純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

7:オリオンの輝きが雨に覆われる



雨が降っていた。
それは、シトシトとした生優しいものではなくザーッと大きな音を立てるほどの本降り具合。梅雨の時期でもないのにこの雨量は、この地域にしては珍しい。
静まる部屋の中、ガラス窓に激しく当たる雨音だけがそこに響き渡る。

「……皇帝」

そんな中、ユキはいつもの椅子に座る皇帝からある話を聞かされていた。……これから起こる出来事についてを。
その話は、ユキの言葉を失わせるのに十分な内容だった。故に、いつものおちゃらけた表情は一切ない。言い渡された内容に頷くことも否定することもできないほど、それは彼女に衝撃を与える。

ユキは、真っ白になってしまった脳内を懸命に働かせようと、言い渡された内容を頭で繰り返すも雨音に邪魔されてそれが叶わない。
他に、もっと良いやり方があるはず。そう思考を張り巡らせても、行き着く答えは目の前でいつものように微笑んでいる皇帝と同じ場所だった。

「これは任務ではない、わしからのお願いじゃ」
「……」
「いくら考えてもな、お主以外に適任者がいなかったんじゃよ」
「……マナがいるじゃん」
「ほほほ。あやつには無理じゃ」
「……皇帝はズルい」

ユキの絞り出した声を聞いた皇帝は、ただただ笑ってそのどうしようもない感情を受け止めてくれるだけ。「作戦変更」の指示は、いつまで経っても指示されなかった。

「ズルいよ……」

再度口から漏れ出したその声は、雨音よりもずっとずっと小さなものなのに、部屋の中に不気味なほど良く通る。特に魔法を使っているわけでも、彼女の肺活量が多いのも関係ない。
悔しさの滲み出たそれは、皇帝の耳にもはっきりと聞こえたことだろう。ニッコリと笑いながら席を立つと、ゆっくりとした足取りでユキのところまで歩いてきた。そして、

「ユキ、頼んだよ」
「皇帝、皇帝…………ミツネ」

と、女性の声になって言葉を発してくる。
その声に、目の前の体温に我慢しきれなくなったユキは、皇帝に……「彼女」にしがみついた。涙声の言葉が、そんな彼女の服を徐々に濡らしていく。

「お前は、いつまで経っても可愛いな」
「……」
「自慢の「娘」だよ」
「…………」

そう言って、ユキを抱き返しゆっくりと頭を撫で上げた。
その手は、どこまでも暖かく、どこまでも優しいもの。過去に置き去りにしてきてしまった、「母の温もり」を感じさせてくるものでもあった。

執務室には、雨音と一緒にしばらくの間ユキのすすり泣きがこだまする。


***


「改めまして、風音サツキです。ユウの補佐として、今後みんなの任務に同行することになりました。よろしくお願いします!」

あれから3週間後。
サツキは、無事風音の補佐になった。レンジュでの住民登録も済み、今後は風音一族としてこの国で生きていくことに落ち着いたようだ。
彼女は、もともと出生届が出されていなかった。「サツキ」という名前も仮のものだったことが判明したため、今宮が情報収集に行ったりアリスが書類偽装したりで手続き自体に時間がかかりここまで長引いてしまった。

本人は影プログラムを一発で合格してしまったので、その分待機に多く時間を費やした。これには、数回はプログラムを行なうだろうと思っていたユキと風音を驚かせたものだ。
プログラムの合格を聞いたサツキは、国のために働くことに喜びを覚えるよりも、やはり風音と一緒に行動できる方に喜んだ。まだ任務を受注していないのもあり、影の過酷さを味わうのは先になりそうだ。

「よろしくお願いします」
「お願いします!」
「サツキ先生、お願いね!」

と、年齢の近いNo.3のメンバーたちは大はしゃぎ。嬉しそうな表情のまま、サツキを囲んで挨拶をしている。
それをまた、嬉しそうに受け入れているサツキ。どう反応すればよいのかよくわかっていない様子だが、悪い気はしていないらしい。頬を紅潮させて全員顔と名前を一致させようと奮闘していた。
無論、そんな光景を嬉しそうに眺めているのは「ユウ」と呼ばれるようになった風音も一緒だった。
まあ、その自己紹介前に、風音のヘアーチェンジを見てゆり恵が鼻血を出したということも記載しておこう。

