純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

03-エピローグ:彼女の未来に手を差し伸べて



皇帝が、退屈そうに肘をつきながら執務をしている時だった。バーンと大きめの、しかし、どこぞのユキのような破壊音はしないままもまあまあ大きな音を立てて扉が開いた。
きっと、その人物が来ていなかったら眠りこけていたに違いない。そうなれば、また今宮の小言をぐちぐちと聞く羽目になっただろう。
皇帝は、自身が居る執務室へと入ってきた人物に感謝した。

「皇帝!」
「……おお、ユウトくんじゃないか」

そこには、少し……いや、だいぶ機嫌の悪い風音の姿が。いつもは、しっかりノックをして返事を待ってから入る彼にしては珍しい。

「おお、じゃないです!ちゃんと1から説明してください!」

と、主語が抜けている。その剣幕の凄さは、少し離れて座る皇帝にもしっかりと伝わってきた。眉間のシワの深さも、強めに握られている拳も彼の中の「怒り」を表している。
皇帝は、何を言いたいのかがはっきりとわかった。心当たりが多すぎる。
その心当たりの数を数えていると、彼がゆっくりと前進し近づいてきた。

「なんじゃ、年寄りをいじめにきたか」
「はあ!?」
「冗談じゃ、冗談。とりあえず、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!」

少し茶化してやろうと面白そうに口を開くも、今の彼に冗談は通じなかったようだ。血管のはっきりと見える拳を震わせ、少しでも動けばそれは前に突き出るだろう。それほど、緊迫した殺気を見せつけてきた。

「さて、話を聞こうか。座るか?」
「座ったら皇帝を殴れないので、このままで」

と、冗談かどうかわからない言葉を吐く風音。ガスマスクで表情が見えない分、その脅しが怖い。

「そ、そうか。今日は、魔警最終日で演習ではなかったかの?」
「そうですよ!演習です!」
「……まことくんの魔力量の多さかな」
「それもありますが、もっと別に」
「……ああ、ゆり恵くんの血族技の巧妙な」
「違います!」
「早苗くんの魔力自然回復や魔力コントロールかの」
「お前、いい加減にしろ!」

皇帝が話せば話すほど、目の前の彼の眉がピクピクと動き怒りを溜め込む。それが、とうとう爆発した様子。
というか、皇帝にその口の聞き方はどうかと思うが。それほどまでに、今の風音は怒りが体内に渦巻いているということか。

「ははは、冗談じゃ。ユキのことじゃな」
「わかってるなら、最初から話を聞いてください!」

やっと本題に入った。それでも、怒りがおさらない風音はバン!と目の前の机を両手で叩く。その反動で、今までまとめて積み上げていた書類が床に落ちてしまう。
それを、寂しそうな目で見ている皇帝。しかし、文句は言えない。それほどのことをやっている自覚はあった。静かに、魔法で書類をかき集め机に戻す。

「悪かった。若い子と話してると、どうしてもユキとの会話に似てしまうのう」
「……で、その天野ですが」
「どこまで聞いてる?」
「聞いてるも何も!怪しいから敵国のスパイかと思って仕掛けたら、返り討ちにされましたよ!」
「ほお、やるな。……冗談じゃ」

感心する様に片手で顎のヒゲを撫でると、風音の睨みが飛んでくる。冗談はやめたほうが良さそうだ。

「あやつは強いじゃろう」
「強いなんてもんじゃない!!魔力が尽きて気絶しましたよ、こっちは!しかも、起きたら傷がなくなってるし魔力も満タンだし、天野が影ランクにいた女の子になって倒れてるし!しかも、手足をバラバラにして!」
「……は?」
「は?はこっちのセリフですよ!大変だったんですよ、あれから千秋呼んで」
「待て待て。ユキが怪我をしてるのか?」
「……そうですよ。今は、治療を終えて千秋に教えてもらった自室に運んであります。そしたら、まさかのレンジュの城内!なんですか、あいつ!」
「……そうじゃったのか。迷惑かけたの。きっと、お主と遊びたかったんじゃろう。最近、退屈な任務ばかりだったからのう。部屋にいるならもう大丈夫じゃな」
「だからって……。あいつは、何者ですか」

風音は、自身を攻撃してきたユキが敵ではないと知ると今度はその身体能力の高さに興味を持った。あの状態で気絶していたということは、少女が本来の姿なのだろう。それは理解できた。あの年齢で、あの強さ、魔力量。おかしいところはまだまだ探せばある。

