純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

7:眩いほどの灯火は、希望か絶望か②



作業台には、先ほど通った時にはなかった3つの遺体がそれぞれ用意されていた。

「じゃあ、いつも通りに」

千秋はそれだけ言うと、ユキに向かってナイフの類と白衣、専用マスクを投げる。
パシッと音がし、ユキがそれを受け取った。かなり重そうな刃物だが、2人とも軽々持っている。

「待ってよ。今さ、こうちゃんの任務中なの」

そういうと、全身変化で青年ユキに。作業台が高めなので、12歳の姿だと届かないのだ。千秋は慣れているようで、何も言わない。
特に目線を動かさず、そのまま遺体を舐め回すような目で観察している彼女を横目に、文句を言いつつユキもマスクをつける。

「あーそうだったんだ」
「知らない体でいてよ。色々面倒だから」
「めんどくさそー。地上は大変だねえ」

千秋は、頭脳が飛び受けて優秀だが極度に面倒くさがり。自分の好きなことにしか興味を示さず、知識も偏り気味だ。今、その知識は、もっぱら人体解剖に行っている。
医療関係の資格を総取得しているのにもったいないと周囲に言われ続けているが、本人には関係ない。まあ、故にこの仕事が続けられると言っても過言ではないのだが。

「ユウトにも内緒?」
「当たり前じゃん。これ以上は任務に支障をきたす」
「ふーん、了解」

やけに素直な千秋に違和感を覚え、白衣の前ボタンを止めていた手が止まる。

「その代わり、魔警来てる間だけでいいからこっち手伝ってよ」
「……」

露骨に嫌な顔をするが、千秋は一向に気にしていない。なぜなら、すでに視線は遺体に向かっているから。

「ついでにまた解剖させて」

ザクザクと遺体を切っていく人が言うのだから、リアリティが違う。ユキは、その言動に背中がゾワっとした。だから、彼女と2人きりになりたくないのだ……。

「無理に決まってる!前も言ったけど俺は生きてんの!」

そう言って、ユキも遺体と向き合う。先に髪の毛を丁寧に剃り、脳みそ解剖の邪魔にならないようにした。以前彼女に教えてもらった、レンジュ方式の解剖方法らしい。
なお、すでに千秋は脳解剖に着手していた。

「ふーん、あんま変わんないじゃん」
「……話が通じない」
「あはは。……あ、そいつ隣国のやつだから開ける時気をつけて」
「……OK」

隣国は呪術が得意なので、たまに起爆符が脳に組み込まれている時がある。知らずに開けたら部屋ごとドカン。慎重に解除しながら作業しないといけない。

ユキは、彼女から遺体解剖を8歳のとき習った。その時、大事件が起きる。
メスが身体に刺さってしまい大怪我を追ったのだ。しかし、抜いた瞬間に傷が治ったところを千秋に見られてしまい標的にされてしまう。
それから1年は狂気の目をした彼女に追いかけ回され、住居を転々としないといけなかった。あの時の恐怖は、何年経っても忘れられるものではない。今でもたまに夢に見るほどだ。
皇帝と今宮が必死で止めなければ、今頃解体され一つひとつの臓器を研究としてホルマリン漬けとかにされていただろう。彼女は、平気でそのくらいはする。
それを思い出したユキは、今宮のいる部屋に向かって静かに合掌した。

「何してんのさ、早く終わらせようよ。後が詰まってんの」
「へーい」

太い刃物からメスに変え、脳を開く。幸い、起爆符は仕掛けられていなかった。

「あー、これは面倒」

しかし、頭蓋骨に陥没やひび割れが十数ヶ所見えた。これを、魔法でひとつずつ原因追求しないといけない。中には、敵国の知られざるデータがあるかもしれないためだ。
解剖部メンバーでさえ時間のかかる作業で、この傷を見つけたらまず残業は避けられないと言われている。