「サツキ先生は何が得意なんですか?」
「私も聞きたい!」
「僕も聞きたいです」

ユキの質問に、まことたちも興味津々。好奇心を隠そうともせずに、ジッと彼女を見つめていた。
すると、それが面白かったのかサツキが、

「私は、呪術と魔術、癒術!特に、癒術が得意です。怪我したら、私が治すので安心して任務遂行してくださいね」

と、楽しそうに全員の顔を1周しながら口を開いた。

この話し方は、事前に風音に指導されたもの。
サツキはこうやってみんなの前に立ってはいるものの、教員免許を所持している訳ではない。故に、心構えやこういう会話テクニックなどは彼から聞くしかないのだ。それをしっかり守って、会話をしているのは実に彼女らしい。きっと、正規ルートなら最速で教員免許を取得できるだろう。

実際、彼女は癒術も得意だった。元々医療関係に詳しかったらしく、2人が知らないような知識も持ち合わせていたほど。技もユキや風音よりも正確だったため、逆に教えてもらったほど。
組織にいた時、良くカイトが怪我をしていたらしい。その名残で得意だと言っていた。

「げ!じゃあ、もしかして今日も……」
「演習しようか」
「えー!」
「ヤダヤダ!絶対むり!」
「今日は任務受けたいです」

ゆり恵の嫌な予感は的中。にっこりと笑う風音に向かって、チームメンバーからはブーイングの嵐が飛んだ。
任務は報酬が受けられるが、演習となれば無報酬。しかも、現地へ行くための移動もない。会話も楽しいので、その移動は重要なのだ。
演習はスキルアップに役立つが、やはり任務の充実感には勝てない。

「だって、基礎ができてないじゃん。お金稼ぐよりも、今は基礎を固めたほうが良いって。お金だって、生活できる分だけ稼げばいいでしょ」

と言われれば、ぐうの音も出ない。
実際、任務よりも演習での学びが多い。ここ3週間程度は演習を多くこなしているためか、3人の魔力量はグッと上がっていた。風音の言っていることは、最もなのだ。直接文句を言える訳はない。

「……あー、もう!やりますよ!やりますー!!」
「がんばろうね」

アカデミーでも優秀だった3人は机上の理論には強いが、やはり実践では手も足も出ないのが現実。そのため、任務も実践系が受けられずいつも書類整理など簡単なものばかり。
他のチームもそんな状況だが、だからこそ基礎固めを今しておく必要があると3人の頭の中では理解している。……が、風音の演習は体力が追いつかないプログラムばかり。風音と実践、メンバー同士の組手、実践、組手と続き、終わったら30分は起き上がれない。
それほど、彼は容赦無く演習プログラムを組むのだ。嫌がる気持ちもわかるだろう。

「そうと決まれば、プログラム組もう!」
「最初誰からやる?」

最近のスケジュールは、2回任務をしたら3回は演習。5回に1回演習をやれば多い方だと言われているので、それを考えるとこのチームの演習回数は異常だ。
だが、しっかり任務の出来に反映している。それは、3人とも認めざるを得ない……。

「今日は私からやりたい」

と、いつになく積極的な早苗。
どうやら、サツキが加わりやる気が増した様子。彼女は、環境の変化によって気持ちが変わるのだ。今回は良い傾向だろう。

「わかった。じゃあ、僕が次」
「あ!言われちゃった。そしたら、まことの次私ね」
「じゃあ、俺はパス!」
「いや、そんなわけないでしょ」

ユキが、さりげなく演習を逃れようとするも風音は見逃さない。教師は、1人だけ特別扱いするわけには行かないのだ……。

「ちぇー、やるよ。やりますー」

と、不満げではあるものの、ゆり恵の隣へと移動した。
ユキと風音が実践をすると、双方手を抜くため少々時間の無駄になってしまう。しかし、ここは演技でも良いのでしっかりこなさないといけないのだ。その代わり、帰宅するとその日の鬱憤 (?)を晴らすためにサツキがハラハラするほど激しい組み手が展開されてしまうというおまけつきでもあった。それが、良いのか悪いのかはわからないが……。

