純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

6:春雷が轟く②




「……シャロはね、『タイプスター』の原作者なのよ」

と、双方困惑気味な空気の中、さらに混乱するようなことを彩華が言い出した。
タイプスターとは、今巷で話題になっているスマホゲームのこと。ちょうど、ヒイズ地方に向かう時に早苗がダウンロードしたアレだ。

「え」
「え」
「え」
「え」
「……へえ」

と、予想通り全員が固まってしまった。保護者的立ち位置の風音だけは、さほど驚きを感じさせない程度ではあるが。
その中でも、珍しくユキが尊敬の眼差しをシャロに向けている。

「ファンです」

そう言っていつも女性を口説くようにサッと移動すると、片膝をついて手の甲を掴み出した。その行為を避けられなかった……いや、避ける気もなかった感じを醸し出すシャロの頬が赤らみ、ポーッとした表情になっている。どうやら、お好きなシチュエーションらしい。

「……はっ!こ、こんにちは」

と、消え入りそうな声ではあるが返答して、口角をピクピクと上にあげている。面白い性格な人に、間違いないだろう。

「わ、私もゲームしてます!」
「僕も」
「私、最近始めて」

とはいえ、かなり強めの人見知り。いまだに、モジモジと身体を動かしながら彩華の後ろから出てこない。しかし、ユキの手はそのままだ。やはり、面白い人だ。

「こんにちは」

と、全員の生徒が挨拶をしたところで風音も、口を開いた。
……それがいけなかった。

「~~~!!!??!?!」

シャロは、風音と視線が合うとこれでもかというほど顔を真っ赤にしてしまった。それは、なぜかその場にいた全員に「沸騰したお湯」を連想させる。
そして、彼女はクラッと目眩を起こすかのように身体をゆすり、手を握る相手の顔を見て更にノックアウト!どうやら、「イケメン」が好きらしい。さすが、ゲームの原作者。

「シ、シャロ!?」
「大丈夫?」
「……イケメン……ロリショタ……死ぬぅ」

その一連の流れに驚いた彩華が振り向くも、後の祭りとはこのこと。
盛大に鼻血を出して倒れてしまったシャロは、なにやらブツブツと呟いている。それを、寸前でユキが抱き寄せるところまでが、一連の流れか。それを見た彩華が、

「シャロはちょっと変な人だけど、害はないから」

苦笑いしつつも、サクッと彼女の自己紹介をする。
なんとなく察する5人の視線は、もちろん鼻血を出しているこの家の主だ。害はないが、きっといろんな意味で常識もない。

「と、とりあえずあがる?」

と、やっとユキから離れたシャロは、鼻血を止めようと回復魔法を展開しつつ全員を家の中へと招き入れた。
本来であれば、任務の途中なのであまり良くない。しかし、依頼主である彩華がすでに家の中へと足を踏み入れているのでそれを言ったところでどうなるのか。そういう結論に至った風音も、チームメンバーの後に続いて、

「お邪魔します」

と、恐る恐る家の中へと入っていく。
すると、

「すごい……」
「これ、限定3個販売のやつだ」
「こっちは出張イベントで配布されてから再販されてないやつ……」

タイプスターのグッズが、あちこちに飾られているのが視界に飛び込んでくる。その量もさながら、まことたちが言うように限定品が多いのが彼らの視線を釘付けにした。物珍しさにまことたちがキョロキョロとするのは致し方ない。
それを、ニコニコしながら見つめる彩華とシャロ。なお、後者は鼻にティッシュを詰めている。

「……すごいですね」
「ごめん、イケメンは話しかけないで」

と、その部屋の飾り具合に風音が声をかけるも、シャロは決してそちらを見ない。なんなら、片手を静止させるかのように彼へと伸ばし、必死にその顔を視界に入れないよう「努力」していた。

