純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

1:囲い船は、次の出番を待つ②


「あれ、桜田じゃん」
「え、先生!?」

驚いて振り向くと、そこにはいつもの黒い戦闘服ではなく半袖のパーカーにスキニーという少々ラフな格好をした風音の姿が。いつものようにガスマスクをし、財布片手に立ち止まっていた。

「どうしたの?」
「ましず子さんの付き添い、です」
「ましず子?ああ、都真紅一族の」

と、驚きすぎたのか、いつもは使わない敬語で話すゆり恵。彼女が指をさした方へと視線を向けると、真っ赤な着物のましず子が風音の目に飛び込んできた。

「先生はどうしたの?」
「妹が入院してて。その買い出しをしにね」
「サツキさん?大丈夫?」
「そうそう。検査入院みたいなものだから、大丈夫」
「よかった。……先生って、兄弟多い印象がある」
「んー、5~6人かな?」
「もうちょっと正確に覚えなさいよ……」
「興味ないから」
「そんなもんなのね」

ゆり恵の質問に、懸命に指を折って思い出そうとしている姿は笑いを誘ってくるもの。彼女は、一人っ子なので、その気持ちがわからない。兄弟が欲しいと思ったことはあったが、稽古と魔法の修行でそこまで真剣に考えたことはないし、考えても自分でどうこうできるものではないのもわかっていたので諦めている。

「じゃあ、オレ行くから。ましず子さんによろしく」
「はーい、また明後日」

今日は土曜日。明日も休みだった。
相変わらず眠そうにあくびをしつつ挨拶をすると、風音は売店がある方へと消えてしまう。

「……お待たせしました」
「どこかわかりました?」

風音の姿が居なくなったら、そこにましず子が帰ってきた。カコンカコンと、心地よい下駄の音を響かせながら。とはいえ、病院の中なのでその音は小さい。

「この並びらしいどす。ちょい行ってくるさかい、ここで待っとってくれます?」
「はい!近くてよかったですね」
「ええ、本当に」

そう言うと、ましず子は律儀に一礼し奥へと進んでいった。
少々元気すぎる返事をしてしまったゆり恵は、ここが病院だったことを認識し両手で口を抑え周囲を見渡す。が、特に咎められることはなかった。安心した彼女は、そのままて身近にあったソファへと身体を預ける。

「……私の知ってる人かなあ」

演舞一族での交流は幅広い。知らない人でもおかしくないのだが、好奇心の旺盛なゆり恵は色々想像してしまう。しかし、その後を付いて行こう!とかまでは思わないらしい。
……稽古疲れか、いつの間にかコクリコクリと首を動かし夢の中に入るゆり恵。その寝顔は、12歳の年齢にふさわしい幼さが残っている。


***


ましず子は、先ほどゆり恵と一緒に居た時とは全く異なった顔を披露していた。それは、どこまでに「闇」を連想させてくる。これから、演舞仲間のお見舞いへと行くような雰囲気ではないのは確か。
病棟受付では、やはり正確な場所を教えてはもらえなかった。不審者扱いされなかったのは、彼女の愛想の良さがあったから。そうでなければ、不審がられたことだろう。なんせ、どんな名前で相手が入院しているのかわからないのだ。しかし、

「……あった」

それは、すぐに見つけられた。
気を張ると、魔力の流れがその部屋だけ異様なことがわかる。ましず子は、その魔力が魔警のものだとすぐにわかってしまった。
人の気配は1人分だけしか感じない。覚悟を決めるようにその扉を睨みつけると、そのままガラッと扉を開けた。

「ビンゴどす……」

部屋に入ると、薄明かりの中ベッドが2つ。その奥に、横たわって眠っているサツキの姿が見える。手前のベッドは空だった。人が寝ていた気配はなく、元々1人部屋だったのだろうと思わせてくる。
それを確認したましず子は、ゴクリと生唾を飲み探していた彼女へと近く。


「……」

眠っているのか、サツキはピクリとも動かない。見ると、腕にいくつか管が入っているではないか。麻酔の類だろう。ましず子が中身を分析魔法で確認すると、管のひとつに魔力が流れていることを知る。
元々、彼女に魔力がないことを知っているましず子は、眉を潜めつつベッドでスヤスヤと眠っている顔に視線を向けた。

