純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

4:メハジキが傷に染み渡る②



「……」
「……今宮先生?」
「……?」

今宮が無言でゆり恵の手を握った。
急に握るものだから、不安になったのだろう。ゆり恵が、恐々と彼の顔を覗き込んでいる。もちろん、それを見ていたまことと早苗も同様に「?」を浮かべていた。
なんと説明すれば良いのだろうか。すぐに回答の出るものではなかったらしく今宮が口を閉ざしていると、

「ゆり恵ちゃーん」

ユキがいつもの明るい声で、そんな彼女の肩に両手を置いてきた。
すぐに気づかれないよう解除魔法を放つと、今宮がホッとしたような表情になる。ユキは、このような簡単な魔法であれば光を発することなく展開できるのだ。

「ど、どうしたの。ユキくん」
「やっぱり、ゆり恵ちゃんの血族技はすごいね!本物みたいに見える」
「えへへ……。小さい頃から練習してるもの!」

と、誤魔化し発言ではあるものの、その実力は本物。ユキから見ても羨ましいと感じるほど、その技の完成度は高い。
それに、この血族技はこうやって魅せるものと攻撃できるものの両方を持ち合わせている。通常であれば、早苗のように防御に徹しているもの、または攻撃に特化しているものと大きく分かれる血族技が多い。その中でも、彼女の技は珍しいのだ。

「……でも、最近何だか桜吹雪を出すと苦しいの」
「どんな風に?」
「うーん。喉元に魔力が溜まってる感じ」
「ああ、それなら」

何とか誤魔化せたからか、その後の解説は今宮が引き継ぐらしい。いつまでもスキンシップと称してゆり恵の肩に両手を置いているユキを払いのけるようにどかして、説明を始める。

「魔力回路の詰まりでしょうね」
「詰まり?」
「はい。解放させてあげれば、苦しさは無くなります」
「どういうことですか?」
「えっとですね。基本的なお話にしますが、魔力を使う技には、「幻術」の他に「口術」「体術」「呪術」「癒術」「魔術」などがありますよね。それぞれの術によって光の色が異なるのは、アカデミーで勉強済みだと思います」
「習いました!幻術系がピンク、癒術系が緑、口術系が青が基本ってやつですよね」

それを、まことが素早く答える。
そう。魔法の種類によって、発光する色が異なるのだ。組み合わせによって色が変わるものも存在するが、基本はまことが言った色になる。

「はい、正解です。他にも色がありますが、その中でも魔法界で存在しないものがあるというお話は?」
「授業で聞いた!黄色と紫色ですよね」
「はい、その2つです」
「なんでですか?」
「……まだわかっていないですね。その研究が、今も魔法省を中心に行われています」
「へー、魔法にも謎があるんだ」
「そうなんです。ただ、術ごとにパラメーターがあって、個々で得意不得意もあることはわかっています。得意なものは、魔力が溢れ出てしまうのです」

と、今まで4人に向けて話していた今宮は、ゆり恵と対面し視線を合わせる。

「桜田さんは、幻術に使う魔力が溢れてしまっています。そのため、息苦しさを感じているのでしょう」
「……幻術ばかり練習してるから、偏ったってこと?」
「いいえ、元々得意だったからですね。練習をたくさんしたものイコール魔力が溢れるには繋がりません。では、どうすれば溢れる魔力を収束させられると思いますか?」

答えは言わないらしい。話を真剣に聞いている3人に向かって質問をすると、同時に考え出した。
早苗は、取っていたメモ帳を閉じて難しい顔をする。

「……魔力を抑える?」
「抑えたら、その分威力が下がってしまいますね」
「じゃ、じゃあ、振り切っても気にしない!とか?」
「ゆり恵ちゃん、それは暴論すぎる」
「ふふ」
「わかんない!」
「もう少し考えてみましょう」

大雑把なゆり恵の答えに笑うまことと早苗。そして、ユキも例外なく苦笑してしまった。彼女の性格が、よく出ている。
今宮が思考を促すと、引き続き考えているようなポーズを取る3人。授業のようで面白いらしい。やはり真剣な表情になって答えを出そうとしている。

「……溢れた魔力を、他の術に持っていくとか」
「うーん、それだといつまで経っても魔力が増えないですねえ」
「じゃあ、器を大きくする。……でしょうか」
「はい、まことくん正解!」

ヒントをもらったまことが、恐る恐る言葉を発すると、すぐに満面の笑みになった今宮がその頭を撫で上げた。大きな手が置かれると、まことが嬉しそうな表情になる。しかし、予想していなかったのか少々前のめりになっていた。

