純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

8:梟はヒナを連れ去る



あれから演習を2回、任務を1回こなした次の週のこと。

ユキはレノンド国にいた。
それは、タイル国を超えた先にある国。統治している皇帝が難病を患っていることもあり、雑踏とした無法地帯と化している。サツキがここに居たとの情報を得たユキは、管理部から発行されたとある任務によってこの場所に立っていた。
彼女の視線の先には、灰色に覆われた建物がひとつ。無機質なそれは、他の建物よりも小さいはずなのに隠しきれない存在感を醸し出していた。

「……」

その建物を確認すると、通行人の誰にも気づかれないよう身体変化をする。パチパチと音が鳴ると、ユキ身体がサツキそのものになった。
無表情の”サツキ”は、そのまま目の前にそびえ立つ建物へ向かって足を進める……。


***


「まことさま」

少し気温が低くなってきて、肌寒さを感じるようになった夕方。まことは、自室で座学に励んでいた。
すると、ドアからはノック音と共に家政婦であるシノの声がする。

「……はい」

ちょうど、数式を解いている途中だったこともあり、返事をするまでに間が開いてしまった。しかし、律儀な性格である彼女は待ってくれるだろう。

「今行きます」

まことは、暖房の風があまり好きではない。なので、今日も部屋は寒いまま。今の季節なら、まだ服を着込んでいれば彼の中で問題はないらしい。これ以上寒くなっても、毛布を被るだけ。
返事をしながらドアまで小走りに移動すると、寒さでかじかむ手でノブを回す。案の定、シノは背筋をピンと伸ばしてまことを待っていてくれていた。

「失礼します。……またこんな寒いところで」
「熱風の空気が好きじゃなくて」
「……雫さまもそうでしたね」
「へぇ、シノさんからお母さんの名前が聞けるなんて珍しいね」
「……失礼しました。これ、膝掛け使ってください。夕飯の買い物に行ってきます」

別に、咎めたわけではない。が、シノにはそう受け取ってしまったようだ。
ここで謝るのも違うと思い、何も言わず、

「……今日は何?」

と、ひざ掛けを受け取りながらまことは話題を変える。

「今日は、寒いのですき焼きにしようかなと思います。セントラル街道を抜けた角のスーパーで牛肉が安いんです」

シノは、家計のやりくりのために地区内全ての食材調達店舗を把握している。特に家計が危ういわけではないが、彼女なりに真田家を支えているのだろう。
そのやる気は、さすが家政婦。さっきまで掃除機や雑巾で家中掃除してたのに、どこにそんな体力があるのかと思うほどシノはよく働く。

「僕も行こうか?」
「……いえ、外は寒いのでお家にいた方がよろしいかと」
「わかった……。お願いします」

まことは、荷物持ちに行きたかった。しかし、シノは絶対にそんなことをさせてくれない。今までも、どんな頼み込んでも首を縦に振ったことはない。

「はい、お待ちください」
「……」

一礼し、シノはそのまま部屋を出ていってしまった。

「……珍しいな」

いつもは、こんなこと聞かない。ご飯が出来上がってからしか、声をかけないのだ。
本当は、何か他に言いたいことがあったのではないか。そう思ったが、まことには心当たりがない。

「さっきの続きやろ」

机に座り、途中になっている問題の続きをしないといけない。アカデミー時代のように宿題はもうないのだが、その名残で彼は下界になっても問題集を解いて机上の勉強を欠かさないのが日常だった。やはり、身体を動かすよりもこうやってペンを動かしている方が、彼には合っているようだ。

「……っ!」

そんなまことがペンを手に持つと、頭痛が容赦無く襲ってくる。
最近、1日の間に半分以上の魔力を消費すると、頭痛が起こるようになってしまった。特に、演習の日は家に帰ると必ず痛む。今日風音に相談しようとしていたのだが、忘れてしまった。

「……」

何かの拒否反応のように感じるそれは、偏頭痛に似ていて目を瞑ってジッとしているとなくなっていく。弱まる痛みに、深呼吸をして身体を完全に落ち着かせると、再度ノートに向かう。

その時だった。
部屋の明かりが一斉に消え、瞬時に暗闇へと変わっていく。

「!?……いて」

突然の出来事に驚いたまことは、ガタッと椅子を引いて立ち上がると、前のめりになってお腹を机にぶつけてしまった。魔法界において、停電というのは珍しい。常に電力と共に魔力が流れているため、電気を安定して送られるシステムなのだ。
まことは、ぶつけた腹部をさすりながら目が慣れるのを待つ。こういう時、下手に動く方が危ない。

「……」

どうやら、ここ一帯で停電らしい。
窓から外を覗くと、他の家の明かりも消えていた。先ほどまで夕暮れに染まる雲が広がっていた空には、月が輝いていた。……どういうことなのだろうか?

