純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

8:光を求めて①




「……」

城の執務室に置かれているレンジュ皇帝の席に、女性が座っている。見た目からして、かなり若い。張りのある肌が、その服からのぞいていた。
よく見ると、その顔立ちはどこか彩華を連想させてくる。その女性は、

「……たまにこの姿にならないと忘れそうになるよ」

と、目の前にいたアリスに向かって話し出す。その声は、誰が聞いても落ち着きを植え付けさせてくるだろう。それほど、安定した声だった。

「ユキみたいですね」
「ああ、あいつは器用なやつだよ」
「……あまり魔力消費しないでくださいね」

2人は、顔見知りのよう。アリスは、皇帝の椅子に座る彼女を特に注意することもなく話しかける。

「アリスは優しいな」
「……」

その女性は、立ち上がってアリスの頭を優しく撫でる。彼女は、気持ちよさそうにそれを受け入れた。

「いつもありがとう」
「いえ、仕事ですので」

その部屋の中、2人の声がこだまする……。



***



「おはよう」

魔警勤務も、3日目をむかえる。
チーム全員が、本館のどこに何があるのかを理解し始めていた。

「おはようございます」
「おはよう」

ロビーに集合したまことたちと、その周囲で慌ただしく駆け回る魔警の人たち。その対照的な行動は、彼らだけ時間の流れが遅いように感じさせてくる。
風音は先に来ていたようで、ロビーに置かれているソファでくつろいでいた。……いつも通り、ちょっと眠そうだ。

「あれ、天野は?」

その声に、キョロキョロしだす3名。確かに、彼だけいない。

「あれ、さっきまで一緒にいたんだけど……」
「だよね、さっきまで昨日の任務について話してたし」
「……あ、いた」

最初に見つけたのは、まことだった。その視線は、受付へと向けられている。他のメンバーがそれにならって首を動かすと……。

「お姉さん、帰り暇?」

なんとユキは、初日に「独身だ」と教えてもらった受付嬢を口説いていた!よく覚えていらっしゃる。

「え、あ……ひ、暇です!」

受付嬢の頰は、遠くから見ているNO.3メンバーにもわかるほど、真っ赤に染まっている。あれは、完全にユキに惚れ込んでいる顔だ。
これも魔法の一種なのだろうか?だとしたら、なんとも無駄な使い方をしていることになる。

「じゃあさ、お仕事終わったら俺と一緒にご飯行かない?」
「ぜひ!」
「美味しいフレンチのお店知ってるんだ」
「わ、私フレンチ大好きで!」

と、受付嬢は「フレンチ」が何なのかを理解していないのがわかるほど、ものすごい勢いで頷いている……。
それを見て、まこととゆり恵がため息をつき、早苗は笑う。風音といえば……ソファで寝ている!これでは、ユキと同レベルだ。
唖然とする人たちの中、最初に動いたのはゆり恵だった。彼女は、受付にドスドスと音を立ててそうなほどの勢いで向かい、ユキの手を掴む。

「ユキ君!ほら、行くよ」

ゆり恵の声にハッとした受付嬢。やっと、仕事中なことを思い出したようだ。
だが、それを咎める他の受付の人はいない。なぜなら、全員ユキにメロメロだから。……大丈夫か、魔警受付。
ゆり恵がユキを引っ張って連れてきたおかげで、やっと4人が揃った。

「いや、モテると困るね」
「そ、そうね」

自分から声をかけに行った人が何を言う。
その言葉に、早苗が笑いをこらえている。

「ちょっと!先生も起きてよ!」

と、こちらでは怒りっぽい口調のゆり恵の声が。他の人がそちらに視線をむけると、なんと、ソファで風音がまだ寝ていた。腕を組み目を閉じて、完全に眠っている……。

「待って、ゆり恵ちゃん静かに。今チャンスだよ!ガスマスク、取れるんじゃないの?」
「確かに!」
「見たい」

ユキが、3人の好奇心をくすぐるような言葉をかける。
誰も異論を唱える人はいない。それほど、見たかったということか。まあ、顔半分以上を隠している厳つめのガスマスクなんて、怪しさ抜群だもんな。
代表して、ユキが寝ている彼に近づきマスクへと手を伸ばした。

