ナイトメアシンドローム

ブンカ工場長

-2-


「そう、優っていうのね。ねぇ、あなたアタシのこと探してたんじゃないの?」

目の前の不思議な人がそう言うので、私は思わず首をかしげる。
するとその人は、私の望みを知っていると言った。

「あなた、ここから抜け出す出口を探しているんでしょ?
この世界にうっかり迷い込んで、帰り道がわからなくなったかわいそうな女のコ。
それが優、あなたのこと」
「あ…っ!」

そう指摘された途端、それまではっきりしなかった思考が一気に押し寄せてきた。

「あ、あぁ、そうだ…っ、そう…!私、出口を探してて。ずっと帰る方法を探していて…。
あの、ひょっとして、あなたが皆の言ってた魔人…、あるじ…?」
「……否定はしないわ」

おそるおそる聞くと、その人は涼しい様子でさらりと答えた。
その瞬間、思わず私は立ち上がり、精一杯自分の意思を伝えていた。

「あの、ソニアさん、私元の世界に帰りたいんです!でも、出口の場所はあなたしか知らないって聞きました。
だからお願いです…っ、私に帰り道を教えてください!」

私は真剣にそう言い切った。

目の前の人物はこの世界の支配人。
所在もわからず会うことすら難しいと思っていた人が今目の前にいる。
キルトも青ガラスも、出会った住人全てが答えられなかったことを、この人なら必ず知っているはず。
そんな期待と興奮と緊張で、私の心臓はだいぶ速くなっていた。
目の前の魔人、もといソニアさんはティーカップ越しに私をじっと見つめている。

わずかな沈黙。
でもそれはとても長く感じた。
そして、ソニアさんは口を開いた。

「どうして?」
「……え?」
「どうしてアタシがあなたを導いてあげなきゃいけないの?」

そう言われ、私はあ然とした。だって意味がわからなかったから。

「えっと…、帰る方法はあなたしか知らないって聞いたから。
あの、べつに案内してくれなくてもいいんです。ただ出口を教えてくれればそれで」
「たしかに知っているといえば知ってはいるけど。
でも、それをアタシがあなたに示してあげなきゃいけない理由って何かしら?」
「え…、それは、困ります…。帰れないままだと私、すごく困るのですが」
「ふぅん?アタシは困らないんだけど」

何…、この人――。

言葉は通じるのに、それ以前のものが通じないというか。
たぶん私の事情などわかってもらえない。そう思った。
今こうしてこの人と向かい合っているこの空間そのものが居心地が悪く、そして気味が悪かった。

「それに帰るっていうけど、あなたのおうちはどこ?
どうやってここまで来て、帰って何するの?」
「それは……」

続く言葉が出てこない。何で…。

「自分の名前も、紅茶の味も、それに元いた場所でのこともわからないなんて。
それじゃあ難しいわね。だって…」

紅茶を飲み干したであろうソニアがカップを床へ投げる。
カシャーン、と乾いた音が響く。

「もう半分沈んでいる・・・・・・・もの」

ハッとした時にはもうすでに、私の身体は腰から下が沈んでいた。
気づけば辺り一面、沼と化していたのだ。

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