「まことさま……!」

ガチャっとドアが開く音が響くと、シノの慌てた声がする。
その方向を見ると、彼女の胸元から青い光が瞬いているのが見えた。懐中電灯だろうか?

「僕はここだよ」

まことは、シノに居場所がわかるよう声を出した。
すると、

「よかったです。まことさま、こちらへ」

と、安堵したような彼女の声が聞こえる。
あまり動くのも良くないと思ったが、

「わかった」

と、彼女の声がした方に向かう。幸い、何にもぶつかることなくドア付近まで来れた。自分の部屋なので、家具の配置場所は熟知している。

「停電?」
「いえ、よくわからないです。急に空も暗くなってしまい」

シノの手を握ると、温かい体温がまことに流れてくる。が、その手は少し震えていた。
彼女も怖いのだろうか?まことは、何も言わずに握り返す。
通常、停電になったら緊急時のバッテリーが作動して電気が流れるはず。しかし、今は何も起きない。

「なんだろうね。少し待とう」
「そうしましょう。さあ、リビングにライトがあるのでご一緒に」
「……いや、しばらくつかねえよ」
「!?」

まことの部屋の窓辺から、不意に男性の声がする。その声に反応するように、なぜか素早くシノの手が離れた。

「旦那さま……」
「よお、元気にしてたか?」
「……お父さん?」

そこには、まことの父親である真田シンが立っていた。月の光を背にしているため、表情はわからない。
窓辺から入ってきたのだろう、開け放たれたそこからは外の風が入り込んで来る。それは、夏にしては少々冷たさを覚えるもの。

「旦那さま……どうして」

シノは、震えた声で疑問を投げかける。それは、隣にいたまことにも伝わってきた。
思わず、まことは彼女の手を探して握ってやろうと探す。しかし、シノの手には辿りつかなかった。

「……シノ、お役目ご苦労だったな」

その声は、今まで聞いたことがないほど冷酷なもの。父親の記憶がさほどないまことは、背筋に冷たい何かが走るのを感じた。
思考が停止していると、ヒュン、と耳元付近を何かの音が通り過ぎる。

「………い」
「え?」

それと同時に、まことの耳元でシノが何かを呟いてきた。
聞き間違いかと思い聞き返そうとするが、バタッと何かの倒れた音に気が逸れる。数秒たってから、シノが倒れた音だと理解した。
それと同時に、まことの足裏に生温かい液体が触れる。

これは、なんなのか。彼の思考が止まってしまう。

「まこと、ひとりにして悪かったな。これからは父さんと一緒だよ」
「……?」

そう言って、シンはまことの方へゆっくりと足を進めてきた。
靴を履いているのだろう、コツコツとした音が部屋に反響する。暗闇の中、その音が不気味なほど大きく響いてきた。

「……おとう、さん?」

目の前にいる彼は、誰なのだろう?
自分の記憶とは程遠い「父親」に、戸惑いは消えない。

それと同時に、眉間のシワが深くなるほどの頭痛が彼を襲った。


『お逃げください』


シノの言葉が、まことの脳裏でこだまする……。




***




風音は、自主トレーニングでかいた汗を流すため、シャワーを浴びていたところだった。
スキニーをはき、頭には無造作に置かれたフェイスタオルのみ。故に、上半身は筋肉に覆われた素肌を晒している。

「あれ、なんでシロがいんの?」

小さな冷蔵庫に入っていたペットボトルの水を飲みながら浴室から出ると、ベッドの上にはシロがいた。まるで、自分の居場所かのようにど真ん中で丸まって眠っている。その姿に苦笑しつつ、その奥に目をやると……。