「……じゃあ、後藤。前に」
「はい!よろしくお願いします」

早苗は、演習や任務を通して自信が出てきたのか以前のようなおどおどとした様子が少なくなった。それを、本人も感じ取っているようで堂々とした態度になっているのだろう。
特に、彼女は他のメンバーに比べて飲み込みが早い。身体を動かした分だけ、次に必ず繋げてくる。

「血族技!シールド展開!!」

言わなくても、やることは決まっていた。
互いに構えると、先に早苗がシールドを展開する。それと同時に、

「焔球増加、全方向展開」

風音は、炎系魔法を勢いよく飛ばした。
これまでの積み重ねで、早苗のシールドの範囲が確実に広がっている。今までは前方のみだったのが、360度展開できるようになっていた。これも、成長のひとつだ。

「……っ!」

強めの炎系魔法がぶち当たると、キリキリと音を立ててシールドが鳴る。それは、まっすぐだけではなく、様々な方向から早苗を狙っていた。全方向からの攻撃に、中心でひたすら魔力を放出させて耐える早苗。少しでも気を抜けば、その火は彼女を焼き尽くす。
早苗が防御に徹した魔法使いになることを決めてからは、こういうシールドの使い方を中心としたプログラムが組まれていた。

「後方シールド強化!前方向に水圧球!」

もちろん、防御だけで終わらない。最大の防御は、攻撃だ。その面もしっかり鍛える必要がある。
シールドを抜け、勢いよく彼に向かって水の球を飛ばす。が、

「風流」

彼の風魔法によって方向がズレ、何もない地面へとはじけ飛んでしまった。

「……水圧球復元、30°修正」

水が地面へと消えてしまう前に、早苗の鋭い声が響く。昨日降った雨のおかげで、地面への水の吸収が遅かった。

「シールド展開」

その距離で避けきれないと察する彼。間髪入れずに、水の球が出現させたシールドに激しくぶつかる。

「……やった!」

それに喜ぶが、

「……シールド消化、物質変化」

と、トドメの一撃。
気が緩んだせいで、血族技を維持できなくなったらしい。強制的に早苗のシールドが解除されてしまい、砂のようにサラサラと地面に落ちていった。そして、

「……はい、終わり。最後まで気を抜くなよ」

瞬間移動で早苗の目の前に行き、彼女に向かってデコピン。ピシッと痛々しい音が響いた。

「いたっ!……負けた」
「次の一手を考えられるようになったね。よくやったよ」

額に手を当てて悔しそうな顔をする早苗に、頭を撫でて褒める。それも、教師の仕事なのだ。
実際、動きながら次の一手を考える余裕ができていた。これは、彼女にとって大きな一歩。

「……ありがとうございました」

自分でも少しずつコツを掴んでいるのだろう、風音にお礼を言うとすぐさまノートに筆を走らせる。
早苗のすごいところは、このメモだ。どんなことも言葉として残して後で復習ができるようにしておける。成長が早い要因のひとつなのかもしれない。
メモを書き終えると、そのまま組手をしているまこととゆり恵の元へ。……ユキは、その隣で昼寝をしているではないか!

「次、まことくん」
「わかった!」

と、まことを呼んだ。すぐに組み手をやめた彼が、楽しそうな様子の早苗を横目に風音の元へと走って行く。

「早苗ちゃん、額治療しましょう」
「……お願いします!」

まこととバトンタッチしすぐさま組み手に移ろうとするも、その手をサツキが握ってくる。
早苗は、その行為を素直に受け入れた。軽く目を瞑ると、すぐさま緑色の温かい光が彼女を包み込む。

「……ありがとうございます、サツキ先生」
「いいえ。綺麗で均等に作られたシールドでしたよ」
「はい!これからも頑張ります」

サツキの言葉に、嬉しそうな顔をする早苗。均等さは、彼女の得意としているところなため、気づいてくれたことが嬉しいのだ。
満面の笑みでサツキに言うと、そのままゆり恵と一緒に組手をすべく肩を回して準備に入る。