「……サツキはん。どういうつもりですの?」

と、声をかけるが無反応だ。本当に眠っているらしい。彼女が狸寝入りをするほど、器用な人物でないことも知っている。

「……これは貸しにしておきますわね」

ましず子も、ナイトメアの一員。そのため、サツキのことはよく知っていた。何度か、組織内で顔を合わせていたし、会話もしたことがある。故に、彼女の捜索が組織から命令されていたが、進んで捕まえようとは思えなかった。キメラにされてしまったサツキの境遇を考えると、どうしても同情の方がまさってしまう。組織にいた頃、何度その身を庇ったか数えきれない。
それに、そもそも命令が来ているのは自身の上司からではない。多少、命令に背いても問題はなかった。

「……また来ますわ、カイトはんが寂しがるでしょうから」

今、起こすことはない。そう判断したのだろう。
ましず子は、手を空で振って用意していた花束を出すと、近くにあった花瓶にさした。それは、彼女の好きなかすみ草とねじり草。それに、黄色やオレンジのマーガレット。
形を整え魔法で水を出すと、もう一度だけ眠っているサツキの方へと向き合い頭を撫でてあげた。が、特に反応はない。それをわかっているのか、特に表情を変えずそのまま鞄を持ち直し帰り支度をした。

「来れるかどうかは、君次第だよ」
「!?」

出口の方へと向かっていたましず子の後ろから、突如男性の声が聞こえてくる。全く気づかなかった彼女は、その声に驚きつつも急いで振り向いた。

「……どちらさま?」

そこには、窓に腰掛ける青年ユキが。薄明かりなので、はっきりとした表情は伺えない。
いつから見られていたのか、そもそも誰なのか。いくら頭を働かせても、彼女にはわからない。慎重な口調で、

「……サツキちゃんのお友達」
「そう。私もサツキはんとはお友達で」
「……だって、先生」

と返答していると、今度はましず子の立っている入り口でガタッと音が鳴った。先ほどと同様、全く気配を感じ取れなかった彼女は、自身に嫌気を覚えながら振り向く。すると、

「あんた、風音の!!」
「……やっぱり。どこかで見たことあると思ったら、譲さんの妹さん?」
「あんたに呼ばれる義理はありまへん」
「へえ、先生知り合いなんだ」
「姉さんの旦那さんの妹さんだと思う」

そこには、ビニール袋を提げた売店帰りの風音が平然とした表情で立っていた。相手から特に敵意などは感じないが、ましず子は殺気を彼に向かって放つ。

「で?なんで、君がここにいるの?」
「……そちらこそ」
「オレは、そこで寝てるサツキの家族だから。家族が入院したら、看病するでしょう?」
「……白々しい。この盗人が」
「それは、譲さんのこと?サツキのこと?」
「……」

彼らの間で何かがあったらしい。ユキは、特に口を挟まずその様子を眺めている。が、この距離で眠っているサツキへ何かされたら間に合わない。しっかりと、彼女へシールドを張って守りは固めていた。

「……今日のところは、お暇させていただきますわ。うちのサツキはんをよろしく頼んます」
「サツキは、もうオレのだよ。返すつもりないけど」
「それを決めるのは、あんたじゃあらしまへん。こっちには、サツキはんの帰りを待っている人が大勢いてはります」
「じゃあ、起きたらサツキに聞いてみるよ。帰りたいって言ったら帰す」
「……今、それを話してもラチがあきまへん」

ましず子は、爆発寸前の感情を押し殺すような話し方を繰り返す。それを、冷静な口調で受け止めている風音とのやりとりは、どちらが優位かここにいる誰もがわかっていた。
彼女は立場を知り眉間のシワを深め、「どいてくださる?」と風音を睨みつけ部屋を出ようとする。しかし、風音は動かない。その視線は、ユキの方へと向いていた。

「……ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「……なんどすか。組織に関しては、私から口を開けまへん」
「いやいや、別に期待してないよ。それより、俺が気になるのは君のアナグラムかな」
「!?……なんのことどすか」