「えー、なぜ……」
「国の天然記念物に指定されそうなイケメンは極力視界に入れたくないの」
「……天然?」
「シャロさん、俺は?」
「あなたはいいわ、いつでもウエルカムよ」
「この差はなに!?」

どうやら、風音の顔は「国の天然記念物」になるそうです……。

自分の方がイケメンだと思っている (?)ユキが、シャロの待遇に不満を持った。納得がいっていないかのように詰め寄っている。……いや、納得がいっていないのは風音もか。

「え、先生のがイケメンってこと?」
「違う!あなたたちのイケメン度はジャンルが違うから比べたらダメ!水と油はどこまでいっても解け合わないのよ!」
「……ジャンル?」
「水と油……?」
「あー無理、困った顔すら眩しいってどう言うことなの……」

シャロの熱弁に、更に「?」を浮かべるしかない2人。とりあえず、互いに思っていることは同じらしく、ユキも風音も口を閉ざした。きっと、これ以上追求しても理解できないだろう。
すると、

「そしてそこのロリショタ!!!」
「ひ、ひゃい!?」

標的が変わった。
急に指を指されて変な声を出すまことは、肩をビクッとさせてシャロの方を向く。

「高待遇☆こっち座って!大丈夫、プリンセススターズ一緒に見て17:00には家に帰すから!誘拐はしないって約束する!!」
「??……はい」
「ほら、ロリ2人も一緒に座って座って!食べないから大丈夫、安心して!!」
「た、食べ……?」
「ふふっ。シャロといると元気になるわ」

と、3人が「この人はなにをいっているのだろう」と言う表情になりつつも案内されたソファへと腰掛ける。それを見ながら笑う彩華を見る限り、これが彼女の平常運転らしい。
口は多少悪いが、裏表のない性格なので見ていて気持ち良い。やはり、面白い人だとその場にいた全員の心の声が一致する。

「んでもって、あなた!顔隠してよ。刺激強すぎ!!」

再度標的にされたのは、風音だった。とはいえ、そう命令するような口調を発しつつも、決して彼の顔を見ようとしない。両手で顔をガードしつつ、風音に向かって話しかけていると言う奇妙な光景が出来上がっていた。

「え、オレ?」
「そう!直視できない!眩しい!」
「……は?」
「眩しいの!私は井戸の中のカエルで、あなたは太陽の光!ね!眩しいでしょ!」
「……??????」

と、まあ良くわからない説明をされて、更にわからない表情になってしまうのは致し方ない。
風音は、仕方なく腰のベルトにくくりつけていたガスマスクを顔に被せた。が、会話は継続された。

「は!?!?そんなのアリ!?」
「え、なにが……」
「もう、あなたって人は!ネタ多すぎ息しないでほしい」
「……」

と、またもや鼻血を噴水のように吹き出すシャロ。
この人の会話についていける人がいれば、それが「オタク」なのだろう。その会話を聞いていた全員の心の声がまたまた一致した。今日のNo.3は、チームワークがしっかり取れている。

「みんないい子たちでしょ?」
「そりゃあそうよ、彩華の友達なんだもの」
「ふふ。今日のシャロは楽しそう」
「血が足りなくなりそうだけどね」

と、女性同士の会話が盛り上がっている中、

「……オタク怖い」
「なんかわかる気がする」

男性陣とまことたち3人の唖然とした様子が対比していて面白い。シャロの暴走ぶりは、今までにあったことがない人種のものだが、やはり悪口ではないためか誰一人嫌な気持ちにはなっていない。

時は少々流れて……。

「お茶が遅れたね。どうぞ」

なんやかんやで全員を座らせて、お茶菓子を出すシャロ。やっと落ち着いたらしく、ヒイズらしい和菓子が机の上に並び出す。

「ロリ軍団にはおしるこね」
「わーい!」
「ありがとうございます!」
「……尊い」

いちいち反応に鼻血を出しているが、血は足りているのだろうか。
ユキを含む4人がおしるこを受け取り次々とお礼を言うと、またまた彼女が鼻血を噴出させる。それを新しいティッシュで止めつつ、