「ということで、実際にやってみますね。桜田さん、手を私の手にかざして」
「はい!お願いします!」

それを笑いながら、今宮はゆり恵の顔の前に手のひらを出す。すると、それに従いゆり恵も手のひらを差し出してきた。
何が始まるのか興味津々な3人は、瞳をランランに輝かせてその様子を見ている。なお、ユキも興味があるのか一番後ろでみんなの邪魔にならない場所でそれに目を向けた。

「少し痛いかもしれません」
「ザンカンで魔力交換した時にそれは学びました」
「あれは痛かったよね……」
「痛いというより、怖かった」
「そうそう!……ななみちゃん元気かな」
「また行こうね」
「その時は、俺も連れてってね」
「もちろん!」

魔力を弄るということは、痛みを伴うということ。それをザンカンで学んでいる3人は、痛みを問題視していないような言い方をしてくる。とはいえ、受ける張本人であるゆり恵は少々緊張気味だ。
そんな様子を汲み取ってか、ユキを含むメンバーたちが彼女を励ます。すると、

「今宮先生、お願いします!」

と、元気よく返事をした。
それを待っていた今宮は、頷いてから魔法を唱え始める。すぐに、昼間でもまばゆいほどの真っ白な光が出現した。

「……あっ」

その瞬間、ゆり恵の全身に稲妻が走ったように痺れが出てきた。思わず声をあげてしまうほど、その衝撃は大きかったらしい。
しかし、その苦痛は続かなかった。稲妻が走った後、すぐに身体が暖かくポカポカとした温度を彼女は感じ取る。

「もう痛みはないでしょう」
「ない……。なんか、すごい。魔力がどこに流れているのかがはっきりわかります」
「成功ですね。今の状態で、もう一回血族技を発動できますか?」
「はい!……血族技、桜吹雪」

ゆり恵が詠唱をすると、すぐに彼女の身体全体が光り出した。
それは、幻術特有のピンク色の光。しかし、先ほどよりも洗礼され「美しい」という言葉がよく似合うものになっていた。
そのまま、光は演習場全体を包み込み、一気に桜の花びらを散らせていく。その瞬間、他の演習者たちがゆり恵の血族技に見とれて、時間が止まったかのように静かになった。

「……え、これ、私が?」
「ゆり恵ちゃん、すごい!」
「……綺麗」

が、桜に包まれたのは数秒だけ。すぐ元の演習に戻ってしまった。
それでも、今まで経験したことがない現象だったのだろう。ポカーンとした表情になって、ゆり恵が演習場をぐるりと見渡している。

「……今のは?」
「あの子?」

それでも、その幻術に気づいた他の演習者はゆり恵の姿を確認しよう視線をこちらに向けてくる。多方面からの視線を感じ、そして数名と目があってしまった彼女は、素早くユキの後ろに隠れてしまった。一斉に注目を浴びるのは苦手らしい。

「ゆり恵さん、成功ですね!こんな感じに器を広げてあげることで無駄なく魔力を使ってあげられるんですよ」
「すごかった!暖かくて心地よかった」
「そう感じるということは、それだけ魔力が詰まっていた証拠です。開放できてよかったですね」
「はい!ありがとうございます!」

その結果は、今宮の想像をはるかに超えたものだった。臨時で雇われた身ではあるものの、今宮は彼女の底知れぬ能力に期待を膨らませた。

「(この子は化ける、必ず)」

あとは、魔力量を増やして他の術とのバランスをとってあげる人が側にいれば才能が開花する。面倒見の良い風音に任せていれば、問題なく成長できるだろう。その点は、教師の資格を持つ彼の方が上手だ。きっと、この話を聞かせたら喜んで見守ってくれる。

「すごい!ゆり恵ちゃん、前進だね!」
「ありがとう」
「よしよししてあげる!」
「え……!う、嬉しいけどここでは」

と、ユキが褒めちぎると案の定ゆり恵の頬が赤くなる。頭を撫で上げると、すぐに沸騰したかのような真っ赤さを披露する始末。
その光景は日常のものなのだが、慣れていない今宮も一緒になって顔を赤くしてしまうのはまあ仕方ない。これでもかといちゃつこうとしている2人を止めるかのように、

「ちなみに」

と、少々大きな声で行動を遮る。ユキが遊んでいることはわかっているつもりだが、それでも顔のあかさは引かない。
それを見たNo.3のメンバーたちは、純情すぎる彼の一面に親しさを覚える。今までは、「皇帝の付き人」だったのでお堅いイメージがあったのだ。
そんな彼は、少々赤さの引いた顔を早苗の方に向ける。