「うわ、これは残業だわ」
「……いや、フィールド展開して。魔力見えないように」
「え、マジ?嬉しいー。フィールド展開」

ここで、ユキの本領発揮である。これがあるため、ユキは解剖部に……と言っても千秋に……重宝されていた。
刃物をおき、呪文を唱え始める千秋。すると、ブワッと見えない何かが部屋一面に広がった。見た目が変わらないので、傍目から見たら何の変化もなく首を傾げることだろう。だが、そこに何かがあるのは確実にわかる。
別に、この場所は地上のように魔法が禁止な訳ではない。隣にいる風音に異常な魔力量を見られたくない故、こうやってフィールドで隠すのだ。

「よーし、本気出すぞ~」

両手を広げると、青い光がユキの手を包み込む。その手を、遺体の頭蓋骨にゆっくりと重ねていった。

「おー、素敵ー」

この青い光は、魔法の中でも「補助魔法」と呼ばれる部類の色。その色が濃ければ濃いほど、強力で魔力を大量に消費する魔法になる。幻術はピンク、強化魔法はオレンジ、回復は緑といった具合に、魔法の色には全て意味があるのだ。
ユキが手のひらを開くと、そこから大量の文字が出現した。隣で、千秋がその流れを興味津々に見ている。

「365打撲、722治験、45・3治験、44・3治験。3728197治験、33起爆差し込み、転送2回。実験体に33投入、2119と223の混合起爆剤を塗布、7718773治験、3728197治験。起爆剤解除2回、33起爆差し込み、転送1回、45・3治験、44・3治験。45・3治験、44・3治験。45・3治験、44・3治験。1822222エラー……」

ユキの口から、呪文のような言葉が溢れてくる。
これは、対象者の記憶を引き出す魔法。生きている人にできる魔法使いは多いが、遺体でも可能な人はユキくらいだろう。
過去に干渉するのだ。一般魔法使いの魔力では対応できない。もちろん、千秋にも。だから、重宝されるのだ。

出てきた文字を、そのまま千秋に向かって吸収させるべく手を振って投げ飛ばす。

「あー。情報量多すぎ、気持ちいい」

これだけの量だと、送った相手にも頭痛として副作用が生じる。
それでも、受け取る彼女にとっては興味の対象になるらしい。この苦痛を毎回喜んで引き受けてくれる。

「ふう。とりあえず、もう一体に起爆符あるから気をつけて」
「待って、痛い……」
「フィールド切っていいよ」

そう言って、ユキが千秋の頭に回復魔法をかけるべく緑色の光を出す。なんだかんだ言って、助けてしまうのもユキの優しさだろう。
千秋の背中を壁につけて楽な体勢にさせると、そのまま解剖の続きをした。彼女は、素直にフィールドを切る。

ユキは、その間も皮と頭蓋骨を丁寧に剥がし、作業台に並べていく。隣国の人間だと、引き渡しもあるので魔法で柔らかくしたり、透過したりして傷つけないように作業しないといけない。その手順も、今後ろで休んでいる彼女から学んでいる。

「あー。毎日やってる千秋の気が知れない」

流石に顔色が良くない。
魔力の使いすぎもあるが、原因は遺体解剖そのもの。嫌な思い出が鮮明に蘇る……。
文句を言いつつ、2体目の起爆符解除をし千秋がやっていた中途半端な遺体まで片付けてしまう。部屋には、千秋の荒い息遣いとシュッと皮膚を切る音、骨を割る音しか聞こえない。ある意味、異様な空間だろう。

「ほい、完了。データはPCに転送するよ」

全て始めと同じ状態に遺体を戻すと、作業台の隣にあるパソコンへ指を出し転送魔法をかけた。これで、データ転送ができる。

「サンキュー。ユキがいて助かったわあ」
「直接送ったやつは千秋がまとめてよ」
「ういー」

完全に体力を奪われている千秋に回復魔法と魔力譲渡をかける。あれだけ魔力を消費してもまだあるユキは、ますます彼女の実験対象になるだろう。それでも、目の前で弱っている人がいれば見捨てられない。

「あー、楽になった」

立ち上がり、背伸びをする千秋。ツヤっとした髪の毛が蛍光灯の光にきらりとひかる。
黙っていれば美少女なんだけどな、と自分を棚に上げたようなことをユキは思っていた。ただ、寝不足のクマとやってる仕事が物騒すぎて彼女に誰も寄ろうとしないだけで、きっと外に出れば何も知らない男性にモテるだろう。

「もうこれ以上は無理。居残りはこれくらいで良いよね」
「んー、明日も来てくれるならいいよー」

ノートパソコンのデータを確認しいくつか追加する彼女は、電源コードを引き抜くとサッとそれを脇に抱える。そして……。

「……それ本気で言ってる?」
「マジマジ~。ユウトに許可もらってくる!」

ユキが止める間も無く、悦の表情をしながら隣の部屋へ猛ダッシュ!

