純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
7:草笛は遠くまで響く①
シャロの家から歩いて10分たらずで、6人は国境に到着した。やはり、タイルと近い場所に家があったらしい。
「……すごい」
「なんだか、国境!って感じがするわね」
タイルの国境は、ザンカンとはまだ違ったものだった。
そこには、まっすぐどこまでもフェンスが続いている。そして、大きなゲートが目の前にひとつ。何もないザンカンと比べて、「国を超えている」と言う意識を植え付けさせてくる。
「タイルは、IT発展国だから国境管理もデジタル式なんだよ」
「へえ……。デジタル、ね」
「すごいですね!想像してた国境そのものです」
「ねえ、すごいわよね。私もここに来る度に圧倒されるわ」
と、やはりザンカンとの違いに驚く3人。ユキは、何度か来ているのでさほどリアクションはないが、それでも「すごいなあ」という表情でそれを眺めていた。
IT発展国は、とにかく電子で色々なものを管理している。それは、国同士のやりとりだけではなく、国民の管理から日常生活におけるやりとりまでもが電子だ。故に、この国には「印鑑」「手書き書類」「硬貨」「紙幣」までもが存在しない。
『タイル国へようこそおいでくださいました。国境を超える方は、こちらで手続きをお願いいたします』
大きくそびえ立つゲートからは、女性の声のような電子音が流れている。特に人の姿が見当たらないので、無人らしい。その代わり、ゲートの上の方には複数の防犯カメラが無機質に覗いていた。
早速、6人がゲートへと近づいていく。さほど混んでいないので、すぐに受付ができそうだ。
「……」
そんな中、風音がチラッとユキの方に目を向けた。
少年の姿では国境を超えられないため、身体変化を解かないといけない。しかし、それをみんなの前でするなんてことはもちろんできないだろう。どうするつもりなのだろうか。
「~♪」
心配する風音をよそに、当の本人は口笛を吹いて余裕な表情。なんなら、発声練習をするように喉を鳴らしている。
それを見たためか、彼の表情は一層疑問に満ちたものとなってしまった。
「ここ、通るだけなんですか?」
「そうね、パスポートがあれば通って質問に答えるって感じよ」
「質問?」
「ええ。名前の確認と、たまに、目的を聞かれるわ。観光とか仕事、とか答えておけば大丈夫」
「聞かれないこともあるんですか?」
「あるわ。どう言う仕組みかわからないけど、ランダムなの。私は面倒だから聞かれなくても答えちゃう」
「なんだか緊張しますね……」
と、まことたちは順番待ちする間、彩華に質問をする。それを聞いた早苗の表情が真っ青になっていく。すぐ緊張してしまう彼女にとって、このシステムは少々酷だ。拳をキュッと握り、身体の震えを隠そうとしている。それに気づいた彩華が、
「早苗ちゃん、大丈夫よ。先に私が行くから、参考にしてちょうだい」
「……は、はい」
「答え方を間違ったって、別に逮捕されるわけじゃないの。形式上で聞いているだけだから、あまり気にしないで。パスポートを持ってるか、それに、パスポートにある顔写真と一致するのかが重要なの」
「そ、そうなんですね……」
「ええ。じゃあ、行ってみるわ!」
と、元気付けてくれた。それが嬉しかったのか、少しだけ表情を戻した早苗が気合いを入れるかのように顔をパチンと両手で叩く。
そして、まことたちも彼女に倣ってパスポートを取り出した。もちろん、ユキも。
「(それで大丈夫なの?)」
「(大丈夫~)」
「……」
しびれを切らしたのか、風音がユキに向かってテレパシーを送る。その手に握っているパスポートに写されているのは少女姿のはず。
しかし、ユキはやはり余裕そうである。決して、風音の方を見ずに先ほどと同様に鼻歌なんか歌っていた。どうやって突破するのか検討もつかない風音は、とりあえず見守ることを決める。下手に手を出して失敗されたら責任問題に発展してしまう。
【お世話になっております。あなたは、レンジュ国皇帝代理の彩華さま。お間違いないでしょうか】
風音のそんな葛藤の中、彩華が素早くゲートに入っていく。すると、女性のような電子音が響き、光が一斉に彼女へと照らされる。彩華は、少しだけ眩しそうに目を細めていた。
