純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

8:罠の仕掛け人


八坂は、アカデミーの中庭で男子生徒と話していた。
中庭には他にも生徒がたくさんいて、各々過ごしている。待ち時間に待機場所で見かけた生徒はいなかったので、きっとアカデミー在学生だろう。女生徒の、キャーキャーとした甲高い声が響く。

「(んー、怪しくなってきたなあ)」

八坂とその生徒が話している光景に、違和感はない。しかし、彼に追いついたユキは、その男子生徒の恰好をした人が生徒ではないことを既に見抜いていた。
彼らから死角になっている近くのベンチに腰をおろすと、腰に巻いていたバッグから本を出して読み始める。

「……の生徒を……―して」

周りのにぎやかな声で、八坂先生たちの会話は断片的にしか聞こえない。ユキは、集中し両手の人差し指を小さく振った。

「帰る前に、これを渡してくれ。報酬はいつもの場所に」

すると、彼らの会話が耳に届くようになる。どうやら、何か取引をしているようだ。八坂の声は、先ほどの試験の時と異なり影のあるもの。その変化だけでも、怪しさが募っていく。

「わかりました」

様子を見る限り、双方取引に慣れている。無駄な会話がない。

「……(麻薬か?)」

八坂先生が、分厚い本を男子生徒へと渡すのが見えた。魔導書かなにかだろう。その本の裏面に、複数の小さな袋が見える。男子学生は本を受け取り袋をポケットに入れると、中庭を横切り建物の中に素早く消えた。

「(きっと、魔力増強剤と謳って麻薬を広めているんだ)」

八坂は、試験で魔力が弱い生徒を探していた。その生徒に、「魔力が強まる」と言って渡せば高い確率で飲むだろう。今の取引で、そう確信を得た。

「……(そんなんで魔力は強まらないのに)」

麻薬は、一度手に取ってしまえば未来はない。馴染みのない生徒には、それがわからないのだろう。教師の立場でありながら、生徒にそれをすすめている彼に、強い怒りを覚える。子どものことが大好きな
綾乃が知ったらどう思うのか。

「ひどい……」

呟きが口から漏れ、本を持っていた手に力が入る。
変に人気のない所で行うと目立ってしまうため、こうやって人が集まるところで情報と商品を渡しているのだろう。まだ中庭をぶらつく彼に目を向けると、おしゃべりをしている生徒に話しかけているのが見えた。
ユキは、持っている本をポンッと閉じる。

「(八坂先生は後だ。先にあの偽生徒を追おう)」

八坂が、ユキの存在に気付いた様子はない。それを確認するとベンチから立ち上がり、そのまま男子学生が消えた建物へと向かう。
今頃、待機場所で結果が発表されている頃だ。出席したかったが、仕方ない。こっちの方が、ずっとずっと大事だ。

「間に合うといいんだけど」

ユキが男子学生の気配をたどると、やはり待機場所方面に向かっていた。気配をたどられないように魔力を散らしているところから見て、上界クラスだろう。身体変化もしているので、相当な実力者と見て間違いない。

「……(いた)」

男子生徒は、待機場所前の広場で誰かを待つようにして立っていた。まだ発表は終わっていないようで、人が出てくる様子はない。
ユキは、一旦物陰に隠れ青年の姿へと身体変化し、男子生徒に声を掛けた。

「へい、ファミリーアレキサンダー!」

周囲がユキの大きい声に驚き振り向く。男子生徒は、まさか自分が呼ばれているとは思わなかったようでワンテンポ遅れて反応してきた。

「……?」
「久しぶりじゃないか!いつ帰ってきたんだい?みずくさいじゃないか、アレキサンダー」
「人違いですよ」

男子生徒は、ユキを胡散臭い目で見るとそう言った。その目は、「関わりたくない」と言っている。

「いやいや、そのキュートで魅力的な瞳の輝き具合はマイブラザーのアレキサンダーだ!俺にはわかる!」
「はぁ……」

……こんな反応、アカデミーの受付でもされてたな。

「兄弟だって」
「似てないよね」

その会話を聞いていた女子学生が、こちらをチラチラ見ながら話している。男子学生は、

「人違いですって」

と、周囲に聞こえるように少し大きめの声で言い直していた。すると、

「ぐすっ……アレキサンダー。君は、どうしてしまったんだい?母さんが悲しむぞ」

そう言い、泣き出すユキ。……あれ、演技ですよね?演技、ですよね……?

「アレキサンダー!!俺はいつまでもお前を愛しているぞ!マイスイートブラザー!」
「いやだから!」
「いやいや、俺にはわかる!積もる話があるだろう。ゆっくり話ができるところに行こうじゃないか」
「いや」
「ほら、マイブラザーアレキサンダー!海外アカデミーでの勇姿を聞かせてくれよ!」

男子生徒の肩に腕を回すと、場所を移動するため誘導する。周囲はやはり、ユキの声に驚き振り向き不審そうな目を2人に向けていた。いや、その目はユキではなく「アレキサンダー」だけに向いている。イケメンは、こういう時に優遇されるのだ……。
男子生徒の拒否も空しく、言われるがままに待機場所前の広場を出る。いや、出されてしまった……のが正しい。ユキは、グシグシと泣きながらも、

「アレキサンダー!」

と相変わらず叫んでいる。見ていた人たちは、その2人を唖然とした表情で送り出すことしかできない……。


***


「いや、人違いですって」

移動しながらも、男子生徒の抵抗は続く。が、ユキの力がそれを許さない。人気のない教室を見つけると、2人はそこに入った。
教室には、机と椅子が綺麗に並べられている。きっと、ここで座学が行われているのだろう。

「あの、何度も言うけど人違いなんすけど」

ユキの腕が離れて少しだけ開放感を味わう男子生徒は、まだ誤解を解こうと必死だ。

「アレキサンダー……君ってやつは」

しかし、ユキの芝居は続く。

「待ってくださいよ。今から人と会う約束してるんです。アレキ……なんだかわからないが、邪魔しないでくれよ」

男子生徒はイラついた口調で話す。時計を気にしているところを見る限り、やはり勧誘が目的のようだ。ノルマがあるのだろう。しかし、ここで手放しては被害が増えるだけ。

「……グスッ。なんてことだ、アレキサンダー」

そんな彼に、ユキは泣きながらこう続けた。

「麻薬で脳をやられてしまったんだね」
「……!」


その直球な言葉に、男子生徒の表情が一変する。

          

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