純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

9:隼が狩りを覚える①



それは、12年前のことだった。
ミツネは、今でもその光景を鮮明に覚えている。忘れるわけはない。
だって、その出来事は、自身の首をどこまでも残酷にジワジワと時間をかけて締め上げてくるものだから。

『この子を助けてください』
『……』

その女性は、夫であるサクラ……レンジュ大国を背負う皇帝の知り合いだったらしい。
赤子を抱えた彼女は、当時皇帝の側近であった天野イチとななみから鋭い殺気を向けられても、武器を向けられてもなお、夫の前に跪いて「それ」を訴え続けた。
すでに親という立場になっていたミツネは、その光景が残酷に映る。

目の前では、「母親」が懸命に「子供」を守ろうと訴えかけている。
それが、到底無理な願いでも。
抱えている赤子以外に絶望が待っていた出来事でも。
懸命に、我が子を守るために、それを訴え続けた。

『あの人は、変わってしまった。あんなに家族思いだったのに……。もう、私の手には負えません』

まだ、首がすわっていない赤子だった気がする。彼女が少しでも動くたび、危なっかしいほどにその子どもはグラグラと揺れ動く。それに、何度手を差し伸べようと思ったことだろう。しかし、隣で無表情を決め込んでいる皇帝は微動だにしない。夫が動かなければ、妻は動いてはいけない。ミツネは、なぜかそう思ってしまった。
自身も、非情な雰囲気を作り出す1人であることを認めざるをえない。
赤子は、その空気を感じ取っているのか、母親の匂いに安心しているのか、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。

『ごめんなさい、ごめんなさい。でも、この子だけでも。国を滅ぼす前に……』

母親はただただ必死に、腕の中ですがりつくように息をしている赤子をぎゅっと抱きしめ続けていた。それは、彼女にとって最後の拠り所だと言うかのように。

『……』

そんな彼女を、レンジュ皇帝とイチ、ななみが冷たく見下ろす。どんなに必死に訴えたところで、この表情を見れば誰でも諦めるだろう。そのくらい、非情な空間だった。
母親の気持ちがわかってしまうミツネには、どうしてもその空気に乗っかれなかった。ただ1人、非常になれない自身を呪うだけ。

ミツネにも、目の前で訴えかけていることが到底受け入れがたいものだと理解していた。
しかし、母親になれば誰だって我が子を守るためにこうするだろう。それがわかってしまうため、辛いのだ。この空間自体が。

『お願いします。……お願いします』

それでも、「母親」であることが彼女の原動力になっているとでも言うように、赤子を抱く力を抜かずに懸命に訴えてくる。その瞳に、涙はない。
この現状が悲しいのではないのだ、この人は。本当に、子どもを守ろうとしているだけ。
……国を滅ぼすほどの力を持って生まれてしまった我が子を、必死に。

『……お願いします、皇帝。私はどうなっても良いんです。今、禁断の書を開かれたら……この子は……』

それを聞いた皇帝が、静かに立ち上がった。
そんな夫の行動が悪夢の始まりであったことなど、その時のミツネには知る由もない。



***



「あれ、サツキちゃんじゃない?」
「本当だ」

ユキが……いや、彼女が身体変化した”サツキ”が建物の入り口に立つと、早速見張りの男性が2人出てきた。服で隠してはいるが、懐には魔法界で違法とされている改造拳銃が2丁ずつ。ここが、サツキのいたアジトで間違いないようだ。
それを素早く探知魔法で確認した”サツキ”は、

「潜入捜査を完了して戻ってきました」

と、何食わぬ顔をして敬礼をした。

「あん?そんなの聞いてないぞ」
「リーダーの指示です」
「ちょっと待って、確認を……」

と、1人の男性が外部の人間にテレパシーを送ろうとする。それを止めるため、”サツキ”は青いテレパシー魔法を展開しようとしている彼の手をギュッと握った。

「……私の言うことが信じられないんですか?」

そう言って、あざとく谷間を覗かせて涙を流す”サツキ”。
元々、本物のサツキに谷間はない。これは、ユキが作り出しているただのお色気道具にすぎない……。
さらに、いつもいたずらで使っている溢れ出す色気を巧みに扱い、見張り役の男性を翻弄し始める。案の定、見張り役はあたふたとしながら目を泳がせているではないか。

「い、いや。そんなことないけど……なあ」
「ああ、全然そんなこと……いや、でも一回確認を」
「……ぐすん。やりたくもない潜入操作で風音の坊やに身体弄ばれて。もう、私は汚れちゃったの?もう、組織の一員じゃないの……?」

ここに、風音がいたら間違いなくユキに強めのゲンコツを数発食らわすだろう。が、本人はいないのでもちろん彼女は無傷だ。

悲劇のヒロインのごとく、弱々しい声を出して同情を誘う”サツキ”。
よく見ると、身体のあちこちに小さな傷や内出血の跡があるではないか。さらに腕には、縛られていたことを印象付けるような痛々しい真っ赤な傷ができていた。
先ほどまではなかったのに、いつの間に作ったのだろうか。

