純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

1:道化師が始まりの鐘を鳴らす




「ちょっと!なんで今日もいないのよ!!」

週明け初日。
新しい任務のため下界任務受付に集まったNo.3のメンバーゆり恵が、早速あくびをして涙目になっている風音に向かって噛み付いた。1人だけ、ソファに座って優雅に足を組んでいるのも気にくわない様子。
今日から参加すると言われていた、ユキが来ていないのだ。「休み」と聞かされてこの態度、少々八つ当たり感が強い。
それを、隣にいた早苗が

「風邪だもん、仕方ないよ」

と、おさえる。本気で怒っている訳ではないので、早苗の方も笑いながら。
そんなゆり恵の声の大きさに、横を通っていたアカデミー生がびっくりしてそそくさと去っていく。慣れていないと、彼女のハキハキとした声は大きく聞こえるようだ。

「……ということで、今日から3人で遠方任務に行くよ」

風音は、いつもの気だるそうな声でそう伝達する。その態度は、元々の性格なのか、単に任務が詰まって休む時間がないのか。聞いている3人には、まだ判断がつかない。
4人は、アカデミー内の下界任務受付ロビーにいた。他にも、周囲にはアカデミー生や下界魔法使いのグループが多く混在し、賑やかな場所となっている。
今日は、ここから任務が始まる。

「はーい」
「わかりました」
「……わかったわよ」

と風音の言葉にそれぞれ返事をするが、ゆり恵は不服そう。口を尖らせつつ、声を絞り出している。

「途中から合流する話は聞いてるから大丈夫でしょ」
「ちゃんとご飯食べてるかな……」
「大丈夫だよ、ユキは強い」
「そうそう。結構タフだし」

ゆり恵なりに、心配しているのだ。もちろん、まことも早苗も同じ気持ち。
それをわかって、怒る気になれない風音は、

「(愛されてるなあ)」

と、微笑んだだけで特に態度については咎めない。
あの出来事から、週末を挟みもう3日経っている。風音なりに、アレの落とし所を見つけていた。

それよりも、3人に言っていないことがあった気がする。眠い中、頭を必死に働かせること3分ほど。やっと、言いたいことを口にできた。

「あー、そうそう思い出した。隣国行くからパスポート出しといて」
「え」
「は?」
「……ん!?」

やはり、事前に言っていなかったらしい。悪いことをしたなと思いつつも、もう引き返せない。少しだけバツの悪そうな表情になって、足を組み直す。

「「「聞いてない!」」」

またもや、ゆり恵が噛みついた!いや、今度は早苗とまことも一緒に抗議をしてくる。
その大きな声で、またしても周囲の人々の注目の的になってしまったことも記載しておこう。これ以上騒ぐと、受付嬢から注意を食らいそうだ。実際、先ほどから受付にいる上長の鋭い視線を風音は背中で感じている……。

「ん、言ってなかったか。あれは夢だったかあ……」

風音は、とぼけることにしたらしい。確かに言ってなかったかもしれない、とブツブツ言い訳がましい言葉を吐いている。こんな担当が、今までいただろうか。

「ちょっと先生!みんなを家まで飛ばしてよ!」
「悪かったよ、気をつける。そのくらいはさせて」
「当たり前!!」

流石に申し訳なくなったのか、ゆり恵の提案をそのまま受け入れる。
また何か文句を言われる前にすぐに立ち上がると、一番近くに居たまことと対面した。そのまま、彼に向かって真っ直ぐと腕を伸ばす。

「終わったら合図して」

そう言いながら、答えを待たずに転送魔法をかけた。すると、まことが青色の光の中へとすぐに消えていく。

「ほい、じゃあ行ってらっしゃい」

続けて、ゆり恵、早苗の順に同じ魔法をかけていく。最後まで不服そうなゆり恵だったが、新しくやることができたのかそっちに気がいったらしい。用意すべきものをブツブツと呟きながら、消えていった。

「はあ」

朝から結構な量の魔力を消費してしまったが、まあ自業自得だ。風音は、全員を飛ばすと先ほどまで座っていたソファに再度身体を預ける。

「……ちょっと寝るか」

パスポートの取得は、早くても1時間はかかる。そのくらいあれば、仮眠を取れるだろう。
彼の魔力回復は、寝ること。少しでも目をつぶれば、即回復するのでありがたい方法と言えるだろう。慌ただしく駆け回る周囲をよそに、浅い眠りに落ちていった。
なお、3人が帰ってきても起きない彼に向かってゆり恵のゲンコツが飛んだのは、もう少し先のお話。



