純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
14:始まりはいつも0か1
「皇帝」
執務室で資料を読み漁っていた今宮は、執務に集中している彼に声をかけた。
「……」
その行為は、かなり珍しい。なぜなら、皇帝が執務に集中すること自体が珍しいから。せっかくやっているのを止めるということは、なにかあるはず。そう思った皇帝は、
「なんじゃ」
と、キリの良いところまで読み進めると顔を上げる。すると、彼がまっすぐな視線をぶつけてきた。
「……なぜ、あなたは真田の息子の護衛をユキさんに頼んだんですか」
今宮の手には、数枚の資料が。そこには、まことの家族構成や黒世についてが書かれている。見慣れたファイルが、今まで彼のいたデスクに広がっていた。
「……」
家族構成には、それぞれの魔力値や得意分野まで細かく記されている。
それを読んで、彼の魔力量が下界のものではないと彼は気づいたようだ。器は確実に下界の魔法使いそのものなのに。
それを聞いた皇帝は、声を発しない。
「……暴走、ですか」
魔力量が多く、器が小さいとたまに暴走を起こす魔法使いがいる。それは、周囲の人を傷つけ、時には殺しまでに発展する危険なもの。本人が悪いわけではないのだが、それでも暴れれば逮捕され法で裁かれるのは避けようもない。
「……雫くんから頼まれててな。あの子を殺人者にするわけにはいかないんじゃ」
「それでは、護衛にならないですよ。第一、魔力暴走は」
「護衛じゃよ。間違っとらん」
「……あの日の約束の件ですか」
「さあ。今はまだいいじゃないか」
それは、暴走が確定しているような言い方を印象付けてくる。今宮は、詳しく聞こうと思ったが、
「……」
すでに皇帝は、執務の続きに戻っていた。
こうなってしまえば、口を開かせるのは簡単なことではない。それを知っているためか、彼はため息をつくとそのまま資料を握りしめ席に戻る。
***
「今日はユキくんおやすみなのね……」
演習をした、次の日の魔警のロビー。ざわつきはいつも通りで、忙しなく人が行き来する。
風音の「天野は休み」と言う言葉で、あからさまに落胆したゆり恵。やる気が一気に削がれたようで、背中が丸まりガクッと身体の力を抜いている。
「風邪なんだから仕方ないよ」
「大丈夫かな」
昨晩はしっかり休んだらしく、比較的元気そうなまことと早苗は心配そうに顔を合わせた。
「ただの風邪だから大丈夫でしょ」
風音は、気だるそうな表情でそう言った。いつも通り大きなあくびを連発しているようで、言葉がところどころ聞き取りにくい。かなり眠そうだ。
「後でお見舞いに行こうか」
まことが彼女に向かって提案すると、
「うん!」
と、嬉しそうな顔をするゆり恵。要するに、ユキに会いたいのだ。もちろん、その身を案じていないわけでもない。これが、恋心といったところか。
「でも、迷惑にならないかな」
「大丈夫じゃない?ゆり恵ちゃん、家知ってるの?」
「え、知らない……。早苗ちゃんは?」
「聞いたことないよ」
根本的な部分を知らず、落胆する3人。出会ったばかりの彼のプロフィールは、謎だらけだ。アカデミーが違うと、そんな情報すらわからない。
「……個人情報だから教えられないよ」
ちらっと風音の方を向くと、その意図に気づき先回りされてしまう。教えてくれることはなさそうだ。
「ってことは、先生知ってるの?」
「んー、まあね」
「ずるい!」
「ずるいも何も、担当なんだから知っておくべきでしょ」
「……まあそうね」
と、はぐらかす。
とはいえ、風音だって昨日知ったところ。あれからも、一悶着あったのだ。その話はおいおい……。
「まあまあ、来週の新しい任務には来るでしょ。それまではゆっくり休ませてやってよ」
明日は、週末。休日を挟むと、すぐ次の任務が始まる。
その言葉に、しぶしぶと従う3人。しかし、ゆり恵は人一倍不満そうだ。頬をプクッと膨らませ、今にでもヒステリック寸前まで騒ぎそうな様子。しかし、公共の場所ということもあり抑えているらしい。理性はある。
「それよりも、最終日だよ。人脈もいろいろ作っておいた方が良い。後で必ず役に立つから」
と、風音が早苗の顔を見ながら言う。早苗には、その言葉の意味がよくわかった。
「はい!」
元気な返事を聞き、満足そうな表情を見せる風音。相変わらずガスマスクで不気味な雰囲気を醸し出してくるも、少しずつNO.3のメンバーは慣れつつあった。
「よし、じゃあ最終日しっかりやってこいな」
と、3人の背中を押しエールを送る。
「「「おー!」」」
まことを筆頭に、元気よくそれぞれの場所へと進んでいった。フレッシュな姿に、周囲にいた職員や市民が微笑んでいる。