「そうだったのか……辛かったな」

と、コロンと騙された見張り役が”サツキ”の頭を優しく撫でてくる。その行為を気持ち良さそうに受け入れ、うっとりとした表情でもう1人の男性を見た。両方、色気で仕留めるつもりらしい。

「……っ」

儚げな表情が、もう1人の男性を直撃する。その「悲劇のヒロイン」ぶりに落ちない男性はいないだろう。

「……こんなにキスマークつけられちゃって」

と、色気に酔っ払ってしまったのか”サツキ”を強引に抱き寄せ建物の中へと導いてくれるではないか。”サツキ”も”サツキ”で、特に抵抗もせずその行為を受け入れ歩き出す。
これで、彼女の思惑通りに建物への侵入が完了したことになるのだが、もっと良い方法があったのではないかと思わせてくる。……どうやら、半分は遊びでやっているらしい。

いや、そうではない。
ユキは、”サツキ”に化けてもバレないかどうかをこうやって確かめているのだ。事前に性格や仕草を熟知していても、いざ見知った人に会うのは不安なのだろう。故に、どこまでなら許されるかのボーダーラインを探っているらしい。……やりすぎないことを願うばかりである。

「あなたたちが上書きしてくれる……?」
「……っ!!」
「……っ!!」

と、トドメの一撃のごとく耳元で囁くと、男性2人の身体が硬直した。

「私、一日中ベッドに縛り付けられてて……風音の坊やが私に……怖かったの、でも潜入捜査だから我慢するしかなくて」
「もういい、話さなくて良い」
「辛かったな、風音のクソ野郎……疑って悪かったよ」
「俺が上書きしてやろうか」

と、”サツキ”が話せば話すほど、男性2人は目の前で泣き崩れそうな彼女へ同情を寄せる。これが偽物だと、疑う余地はもうないだろう。
片方の男性なんか、性欲を突かれたのか瞳の奥がギラギラとしているではないか。

「やめろ、枝垂さんの女だぞ」

それを、もう1人が制止する。その慌てぶりから、枝垂という人がトップで間違いないらしい。サツキから事前にもらっていた情報も、こうやって確認し確実なものに変えていく。

「……ねえ、リーダーはどこに?」
「枝垂さんなら、会議室に入っていくのを見たよ」
「早く行け、襲っちまいそう……」
「だから、やめろって!殺されるぞ!」
「わかってる!」

根は優しいのだろう。2人は、”サツキ”をまるで家族のように次々と優しく抱きしめ、背中を押してくれる。それへ答えるように、双方の頬へとキスをして、

「ありがとう!」

と、”サツキ”はとびきりの笑顔で別れを告げて走り出した。

ここの内部の地図も、事前にサツキからもらっている。全てではないにしろ、いくつかの監視カメラの位置も。今のところ、その情報も一致していた。
鼻血を出した2人の見送りが見えなくところまで走ると、”サツキ”は身体の傷を一気に消した。

「あーちょろいちょろい」

……その姿は、完全に悪役である。

ユキは、そのまま"サツキ"の格好で堂々と通路を歩く。たまに組織の人とすれ違うが、「お疲れ様です♡」で乗り切るところは度胸がないとできないこと。しかし、管理部の過酷な任務を数多くこなしている彼女にとって、それは序の口だった。

元々、サツキは自室からあまり出なかったらしいので、顔を覚えている人は少ない。だからこそ、下手に声を掛けられないのだ。それも計算済みだった。

「(枝垂の前にもう1人の先生を確認しないと)」

枝垂に近づけば、身体変化はバレないにしろすぐにこの存在に気づくだろう。見張りのように甘い人間ではないことは把握済みだ。用心しないといけない。
探知魔法によって、この建物内の魔力放出具合は確認済み。膨大な魔力を持つ人間が、奥の部屋にいることはわかっていた。
きっと、そいつが枝垂だろう。そこに近づかなければ、この建物の中は自由に闊歩できると思って良さそうだ。

「……ここかな」

ユキの計算通り、ここまでノーマークで移動できた。監視カメラも、あってなきもの。魔法でどうにでもなる。

目の前には、「Labo」と書かれた扉があった。ここが、きっとサツキの自室だ。小さくつぶやき、扉に手をかざすも、特に魔法がかけられている様子はない。
"サツキ"は、安心して扉を押して開けた。

「……」

そこは、本格的な実験室だった。何かの薬品だろう、きつめの臭いが鼻につく。
おびただしい数のスチールベッドが敷き詰められていて、よく見るとベッドの所々にはドス黒いシミが。床にも、点々と跡を残している。
魔力が微かに残っているところを見ると、最近ここで解体された人間がいるのだろう。

「(吐き気がする)」

それは、殺人現場と同じもの。あまり、良い気はしない。
長居はしない方が賢明だろう。”サツキ”は、手取り早く近くにあった書類や、ラボの背景などを脳内へ魔法でコピーしてデータを自身に保存した。そして、素早く次の部屋へ移動するため、出口へと向かう。しかし……。

「……あ」

一番遭遇してはいけない人物と会ってしまった。”サツキ”は、一瞬だけ「まずい」という表情を出してしまう。

「サツキ?サツキなの?」

そこには、瞳を赤くしたカイトがキョトンとした表情で立っていた。

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