純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

3:少年と少年


「あるーひっ♪森のなーかっ♪こうちゃあ〜んに♪でああった~」

無論、少年ユキである。
彼は今、皇帝からもらった任務の下見のため魔法アカデミーに向かっていた。普段ふざけてはいるものの、一度受けたからにはしっかり任務をこなすのだ。どうやら、そのあたりの区別はあるらしい。
魔法アカデミーは、皇帝やユキの住まう城があるセントラルから森を抜けたところに位置する。今日は天気が良いので、散歩がてら歩いて移動していた。

「んー、折角森へ行ったのにこうちゃんに会うのはどうかと思うなぁ」

自分で歌っておいて、これである。

「俺なら、普通にクマさんと出会いたい」

なら、素直にそう歌えば良いのでは?
道すがら適当な曲(なぜかすべてに「こうちゃん」が登場する)を歌うものだから、先ほどからすれ違う人が不審な目で見てくること見てくること。しかしまあ、ユキは当然そんな視線気にしない。

「はぁ。まことちゃんが試験落ちたら、俺もアカデミー生になるんだよなあ」

この世界では、魔力のある人間は5歳からアカデミーに通い魔法の勉強をするのが決まりだ。つまり、ほとんどの人がアカデミーへと通う。
そして、7年後の最終試験をクリアすると、下界にランクアップし報酬を得られる任務が受注可能に。そのため、アカデミーに通うことは魔法使いの登竜門と言われていた。

「でも、俺なら試験で満点取れるな。イケメンだし、ウン」

と、よくわからないことをつぶやくも、120%イケメンは関係ないと言い切れる。しかし、憎たらしいことにユキの顔立ちは整っているのだ。世の中、報われないとはこの事を言うに違いない。

「あ!もしかして、こうちゃんったら、本当にアカデミーからやり直せとか思ってないでしょうね!」

ユキは、アカデミーを卒業していない。あの、忌々しい過去があったため。
彼女にとってその場所がどう映っているのか定かではないにしろ、良い気持ちのする場所ではない。しかし、任務となればなんでもこなさないといけないのだ。
まあ、まことが不合格でない限りユキがアカデミーで退屈な授業を聞くことはない。皇帝が言っていた通り、彼は優秀な生徒らしいので合格は間違いないだろう。

「はー、なんでもいいけど楽しみだなー」

皇帝から言い渡された任務は、「真田一族の末裔を護衛すること」。それも、管理部として。その、「護衛」とは何をさしているのか。それを調べて理解するのも仕事の内。
何が起きるのか、ユキはわかっていない。もしかしたら、皇帝でさえも。

「まずは、情報収集!」

ユキは、張り切って歌を唄いながらアカデミーへの道を進んでいった。そろそろ、魔法特殊警察あたりに通報が行くだろうな。不審者として。


***


魔法アカデミーでは教師だけでなく、アカデミー生も忙しそうに駆け回っている。
今日は、なんといっても卒業試験。5歳から入学し勉強を重ねたアカデミー生は、12歳になると卒業試験への資格を入手できる。
7年間、学んだことを出し切る機会を無駄にしてはいけないと、試験を受ける総勢73名のアカデミー生たちは張り切っていた。

「筆記テストが難題だな」
「私は、実践。緊張して失敗しそう」
「実践は失敗したらそこで終わりだから余計怖いね」
「そんなの気合だろ~。どうにかなるって!」

そんな彼らは、自身の座席に座りながら雑談を楽しんでいた。……いや。楽しむというよりは、緊張を頑張ってほぐすために口を動かしている、という言い方の方が正しい。どんなに張り切っていても、一同は不安を隠せないのは仕方ないこと。

「まことは一発合格だな!」

自分の名前が呼ばれて、ビクッとした少年。
そう、この少年が真田さなだまこと。小柄で頼りなさそうな外見とは裏腹に、成績優秀で判断力に優れた期待のルーキーだ。彼が今回の試験で落ちるなら、今年の合格者はいないとまで言われている。

