純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
間奏:サツキという人
千秋の手術を終えたサツキと、食事をしに来た風音。
やっと自身の熱も下がり動けるようになったため、2人の再スタートとして、また、影のプログラムを終えた彼女へのご褒美として、一族で常連になりつつある三ツ星レストランへ足を運んでいた。
正装に身を包んだ2人は、周囲の人が近寄りにくいほど美しかった。来た店に相応しい服装なのだが、双方元々顔が整っていることがその近寄り難さに拍車をかけているようだ。
この日のために、彼は神谷に頭を下げて顔の刺青を消してもらっていた。もちろん、最初は「ユキ様のことではありませんので」と断られるもそれを見たユキが「やってあげて」と笑いながらお願いしてくれて実現したこと。後で、何かしらお礼をしにいかないといけない。
少々未成年を連れ出すにしては夜遅くの予約となってしまったが、仕事に追われてしまっていた風音を待ってのこと。その日、お昼寝をしっかりとしたサツキは特に眠そうな様子はない。
そんな遅くの予約ということもあり、店に入るなり支配人自らが挨拶に来て常連客である風音に向かって頭を下げてきた。それを見たサツキが「先生、何かわるいことしたの?」と聞くものだから、風音が腹をかかえて笑ってしまったという出来事もあったことを記載しておこう。
とにかく、やっと2人だけの時間を取れたので双方ご機嫌である。そのまま、店の中へと姿を消して行った。
***
「…………」
キメラの食事量を知っていたとはいえ、それは風音にとって甘い見通しだったと言いざるを得ない。彼の目の前には、すでに10品目以上 (それ以上は数えるのをやめてしまったらしい)のメイン料理を口の中へ幸せそうに頬張るサツキがいる。
事前に、ユキから「サツキちゃんの食欲なめないでね」と忠告をもらっていたが、その食欲には唖然とするしかない。
「……美味しい?」
「うん!」
どうやら、彼女は食べることが大好きらしい。風音に頭を撫でられている時よりも、さらに幸せそうな表情をしながら目の前に広がる食べ物を次々と口の中に放り込んでいる。
「なら良かった」
「ハンバーグ大好き」
「オレのもあげる」
「……」
「遠慮しないで。今日は、サツキの歓迎ディナーなんだから」
「ありがとう!」
その笑顔を見れば、財布の心配は後でしようと素直に思える。それだけ、風音は彼女に魅了されていた。それは、過酷な境遇からくる同情なのかなんなのか。一緒になって日が浅い彼には、それがまだわからない。
風音は、サツキがすでに食べ終わったお皿と自身のハンバーグが乗ったお皿をサッと取り替えた。
「周り、気にしないで食べて良いからね」
個室を選んで正解だった。
この食欲を食事に来ている他の人に見られたら、人間でないことがバレていただろう。ユキのように魔法を使ってある程度隠せれば良いのだが、そこまで風音は器用じゃない。
だが、ここなら何をしても支配人が守秘してくれるだろう。そういう店だからこそ、何かと秘密の多い風音一族が通っているのだ。故に、注文内容が多少……いや、かなり多くてもこうやって目を瞑ってくれる。
「……先生は食べないの?」
「オレも食べてるよ」
「……本当だ」
彼のテーブルマナーは、完璧だった。
フォークやスプーン、ナイフを使うその手つき、食材の切り方や運び方は、一朝一夕で身につくものではない。その完璧さが「食べている」という事実を巧みに隠しているのかもしれない。
今まで運ばれてきていた前菜やスープは綺麗に空になっていた。
「どうやったらそうやって食べられるの?」
と、食器の使い方がいまいち良くわかっていないサツキが質問をする。その周辺には、食べかすがこれでもかというほど散らばっていた。
彼女の食事環境も、ユキから事前に聞いている。マナーよりもお腹いっぱい食べさせてやりたかった風音は特に何も言わなかったが、どうやら彼女は気になってしまった様子。自身の食べこぼし具合を見ながら、薄暗い店内でもわかるほど赤面していた。
「んー……小さい頃からしつけられてるものだからなんとも言えない。サツキもそうなりたいの?」
「うん。下に落としたらもったいないでしょ?」
「なんか、理由がサツキらしいよ」
その理由に笑うと、少々行儀は良くないが立ち上がりサツキの元へと歩いていく。
彼女の口元についた食べ物を目の前にあったナプキンでぬぐうと、フォークを握る手に触れて正しい持ち方にすべく指を器用に動かしていった。
それを、真剣に見ているサツキ。動かされている手から力を抜いて彼に身を委ねている。