「……」

その真剣さに、フッと微笑むサツキ。
こんな幸せな空間があったのか、と改めて彼女は感じていた。
誰も自分を見世物にしない。誰も、傷つけない。自分に行動の選択権があり、どれを選んでも背中を押してくれる人がいる。
サツキにとって、それは新鮮で少しだけ戸惑う温かさだった。施設が異常だったのか、今この瞬間が異常なのか。まだ、彼女にその判断はつかない……。

「……」

まことと風音の実践をボーッと眺めながら、急に枝垂から言われた任務についてが頭をよぎった。
枝垂は、”ザンカンの空間魔法を利用して真田まことを連れてこい”と自分に命令した。しかし、それを拒んでこちらに来てしまったサツキ。今は、まことを連れて行く気は1mmもなかった。
むしろ、この空間を守りたいという思いが強い。故に、強くなろうと彼女は奮闘しているのだ。足手まといになりたくないという思いはそこからきている。

「……サツキ先生」
「は、はい」

サツキは、ユキの声で我に返った。横たわって昼寝をしていたはずなのだが、いつの間に移動してきたのだろうか。肩に置かれた彼の手は、暖かく心地よい。

「疲れちゃった?先生、強引だから」
「ふふ、いいえ。毎日が発見で楽しいです」

ポカポカとした手が、サツキの肩の力を抜いてくれた。知らず知らずのうちに、余計な力が入っていたようだ。
ユキは、こうやって定期的に魔力譲渡をしてくれる。自身でも増やせるのだが、まだ量の調整が難しいサツキにはありがたい行為だった。
みんなの前だから敬語で話すが、少しでも気を抜けばいつものように話してしまいそうになる。それほど、ユキと居るとサツキは安心する。

「よかった。……ゆり恵ちゃんゆり恵ちゃん、サツキ先生が魔力吸収見てくれるって」

と、組手に入ろうとしていた彼女に声をかける。ちょうど、ぼきぼきと手の関節を鳴らし気合を入れていたところらしかった2人は、

「え、本当ですか!」
「私も見たい!」

組手を中断されるも特に嫌な顔を見せず。むしろ、魔力吸収に関して見てくれることが嬉しいようで、すぐにサツキの元へとやってきた。

「あ、はい。見ますよ」

ユキが用意したシナリオ通り、2人の技を見る。その真剣な表情や教え方は、風音のものと似ていた。

「……これを、ここに」
「あ、違った。ごめんなさい」
「大丈夫、もう一回」
「……」

その様子を、一歩引いて見守るユキ。
サツキは、もう大丈夫だ。あとは、取り返しが怖いだけ。

少しでも気配が消えるよう、補佐に推薦を出した。そうすれば、風音の存在に隠れて生活できる。一緒に住めばその分隙が減るし、ユキの近くにいることで、その存在を薄める魔法もかけられる。
万全ではないにしろ、やれることはやっていた。

サツキは、ユキが思っている以上に風音を大事にして彼のために努力を惜しまない。その異常なほどの依存は、どこから来るのか。なんとなく察してはいるものの、はっきりとした答えを口にできない。

「(あとは、都真紅がどう出るか)」

実際に、都真紅ましず子は数回ゆり恵に向かって監視魔法をつけてきている。全て解除してはいるものの、そろそろ本格的に仕掛けてくる可能性が高い。
風音を目の敵にしている点が気になるが、その分ユキが動きやすいのは事実。そこは、利用させてもらおうと思っていた。

「……」

考えることはたくさんあったが、今、この光景は平和そのもの。ずっとこの時間が続いて欲しい。
ユキは、柄にもなくそう願ってしまうほど今の時間が好きだった。

「ゆり恵ちゃん!次!」
「まことくん!?」

まことの額がかなり腫れている!それを見たサツキが、彼に向かって飛んでいく。

「やられちゃった!」

と、清々しく笑う彼。
ここ最近の魔力量増加が好調なので、思い通りに魔法を使えているのだろう。

「お疲れ様でした!治療するからこっち来て」

サツキの言葉に、まことは

「ありがとうございます!」

と、元気に応えていた。

          

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