「そうそう、みんなどのくらいやってるの?」

シャロが、スマホを取り出しながらみんなに問うてきた。もちろん、タイプスターの話だろう。
おしるこを飲みつつ、4人もスマホを取り出した。

「僕は189」
「私は191です」
「私は50」
「あー、じゃあ今試練だね」
「クリアできなくて」
「ヒーラー入れると変わるよ」

早苗のスマホ画面を覗き込みながら、アドバイスするシャロはやはり原作者。システムを熟知しているのだ。それに従い、編成画面を修正していく早苗は真剣な表情を披露する。

「……うん、これでいける。均等に育ててるんだね」
「ありがとうございます!」

早苗のロード画面を見ながら、

「彩華は進んだ?」

とシャロが話題を振る。どうやら、彼女も嗜み程度にやっている様子。

「うん、324行った」

……いや、結構やり込んでいる!現段階で、200レベルに達していればすごいと言われるレベルのゲームである。彼女も、隠れゲーマーなのか。

「うわ、追い抜かれそう」
「シャロさんはどのくらいやってるの?」

シャロの焦ったような言い方に、ユキが質問をすると、

「私はカンストしてるよ、イケメンくん」

と、顔を見ながら答えてくれる。どうやら、彼女はショタっ子イケメンは視界に入れても大丈夫らしい。

今のゲームレベルの上限は、350。ユーザーの1割も届いていない数値と言われている。

「早いねー。フレ申していいですか?」
「待って今ログインしてない人消す」

ユキの笑顔に、猛スピードでフレンド画面へ移動するシャロ。ローディング画面が短くなるよう魔法を使っている。その無駄な魔法は、ユキの「色気魔法」と良い勝負だろう。

「私たちもフレンド申請したいです」
「わ、私も」
「僕もお願いします!」
「え、私?私に話しかけてる!?!?うわーーーー生きててよかったーーーー!!!」

と、またもや暴走するシャロ。今にでも、その瞳からは涙がこぼれ落ちそうである。どうやら、感激屋でもあるらしい。

「……先生はやってないの?」
「オレ?やってるよ」
「レベルは?」
「……カンストしてる」

ソファにゆっくりと腰掛けこちらの様子を見ていた風音の言葉に、全員が驚愕の表情を向ける。……いや、1人だけ違う。

「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」

シャロだけ、頭を必死に床に擦り付けて見事な土下座を披露してきた。やはり、彼女は見ていて飽きがこない。

「イケメンにプレイしてもらってるってだけで生きていける……」
「風音さんもやってたんですね」
「姉貴たちとやってます」
「お姉様ああああ!ありがとうございますううううう」
「……ふっ」
「あーーーイケメンが笑ってる!!!無理尊い……死ねる……もう遺言すらないほど言い残すことはありません」




し ば ら く お ま ち く だ さ い 。



シャロの暴走が落ち着いたところで、全員がフレンド申請を終えることに成功した。
早苗は先ほどのクエストをクリアしたようで、ニコニコしながら報酬画面を眺めている。それを覗くゆり恵が、彼女に向かって丁寧に装備の説明をしていた。
……その様子を見ているシャロの視線は、一歩間違えば犯罪級である。

「ユキくんももうすぐカンストだね」

ユキの隣に座る彩華が、話しかけてきた。その距離は、しっかりと「他人」であるように保たれている。
ユキのレベルは、337になっていた。ヒイズ地方へ出発してからも、ちょこちょこやっていたようだ。

「もうちょっとでね〜。楽しいからついついやっちゃう」
「追い抜かれたの悔しいな」

そもそもこのゲームは、彩華からの誘いで始めたもの。今までも、たまに休憩時間を使って一緒にやっていた。
きっと、親友であるシャロの開発したゲームだからやりたかったのだろう。本来ゲームをするような人ではなかったので言われた当初は困惑したが、からくりがわかればなんてことはない。今では、他のゲームにも手を出すほど、ハマってしまっている。