「……」

顔を真っ赤にしながら、こちらを見て固まっているサツキの姿が視界に入った。誰もいないと思っていたので、こんな格好で出てきてしまった。
目が合った彼女は、そのままゆっくりと掛け布団の中に潜っていく。

「ギャッ!」
「……あ」

もちろん、その上で眠っていたシロはモロに被害を受ける。その反動によって、シロはベッドから真っ逆さまに転落してしまった。
しかし、そこはさすが猫。華麗に、とまではいかないがストンと着地すると、自分の居場所を探して部屋をうろつく。

「ごめんなさい……」

と、そんなシロの様子を見て申し訳なさそうな表情になるサツキ。
薄い掛け布団を頭からかぶり顔だけ出している姿は、風音の笑いを誘うのに十分な光景だった。

「いや、オレが悪かった」

と苦笑混じりに、クローゼットの中から少し大きすぎるサイズのスウェットを取り出し身に着けた。そして、サイドテーブルの引き出しから使い捨てマスクを出すと顔の下半分を覆う。
シロは、ソファが気に入ったようで、そのまま丸まって目を瞑っていた。

「天野はどうしたの?」

簡易マスクだけでは目元付近の刺青が覗くが、これで多少フェロモンが抑えられる。風音は、サツキに向かって疑問を投げかけた。

「……任務だって」

と返事をする彼女は、まだ少しだけ顔が赤い。一緒に生活するのだから慣れないといけないのだが、日が浅いサツキにはまだまだ難しい課題だろう。

「で、シロがこっちに来たってことね」
「うん……」

ソファをシロに占領され、ベッドにはサツキがいる。あまり家具のない部屋なので、風音が座る場所がない。周囲をキョロキョロと見渡していると、

「ユウ、こっちきてよ」
「ん。待ってて、今行く」

それに気づいたサツキが、ベッドへ誘ってきた。マスクをずらしペットボトルの水を一気に飲み干すと、素直に誘われた方へと腰を下ろした。

「……ユウ」

すぐさま、その背中にサツキの頭が押し付けられる。その仕草は、彼女が甘えたいときにする行動。少しずつその感情がわかるようになってきた風音は、愛おしくて仕方ない。
この後、すぐに腕が身体を包むように伸びてくる。

「どうした?」

しかし、いつまで経ってもその腕は来ない。不審に思った風音がサツキの方を向くと。やはり腕が途中まで伸びていた。タオルで髪の毛の水気を取りながら質問するも、彼女は顔をしたに向けたまま。ゆっくりと腕を下ろしている様子が確認できた。
その指先は、小刻みに震えている。

「……サツキ?」
「……あ、あ」

肩にタオルをかけ、両手で彼女の頬を包み無理やり目線を合わせる。すると、目線を合わせたサツキの表情が、恐怖に支配されていたのが確認できた。

「サツキ、落ち着いて。どうした?」
「……ユウ、来るよ。あの人が、あの人が」
「……」

サツキは、自分の両腕をギュッと掴み震えを抑えようとするが逆効果のようだ。
尋常ではないほどの震えを披露する彼女をゆっくりと抱きしめるも、いつものように甘えてきてはくれない。しかし、口を懸命に動かし状況を教えてくれる。

「あの人、まことくんを……」
「……行くよ」

彼女がその気配を察知したということは、自身のメンターだった人物なのだろう。

風音は、それだけ聞けば十分だった。
自分の生徒が狙われていることは、以前から知っている。……誰に狙われているかまではわからないが、それは後から知れば良いこと。

「サツキはどうする?」
「……行く。キメラもいる」

どうやら、そこにはキメラもいるらしい。
キメラは、互いに自分の存在を察知できるのだ。

「……オレの側から離れないでね」

間に合うだろうか?
風音は、サツキに影の特殊なマントをかぶせると自分も同じものをかぶる。そして、彼女を安心させるために強く抱きしめ、転送魔法を唱えた。

「……」

シロは、2人が消えるのを横目で見ると、あくびをして立ち上がる。軽く背伸びをし、そのまま静かに部屋を出て行った。その扉には、ユキが設置した猫用の小さな窓が取り付けられている……。


          

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