純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

5:秋収めは突然に②



同時刻。
サツキが懸命に風音の世話をしている一方、レンジュ城の執務室ではこれまた半端ないほどの緊張感が走る場面が展開されていた。

「で?私の可愛いユウトに何をした?」

堂々とソファに座り腕を組むマナが、レンジュの皇帝に向かって牙をむく。それに対面している皇帝は、彼女の温度感とは真逆の態度を披露していた。いつものゆったりとした穏やかな口調で、

「成長じゃよ、成長」
「クソジジイが」
「ほほほ、当たっておる」
「……ちっ」

と、涼しそうな顔で返答している。
それが気に食わないマナは、喧嘩腰になって悪態をつくもののこれ以上「何かをする」ことはなさそうだ。しかし、睨みつける行為は継続されている。

「……」

そんな中、レンジュ皇帝の後ろで立っているのはアリス。心中お察しとは、このことを言うのだろう。ハラハラとしながらも、無言でその光景を見ていた。

今は、ユキも付き人の今宮も演習に駆り出されているためいない。何かあったら、自分が対応しないといけないのだ。とは言え、皇帝からの指示がなければ下手に動けない。何か失礼があれば、隣国同士で戦争に発展するかもしれない。
……まあ、隣国とはいえ大国と小国の皇帝同士だ。マナに限って、負け戦になるのが目に見えているものを積極的にはしないだろう。彼女は、無駄な行動が嫌いなのだ。

「「ななみ」にお願いして、ユウトくんの魔力回路をいじってもらっただけじゃ。それ以外のことはなんもせん」
「……」

と、聞きたかった言葉を平然と言い返してくるものだから、ますますマナの表情がムスッとしたものになる。そして、肩を震わせ何かを抑えているような様子を見せつけてきた。

「ユウトくん、頑張っていたなあ」
「……」
「「ななみ」も、暴走してるユウトくんに良く対応してくれたよ」
「……」
「昔は、限界突破させる時は後ろの彼女にやらせていたが、今はもうユキの方が上手くコントロールできるやもしれぬ。な、アリスよ」
「はい。やっと仕事が1つ他に振れて嬉しいです」
「ほほほ、お主は魔警の仕事もあるからな。少しずつユキに振っても良かろう」
「……」

と、これまた涼しげな表情の皇帝が会話を続けるものだから、我慢の限界がきたのだろう。マナが勢いよくソファから立ち上がり、

「……私もそこに呼んでよ!ユウトの苦しそうな顔見たかったよ!ななみのあのサディスティックな顔も!むしろ、私も混ざりたかった!!!」

……と、まあ完全な八つ当たりである。
どうやら、彼女は風音の限界突破に携わりたかったらしい。相当悔しそうな表情をしながら、皇帝に怒りをぶつけている。
そんな理由で険悪モードだったのかと知ったアリスは、なんだか緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。こんなくだらないことで戦争になんか発展したら、国がいくつあっても足りない!

「うんうん、呼びたかったんじゃがなあ。ユウトくんが拒否して」
「そんなことない!」
「いやいや、本当じゃよ。ユウトくんが、マナを呼ぶなと念押ししてたぞ。いつから名前で呼び合うようになったんじゃ」
「嘘嘘!ユウトはそんなこと言う子じゃないもん!」

これでもか!と言うほど、大きな声を出して全否定するマナ。少しは、心のどこかで「拒否されている」事実を感じ取っているのだろう。それを認めたくない故に、こうやって声を張り上げているのだ。
皇帝の質問が聞こえてないほど、その焦りは大きい。

「わしが同盟国の皇帝へ嘘をつくとでも思ってるのかの?」

皇帝は、相変わらず冷静にマナの怒り (?)を受け止めようとはしている。……いや、先ほどと全く態度を変えてはいないが、煽っているのかソファテーブルに置かれている桜茶をまったりとした態度で啜る始末。それが、マナの怒りを増幅させていることに気づいているのかどうか。

「……前、ななみとユウトがこっち来た時教えてくれなかったじゃん!」
「あれは、わしの管轄外じゃ。宮が悪い」
「ななみとユウトがハロウィン呼んでくれなかったこともあったし!」
「それは、彼らの判断じゃ。わしも呼ばれとらんしな」
「今回だってキメラを勝手に受け入れて……」
「……そう言う面が気に入って、2人へ絡んでると思うが違ったかのう」

と、怒りを言葉にするも、全て皇帝に返されてしまう。その返答に言い返せないマナは、沈黙するしかない……。
少しだけ落ち着いたのか、立ちっぱなしが疲れたのか、マナはソファへと再度腰をおろす。

「わかってる、わかってるさ」
「……はあ」

アリスは、その様子に小さくため息をついた。仕事とはいえ、「やっていられない」とはこのことを言うのだろう。折角、皇帝同士が顔を合わせているのだ。少しは、情勢について話して欲しいものだ。