「これからも遊んでね。大人は課金してね☆」

と、ここぞとばかりに宣伝するシャロ。国民の間で大ヒットしているゲームなので、きっとその懐はかなり潤っているはず。……いや、先ほどから隣の部屋からチラチラと見える「薄い本」の山に消えているのかもしれないが。

なお、ここにいる「大人たち」 (課金している人)のステータスを以下に連ねておきますね。

ユキ:任務報酬の1/3課金してる(毎月少なくとも100万単位)
風音:任務報酬の1/3課金してる(今月は70万、先月はイベントのため120万)
彩華:執務報酬の8割課金してる(だいたい120万前後)

結論、お金を持っている人は怖い。


「さてと!時間も時間なので、そろそろ行きましょうか」

と、彩華がスクッと立ち上がる。こうやって会話しつつも、時間をしっかりと見ているあたりは彼女らしい。

「はーい!」
「承知です!」
「行きましょうか」

と、元気よく返事をするまことたち。もらったおしるこをいそいそと飲んで、空にする。そして、「ごちそうさまでした!」と元気よくシャロに器を返すとまたもや鼻血を出しているではないか……。どういう基準で鼻血が出ているのだろうか。

「礼儀正しい子……尊い」
「みんないい子なのよ」
「本当!今はお礼を言える子が減ってるんだもの!貴重なロリショタたちだわ!国宝よ!」
「……こ、国宝?」

拳を振るって力説しているが、鼻血がその勇士の姿を台無しにしている。いや、そもそものセリフが台無しにするものか。
なんとなくそのテンポ感が掴めてきた風音が、その話題に割って入る。

「急にお邪魔してすみませんでした。またみんなで遊びに来させてください」
「あ、イケメンはできるだけ息しないで来てください……」
「いや、無理だから」

と、やはり慣れてきたのか言うようになったではないか。
ビシッと言われたシャロは、「それはそれで良い!」みたいな表情をしながら今にでも迫ってきそうである。しかし、彼の顔が眩しいらしいので、その距離は縮まらない。

「はあー、ねえ彩華」
「なあに?」
「私明日死なないよね……。なにか親切なことしないと絶対事故るよ、今日運気使い果たしたもん」
「うーん。……じゃあ、新しいイベントの案出し頑張ったら?」
「そうね!今なら出る気がする!シナリオ作るぞ!」
「これで死なないで済んだわね」
「ああ、彩華天使!」
「ふふ」

やはりその様子は、多少アレだが親友同士の会話である。彼女たちは、こうやって成り立っているのだろう。
ユキの頰が、自然と緩んでいく。執務に追われて嫌な思いをすることが多い彩華の、息抜きになったことだろう。それが単純に嬉しいのだ。皇帝代理だろうと、こういう時間は決して無駄ではない。

「シャロさん、またね」
「ああ、君はあと数年で美青年に成長する……」
「するよ?だって、シャロさんがそう言ったんだから」
「あ、ダメ。この子女の扱いわかってる。ダメ、あと数年で私はあなたに課金してしまう」
「お金よりも、シャロさんの笑顔が欲しいな」
「あーーーーーーー!!!なんなの、このホスト感。次のイベントの主役は君で決まりね!」
「本当?嬉しい」

と、調子に乗ったユキの笑顔が眩しい。その光景を見たゆり恵が、羨ましそうな視線を送っている。今にでも、三角関係が成り立ちそうである。

「……彩華!スランプになったらこの子達連れてきて!」
「ふふ、わかったわ。今日はとても楽しかった。ありがとうね、シャロ」
「こちらこそ!ああ、ロリショタは世界平和の象徴……」
「……」
「……」
「……」

最後までよくわからないことを呟くシャロと挨拶を交わした6人は、彼女の家を後にした。


          

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