純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

05-エピローグ②:それは、平和を象徴するバケモノ②



「こんにちは、時雨はいるかの?」
「……お待ちください」

ナナオが家族になって数日が経った頃。
家に、レンジュの皇帝と若い女性が訪ねてきた。後ろの若い女性は良く家に来ていたのでさほど驚きはない。今日は、皇帝と一緒に来たらしい。風音は、間近で見る彼に驚きつつも急いで父親を呼びに行った。皇帝を立たせておくのは失礼だ。そう思いながら、急いで。
しかし、それは杞憂に終わる。

「皇帝、ご足労感謝いたします」
「なに、お主に家族が増えたと聞いてな。近くを通ったから挨拶をしようと寄ったまでじゃ」
「アリスさんもありがとうございます。どうぞ、おあがりください」
「失礼します」

そうだ、アリスだ。彼女の名前を思い出した風音は、そのまま家へと上がってくる2人に視線が釘づけになる。しかし、時雨は慣れているようにリビングへと案内していた。……ナナオが眠っているソファが置かれたリビングへ。

「……!」

それを思い出した風音は、急いでリビングへと先回りした。玄関から直接行くよりも、キッチンを通った方が早く着く。
キメラが国にとってどう映るのかは知らないが、公にできないものであることは理解している。故に、隠した方が良いだろうと思ったのだ。

「ナナオ、ナナオ」
「……?」
「ナナオ、こっちおいで」
「……う?」

風音はナナオを起こすことに成功したが、それと同時に大人3人が部屋に入ってきてしまった。かちゃりとドアが開け放たれる音を聞いた彼は、必死にナナオに抱きつき連れて行かれないようにする。何かを感じたナナオは、良くわかっていない表情をしながらも風音の服をヒシッと掴み応えてきた。
それを見た皇帝は、

「ほほ、ユウトくんだったか?心配しているようなことはせん。挨拶しにきただけじゃ」
「……」

そう言って、いつも民衆の前で見せているような微笑みを向けてくる。それに安堵した風音は、少しだけ顔を赤らめてナナオから手を離した。
今日は、ガスマスクをしていない。故に、その赤ら顔がみんなに見えてしまっただろう。それも相まって、なんと言葉を発したら良いのかわからない様子。そんな風音の顔を覗くナナオは、やはり状況を理解していない。

「ははは!さすがオレの息子だな」
「時雨さん、笑い事じゃないですよ、キメラを懐に抱え込んで」
「いいじゃないか、害はない」
「ペットでもありませんよ!」
「わかってるさ。オレの子どもだよ。ありさたちやユウトと変わらない」
「……そこまで覚悟ができているなら、ワシから言うことはないのう」
「おいで、ナナオ。挨拶だけでもしてくれよ」
「……」

ナナオは、名前を呼ばれるとビクッと肩をあげる。しかし、この家では時雨に逆らってはいけないとでも思ったのか、風音から離れて時雨の方へと駆けて行ってしまった。
メンター制度を知らない風音は、その服従加減が気にくわないのか父親を睨みつける。こんな小さな子どもに恐怖を植えつけさせるとは何事だ、と。

「ほお、メンターを結んどるんじゃな」
「ええ。初めからいなかったようなので、見つけてすぐ契約しました」
「時雨さん、軽率すぎますよ……」
「結果オーライだよ。元々、サブメンターは付けられない仕様みたいだから、ラッキーってところ」
「……サブがいるかどうかは、本人にしかわかりませんよ。もし、この子が嘘を付いていたらどうするんですか」
「なんだ、ナナオ。オレに嘘付いてるのか?」
「……?」

アリスの叱咤は、少々殺気が混ざっているもの。しかし、時雨には通用しないらしい。
ケロッとした表情でナナオの頭を撫でるものだから、質問した彼女があきれ顔になるのは当然だったのかもしれない。

「大丈夫さ。国に被害が及ぶことはない。それは約束する」
「……なら良いですが」
「アリスは心配性だからのう。少し様子を見て良いじゃろう」
「はい……」
「しかし、問題が発生したらわしらを頼りなさい。いつでも力になろう」
「ありがとうございます、皇帝」
「なに、いつも世話になってるんじゃ。お互い様だよ」