「あー、待って!嘘でしょ!!助けるんじゃなかった!!!」

毎日こんな重いことやらされてたら身体が持たない。しかし、千秋にはそんなこと関係ない……。少年姿に戻り服を脱ぎ、道具を台の上に置くと急いで追いかけた。
しかし、すでにニッコニコで風音に交渉している千秋が目に飛び込んでくる。遅かったか。

「ねえ、いーいーでしょー」

ユキは、今宮の方を向いて「止めてくれ」とテレパシーを送ったが無視。先ほどの「居眠り」が効いているようだ。千秋から受け取ったパソコンをソファに身を沈めながら静かに確認している。

「そこまで言うなら、明日朝手続きしてOK出たらこっち行かせるよ。そんな役立ったのか?」
「そりゃもう!」

千秋のキラキラとした瞳がユキを捉える。

「結婚したいなあ」

ユキは、本日2度目のゾワっとした何かが全身に駆け巡るのを静かに感じ取った。千秋の言葉には、嘘がないから怖いのだ。

「結構です!!!もう学ぶことないから、まことと2課行きたい」
「そう言えば、2課でも瀬田さんからお前宛にヘルプきてるからどうしようk「いえ、千秋さんのところで良いです」」

その返答までの間は、約0.1秒。いや、それ以下。
「瀬田」の名前が出た瞬間、ユキは真顔になった。彼女もユキをコキ使う人間なのだ。その話は、おいおい。

「……そうか、検討しておくよ」

風音がいろいろ「?」を浮かべるも、ここに説明してくれる人がいないことは理解しているようで何も聞かない。

「(早く1週間経てーーーー)」

テンパるユキを、今宮がニヤリと見ていた。それに気づき睨み付けると、平然とパソコンに視線を戻すのだからダメージはなさそうだ。

「じゃあ、今日は補修終わりで。オレは千秋に話があるから、先に帰宅してて」
「はーい」
「明日遅刻するなよ。帰り道わかる?」
「私も失礼するので、地上まで送りますよ」
「今宮さん、ありがとうございます」

今宮も立ち上がり、パソコンを閉じるとユキに続いて部屋を出る。それを、いつもの調子で手を振って2人を見送る千秋。ユキは、それに応える元気が残っていないようだった。

「ヒヤヒヤさせないでくださいよ……」
「いいじゃん、バレなければ。千秋には口止めしたから」

廊下に出ると、他の人には聞こえないよう小声で会話する。
しかし、今宮のため息は聞こえただろうな。そのくらい大きかった。

「楽しいですか?」
「……?うん、楽しいよ」
「なら良いですよ」

今宮に居眠りを叱られると思っていたユキは拍子抜けする。そんな様子を見て、笑う今宮。質問の意味がわかっていないらしく、首を傾げている姿が面白いらしい。

「……とりあえず、その魔力を補充して明日に備えてくださいね」
「あんなの明日もやらされるの無理ー」
「居眠りしたユキさんが悪いですよ」

と、まあ、やっぱりげんこつが飛んできた。
地上に出たところだったのもあり、その行動は目立つ。チラチラと、2人を見ている職員がちらついた。

「った!!あー、昨日の任務で風音先生と顔合わせしたくなかっただけで」
「言い訳はなし!」

やっぱり、厳しい。
今宮は一発かますと、笑いながら手を振って出口へと去ってしまった。

「……楽しいのは本当だよ」

それを見送るユキは、立ち止まるとポツリと言葉を口にする。
その言葉は、小さすぎて彼には聞こえなかっただろう。


          

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