ナイトメアシンドローム

ブンカ工場長

-5-


「さっきも言ったが、これは元々おれの私物だ。それを平然と届け物とかいってわざわざおれの所まで来させるなんて…。
おそらく優、お前は試されてんだよ。あのキツネに」

すっ、と尖った爪指が優を指す。その様子に、ますます優は首をかしげた。

「酒やおつかいなんてただの建前だね。それにかこつけて、あいつはきっとお前の悪運・・を見ているんだろうよ」
「あくうん…?」
「つまり…、お前が何事もなく無事に戻って来れるかって話だ」

はっきりと言い切られた言葉に、優は絶句する。どういう意味か理解したからだ。

「ま、実際お前は運が良いだろうよ。おれに喰われずこうして今話ができるんだからな」

にやりと笑うようにして目を細めた男に、優はすかさず後ずさる。

「おい、あいつが絡んでる以上もう喰うつもりねーよ。あいつの思惑に利用されるなんて、俺も癪だしな」

男が顔をしかめて言った。優は思う。

何事もなく無事に戻って来れるか――。

自分が奪った酒を届け物と偽って渡す狡猾さ。そして友人の住処と称し、本当は怪物が潜む危険な場所へ平然と誘導する冷酷さ。
この洞窟にて命を落とすことなく、無事に生きて戻って来られるか。それこそが水仙の本当の狙いであるとしたら…。

「要するに、弄ばれてんだよ。あいつに」

決定打を打つような男の声が響く。優は無意識に両手をぎゅっと握りしめた。

「…ま、酒が飲めねぇなら仕方ねーか。
けどな、これをおれに渡してそのまま手ぶらで帰ったところで意味ねぇだろうよ」
「なんで?」
「いいか、おつかいなんてのは建前だ。実際にお前はこうしておれに酒を渡したわけだが、それをどう証明できる?
仮にお前が無傷で帰って来た姿を見たとしてもだ。きっとあいつは言うだろうよ…。
おつかいを果たしたという証拠がない、ってな」

ぐ、と優は押し黙る。たしかに水仙ならそう言ってくるかもしれない。
こんな酒の一つくらい、真面目に届けずに捨ててしまうことだってできるのだから。

「だから結果なんてあいつにとっちゃどうでもいいのさ。言葉巧みに誘導し相手をなぶる…。そういうヤツだ」
「私、おつかいを果たさなきゃいけないのに…」
「はあ?まだそれかよ…」

依然として頑なにくり返す優の様子に、男は呆れたようにため息をついた。
優は奥歯を噛みしめると意を決したように言った。

「ここで退いたら、先へ進めません。だから絶対に水仙には約束を守らせたいんです。
それに…、友達が捕まっているから」
「おいおい、交換条件のうえに人質もかよ?あいかわらず悪趣味なヤツ」

男は不愉快そうにケッと吐き捨てる。

(キルト…)

どうやら水仙はかなり歪んだ人物のようだ。そんな輩の下にキルトは捕われている。
今こうしている間に、彼の方でも危機が迫っているのではないか。
そう思うと焦りを感じずにはいられなかった。
しかしそうは言っても、気持ちが先走るだけで頭は働いてくれない。
男の言うように、このままではきっと水仙に言いくるめられて振り回されるのが目に見えていた。

「……なあ、証拠がほしいなら、いっそここでおれに襲われたことにして腕の一本でも置いてくか?」

すると男が唐突に物騒な提案をする。再び目をギラつかせて優を見つめた。

「…っ!」
「冗談だよ。言っとくがおれは、少なくともあいつよりかはマシな性格だぜ。まぁでも、腕は貸せ」

そう言うと男は優の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。途端、優は顔を青ざめる。

「ひ…っ、何、やめて!」
「めんどくせぇガキ…。いいからおとなしくしてろ」

体を強ばらせて優は固く目をつぶる。その様子に男はため息をつくと、掴んでいた優の腕に何かを巻き付け始めた。

コメント

コメントを書く

「冒険」の人気作品

書籍化作品