純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

10:桜の焔が鋼に変わる時①



「じゃあ、スタート」

風音の合図で、4人は敵との距離を広げるとあるものを成形しだした。
アカデミー、下界では対象物に魔法を当てるという部分がまだ弱い。そのため、杖を使って狙いを定める必要があるのだ。
4人は、例外なく杖を成形した。……いや、ここでも3人か。なぜか、ユキはポケットから出した鏡を手に持っている。……いつも通り放っておきましょう。

「よっしゃ、いくぞ!」

と、掛け声だけは一人前である。その様子を見たアリスがため息を漏らしたのは、言うまでもない。
一方、杖を用意したまこととゆり恵が一歩前に出て早苗が下がった。何か作戦があるらしい。……その作戦に、ユキが入っているかどうかは定かではない。

「……技、シールド展開!」

早苗が小さな声で呪文を唱え2人の前にシールドを出し、先制攻撃に備えた。と、同時に風音が炎の球体を投げつけてくる。

「はやっ……!」
「っ……」

ボッと熱い火の粉が迫りくると、その重い衝撃に早苗のシールドがずれ、ゆり恵に少々火の粉がかかってしまった。しかし、ここで目を瞑ってはいけないのをわかっているのか、カッと目を見開き次の一手に進む。
アカデミーで演習をしていたので、このような実践は慣れているのだ。

「強化!」
「ありがとう」

それを見て、急いでシールド強化をかける早苗。オレンジ色の光が杖の先から飛び出し、出しっぱなしにしているシールドを包み込んだ。コントロールが的確なのか、しっかりと対象のものに光を当てられている。一方、

「まこと!いつものやるわよ!」
「OK!」

その声に頷くと、まことは呪文を唱え始める。すると、すぐに杖全体から青い光が発せられた。
それを見たゆり恵が、ピンクの光を出した杖の先をまことの杖と重ねる。

「……へえ」

それを見たユキは、2人が何をしようとしているのかを理解した。少し興味を持ち出したようで、鏡から目を離してその様子を観察している。
重ねられた杖からは、暖かい紫の光が出現した。本来、魔法界において紫色の光は存在しない。まことの青色とゆり恵のピンクが混ざったのだろう。
その間も、風音からの攻撃を防ぐべくシールド強化を続ける早苗。少しずつではあるが、その厚さが顕著になっていく。その証拠に、風音の放つ炎系魔法に耐えられる程度にはなってきていた。そして、

「「龍水球!!」」

まこととゆり恵が同時に叫ぶと、2人の杖の先から水をまとった龍が勢いよく飛び出す。まことの実体保存と、ゆり恵の幻術が合わさってできた龍だ。目の前のシールドを抜け、炎の中を風音とアリスに向かって一直線に飛んでいく。
周囲の木々が揺れるも、倒れることはない。突風が吹き荒れるも、通り過ぎれば元どおりの森林だ。この空間を作り上げている幻術では、周囲のものが崩壊することがないらしい。

「へー。それ、血族技か」
「はい、一応……」
「いいの持ってるじゃん」

そう、早苗が出しているのはただのシールドではない。
外からの攻撃を防ぎ、こちらからの攻撃は通す代物。これは、後藤家に代々伝わる「血族技」と呼ばれるものだ。
血族技とは、それぞれの一族に受け継がれている魔法の一種。故に、このシールドは後藤家の者しか使えない魔術である。この技で、早苗の祖父も魔警1課の前線で活躍した。

「魔力増強」

迫ってくる龍に焦りもせず、アリスからの魔力増強を受け入れる風音。早苗から発せられている色よりも明るいオレンジ色が彼を包んでいく。
周囲では、そんな風音の繰り出す炎が渦巻いていた。しかし、草花が燃えないところを見るとやはり幻術なんだと思い知らされる。大人2人の魔力量は、子どもよりもはるかに多い。きっと、これだけ消費しても痛くもかゆくもないのだろう。
とは言え、ユキも魔力量は桁外れて多い。それは、ここにいる全員の量を足しても彼女の足元にも及ばないほど。能ある鷹は爪を隠すではないが、その魔力が周囲にバレないよう隠し続けている。故に、こうやって下界の魔法使いとして違和感なく過ごせているのだ。

「ん、いい感じ。なかなかやるね」
「勢いがあるわね」

満足そうにアリスと言葉を交わした彼は、指を一振りし迫り来る龍を氷漬けにしてしまった。どうやら、風音にとってこの程度は脅威ではないらしい。

「……!?」

炎に囲まれているのにも関わらず、彼の出した溶けそうにない氷が龍を捉える。
どんな魔法も物質の性質を覆すことはない、そうアカデミーで教わったはず。それを知っている3人は、目の前の光景に唖然とした。

「氷じゃないな……」

シールド越しにユキが風音を見ると、彼の指先にある色は緑だった。氷なら性質的に青くなるはず。ということは、別に近づいても凍るわけではない。
ユキは、それを確認すると、

「秘技☆俺は最高に美しい!!!」

と急に叫び出し鏡を掲げた。
言葉のチョイスに、こける3人。……いや、風音とアリスもか。
その一瞬、早苗のシールドが薄くなってしまった。彼は、それを逃す甘い教師ではない。

「焔球増強」

気だるそうな声だが、威力は強い。目の前にいた氷づけの龍を粉々に破壊して、炎の球体がこちらに向かってきた。

「きゃっ……」

咄嗟の出来事に、目を瞑る早苗とゆり恵。

「水門!」

しかし、まことが素早く前に出て水のシールドを4人の前に張った。大きな円を描いた水が、炎の球を吸収していく。このシールドは、短時間ではあるが一度出せば魔力を追加せずとも持続してくれるものだ。アカデミーで習うものだが、実践で使える下界魔法使いは少ないだろう。