それを見送り、目の前のソファに身体を沈める風音。身体は絶好調なのに、気持ちが疲れていた。
「年取ったな……」
風音は、ガスマスク越しにポツリと呟いた。それは、周囲の雑音によってかき消される。
***
「いろいろ教えてね」
ゆり恵が、早苗に言った。
「うん」
今日は、2課のお手伝い。ゆり恵の自己紹介が終わると、壁のようにそびえ立つ資料へと目を向ける。先ほど、アリスから説明を受けた2人は早速その山と向き合う。
「よし!」
コツは掴んだ。あとは、これを高速化するだけ。
ゆり恵にやり方を教えた早苗も、目の前の書類へ手を伸ばす。
「この量はすごいね……」
初めて見る書類の壁に絶句状態なゆり恵。やり方はわかったが、どこから手をつければ良いのかわからないようだ。
「この印がついているものだけどければ、あとはこっちかその棚に入れれば大丈夫だからそこまで大変じゃないよ」
手を動かしながら、そんなゆり恵へアドバイスをする彼女。容量がわかっている彼女が着手している壁は、すでに減りつつある。
「なるほどね」
アドバイス通りに書類を見ると、いろいろな印が押されている。魔法文字で暗号化されているため、何が書かれているのかはわからなかった。しかし、その違いは見ればわかるもの。
「実践あるのみ!」
そういうと、壁を崩し始める。
藤代が、その様子を見て微笑んでいた。
「ほら、手を動かす!」
藤代の背後から、アリスの声が。ビクッとすると、急いで机の上に置かれた書類に目を向ける。
彼の目の前にあるものは、今日中に印を押して事務処理のため総合課に持っていかなければいけない。今からお昼なしで見ればギリギリ終わるだろう。アリスが急かすわけも頷ける。
「にしても良く動く子たちね」
「そうだなあ。予想以上だったよ」
独り言のつもりだったが、それを藤代が拾ってきた。
下界チームに知らされていることではないが、毎年上位成績者のチームのみ魔警の演習を受けるのが伝統になっていた。昨年は、9チームだった記憶が。しかし、最終日に残ったチームは3つ。他は、チームメンバーが耐えきれなく辞退してしまっていた。
それだけ、魔法界において地道な作業は敬遠されている。集中力も即決力も、魔法において重要な要素なのに。それに気づかず、離脱してしまうのだ。
今回も、2・3課で1チーム、総合課で3チーム、受付で2チーム、住民課で5チーム引き受けたがどれだけ残ったのやら。仕事続きだった彼女たちに、まだその情報は入ってこない。
「魔法使いには、根性も必要だからね」
「……ええ」
その点、No.3は順調に演習も行い最終日も業務に勤めている。これは、魔警側でも嬉しいことだった。他のチームは、予定が伸びて今日が演習の予定なはず。
「今年は何人脱落するのかな」
「その前に書類を終わらせないと、藤代さんが脱落するわよ」
「……脅さないでくれよ」
「ふふ」
脱落は、魔警内で例年の風物詩になりつつあった。
藤代は、後ろで睨みを聞かせているアリスに怯えつつ、自身も「脱落」させられないように書類に集中する。
***
まことは、3課で頼まれた書類を総合課に運んでいた。うねうねと動く書類や噛み付く書類もあり、かなり持ちにくい。
「総合課は……」
途中にあったマップを確認するも、総合課の文字が見当たらない。とにかくマップが広すぎて、棟が異なると探すのにも一苦労だ。
「こんなに広かったんだ……」
まことは、1~3課と解体チームしか知らなかった。他にも、いろいろな課があったことに驚く。
やっと隣の棟マップに総合課の文字を見つけるも、10分かかってしまった。
「こっちかな」
指をちまちまと噛まれ、痛みよりもくすぐったさが勝る。この魔法は、総合課が解いてくれるらしい。笑いをこらえながら廊下を進むと、前から自分と同じネックレスをした人たちが歩いてきた。ということは、同じ下界魔法使いだ。
「こんにちは」
通り過ぎたときに挨拶をすると、相手側も会釈してくれる。
が、互いに任務中。余計な私語は挟まない。
「……3人チームか」
下界3人と担当が1人のチームだった。女性が1人、男性が2人。自分たちと真逆のチーム編成に興味を持つ。
自分以外のチームも頑張ってる。そう思うだけで、まことは頑張れる気がした。
「早く届けて、ユキのお見舞い行きたいな……」
チームメンバーに会いたい。他のチームを見て、いつも以上にそう思った。
まことは、くすぐったいのを堪えつつ人混みの中を潜って総合課を目指す。
          
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