「ペンって持ったことある?」
「あるよ」
「それに似てるよ、フォークの持ち方は」
少し体温の高めな彼の手が触れると、サツキの頬に赤みがさす。短く切られた彼の髪が視界に入り揺れると、心臓がないため感じないはずの鼓動が高まったように思えてしまった。
「先生、近い……」
それに気づかれないよう、そして、自身に埋め込まれている蛍石が服を通して光るのが見えたため、そう言葉を発するも、
「……何が?」
と、本人はわかっていない様子。
サツキの真っ赤になった顔を横から覗いてくるその角度も、少々彼女にとっては「毒」に近いシチュエーションになった。しかし、それは心地よいもの。
「……何でもない。続き、教えて」
それ以上の言葉が出てこなかったのか、サツキは彼の手を掴み再び集中する。
「……無理しなくて良いからね」
「してないよ。今まで何も知らなかったから、色々学びたいの」
「じゃあ、少しずつね」
服の上からでも蛍石が光っているのが見えるが、彼はそれを見えていないかのようにサツキの頭を撫でながら持ち方の指導を続けた。
「……何となくわかったけど、食べにくい」
「そうかな。慣れるとこっちの方が食べやすいよ」
風音に従ってフォークを持つも、トリュフやキャビアがうまく取れない。
悪戦苦闘している様子を見ながら笑う彼は、サツキに呆れることなく引き続きカトラリーの持ち方や置き方を指導していく……。
「背は基本下に向けて、ハラを上に向けて……そうそう、人差し指を」
丁寧な教え方は、さすが教師と言ったところ。サツキの飲み込みが早いこともあって、指導に熱が入る。
「できた!」
「……いい子だね」
と、フォークとナイフを持って一口サイズに切ることに成功したジビエを持ち上げ、嬉しそうにするサツキを見れば教え甲斐があっただろう。
風音は、優しい笑みを浮かべながらサツキの頭を撫でた。
「先生、あってる?」
「合ってるよ。サツキは飲み込みが早い」
「先生の教え方が良いんだよ」
「……ありがと」
キメラは、頭の回転が早い。元々、戦闘用に改良されているので、頭の回転が早くないと生き残れないのだ。それを知っている風音は、複雑な表情をする。さらに、その表情にはもうひとつだけ原因があった。それは……。
「……サツキ、その「先生」ってやめない?」
「なんで?先生は先生でしょう?」
「オレの血族技に気付いてるでしょう」
「……」
「サツキには名前で呼んでほしいな」
風音には、厄介な血族技があった。それは、攻撃の類ではなく精神に直接響く危険なもの。
こうやって日常生活をしている中でも無意識に発動してしまうものなので、対等でいたいと願う彼にとってこれほど残酷な血族技はない。
それに薄々気付いていたサツキは、
「別にいいよ、私は先生に縛られたい」
「オレが嫌なんだよ……」
「だから、先生はみんなのことを苗字で呼ぶんだね」
「……」
サツキにとって、縛られることが「日常」なのだ。特に違和感はないらしい。しかし、それを彼は許せない。これは、自己満なのだろうか。そう自身に問いただすも、やはり答えは出てこない。
その表情を見たサツキは、
「……じゃあ、ユウト?」
「ん。ありがとう」
と、早速名前を口にした。すると、身体の中にあった蟠りがスーッと消えていく。やはり、この重さは彼の血族技だったらしい。しかし、風音はその技に関して深くは話してくれない。サツキも、聞かれたくないことと判断し、追求はしなかった。
名前を呼ばれて納得した風音は、そのままサツキを後ろから抱きしめ感謝の言葉を述べる。しかし、今度はサツキの方が納得いかないような顔をしているではないか。
「どうしたの?」
「……うーん。なんだか、呼びにくい」
「何それ。初めて言われた」
むすっとしたサツキは、少しだけ考えるとカトラリーをテーブルの上に置き、
「……ユウ」
と、彼の名前を消え入りそうな声で呼んできた。
「ん」
風音は、その愛らしい声に応じて短い返事をし、彼女の頭をゆっくりと撫であげる。
やはり、彼女という存在が愛おしい。それを確認した瞬間でもあった。
「ユウ、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
風音は、そんな彼女を愛おしく見つめ、目線を合わせるようかがむとその額に唇を落とす。
「……っ」
その行為は、風音一族間で良く行われているもの。しかし、慣れていないサツキは顔を真っ赤にしてしまう。
個室でよかった。
双方、考えは違えど同じことを感じていた。
          
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