「ええ、間違いないです。レンジュ国皇帝のお遣いできました」
【認証中、認証中。……レンジュ国姫と一致。ようこそいらっしゃいました】
「ありがとう」
どうやら、確認が終わると歓迎ムードになるらしい。今まで眩しかった光が突如優しげな青い光に変わった。それを合図に、彩華がタイル国の領土へと足を踏み入れる。これで、国境を無事超えられたということだ。
「みんなもおいで!」
と、彩華がゲートの先でみんなを呼ぶ。すると、次は誰が行くかの目配せが始まった。
「ちなみに、2人までなら一緒に入っても大丈夫よ!」
「え、そうなんですね!早苗ちゃん、行こう!」
「う、うん……!」
早苗の性格をよくわかっているゆり恵が、その言葉を聞いて彼女の手を引っ張った。少々「問答無用感」があるものの、こうやって引っ張られることに嫌悪しない早苗は喜んでその手をとる。
【お世話になっております。あなたたちは、ゆり恵さま・早苗さま。お間違いないでしょうか】
パスポートを片手に、もう片手は互いの手を。そんな彼女たちも、光が当てられると彩華同様眩しそうな表情になった。目を細めながら、
「はい」
「間違い無いです」
と、ハキハキとした口調で答える。すると、
【認証中、認証中。……該当人物判明。どうぞお通りください】
すぐに、通行許可がおりた。目的を聞かれずに済んだためか、早苗が安堵の表情になる。
「ユキ、僕らも一緒に行こうよ」
「いや、真田はオレと行こうか」
まことの誘いを間髪入れず、風音が割って入ってくる。もし、ユキが通過できなかった場合、まことにも迷惑がかかってしまう。それに、彼女の邪魔はしないほうが良いと判断したため。
「あ、はい」
「あいつはスポットライトが好きだから1人の方が良いでしょ」
「そ、そうですよね!」
事情を知らないまことが「?」を浮かべながらも、背中を押されて前に進む。それらしい理由もつけたところを見ると、ユキへの気遣いが大きいらしい。
風音もパスポートを取り出し、ガスマスクを外して前進していく。
「(別に大丈夫なのになー)」
風音の気遣いに気づくが、あまり……という感じらしい。ユキは、2人の認証を黙って眺めていた。
【……該当人物判明。どうぞお通りください】
2人も、無事クリア。なお、風音は【滞在中も顔を隠さないように】との注意をもらっていた。腰のマスクがよくなかったのだろう。そんな細かい部分まで見られるらしい。
「ユキもおいで」
「はーい」
まことの言葉になぜか腕まくりをするユキは、意気揚々とした表情になってまっすぐ進んだ。もちろん、その手にはパスポートが握られている。
「……」
ゲートに入ると、みんなと同様に立ち止まった。風音は、その様子に生唾を飲み込む。……が。
「天野ユキ、又の名を神に選ばれし美貌と頭脳の持ち主。ある時は下界魔法使い、ある時はタレント俳優、ある時は」
と、セリフのような、呪文のような言葉を紡ぎ出すユキ。腰のバッグから、どういうことなのかマイクを1本取り出した。……何かが始まるらしい。
「みんなのアイドルYUKI☆だよ♪」
と言って、渾身の決めポーズと共に防犯カメラに向かってウィンクをしている。それがまた、自然な感じでキマっているのだから、これも才能なのだろうか。だとしたら、こんな無駄なものは無い。
「……」
「……」
「……」
「……」
無論、それを見た風音が頭を抱えた!……いや、他の人もか。全く同じ表情になって、ユキの方へと視線を向けている。
「ファーストシングル好評発売中!ファンクラブの会員も募集中だよ♡」
と、今度は投げキッス!を繰り出しているではないか。
本当、何をしているのだろうか。
【……お世話になっております。あなたはユキさま。お間違いないでしょうか】
ユキがキレの良いダンスを披露するも、他の人と同様のアナウンスが流れ出す。どうやら、これはAIによって行われているらしい。
「間違いないよ♡」
と、なぜかゆり恵のいる方へ向かって再度ウィンクをしながら答えるユキ。その行動によって、ゆり恵が鼻血を出したのは言うまでもない。
【認証中、認証中……】
その無機質な声に、意識を取り戻した風音が真剣な表情になって見守る。……ここを超えられなかったら、どうやって彼女を守るのかを考えながら。
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