「早苗さん」
「は、はい!」

急に向けられた視線に、警戒心に近いものを感じる早苗。一気に肩へと力が入ってしまう。
彼女の性格を理解しつつある今宮は、優しい声で、

「早苗さんは、今の器拡張魔法ができる人ですよ」
「……?」

と、話しかけた。すると、言われている意味がわからなかったのか、ポカーンとした表情で固まってしまう。その反応をわかっていたのか、続けて

「早苗さんは、見た感じ常に魔力を放出するタイプだと思います。そのため、貯蓄されている魔力は少ないですがそれを自然回復で補っている。魔法使いの中でもかなり貴重ですよ」

と、言いながら彼女の手のひらを直接触って魔力を確認する今宮。どうやら、彼も早苗の特殊能力に気づいた様子だ。
以前、ユキはその話を風音としていた。いつか話さないといけないと思っていただけあり、この機会は良いもの。ゆり恵という仲間の成長を目の前にしたのも相まって、最高の伝え場所になったことだろう。故に、本人も

「そうなんですね」

と、いつになく嬉しそうな表情になっていた。
彼女も、自身の魔力に関して他の人と違うことを感じとっていたのだろう。それが自信に繋がらないのが、彼女の性格というもの。過信していないのだ。
だからこそ、彼女はこれからも成長を続けていける可能性が大きい。

「もし、私の言うことに賛同してくれるなら、早苗さんは体術を極めるべきです」
「あ、それアリスさんにも……」

それは、アリスにも言われたこと。
演習の時に言われた言葉が、今も早苗の胸に残っている。

「魔警の瀬田さんですね。……今の早苗さんは、すべての術へ均等に魔力を配分してバランスよく使えるよう調整していますね?」
「え、そんなことできるの!?」

今宮の言葉を、ゆり恵が遮ってくる。
その行為は、通常下界の魔法使いができるものではない。魔力コントロールが上達した上界魔法使いにも難しいのだ。彼女が驚くのも無理はない。

「……う、うん。私、魔力量が少なくてすぐ切れちゃうから」
「すごい!そんなことできるなんて!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ!普通はできない。ね、まこと」
「うん、僕もできないや」
「早苗ちゃんもすごいんだね!」

それが自身の弱点だと思っていた早苗は、メンバーの声を聞いて少しだけ頬を赤らめた。
彼女は、今までこのコントロールを身につけるために膨大な時間を使って努力を重ねてきた。それを、今認められたのだ。これほど、嬉しいことはないだろう。

「そのコントロールは、今後大いに活かせます。瀬田さんも、それに気づいたんでしょう」
「ってことは、私は魔力量を増やして体術を伸ばせば良いんでしょうか……?」
「ですね。あと、癒術。後藤一族なので、身体は丈夫でしょう。専用プログラムで才能が開花しますよ」

今宮の言葉に、少し間をあけて

「……私、そっち方面伸ばしたいです。みんなの盾役になりたい」

と、口にした。慎重派な彼女にとって、即決できたということは以前から考えていたことなのだろう。それを見ていたユキは、

「(やっぱ今宮さんは指導者だなー)」

と、素直に今宮へ尊敬の眼差しを向けた。
本人をやる気にさせるだけでなく、チームのバランスを考えて発言できる。自分の役割を明確化させ、道を作ってあげられるのは、最高の指導者と言えるだろう。
臨時とはいえ、しっかり風音の役割をカバーしてくれている。

「(まことにはなんて言う?)」

これで、何も言われていないのは彼だけ。……まあ、ユキに関しては言っても仕方ないし、そもそも本人が聞かないだろう、そこまでわかっているのはさすがといったところ。このチームメンバーの立ち位置も、事前に風音に聞いていたのだろう。

残ったまことも、どちらかと言うとバランスタイプ。なんでもそつなくこなせるし、魔力量も多いのである程度術式さえ覚えれば困らない。
ただし1つだけ、他の人にはない弱点が彼にはあった。伝え方を間違えると、それは本人を深く傷つけてしまうものにもなってしまう。そんな弱点が。

「そして、まことくん」
「はい!」

まことの元気な声に笑いながら、

「君の魔力量は上界レベルです。ただ、すべてを使いこなせていない」

と、普通のトーンで今宮は話を始めた。
それを、静かに聞き入るユキ。何か、彼を傷つける発言があればすぐに止められるよう準備していた。忘れがちだが、彼はユキの受けている任務の護衛対象。こういう精神面も助けなくてはいけないのだ。