「聞こえてるっての」

それと同時に、ぱちっと目を開ける風音。ギロッと鋭い瞳で目の前にいた人物を睨みつけるも、ユキにそれはあまり効果がない。後ろで見ていた3人から、深いため息が漏れた。
あくびをした風音は、ソファに座ったまま大きく背伸びをし、

「さて、今日の配置について話そうか」

気だるげにそう言った。きっと、瞼を閉じたらまだ寝れるだろう。それほど、眠そうだった。体質なのか、任務が詰まっているのか、ユキにはわからない。

「その前にマスク取ってほしい」
「あ?まあ、……そのうちね」

と、取る気は無いようだ。
風音は、立ち上がり指を一振りさせて用紙を取り出した。パチパチと音を立てて紙が現れると、まことたちの目がキラキラと光る。自分たちの使ったことがない魔法を目にすると、探究心が刺激されるらしい。

「今日の配置を発表するよ」
「(2課だけはやめてくれ……)」

両手を組んで祈るユキ。しかし、それも虚しく

「2課、天野・真田コンビ。3課、桜田・後藤コンビ」

と、言われてしまった。
落胆するも、それで諦めるユキではない。

「え、私3日連続?」
「あ、じゃあ俺交換」
「3課のリーダーが桜田の働きぶりを気に入っててね。指名されたから頼むよ」

しかし、ゆり恵の驚いた声にかぶってしまったユキの提案は見事に無視される。その言葉に嬉しそうな顔をする彼女は、ユキのこれ以上ないほどの拒絶顔に気づいていない。

「はい!お役に立てるなら……」
「俺も3課に……」

ユキの2度目の発言に、

「天野は瀬田さんからの指名があって。動かせないよ」

と言い放たれる。昨日も同じことを言われたな、と呑気なことを考えるだけの余裕はあったようだ。昨日のことをそれで思い出し、

「じゃあ、解剖でいいから……」
「いや、本来下界がやって良いところじゃ無いから」

と言うものの、やはり却下されてしまう。
昨日はやらせたのに!そう言いたいのをこらえ、とにかく睨み続けるユキ。しかし、彼はしれっとそれを受け流す。日が浅いわりには、ユキの扱いに慣れつつあるようだ。さすが、教師の資格を持つだけある。

「解剖って……死体解体やったの!?」
「嘘!?ユ、ユキくんが?」

その話を聞いて驚いたように瞳を見開いたゆり恵とまこと。早苗の隣で吹けない口笛を一生懸命鳴らしてごまかしている。……全くごまかしになっていません。

「やったかどうかはわかんないけど、天野が居眠りしたから補習として見学に連れてったよ」
「怖い……」

と、早苗が至極真っ当な反応をした。他の2人も、血の気が引いているようで、顔色が真っ青だ。それほど、「解剖」というのは一般人からしたら嫌厭されるもの。だからこそ、そこで長期間働いている千秋はいろんな意味ですごい人なのだ。

「俺も……」

昨日のことを思い出したのかなんなのか、ユキも素直に賛同した。その場の空気が数度下がったのか、寒そうなポーズを取っている。

「で、何したの?」
「え、あ、いや。ただPCで書類整備しただけだよ!まさか解剖なんてしないよ!はは!見学見学!」
「そ、そう」

と、またもやわかりやすいごまかしを……。ただ、それに気づいた人はいなさそうだ。
それ以上に、色々なことを想像しているのかお葬式のような表情をする3人。と、目の前の出来事が見えていないのか、いまだに眠そうな風音があくびをしているだけ。

「まあ、今日も頑張ってね」

と、そんな彼が話をまとめると、

「はーい」

4人は返事をし、それぞれの場所へと向かった。もう、行くべきところはわかっている。初日のように、地図を見たり人に聞かなくても行けるようになっていた。
見送る風音は、手を振りながらも再度ソファに腰を下ろしている。ということは、また眠るのか。
それを視界の端に入れた4人は、顔を合わせながら笑った。



***



「おはようございます」

まことが部屋に入ると、やはり書類の山で奥が見えない。なんなら、初日と変わらず床も見えないし、窓もどこにあるのやら。電球の明かりだけなので、夜のように感じる。電気がつけられる程度には天井が空いているだけマシだ。
どうやったら、ここまで書類をためられるのか。まことは、首を傾げた。