「はは、どうかな。僕、緊張すると失敗増えるから……」
「そんなこと言って!先日の抜き打ちだって一番だったじゃないか!」
「そうよ!それに、私たちはあなたが練習に付き合ってくれたおかげで成長したのよ。もっと自信持ってくれないと、私たちが不安になるじゃない」
「そうは言っても、緊張はするもんだよ!」
「あはは、まことは相変わらずだね!」
「今ので元気出たよ」

と、みんなの言葉に微笑みながらまことが弱々しく受け答えをしていた。どうやら、性格は見た目と一致するらしい。
彼の隣では、暗めだが綺麗なピンクの髪色をした2つ縛りの女の子が笑っている。

「でもさ、下界になったらみんな離れ離れだよなぁ。誰とチームになるんだろう」
「怖い人と同じチームだったらどうしよう」
「かっこいい人欲しいなぁ!」

下界になると、他地方の魔法アカデミーを同期で卒業した魔法使いも含めてチームが作成される。同じアカデミー同士がチームを組む確率は宝くじを当てるよりも低いと言われていた。実際、今までそのような事例を知る人はいない。

「でも、まずは合格しなきゃ!」
「筆記!頑張ろう!」
「「「「おー!」」」」

生徒同士で気合いを入れていると、ガラッと前の扉が開く。今回卒業を迎えるクラスを担当している、綾乃が教室に入ってきた。コツコツと規律のある足音を響かせ壇上に上がると、ざわざわとした空気が一瞬で静かになる。

「はい、みなさん。そろそろ試験が始まります。わかっているとは思いますが、カンニング及びカンニングに準ずる行為は禁止です」

それを聞いて、数人が頷いていた。
教室には、既に試験の禁止行為を監視する上界の魔法使いが5人立っている。一気に試験らしい雰囲気になってきた。生徒たちの緊張感が上がっていく。

「もちろん、筆記で魔法は使えません。発見次第、1年降格されます」

綾乃はそう言って、数枚の用紙を素早く全員の頭上に浮かべていく。ハキハキとした口調、テキパキとした行動は、さすが教師と言ったところ。それでも笑顔は絶やさないのだから、相当子供が好きなのだろう。

「準備は良いですね。……では、はじめ!」

その声と一緒に、一斉に生徒は頭上に浮かんでいる用紙を手に取った。そんな中、まことは一呼吸おいてから用紙を取る。

「……よし」

そう小さくつぶやくと、ペンを握り問題に取り掛かるべく用紙のページをめくっていく。
緊張による手汗で、持っているペンが落ちないかどうか。それが、彼の中で今一番の心配事だった。


***

場所は変わって、アカデミーの門外。

「ほうほう、あれが噂のまことちゃんか」

ユキは、気配を隠して試験の様子を覗いていた。
もちろん、遠視魔法を使って。でないと、この距離から護衛対象の彼を観察することは不可能だ。

「こうちゃんから貰った資料と顔つきが違うなぁ」

当たり前だ。ユキが見ていたのは、まことの隣に座っている可愛らしい2つ縛りの女の子なのだから。その女の子は、問題用紙に書かれている文字を一生懸命目で追っていた。

「はー、可愛いなぁ。一生懸命だよ。手伝ってあげたくなっちゃう」

アカデミー卒業の筆記試験は、魔法の基礎から応用、歴史、呪文発動条件など多岐に渡る内容が盛り込まれている。通常なら「黒世」の問題も出るはずだが、今年の卒業対象アカデミー生に真田まことが居るためカットされていると聞いた。盗まれた禁断書の中に、彼の一族が関わっているものがあったため。

「(ちょっと過保護な気もするけどなー)」

ユキはブツブツ言いながらも今度こそまことの顔を確認すると、遠視魔法を切った。

「さて、アカデミーに入館しますか!」

元気よく、玄関に向かうのは良いが、片手にしょうがを持っているのはなぜか。
そう、小一時間問い詰めたい。まあ、無駄だがな。

          

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