その単語が呟かれると、一瞬だけ彼女の身体に力が入った。それを、見逃す2人ではない。そして、それを彼女の方でも感じ取ってしまった。とぼけてみるも、無駄なことはわかっている様子。

「……風音の坊やが入れ知恵したんどすか」
「オレ、君より年上だから「坊や」はないんじゃないの?」
「質問を質問で返すのが、あなたの一族どすなあ」
「……」

ましず子は、ユキに興味がないらしい。しきりに、目の前にいる風音へ敵意むき出しに話しかけている。その執拗までな態度は、やはり部外者であるユキにはわからない。

「あんたが、レンジュで飼われている獣だったんどすな。これで、私は心置きなくレンジュと敵対できる」
「……」
「……」

その「飼われている獣」が、まさか後ろにいるユキだとは思ってもいない様子。どう答えたら良いのかわからない風音は、口を閉ざすしかなかった。

「今日は退散しますわ。サツキはんのこと、よろしく頼んます」

ましず子は、イラついた様子を見せながらも風音に頭を下げる。こういうところは、律儀らしい。しかし、風音は頭を下げずに彼女をジッと見つめるだけ。

「……どいてくださる?ゆり恵はんが待ってはるの」
「手出したらタダじゃおかないよ」
「私、フェアじゃないと嫌なんですわ。都真紅の名に誓ってしまへん」

ゆり恵と来ていることを知っていた風音は、いつもの気だるそうな表情を一切見せず瞳孔を見開き目の前の彼女を睨みつけた。
しかし、ましず子にはそんな睨みは通用しないらしい。なんとも思っていないかのような表情で、そのまま病室を出て行ってしまう。

「はあ……、疲れた」
「こっちのセリフ。先生、知り合いだったんだ」
「まあね。2〜3回しか会ったことないからあんま覚えてないけど」
「先生は、もう少し人の顔を覚える努力をした方が良い……」
「……」

元々、そこまで他人に興味のない彼には難しいかもしれない。少々罰の悪そうな表情を披露する風音に、ユキは笑うしかない。
きっと、ユキがどんな姿をしていてもこうやって普通に接してくれるのだって、容姿に無頓着だからこそ。深入りしたくないのか、何なのかまではユキが知るところではない。

「……でも、まさかな」

ましず子が、まさか謎に包まれているナイトメアのメンバーだったとは。関係ないとはいえ、親族である風音としては、何だか虫の居所が悪そうな立場だ。

「俺はわかってたよ。あの人の名前、並べ直すと「シン」「雫」「まこと」になるじゃない」
「なるほど、だからあの時」
「先生は気づいてなかったみたいだけどね。都真紅は伝統的な一族だから、そこに紛れたんじゃないのかなあ」
「ってことは、彼女は元々都真紅じゃなかった可能性も?」
「あるある。入れ替わりも視野に入れた方が良いな」
「……はあ、めんど。とりあえずさ」

風音は、いつも通りため息をつくとそのまま窓辺に腰掛ける青年ユキへと近く。そして、片方の手をその腰に当てると自身へと引き寄せた。

「わ!」

魔力が安定していないせいか、ユキは驚いてそのまま少女の姿になってしまった。着ていた服が大きすぎたため、胸元が見えそうになり急いで布を手繰り寄せる。しかし、風音はそんな仕草に頬を染めることも表情を変えることもしなかった。

「天野は休んでよ。本調子じゃないでしょう」

そう言って、神妙な顔つきになりながらサツキの隣に会ったベッドへと誘導していく。ここは、元々ユキが寝ていた場所だった。気配隠しの魔法で、誰もいないよう錯覚させていたのだ。
ユキは、少々乱暴に掛けられた毛布を首元まで持っていき身体を隠す。

「……先生厳しい」
「そう思うなら早く治して」
「はあい」

風音はユキの頭を撫でると、そのまま窓の外を眺めた。すると、そこにはましず子と一緒に帰路へつくゆり恵の姿が目に飛び込んでくる。本当に、何もする気はないらしい。楽しげにおしゃべりをしているではないか。それに安堵した風音は、ため息をつき

「…………」


横になったユキとサツキを交互に眺め、眉間のシワを深くする。


          

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