「あー、私もななみとユウトと一緒に生活したいー。毎日顔合わせたいー」

しかし、その口から溢れる言葉は、八つ当たり以外の何者でもないのだ……。
そんな様子のマナを見た皇帝は、

「……そろそろ、ユキと呼べば良いのでは?」
「あー……。彼女に言われてないからな。私は知らないふりをしておいた方が良いだろう?」
「……そうか。なら仕方ないな」

と、提案をした。
なぜ、彼女が「ななみ」と呼んでいるのかわかっているからこそ質問するも、その提案は却下される。これ以上は、彼女たちの問題なので口出ししても仕方ないだろう。そう思った皇帝は、素直に引き下がった。

「……それよりも、しばらく力を借りても良いのか?」

ここで、やっと本題に入った。
双方、先ほどとは大きく異なり真剣な表情をして向き合うように。アリスが、「やっとか」と言う表情を隠そうともしないところを見ると、かなりの時間を「ユウト」の自慢話に費やしていたのだろう。

「大丈夫さ、私にだって代理はいる」

今回、こうやってレンジュへと足を運んでいることをザンカンの誰にも伝えていなかった。故に、今頃サキ辺りが血眼になって……なんなら大泣きしながら主人を探していることだろう。その様子を想像するのは面白いが、後が怖い。
もちろん、皇帝代理のサユナにも伝えていない。しかし、彼は勘が良いので薄々気づいているだろう。泣きじゃくるサキをなだめ、一緒に残っている執務をこなしてくれているのを願うしかない。

「サユナは元気かの?」
「元気元気。いつも怒ってばかりだけどね」
「ほほ、そうかそうか」
「良くやってくれるよ。仕事も、プライベートも」
「羨ましいのう」
「サユナはやらん!」
「ほほ。熱いやつらの中に入る気にはならん」

サユナは、あまり表に出てこない。国内での仕事に追われているらしく、皇帝も2.3回しか会ったことがなかった。ただ、その数回だけでわかるほどマナ思いの優しい男性であることは承知だ。
まあ、多少性格に難ありな気もするが、執務も淡々とこなすのでサキにも気に入られている。どちらかというと、サキに同情している節も。
それに、ユキの身を預けている事実も、もちろん知っていた。それほど、皇帝も信頼する人物である。

「……レンジュの危機だ。あいつもわかってくれるさ」
「すまんのう」
「あーいいのいいの。ななみ寄越してくれれば、こっちの執務は進む」

ザンカンでは、ユキが執務を進める時もあった。彼女の書類の読み込みは、皇帝が直接指導したこともあり誰よりも早い。それに、天野一族は元々書物の読み込み系スキルに長けているのもあり、飲み込みが尋常でないほど早いのだ。彼女は、戦闘要員としてだけではなく、こうやってサボりがちな皇帝たちの執務関係も支えている。
特に、緊急時……大抵は、マナがサボりすぎて期限が迫っている時……は、ユキの早読みスキルを求めマナがレンジュへとヘルプを出していた。それもあり、今もレンジュとザンカンは仲が良い。

「それに、同盟国だ。助けるのは当然だよ」
「……マナ皇帝、ありがとうございます」

数年前までは、敵対していた国同士。それも、ユキがとりなしてくれたから今がある。そう考えると、彼女には頭があがらない。
アリスは、そんなことを思いながらマナにも感謝を示すべく頭を下げる。

「……時に、アリス。今宮の説得は済んでるか?」

と、アリスが話しかけてきたのを機に、マナが視線を彼女に向けた。しかし、その視線を彼女はそらしてしまう。

「……いえ」
「そうか。あいつは頑固だな」
「本当に」

それだけで、アリスは何を言いたいのかわかったらしい。眉間のシワを深め、瞳を泳がせ返答する。

アリスも、できることなら今宮と一緒に皇帝を止めたかった。ただ、それを彼は望んでいない。それがわかってしまうのも、アリスとしては辛い。
これから起こることをわかっている彼女は、ただ主人に従うしか道はなかった。

「……」

アリスの複雑な感情に気づいたのか、

「アリスは偉いな」
「……」

と、優しい声で話しかけるマナ。彼女も、これから起こる出来事の計画を聞かされていた。
それは、一度聞けば断ることができないもの。

「……ザンカン皇帝。後を頼むぞ」
「任された。翡翠も彩華も、真田の書も。何も心配はいらない」
「ありがとう。お主の国が隣でよかったよ」

その様子を、まるで1枚のフィルター越しに見ているような感覚に陥るアリス。

これは、何かの物語なのか。
早く、現実に帰れないものなのか。

「……」

しかし、それはずっと覚めない物語。
少しずつ、時刻の歯車が動き出している……。

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