「おはよう」

奥から藤代の声が聞こえると言うことは、またこの書類を片して奥に行かないといけないと言うこと。

「藤宮さん!今日もよろしくね!!!!!」

前回名前を間違えられたことを根に持っているのか、ユキが書類に向かってそう叫んだ。すると、

「ははは、元気が良いね。じゃあ、前回と同じ要領で頼むよ」
「あら、ユキくん来てるの?」
「まことくんも来てる見たいよ!」
「いや~ん、私完徹だから顔見られたく無い~」
「待って!メイク直してくる!」
「ちょっと!仕事してよ!」

と、藤代以外の声も聞こえてくる。
相変わらず、2課はテンションが高い。まことが苦笑しながら、

「よろしくお願いします!……じゃあ、始めますか」

と言い、腕をまくった。そのフレッシュな行動は、ユキの瞳に新鮮に映る。

「やろう〜」

手始めに、目の前の山を崩しにかかった。いや、目の前の山を崩さないと、他に手をつけられないから仕方なくというところ。
絶妙なバランスを保っている書類の山。上から取らないと、書類で窒息死しそうだ。ただ、その上が自分たちの身長よりも高い。出来るだけ、崩れそうにない場所から取らないといけない。

「昨日綺麗にしたんだけどなあ」

器用に書類を引っ張り出しながら、まことが首をひねる。それだけ、2課の担当している仕事で違反者が多いと言うことだろう。しばらく、無言で2人とも書類整理に集中する。
まことは、机があっただろう場所を覚えていたのか、そこを重点的に手入れしている。効率が良く、ユキから見ても感心する。
そんなユキはと言うと……。

「まーるかいて~」

いらない資料にお絵かきをしている!
まあ、真面目にやるわけないですよね。

「お山にこうちゃんがいまして~♪」

……それ、なんて歌ですか。
まことが、それを見てクスクスと笑っていた。

「ユキ、いつも言ってるこうちゃんって誰?」

汗をかきながら、ユキに問う。まさか、皇帝のことだとは夢にも思わないだろう。
すでにまことは机を掘り出し、書類の必要不要を分けている。少しはユキに見習ってほしいものだ。

「ん~?こうちゃんはねえ、マイフレンド」
「へえ、出身地の?」
「え、こうちゃんの出身地ってどこだろう?こうちゃん村とか?聞いたことない」

誰も聞いたことないだろうな……。
ユキの発言に、再度まことが笑ってくれる。彼は、どこまでも優しい。

「ふっ。じゃあ、こっちで知り合った人なんだね」
「うーん、知り合ったと言うかある日森の中で出会ったみたいな」

そうか、熊か。

「へー、ユキは友達多そうだよね」

と、彼は真面目に受け取っている。ちょっと不憫に思えてきた……。

「まこととも友達だよ?いや、仲間かな」

その言葉に嬉しそうに笑う、まこと。決してユキに「仕事やれ」とは言わない。彼は、そんな人だ。
人に優しく、影では努力家。苦労人のはずが、それを感じさせない性格がみんなに好かれるのだろう。おっとりとしたそんな雰囲気が、ユキも好きだった。

「どう?捗ってる?」

その時、書類の山を挟み奥から女性の声が聞こえてくる。

「(げ)」

露骨に嫌な顔をするところを見ると、その声の主はアリスだろう。お絵かきをしていたユキの手が止まる。
まことがそのタイミングで紙をチラッと覗くと、何気に上手い熊が描かれているのが見えた。これが「こうちゃん」か、と彼が思ったのは言うまでもない。

「はい、不要なものをまとめています」
「そう。隣の部屋にもお願いしたいものがあるんだけど、どっちが区切り良い感じ?」

彼女は、そう言うと書類の山を器用に崩して姿を現す。
どこか教師を連想させるハキハキとした感じ、髪をアップにして少し男勝りを感じる容姿。仕事ができる人の特徴を詰め込んだような姿が、アリスだ。今日は、珍しくメガネをかけている。
突然の登場に、ユキはなすすべもなく。

「天野くんの方が区切り良さそうね」

と、にっこり笑いながら言われる言葉を唖然とした表情で頷くしかできない。

「え、あ。はい……」
「じゃあ、ユキが隣で僕はこっちで続きやるね」
「そ、そうだね」

まことは、そのまま続きをやるべく書類とにらめっこして内容を確認している。それを邪魔するのは気が引ける。

「行きましょうか」
「……はい」

観念したユキは、アリスと一緒に隣の部屋についていくことにした。いや、ユキ的に言うと、「連行された」に近い。

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