼の血が流れてる。記憶読みは、得意だよ」
「……忘れてました」
そうだった。
彼ら一族は、血を飲んでその人の記憶を読み取る能力を持ち合わせている。ユキが自身の身体を確認すると、掴まれていた腕部分に傷口を発見した。そこから、血をとったのだろう。
「僕は、サツキが無事ならそれで良い。君の目的は?」
「……それも、読んでいるでしょう」
「できれば、君の口から聞きたい」
と、譲らない。観念したユキは、
「……レンジュ皇帝の命を受け、この建物とサツキちゃんに関する情報を取ってくるのが目的です」
と、任務内容の一部のみを話した。
吸血鬼とはいえ、記憶読みスキルがどこまで正確なものなのか、ユキには判断がつかない。故に、こうやってカマをかけて探るしかないのだ。ユキは、まだ目の前の彼を信頼した訳ではない……。
「うん、信じるよ」
「ありがとうございます。それが終われば、あなたのことも他の人も傷つけず、私はここを去ります」「できるだけ、手伝う。その代わり、サツキのことお願い」
「……わかりました」
「サツキのメンター結んだ相手が、君でよかった」
「成り行きです。あの子は、こんな地下室よりも地上の方が合う」
「僕もそう思う。……行きたいところ案内するから、サツキの姿に戻ってくれる?」
「……そのお礼、先払いしても良いですか」
「……っ」
本来であれば、彼の提案に乗るべきだろう。しかし、そうしてしまえば1つだけ任務が遂行できない。
ユキは、彼の目の前で自身の首筋を流れる動脈を素早く魔法で切った。すると、カイトの瞳が鮮明な紅に染まっていく。吸血鬼は、女性の……特に、自身よりも若い女性の血液を好む。好物をこうやって目の前で見せつければ、襲いかかってくるだろう。
「……あ」
案の定、表情を一変させたカイトが瞳孔を見開き間髪入れずに小さなユキの身体を手短なベッドへを押し倒してきた。
その手は、素早くユキの身体を弄り愛撫をしてくる。
「ん、ん……。あまり触らないでくださっ……」
「……」
そして、すぐさま鋭い牙と柔らかい舌が出血している箇所へと押し当てられた。それは、冷たく、生温かい。
硬いベッドの上で背中が痛むも、それはえぐられている傷口の痛みとは比べ物にならない。ユキは、必死に意識を保とうと真っ白な天井を見据える。
「……」
「……ごめんなさい」
すると、突然カイトが意識を失ったかのように前のめりに倒れ込んだ。どうやら、本当に気絶している様子。ユキが服を整えながら彼をどかし起き上がっても、ベッドへと意識なく倒れ込んでいる。
ユキは、吸血鬼対策として自身に毒を盛っていた。それが、彼の体内へと入ったのだろう。
千秋から事前にもらっていたその薬は、しばらく吸血鬼の意識を朦朧とさせる。
「……サツキちゃんのことは、お任せください。でも、私にはやることがあるんです」
「……サ、ツキ」
「私も、あなたを……サツキちゃんの大切な人を傷つけることはしたくない」
「……」
首筋を血塗れにしたユキは、小さな声でそう言うと先ほどいた部屋へつながっているドアへと足を進める。パチパチと音を立てると、その身を再度”サツキ”へと変化させた。
動けなくなってしまったカイトは、その後ろ姿を見送ることしかできない。
***
「彩華、いるかの」
「なあに、お父様」
深夜。
彩華が自室で書き物をしていると、父親である皇帝の声が聞こえてきた。彼女は、その声を聞くとペンを机の上に置く時間も惜しいかのように持ちながらドアへと向かう。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「今日は冷えるからのう。差し入れをと思ってな」
と言って、皇帝は娘に赤いひざ掛けを渡す。まだ執務が残っているのだろう、その身は部屋着姿の彩華と違ってどこにでも出かけられそうな正装である。
「……ありがとう、お父様!綺麗な色ね」
突然の出来事に驚くも、膝掛けを受け取る彩華。こんな用件で、父親が部屋を訪れたことはなかった。いや、別の用件でも訪れたの最後いつだったか。思い出せない。
しかし、理由は聞かない。赤いひざ掛けを受け取った彩華は、すぐさま広げて模様や大きさを確認し嬉しそうな表情をする。そこからは、ふんわりと良い匂いが漂ってきた。
「……ミツネが編んだひざ掛けじゃ。大事に使ってくれ」
「え、お母様が……?」
それを聞いた彩華は、ペンを部屋着のポケットにしまうと持っているひざ掛けをまじまじと見つめる。
確かに、これは母親であるミツネが好きな色のひとつだった。彩華は、赤と黄色が好きだった今は亡き母親の姿を思い浮かべる。
「……もう遅いからそろそろ寝るのじゃ。明日はちゃんと起きるのじゃぞ」
その様子を見て、微笑む皇帝。
その顔は、「親」そのものだった。
「はい、お父様。お父様もほどほどにね」
「彩華は優しい子に育ったのう」
嬉しそうに彩華の頭を撫でると、「おやすみ」と一言。そのまま、自室に繋がる廊下を歩いて行ってしまった。
「……お父様?」
皇帝の後ろ姿が、なぜか脳裏に焼き付く。なぜ、今母のひざ掛けを渡しに来たのか。やはり、聞けばよかったと後悔しても、今更遅い。
彩華は、ひざ掛けを抱きしめてしばらくそこから動けなかった。
          
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