***



移動すること3時間、4人は隣国との国境に立っていた。
一歩進んだ先は、ザンカン国。レンジュ国よりもずっとずっと小さな国だが、その分統一されているからか国内での争いごとが世界の中でも少ないところと言われている。それは、内部だけではなく、外部からの敵も合わせて少ないと記録されていた。
また、商業が盛んで、今も国外からやってきた商人が国境を行き来している。自然が多く、かといって煩雑な感じはしない。しっかりと整備された木々や草花が、4人を歓迎してくれた。

「……初めてきた」

3人が知っている隣国といったら、呪術が得意なタイル国だけ。今日も、そのタイルに行くとばかり思っていたので、とても新鮮に感じている様子だった。まことが、早速スマホを取り出して景色の写真を撮っている。

「私も……」

3時間歩き通しで疲れているはずなのに、雄大な自然に3人は圧倒されるばかり。先ほどまでぐちぐちと小言を呟いては早苗に励まされ続けたゆり恵も、目を輝かせてその光景を見ている。

「これが国境なんだ……」
「なんか、思ってたのと違う」
「……うん」

フェンスや線など何かしらの印があると思っていたが、何もない。しかも、どこかにパスポートを見せるようなところがあると思ったがそれもない。3人は、その光景に首を傾げた。

「どうした?行くよ」

唖然としていて前に進まない3人の背中を押す風音。その後押しで、やっと国境と言われているところを越えていった。すると、

「あれ?」

そこを越えた瞬間、早苗が違和感を覚えたのか声を出して立ち止まる。肩に力を入れ、キョロキョロとあたりを見渡していた。

「どうしたの?」
「早苗ちゃん?」

まこととゆり恵が同時に早苗の方を見た。注目されると極度に緊張してしまう彼女は、急な視線に顔が真っ赤になる。

「あ、いや。今なんか……」
「後藤は気づいたか」
「どういうこと?」

と、話題に入ってきた風音が早苗の頭を撫でた。すると、少しずつではあるが彼女の肩の力が抜けていく。こう見ると、彼も教師に見える。その、怪しすぎる格好のせいでとても下界魔法使いの教師には見えないのだ……。
彼の言う事が分からなかったゆり恵が、早速質問をした。

「国境には、必ずバリアが張られているんだよ。パスポートを持っていない人を通れなくするためね。……ほら、お前らが持っているパスポートにも魔法がかかってるの」

先ほどから目の前を商人がスイスイと行き来していたため、そんなものがある事に驚く3人。商人故に、何か特別な書類を持っていると思っていたのだ。
まことは、数歩戻り国境といわれているところに手をかざした。が、何も起こらない。

「しっかり管理されているから、もう何も起きないよ。後藤は、そのバリアに気づいたって事ね」
「へえ!」
「すごいね、早苗ちゃん」

ゆり恵が、早苗の手を取って感激している。その後ろでは、まことがパスポートを取り出してまじまじと見ていた。こういうところで、性格が出る。風音は、そんな様子を見て笑ってしまう。

「2課の呪術がかけられた書類見つけたのも後藤だし。その辺りを伸ばしていけば、色々実践で使えそうだね」
「……頑張ります」

と、褒められた本人は嬉しそう。先ほどの緊張とはまた違う色で、頬を染めていた。

「じゃあ、街に入ろうか」
「「「はい!」」」

そう促すと、3人が歩き出す。とはいえ、見渡す限り木々しかない。3人は、キョロキョロと周囲を見渡し物珍しそうに見たことがない動物や植物の写真を撮ったり観察したりしながら進む。
それを、後ろから風音が楽しそうに見ていた。

「…… (俺もこんなんだったなあ)」

もともと、森林に入るのが苦手だった彼。一族に課せられた植物の呪いのせいで、自然を好きになれなかったのだ。
それでも最初に見た青々しい自然の景色は、今でも鮮明に脳裏へと焼き付いている。やはり、その美しさには勝てない。

「あ!あの鳥綺麗!」
「本当!絵本の中みたいな」

やたらカラフルな鳥が枝に止まっている。それを見つけたゆり恵が、指差してはしゃいでた。鳥は、そんな声が聞こえないように身体を嘴で綺麗にしている。

「カンコウドリだよ。慣れてないと結構凶暴だから、近寄らない方が良いよ」

ちょうど頭を撫でようと手を伸ばした彼女は、サッと手を引く。それは、真っ赤な美しい羽根、透き通った青色の瞳、それに、丸みを帯びた形の嘴をしている。そんな凶暴には見えないが。