「大丈夫?」
「ありがとう」

すぐ体制を戻すゆり恵と早苗。落としてしまった杖を拾うと、そのまま前を向き直した。
向こうの様子は水門で遮られて見えないが、その衝動は空気を通して伝わってくる。風音からの攻撃は止みそうにない。

「なんか、今日はいつもより調子良い気がする」
「あ、私も」
「なんでだろう?」

いつもなら、数回の攻撃でシールドが破られたり、水龍が敵まで行かなかったり。魔力不足で思うように戦えないのに、そこにいる3人の調子がなぜか良かった。
なお、それには鏡を掲げてバカみたいにポーズを取り続けているユキが大きく関係している。

「俺も、いつもより美しい気がする」

そう言って、同調するユキ。
彼女……今は彼か。が、3人に向けて少量ではあるが魔力増強を行なっていたのだ。少量だからか、風音たちには伝わっていない様子。相手だけ魔力増強をしているのはずるいと思ったユキの独断だった。
とはいえ、それを上手にコントロールできるのは3人の実力である。

「リラックスしていこ」

ユキの言葉に笑い、3人は同時に肩の力を抜く。
緊張していても、うまく魔法ができるわけじゃない。彼らは、それに気づいたようだ。
水門がもうすぐ閉じそうになっている。あちらの様子が少しずつ鮮明に見えてきた。

「今だ!」

そう叫ぶと、ユキは持っている鏡の面を風音に向かってかざした。晴れた森の中、幻術で作られた陽の光を遮る葉や枝の微妙な角度を計算し鏡にその光を集め放ったのだ。

「っ!」

その光が、直で風音の瞳を捉えた。光には、魔力が練りこまれている。いくら主界でも、それを避けるのは難しい。

「シールド!」

幸い、その後ろにいた彼女には向いていなかったので、急いで風音の目に部分シールドを張り巡らせる。そこは、ユキの慈悲か。それに気づいたアリスが面白そうに苦笑いしている。
太陽の光に少量の魔力を入れ込むだけで、相手を失明させることができるのだ。まことが光の角度を計算し、その計算通りにユキが鏡を動かす……。下界の魔力量でできる最大限の連携だった。

「なるほどね。よくやったよ」

シールドで防ぎはしたが、少し当てられてしまったようだ。少し眩しそうに目を細めながら風音が言う。
と、同時に先ほどとは比べものにならない殺気をその身体に纏い始めた。

「オレも本気が出せるようで、嬉しいよ」

立っているだけで、肌がピリピリとして動けない3人。怯えた表情で、その変化を感じ取っている様子。
そう、これが主界の魔法使いだ。下界の魔法使いにはない、雰囲気、魔力量、技術。力の差を見せられた3人は、今にも膝が崩れそうになっている。

「……」

ただし、ユキはこのくらいの殺気には動けるよう訓練されている。が、今は下界の魔法使い。怖がらないのはおかしいだろうと思い、周囲の様子に従う。

「すごいね……」

と言い、真っ先に膝を地面につける。そして、少しずつ……時間をかけているふりをしながら両手を前で組んだ。
すると、4人の周りに半球のシールドが展開される。

「え?」

それは、魔力も弾くが、殺気などで精神干渉されないようにするシールド。包まれた中は暖かく、中にいた3人のこわばりも解消されていく。

「ユキ、すごい魔法知ってるね」
「俺の国で習ったやつなんだ」

見た目は普通のシールドだが、かなり高度な技術と魔力が必要な技である。無論、この魔法はアカデミーで学べるようなものではないのはお察しのこと。
必死に、瞳の色を変えない程度にそこへ魔力を注ぐユキ。魔法界にない色なので、怖がらせたら一貫の終わりだとわかっているのだ。

「へえ、うちの国でもやってほしかった!後で教えて!」

ゆり恵は、ますますユキに惚れ込んだようでこんな状況にも関わらず目がメロメロだ。早苗はというと、この空間の暖かさに静かに魔力を回復させている。

「本当にすごいね、魔力も戻ってくる感じがする」
「やっぱり?なんか身体がふわふわしてて気持ち良い」
「ありがとう、ユキ」

それは、ユキの回復魔法。空間限定で、魔力譲渡をしているのだ。
これから起きることを予想したユキが、3人を癒していく……。


***


「(ちょっと、あれは下界のものじゃないでしょ)」

その球体を外から見ていたアリスは、ちらっと風音の方を見る。球体は半透明なので、中で何が起きているのかまではわからない。まさか、それにプラスして回復魔法まで使われているとはアリスでも思わないだろう。
いや、あの球体だけでも相当な魔力を消費するはずだからおかしいのには変わらない。

「あいつら、良いチームになりそうですね」

風音は、その様子を見ながら嬉しそうにアリスへ声をかけた。

「へ?あ……そ、そうね」

急な話題振りに当惑するアリス。ユキの展開したシールドを怪しんでいないようで、安堵していたところに話しかけられたのでどもってしまった。

「ちょっと遊んでみようと思います」

ペロリと唇を舌で舐める艶かしい音がすると、殺気はそのままに彼は地面へ両手をかざした。その恍惚とした表情は、マスクに隠れて誰にも見えない……。

「……風音くんも鬼畜ねえ」

青い光が溢れ出した手から地響きが始まり、それはすぐに4人にいるところまで届く。

「え?」

気づいた頃には、地面が割れて4人は足元を取られていた。
シールドが強制解除され、風音の空間移動により散り散りになる。4人全員が、彼の魔法によってどこか方々に放り出されてしまった。いつの間にか、その空間に生徒の姿は見当たらない。
それを見届けた風音は、

「これからが本番だな」

そう言って、楽しそうに笑った。


          

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