皇帝は、ナナオの頭を優しく撫でるとそのまま帰り支度をはじめてしまう。

「皇帝、お茶でもいかがですか」
「いや、帰る。城で宮が怒り狂ってわしを探している頃じゃからのう」
「……相変わらず職務をためているのでしょう」
「そうなんですよ……。今日だって、本当は今宮が来る予定だったのに」
「アリス、余計なことを言うでない」
「でしたら、余計なことを言われないよう執務関係もちゃんとこなしてください」
「ははは!アリスの言葉が正しい!」
「時雨まで……」
「……」

と、皇帝の情けない表情を見た風音は肩の力を抜いて警戒を解いた。すると、ナナオが風音の近くに戻ってくる。

「この子は、ユウトくんに懐いてるのじゃな」
「そうなんですよ。こいつ、面倒見も良いから」
「ユウトくん」
「……はい」

ナナオがサッと隠れてしまったのを笑いながら見ている皇帝は、風音に声をかけてきた。それは、警戒心を抱かせないようゆっくりと話しかけてくる。敵意むき出しにしてしまった彼は、少しだけ恥ずかしそうに返事をした。

「この子はユウトくんに懐いておる。どうか、よろしく頼むよ」
「……ナナオはオレの弟です」
「君は聡明な子だよ」

そう言うと、皇帝はアリスを従えてリビングから出て行った。時雨はそれに続くも、風音とナナオはそこに残る。別に、送らなくても良いだろうとなぜか思ってしまったため。

「……ナナオ、遊ぼう」
「……」

彼は、相変わらず話さない。しかし、嬉しそうな表情はしてくれるので嫌ではないことがわかる。
風音はそのままソファに座ると、ナナオを膝の上に乗せて最近やりだしたスマホゲームをし出す。昨日、教えたら目の色を変えて興味を持ってくれたのだ。

「ナナオにもスマホ買おうね。一緒にゲームしよ」
「!……っ!!」

ナナオは、風音の言葉に首がもげるのではないか?と心配するほど縦に振ってくれた。
それを、皇帝たちを送った時雨が微笑みながらリビングの端で見ている……。


***


しかし、その「幸せ」は長く続かなかった。

「にいちゃ、にいちゃ!!」
「ナナオ、どうし……!?」
「にいちゃ!にいちゃ!!」

それは、突然来た。
天気が良いのでナナオと散歩に出た風音は、綺麗な泉を見つけ一緒にその景色を眺めていた。その中には、これまた気持ち良さそうに数種類の魚が泳いでいる。

「にいちゃ、いたい、いたいよぉ……」
「ナナオ、こっち来て!ナナオ!」

変化が起こったのは、泉が原因ではない。どこからともなく大きな植物の蔦が現れ、ナナオの足に絡みついてきたのだ。
その蔦を見たことがある風音は、必死に魔法で断ち切ろうと奮闘する。

「にいちゃ……」

それは、風音家の呪いの蔦。風音の顔に蔓延るそれと全く同じものだった。
自身が展開したものではないとすれば、どこからやってきたものなのだろうか。そして、なぜナナオに取り付いてしまったのか、風音にはわからない。

「ナナオ!」

切断魔法を展開させるも、そんなもので切れるわけがない。炎魔法が使えない風音は、必死に風魔法を発動させる。さらに、持っていたナイフで切断を試みるも、やはりビクともしなかった。

「にいちゃ……いたい」

しかし、ナナオは、蔦に足を取られて転んでしまった。ズルズルと地面を引き摺られ、すぐに小さな手が真っ赤に染まっていく。そして……。

「あ、ああ、あああああ!!!」
「ナナオ、息止めて!」

それは、儀式だった。
青白く光る錬成陣がナナオの足首に出現すると、それに向かって蔦が彼の皮膚へと吸収されていく。その儀式を見たことがある……そして、受けたことがある風音は必死になってナナオへと話しかけた。
ナナオはその指示に従い、自由になっている両手で口を覆う。

「解呪、移動魔法展開」

迷っている暇はない。
風音は、瞳孔を見開き魔力を最大限まで放出させ、張り付こうとしている「呪い」へと狙いを定めた。すると、すぐにその蔦は自身の足首へと絡みついていく。魔力量が多い方へ移動する特性があったのを覚えていたのだ。