「……後で図鑑買ってくる」

早苗がそう言うと、「私も!」「僕も!」と他の2人も声をあげた。



***


目的地の街も、森の中にあった。
そこは、見たことのないような高い木がいたるところに生い茂っている。家の数よりも、木の数の方が圧倒的に多い。レンジュとの環境の変化に、3人は戸惑いを隠せない。

「森だけど……これが街?」

さっきの真っ赤な姿をしたカンコウドリが、木々の間を飛び交っている。いや、よく見ると街のいたるところにいる。家の窓や人の肩、お店の陳列棚にも。生活の一部、といったところか。

「自然を頼った魔力の街だからな。オレらの国とはちょっと環境が違う」
「へえ……」
「なんだか、身体が変な感じ」

補足を聞き、3人はそれぞれの手のひらを確認した。
手のひらでは、自分の魔力の状態や量を確認することができる。確かに、魔力の流れがいつもと違う気が。どう違うかは、よくわかっていないようで首をかしげる3人。補足を伝えようと風音が口を開くと、

「……ゃん、おっちゃん!お代わり~」
「げ……」

それは、甘味屋の前を通り過ぎようとした時だった。
大きな和風傘の下でお汁粉を飲んでいる赤いワンピース姿の少女が声をあげる。その色は、カンコウドリよりも鮮明で真紅に近い。

少女は、白い髪を腰まで伸ばし先端で束ねていた。その身体は、ほっそりとしていて触ったら折れそうだ。まことたちと同じ年代に見えるが、胸元は成熟していてしっかりと谷間が見える。白い肌の童顔で、大きな黒い瞳。整った顔立ちは、誰が見ても完璧な美少女というだろう。
……そう、ユキである。
風音は、その姿を見つけると露骨に嫌な顔をした。それに気づかないまことたち。
それよりも、その子の食べている量に驚いている様子だ。彼女の座る長椅子には、数え間違いでなければすでに16杯のお椀が積み上げられている。

「……いま、あの子お代わりって言ってなかった?」
「言ってた……」
「僕、胸焼けしてきた」
「私も……」

その視線に気づいたユキは、

「あ!ユウト!」

と、風音に向かって笑顔で手を振った。片手にお汁粉……ほとんど残っていない……を持ちながら。

「「「「ユウト!?」」」」

と、3人……いや、4人が反応する。
お椀を置いたユキは、それを気にせず一直線に駆け寄り、彼の胸付近に腕を回し抱きしめる。すると、必然的に彼女の胸が風音の身体に押し付けられる形に。その身長差が、また絵になること絵になること。しかし、その絵は彼女の持っているお箸によって少々付加価値の低いものとして周囲に映る。
3人は、突然の出来事で赤面した。早苗は、両手で顔を覆っている。……いや、周囲を通行していた人々までもが赤面する事態に。

「……もしかして、先生って女たらし?」
「ゆ、ゆり恵ちゃんっ!そんなこと言っちゃダメだよ」
「……先生、お知り合いですか?」

一番、この状況について行っていないのは風音本人だということを言っておこう。しばらく店前で放心状態になっていたが、

「……ちょっと、離れてよ」

と、ユキに向かって冷たく言い放った。が、腕を使って押し戻そうとはしない。彼なりの優しさか。

「ひどいよユウト!久しぶりに会えたのに!」
「……」

……どこまで本気なのだろうか。
目の前の彼女の瞳には、涙が浮かんでいる。が、これが演技であることは百も承知である。風音は、さらにげんなりとした表情になってそれを眺めていた。

「あー、先生泣かせた」

今度は、ゆり恵が面白そうにその状況を見ている。若いので、順応力があるらしい。

「……悪ふざけはやめろって」
「何よ、ユウトのくせに!」
「はあ。……みんな混乱してるから、自己紹介でもしたら?」
「それもそうね。ユウトのお願いは聞かなきゃ♡」

と、痴話喧嘩のような会話を挟みつつも、ハートを飛ばしたユキがやっとその身を離す。そして、

「こんにちは、私は天野ななみ。あなたたちは?」


そう言って、ユキは……いや、ななみは3人に向かってにっこり笑った。

          

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