ナイトメアシンドローム
-5-
(悪いがそろそろ限界だ。もう一度言うが少年…、君はあちらへ戻っても浄化されてそのまま消える。
だが、このままここに留まるという選択もある。そうすれば、少なくとも君という存在は残る…。
短い時間で悪いが、今すぐ決めてくれ)
私はそれに従おう。
再び聞こえてきた青ガラスの声。
それは先程よりも小さくなっていて、時間が差し迫っていることを意味していた。
そしてその言葉は、キルトに対する彼なりの救済措置であった。
「そんなもん…」
一瞬だけ。ほんの一瞬キルトの動きが止まると、彼はひとりごとのようにぽつりとつぶやいた。
「青ガラスさぁ…、意外と察し良くないよねー。おいらの話聞いてた?
バカげた選択はもうしない。最初はさ、自分のことしか考えなかったよ。でも今は…、おいら、優と一緒にここを出たい。
たとえどうなろうがここに縛られるくらいなら、魂だけでも…、元いた世界へ帰りたい」
それがおいらの、今の願いだ。
穏やかに、そして静かな口ぶりでキルトが答えた。
その目には迷いなどなくて、そんな彼の姿が、優にはまるで写真のように永遠のものに見えたのだ。
優と一緒に――
その言葉に、優の目から涙が一つこぼれ落ちた。
(…わかった。その願い、叶えよう)
青ガラスがうなずいた気がする。すると辺りの景色が変わり出した。
森や湖、空に浮かぶ満月やそこから照らされる微かな光など、全てが黒く塗りつぶされていくように浸食されていく。
そしてそれは優たちの足元にも達し、とうとう辺りは一面闇に覆われた。
「キルト…っ」
優は反射的にキルトの腕をつかんだ。もう辺りは何も見えないが、彼の存在だけは感じ取れていた。
「ごめんなさい、しばらく…、こうしててもいい?」
「おう!好きなだけつかんでていいぞ」
優がつかんできた手を、キルトもまた手を握るかのようにしてつかみ返した。
優はその手にもう片方の手をそえると、両手で彼の手を包むように握った。
(――時間だ)
すると、地面から青白い光の玉が泡のように湧き立ち始めた。
漆黒の闇の中で浮かぶそれらは、辺りを幻想的な風景へと変えていく。
優とキルトは静かに立ち上がった。
(今から君たちを元の世界へ帰す。目を閉じて…、そして念じるんだ。
帰りたい場所を強く思い浮かべろ。そうすれば、全てを忘れて夢として終わる)
ぴた
その言葉に、優は一度閉じた目を再び開けた。
全てを、忘れて――
「優?どうした」
「…元の世界に帰って目を覚ましたら、キルトのことも忘れちゃうのかな」
ぽつりと優の口から素朴な疑問がこぼれた。
この世界に迷いこんできたことは、忘れてしまった方がいいのかもしれない。
でも、それと同時に大切な友人の存在も自分の中から消えてしまうのなら、それはあまりにも悲しい。
そう思うと、優の心がわずかに揺らいだ。
「おいらが覚えてる。たとえお前が忘れちまったとしても…、おいらが優の分までずっと覚えてるからさ。
だから、心配すんな!」
そう言うとキルトは笑った。
出会った時に見たあの人懐っこい笑顔で、それは優の不安を和らげて安心させるには十分であった。
淡い光の中に浮かぶキルトの顔を見つめて、優も静かに微笑むとうなずいた。
「帰ろうキルト、一緒に…っ!」
(さぁ…)
優は静かに目を閉じた。キルトの姿をしっかりその目に焼き付けて。
そして再び目を開けることはなかった。遠ざかる意識の中で、青ガラスの声が聞こえた。
(夢から覚めれば、全ては幻――)
永い悪夢はもう終わりだ。
再び捕われてしまわぬよう、全部全部…
忘れてしまえ――…
たくさんの光の玉が辺りを包むと、そのまま空高く昇っていった。
だが、このままここに留まるという選択もある。そうすれば、少なくとも君という存在は残る…。
短い時間で悪いが、今すぐ決めてくれ)
私はそれに従おう。
再び聞こえてきた青ガラスの声。
それは先程よりも小さくなっていて、時間が差し迫っていることを意味していた。
そしてその言葉は、キルトに対する彼なりの救済措置であった。
「そんなもん…」
一瞬だけ。ほんの一瞬キルトの動きが止まると、彼はひとりごとのようにぽつりとつぶやいた。
「青ガラスさぁ…、意外と察し良くないよねー。おいらの話聞いてた?
バカげた選択はもうしない。最初はさ、自分のことしか考えなかったよ。でも今は…、おいら、優と一緒にここを出たい。
たとえどうなろうがここに縛られるくらいなら、魂だけでも…、元いた世界へ帰りたい」
それがおいらの、今の願いだ。
穏やかに、そして静かな口ぶりでキルトが答えた。
その目には迷いなどなくて、そんな彼の姿が、優にはまるで写真のように永遠のものに見えたのだ。
優と一緒に――
その言葉に、優の目から涙が一つこぼれ落ちた。
(…わかった。その願い、叶えよう)
青ガラスがうなずいた気がする。すると辺りの景色が変わり出した。
森や湖、空に浮かぶ満月やそこから照らされる微かな光など、全てが黒く塗りつぶされていくように浸食されていく。
そしてそれは優たちの足元にも達し、とうとう辺りは一面闇に覆われた。
「キルト…っ」
優は反射的にキルトの腕をつかんだ。もう辺りは何も見えないが、彼の存在だけは感じ取れていた。
「ごめんなさい、しばらく…、こうしててもいい?」
「おう!好きなだけつかんでていいぞ」
優がつかんできた手を、キルトもまた手を握るかのようにしてつかみ返した。
優はその手にもう片方の手をそえると、両手で彼の手を包むように握った。
(――時間だ)
すると、地面から青白い光の玉が泡のように湧き立ち始めた。
漆黒の闇の中で浮かぶそれらは、辺りを幻想的な風景へと変えていく。
優とキルトは静かに立ち上がった。
(今から君たちを元の世界へ帰す。目を閉じて…、そして念じるんだ。
帰りたい場所を強く思い浮かべろ。そうすれば、全てを忘れて夢として終わる)
ぴた
その言葉に、優は一度閉じた目を再び開けた。
全てを、忘れて――
「優?どうした」
「…元の世界に帰って目を覚ましたら、キルトのことも忘れちゃうのかな」
ぽつりと優の口から素朴な疑問がこぼれた。
この世界に迷いこんできたことは、忘れてしまった方がいいのかもしれない。
でも、それと同時に大切な友人の存在も自分の中から消えてしまうのなら、それはあまりにも悲しい。
そう思うと、優の心がわずかに揺らいだ。
「おいらが覚えてる。たとえお前が忘れちまったとしても…、おいらが優の分までずっと覚えてるからさ。
だから、心配すんな!」
そう言うとキルトは笑った。
出会った時に見たあの人懐っこい笑顔で、それは優の不安を和らげて安心させるには十分であった。
淡い光の中に浮かぶキルトの顔を見つめて、優も静かに微笑むとうなずいた。
「帰ろうキルト、一緒に…っ!」
(さぁ…)
優は静かに目を閉じた。キルトの姿をしっかりその目に焼き付けて。
そして再び目を開けることはなかった。遠ざかる意識の中で、青ガラスの声が聞こえた。
(夢から覚めれば、全ては幻――)
永い悪夢はもう終わりだ。
再び捕われてしまわぬよう、全部全部…
忘れてしまえ――…
たくさんの光の玉が辺りを包むと、そのまま空高く昇っていった。
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