「……はい。うまく言えないんですが、魔力が出てこない時があるんです」
「それは、魔力のコントロール不足です。魔力量が体力に追いついていないのもあります」
「と言うことは、早苗ちゃんと同じく体術を極めて筋トレとかで身体を作ればいけるってことですか?」
「そういうことですね。体つくりは、体幹を鍛えることから始めると良いですよ」
「体幹……」
「はい、体幹を鍛えると少量ですが魔力の貯蔵量も増えますので一石二鳥です」
「へえ、知らなかったです!」
「感覚で身につくことは、アカデミーでは教えないですからね。教えられて良かったです」

今宮のアドバイスに、早苗が筆を走らせている。それを横目に、

「はい!ありがとうございます!」

と、まことは悩んでいたことが解決できたためか、清々しい表情をする。それを見た今宮は、間髪入れず、

「あと、まことくんは癒術が全く使えない身体の構造になっています」

と、続けた。
これが、彼の致命的な部分。癒術が使えないということは、自己再生もできないということ。魔法使いにとって、それは死活問題になる。

「(言った……。どうする?)」

今宮の言葉に、まことが固まった。
無論、その周辺にいたメンバー全員も。ゆり恵も早苗も、そしてユキも、まことの驚いたような表情を無言で見つめる。

「……え?それって」
「体質の問題かどうかは、今ここで判断できかねます。が、今の身体状況を分析する限り魔力が癒術に割り振られている数値は限りなく0です」

彼に癒術が使えないことは、早い段階でユキも気づいていた。それが、体質の問題ではないことも。
まことの魔力は、誰かにコントロールされているように均等に体内へはびこっていた。
これが、彼が護衛対象である理由の一つ。そして、その「誰か」を知るユキと今宮。ここでは、決してそこまで口を開かない。言えば、彼が傷ついてしまう。

とは言え、なぜ癒術が使えないのかまではわかっていない。それを探るのも、ユキの仕事のうち。
これは、以前起きた禁断書が強奪された事件「黒世」と関わりのあることでもあった……。

「……そうなんですね」

まことの落胆した声に、ゆり恵と早苗が心配する。しかし、どう声をかければ良いのかわからないらしく双方口は閉じたまま。
ゆり恵は、まことにかける言葉が見つからないので、

「で、でも、演習すれば」
「いや、僕も気づいてたから」

と、今宮に話しかけるも、彼女の言葉を遮るまこと。どうやら、その現象に彼自身気づいていたようだ。

まことは、今まで何度も癒術を唱えては何も起きないということを繰り返していた。いくら練習しても、アカデミーの基礎本通りにやってもできない。その事実は、今まで誰にも言ったことがなかった。

「ただ、呪術と魔術のステータスが下界のものではないですね」
「やっぱり?俺もそう思ってた」

と、ユキも発言する。これ以上落胆させてしまっては可哀想だと思ってしまったのか。それほど、まことは泣きそうな顔になっていたのだ。
しかし、ここまできたら最後まで話して向き合うべき。ユキも今宮もそう判断してこうやって話していた。

「どういうこと?」
「まことって、龍とか狼出して動かすでしょ?あれって、下界の魔法使いからしたらありえないことなんだよね。普通は、出現させて声を出すだけで精一杯。その辺は、魔力量に関係していると思ってるけど」
「へー……そうなの?」

と、ゆり恵が関心したようにまことに聞く。

「へ!?そうなのかな……?ユキって僕たちのことちゃんと見てくれるよね」
「そりゃあね、仲間だから。チームメンバーのことなら見てるよ」
「わ、私のことも」
「うん、ゆり恵ちゃんのことも見てるよ」
「……」

と、にっこり。少々いつものごとくゆり恵を真っ赤にさせるような芝居が入るも、嬉しそうにする3人は、その笑顔につられて笑っている。
それを見た今宮は、

「じゃあ、真田くんも呪術と魔術の器を拡張させましょうか!」
「……お願いします」

仕切り直すように、まことの両肩に手を置いて視線を合わせた。
それに答えるまことの目に、もう涙はない。シャンと背筋を伸ばして、現実を受け入れようとしている。

「手を出してください。少々痛みがありますので覚悟してくださいね」
「はい!」

そんな彼の覚悟を受け取った今宮は、ゆり恵の時と同じように手を差し出す。

「……」
「……」

まことの吹っ切れたような顔に、ゆり恵と早苗が視線を交わして微笑んだ。

今日の演習は、収穫だらけ。たまには演習も良いものだ、とチームメンバー全員が思ったに違いない。



          

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品