ナイトメアシンドローム
-6-
しゅるり…。しゅる、しゅる――…。
「ほらよ」
そう促され、優はおそるおそる自分の手首に巻き付けられたそれを見る。
そして思わずつぶやいた。
「きれい…。これは?」
「おれの糸だ。酒の代わりにこいつをくれてやる。持ってればなんか、どっかで役に立つだろ」
たぶん、と最後に小さく付け加えるようにして男が言った。
優の手首に巻き付けられていたもの。
それは繊細で細く、けれど頑丈で決して切れることのない蜘蛛の糸であった。
幾重にも巻かれた糸は輪を描き、まるでブレスレットのようだ。
とても美しい糸。優は思わず手首のそれに見とれていた。
透明な中に淡く白が入り、角度によって映る色が様々に変化する。
「それはおれにしか紡げない糸だ。あのキツネに何か言われたら見せつけてやれ。きっとムカつく顔が消えるぜ」
クク、と意地悪く笑う男に優は遠慮気味に聞く。
「え…、いいんですか?こんな高そうな糸もらっちゃっても」
「あ?べつに大したもんじゃねーよ。おつかいを果たして先へ進みたいんだろ?
ならここでぐずついてねぇで、さっさとあのペテン野郎をやりくるめるんだな」
その言葉に、優は戸惑いながら男を見つめる。
これは遠回しに手を貸してやる、という意味なのだろうか。
でもこの糸があれば、今この場所でこの男に会ったという確かな証拠になる。
万が一水仙から揚げ足を取られたとしても、おつかいを果たしたことを認めさせることができるかもしれない。
優の心に少しだけ希望が沸いた。
「ありがとうございます。えっと、名前…、あなたの」
「今さらかよ、まあいいけど…。おれはマクラだ」
おずおずと聞く優に、目の前の蜘蛛のような男がそう名乗った。
優は改めてお礼を言う。
「マクラ、どうもありがとう。大事にします。
私、絶対に水仙から話を聞き出して先へ進む。友達も取り返す…。必ず元の世界に帰ります」
「…けっ」
まっすぐに話す優に、蜘蛛男マクラがふいっと顔をそらしてつぶやいた。
「べつにおれには関係ねぇけど。ま、がんばりたいなら勝手にがんばりな」
うなずく優にさてと、とマクラが背を向ける。
「おれは酒でも飲んで寝る。その間に今度こそ立ち去るんだな」
「そうします。ありがとう」
マクラは最後に優を一瞥すると、4本の脚を動かしそのまま洞窟の奥へと消えていった。
その姿を優は静かに見つめる。
なんとか事なきを得た。あとは――。
手首に巻かれた糸を手に、優は踵を返すと洞窟の外を目指してしっかり歩き出した。
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