「ぐっ……」
「にいちゃ」
「来ないで!そこにいて!巻き込まれる」
「でも、にいちゃ……」
「あ、ああ、ああああああ!!」

それは、容赦なく絡みついてきた。足が取れてしまうのではないかと錯覚するほど強く、そして、確実に風音の身体へと印を刻んでくる。その苦しさにのたうちまわるも、蔦が離してくれることはない。

「っ……!」

何を思ったのか、ナナオは背を向けて走り出した。最後に見た顔には、涙が光っていた気がした。

「ナナオ……」

しかし、風音には追えない。
足が鉛のように重かった。

「……ナナオ、逃げて」

風音は、そのまま痛みで気絶してしまった。


***


「……ト、ユウト!!!」
「……?」

目覚めると、自室にいた。
ぼやけた視界の中、複数の顔がこちらを覗いているのが確認できる。何度か目をパチパチさせると、やっと視界がクリアになった。

「……時雨?姉さんたちも」
「馬鹿!なんで逃げなかったの!!」
「……?」
「あんたね……!」
「ありさ、やめなさい。目が覚めたんだ、よかったよ」
「……っ」

そこには、父親と姉2人がいた。姉2人は、泣いている。
ありさが怒鳴りつけるように声を発するも、それは涙によって怖さがない。ゆみも、目を真っ赤にしてしゃくり上げるように泣いていた。

「……にいちゃ」
「ナナオ?ナナオ、どこ?」
「にいちゃ、ここ」

そこには、ナナオもいた。時雨にヒシッとしがみつき、3人同様心配そうな表情をして風音を見ている。

「ナナオがオレらを呼びに来たんだよ。そしたら、気絶してるユウトがいた。……辛かったな、ごめんな」
「オレは……」
「……蔦の呪いを受けたのよ。あの辺りは、妖気が強いの。教えてなかったから」
「……勝手に行ってごめん」
「……怒鳴ってごめん。ユウトは悪くない」

掛けられた布団を取り左足首を確認すると、顔と同じ刺青が入っていた。いや、顔よりも描かれている蔦が太い。足を上げてみると、やはり右足よりも重かった。

「……これ、取れないの?」
「取れない。一生な」
「そっか……」
「にいちゃ、ごめんなさ」
「……」

きっとナナオは、本来なら自分に付くはずだったとみんなへ懸命に説明したのだろう。だからこそ、ここで詳しい話をしなくても周囲が状況を理解してくれている。あまり言葉を話せない彼が、必死になって説明してくれたことが嬉しい風音は、

「ナナオに取り憑かなくてよかった」
「……にいちゃ」

と、本音を口にする。それを聞いたナナオは、緊張の糸が切れたかのように泣き出す。

「ナナオ、おいで。怪我はない?」
「にいちゃ、にいちゃ」
「今日はよくしゃべるね。嬉しい」
「にいちゃ、……にいちゃ」
「もっと、声聞かせて」

時雨の元を離れたナナオは、ベッドから起き上がれない風音の上半身へ身体を絡めた。泣いているからか少しだけ高めの体温に、風音は安堵しその頭を撫であげた。
それを側から見ている3人は、とりあえず無事だった2人へ視線を向けている。どうしても助けられなかった不甲斐なさが残るようで、その表情は硬い。

「ユウト、2.3日は起き上がるな。呪いが広がってしまう」
「……わかった」
「次、こうなったら逃げろ。逃げて、助けを呼べ。1人で解決しようとするな。……キメラに呪いは効かないし、身体も丈夫だからすぐ傷は治るんだ」
「そうだとしても、ナナオにだって痛みはある。放置はできない」
「だからって、お前が呪いを2つも背負うこと……」
「いいんだよ。オレが選択したことだから」
「ユウト……」

あの時は、逃げるという選択肢はなかった。どうにかして、ナナオを助けたくて無理をしてしまった。だからか、自身の行動、結果に後悔はない。
その決意に近いものを感じ取ったのか、時雨も姉2人もそれ以上は何も言わなかった。

「にいちゃ、よわくてごめんなさ」
「ナナオは、オレが守るから」
「にいちゃ、ごめんなさ」
「謝らないで。ありがとうの方がオレは嬉しい」
「……ありがと、にいちゃ」
「ん、怖かったね。こちらこそ、助けを呼んでくれてありがとう」

それから2日間、風音は呪いによる高熱と、それに伴い気管支をやられ1週間病院へ入院してしまう。ナナオは、片時も離れず退院するまで「兄」について必死にお世話をした。

          

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