「……それは、本人から聞くと良い。数日で起きるじゃろう」
「わかりました……。では、質問を変えます。あいつは、下界魔法使いではないですよね」
「まあ、そうじゃな」
「本来のランクは!」
「登録上は影じゃな。だが、ユキはアカデミーを卒業していないし、下界や上界、主界のランクを踏んだことはない。とは言え、レンジュの国民に違いはない。昔に色々あってな、こういう特別処置をとってるんじゃ」

と、大雑把な枠組みだけ話すと少し納得した様子。握られた拳が、少しずつ開いていく。しかし、その表情は硬い。

「……オレだけじゃ心配だったんですか」
「勘違いするでない。ユウトくんを信頼してないからあやつを潜らせた訳ではないぞ」
「じゃあ、なぜ」
「これ以上は、影クラスのお主が知れる話ではない。と言えば、納得してくれるかな」
「……天野の役職は、もしかして」

皇帝と親しい、そして、レンジュの城……皇帝の住まいに部屋を持っているとくれば、誰だってその答えにたどり着く。しかし、その答えは国民たちに公表されていないもの。皇帝は、鋭い言葉でそれを口にしようとした風音を叱咤する。すると、やっと落ち着いた彼が謝罪を述べてきた。

「憶測で言葉を発するな。ユウトくんらしくない」
「……横暴な態度で失礼しました」
「いや、こちらこそ知らせずすまんかった。散々君の姉さんたちに甘えてきたからな、同じ態度をとってしまうよ」
「……」

風音には、姉が数人いる。
一族で特殊な血族技を持つため、そのほとんどが皇帝に近い場所で働いていた。ある人は魔法特殊警察の公安、ある人は魔法省の麻薬取締班、ある人はフリーだが負け知らずの敏腕弁護士。風音一族の呪いを背負いながら、前線で活躍するほどその実力は高い。そして、風音はまだ知らないがその親戚はもっと高い地位についている……。
本来であれば、彼も魔警からスカウトがきている。しかし、本人の強い希望によって下界魔法使いの教師の座を選んだ。18歳で影ランクまで上り詰めた実力者である彼が望めば、もっと高スキルを必要とする職につけたはず。
しかし、風音はそうしなかった。その理由は、皇帝も知っていた。だから、強くは勧めずこのまま彼の意思に任せたという経緯がある。

「ユキは、警戒心の強いやつじゃ」
「……」
「いつもは明るく振舞っておるが、あれは演技に近い。自身を誤魔化して生きている生き物じゃ」

皇帝はそう言って立ち上がった。
そして、ゆっくりと窓際に移動し外を眺めている。外は、すでに陽が落ちていた。明かりを消せば、その空に輝く月や星が見えそうだ。

「……お主に、ユキを頼んでも良いか」
「頼むも何も。天野はオレなんかよりずっと強い」
「いいや、あやつは弱い。どんなに人と接していても、孤独と戦っている。あやつには、保護者が必要なんじゃ。誰か、寄り添ってくれる大人が」
「……」
「ユキの両親は、あやつが5歳の時に死んだ。親がいないんじゃよ。甘えられる大人がいないことが、どれだけ子どもにとって辛い環境か。教師を目指したお主なら理解できるじゃろう」
「……はい」

風音は、その話を聞いて先ほどとは違った意味で眉間のシワを深める。あの明るく振る舞う彼女に、そんな過去があったとは微塵も思わなかった様子。今にも泣きそうな表情になって皇帝の後ろ姿を見ていた。どうやら、見た目よりずっと彼は優しい性格の持ち主らしい。

「ユキは、懐くと可愛いぞ」
「保護者になれるかわかりませんが。任されたチームメンバーは全員責任を持って育てます」
「ほほほ、ユウトくんは真面目じゃな」

そう言うと、皇帝が風音と対面するように身体を動かす。そして、

「いつか、君が管理部の扉を叩くことを願ってるよ」

と、ほとんど答えのような言葉を発した。それを聞いた風音が、あきれ顔になる。
腕を後ろで組んで優しい笑みを向ける皇帝は、今まで彼女の保護者として執務をこなしながらも成長を見守ってきたのだろう。それは、彼の表情を見れば誰だって想像はつく。

「……落ち着いたら、天野の見舞いに来ます」
「そうしてくれるとありがたい。来たら、今宮にでも声をかけてくれ」
「承知です」
「期待しとるぞ。お主らの相性は良い」
「……」

その確信めいた言葉に首を傾げながらも、風音は頭を下げて部屋を出て行ってしまう。怒りは収まったようだ。気配が消えると、

「……ユキ。お前は、人脈を広げて信頼できる人を増やすべきだ。そのために、私はいくらでも力になろう」

男性の姿のはずの皇帝の口から、若い女性の声が漏れ出した。
その表情は、どこまでも優しく慈愛に満ちている。

          

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